36 / 50
番外その1-ジーク編『コープスティーパーティー』
3.
しおりを挟む
それを指摘すると途端に彼はぶるるっと体を震わせた。
「……ギルが、トーテンナハトの日はたくさん〝出る〟なんて、嘘つくからだ」
シュリが恨めし気に呟いた。
「…………」
(嘘……ではないな。わざわざ言うところが、あいつのガキっぽいところだけど)
そんな風に思っていると、その沈黙を不安に思ったらしいシュリが眉をハの字にして覗き込んできた。
「え……嘘だよな? な?」
そんなに可愛い顔をされると、確かに〝出る〟と言って意地悪をしたくなってしまう気持ちも分かる。だが、自分はそんなに大人げないことはしたくない。怖がってビクビクしながら耳をぺたんこにしているシュリはとても可愛い。もう少し見ていたい気持ちもあるが、そんな危険なキュートアグレッションは理性で押さえつけた。
「大丈夫大丈夫、嘘だよ」
安心させるためにわざと笑みを浮かべて言うと、シュリはなぜか固まって、二、三歩後ずさった。
「そ、その笑顔は胡散くさすぎる!」
それはさすがに理不尽だろうと思いながらも、怖がる彼はやはりどうしても可愛らしく、今度は本当に自然と笑みが浮かんでしまった。するとますます怪しんだシュリは、やはり〝出る〟のかという確信に身を震わせ、おそらく無意識だろう。自分の方へと身を寄せた。
(可愛い……)
頭を撫で回したくなる衝動に駆られたが、その立場にないことを思い出してぐっと堪えた。
ゾネルデの日、ギルベルトは父に、いくつか書状を書かせ、その中に自分達の婚約のことも書いていた。彼はシュリを愛しているのにも関わらず、自分達の婚約を確約させるのではなく、一度婚約を白紙にして自分達に決めさせるように父に約束させた。
──今後後腐れがないよう、この一年ジークもシュリととことん向き合えよ。俺も本気で向き合うから
ギルベルトは、そう言った。彼は王位について、自分に対して負い目があるようだった。それも、白紙に戻した一つの理由だろう。そして何よりも、シュリがまだ自分を恋愛対象として見ていない以上、無理やり相手を自分に決めてしまうことに抵抗があったようだ。
(不器用なやつ……)
白紙に戻したと言っても、過去が消える訳ではない。消せることもない。それならばきっと、未来が変わることもないだろう。だがそれでも、諦められない思いがあった。
「……良かったら部屋で久しぶりにお茶でも飲む? ハーブは魔除けの効果あるっていうんだけど」
「そ、そうなのか?」
「うん。悪い霊が嫌うんだって」
ハーブの魔除け効果は嘘ではなかったが、今晩、この城に帰ってきている霊は皆、悪魔や悪霊ではないから、あまり効果がないとは思う。
だが、もう少しだけシュリと共に時間を過ごしたかったのだ。シュリは「魔除け」という言葉に、縋りつくように何度も頷き、尻尾の先を揺らしながら頷いた。
部屋に招き入れ、猫舌な彼のために少し冷ましたハーブティーを差し出すと、彼はそれでも熱いらしく、桃色の舌でペロッと舐めた後にギュッと目を瞑った。
交際していた頃、シュリはいつもジークフリートのぴったり隣に座っていた。
彼は猫の性ゆえか、恋人に対しては物凄く距離が近く甘えん坊で、そういう気分になると体をしきりに擦りつけてゴロゴロと喉を鳴らしていた。
それがすごく可愛らしく愛おしかったが、今はテーブルを隔てて少し気まずげに向かいに座っている。こうして座ると、彼の顔がよく見える。
ミショーに師事するようになってからというもの、シュリは日増しに綺麗になっていた。以前は常に目の下に痛々しい隈が浮かんでいて、肩を抱くと骨が当たるぐらい痩せていたが、最近は程よく肉がつき、髪も毛も艶々としていた。
