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第9章 再会

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「朝でございます」

 障子の外から、佐吉の声がした。

「もう時間だ」

 仙千代は悲しくつぶやいた。

 客を相手にする半刻はあんなにも長く感じるのに、蔵人と共に過ごす一夜は、またたく間に過ぎていった。

 愛し合う二人は一秒たりとも惜しいとばかりに、仙千代は蔵人の着替えを手伝いながら、何度も何度も口づけを交わした。

 仙千代は長襦袢の上に振袖を羽織り、客と蔭間の関係を装って、蔵人の後について部屋を出た。

 階段を下りると、佐吉が待っていた。

 蔵人はなにくわぬ顔で、佐吉に心付けを渡した。

「ありがとうございます」

 佐吉は頭を下げると、店の入口の戸を開けた。

「またお越しくださいませ」

 仙千代は、上がり框の際に立って、蔵人を見送った。

 ややあって、佐吉は音を立てて戸を閉めると、仙千代に向き直った。

「近すぎます」

「え……?」

「お客さんを見送るとき、一尺は離れてくださいと教えたでしょう」

 そう注意する佐吉の顔は険しかった。

 店先で客を見送るとき、蔭間は框より一尺以上──およそ三十センチは後ろにいなければならないという決まりがあるが、仙千代は少しでも蔵人の姿を見ていたいばかりに、うっかり失念していた。

 その他にも、蔭間の足抜けを防ぐための、こまごまとした掟があり、それを破れば、足抜けの疑いをかけられても仕方なかった。

 佐吉は仙千代の使用人などではない。

 川上屋の金剛だ。

 彼が仙千代を大事に扱い世話をするのは、金を産む商品であるからに過ぎない。

 普段はやさしく面倒見がよくても、もし仙千代が足抜けすれば、その手で情け容赦のない折檻を行うのだ。

 死んでも構わないと亭主が言えば、仙千代を縛って吊るし上げ、死ぬまで打ち叩くのだろう。

「す、すみません、今後は気を付けます」

 仙千代は頭を下げた。

 そうすると、なぜか涙がこみあげてきた。

 佐吉に涙を見られたくなくて、顔をそむけて蔭間部屋のほうに歩いていく。

 大きな南京錠のかかった格子戸の前にくると、佐吉は鍵を取りだして錠を外し、格子戸を開け、仙千代に中に入るように促した。

 仙千代が内側に入ると、佐吉は格子戸を閉めた。

 ガチャン、と冷たい金属音を響かせて、錠が下される。

「情なんて、ここでは毒にしかならねぇんだ」

 仙千代の背後で、ガチャガチャと鍵をかけながら、佐吉はひとりごとのように呟いた。
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