リュカが、シュリは最近学内で隠れファンが増えていると嘆いていたのも分かる気がする。シュリは相変わらず遠巻きに見られていると憂いているが、まるで血統書付きの猫のような、それでいてクールな見た目の彼には皆近づきがたいのだろう。
「……ギルが、トーテンナハトの日はたくさん〝出る〟なんて、嘘つくからだ」
シュリが恨めし気に呟いた。
「…………」
(嘘……ではないな。わざわざ言うところが、あいつのガキっぽいところだけど)
そんな風に思っていると、その沈黙を不安に思ったらしいシュリが眉をハの字にして覗き込んできた。
「え……嘘だよな? な?」
そんなに可愛い顔をされると、確かに〝出る〟と言って意地悪をしたくなってしまう気持ちも分かる。だが、自分はそんなに大人げないことはしたくない。怖がってビクビクしながら耳をぺたんこにしているシュリはとても可愛い。もう少し見ていたい気持ちもあるが、そんな危険なキュートアグレッションは理性で押さえつけた。
「大丈夫大丈夫、嘘だよ」
安心させるためにわざと笑みを浮かべて言うと、シュリはなぜか固まって、二、三歩後ずさった。
「そ、その笑顔は胡散くさすぎる!」
それはさすがに理不尽だろうと思いながらも、怖がる彼はやはりどうしても可愛らしく、今度は本当に自然と笑みが浮かんでしまった。するとますます怪しんだシュリは、やはり〝出る〟のかという確信に身を震わせ、おそらく無意識だろう。自分の方へと身を寄せた。
(可愛い……)
頭を撫で回したくなる衝動に駆られたが、その立場にないことを思い出してぐっと堪えた。
ゾネルデの日、ギルベルトは父に、いくつか書状を書かせ、その中に自分達の婚約のことも書いていた。彼はシュリを愛しているのにも関わらず、自分達の婚約を確約させるのではなく、一度婚約を白紙にして自分達に決めさせるように父に約束させた。
──今後後腐れがないよう、この一年ジークもシュリととことん向き合えよ。俺も本気で向き合うから
ギルベルトは、そう言った。彼は王位について、自分に対して負い目があるようだった。それも、白紙に戻した一つの理由だろう。そして何よりも、シュリがまだ自分を恋愛対象として見ていない以上、無理やり相手を自分に決めてしまうことに抵抗があったようだ。
(不器用なやつ……)
白紙に戻したと言っても、過去が消える訳ではない。消せることもない。それならばきっと、未来が変わることもないだろう。だがそれでも、諦められない思いがあった。
「……良かったら部屋で久しぶりにお茶でも飲む? ハーブは魔除けの効果あるっていうんだけど」
「そ、そうなのか?」
「うん。悪い霊が嫌うんだって」
ハーブの魔除け効果は嘘ではなかったが、今晩、この城に帰ってきている霊は皆、悪魔や悪霊ではないから、あまり効果がないとは思う。
だが、もう少しだけシュリと共に時間を過ごしたかったのだ。シュリは「魔除け」という言葉に、縋りつくように何度も頷き、尻尾の先を揺らしながら頷いた。
部屋に招き入れ、猫舌な彼のために少し冷ましたハーブティーを差し出すと、彼はそれでも熱いらしく、桃色の舌でペロッと舐めた後にギュッと目を瞑った。
交際していた頃、シュリはいつもジークフリートのぴったり隣に座っていた。
彼は猫の性ゆえか、恋人に対しては物凄く距離が近く甘えん坊で、そういう気分になると体をしきりに擦りつけてゴロゴロと喉を鳴らしていた。
それがすごく可愛らしく愛おしかったが、今はテーブルを隔てて少し気まずげに向かいに座っている。こうして座ると、彼の顔がよく見える。
ミショーに師事するようになってからというもの、シュリは日増しに綺麗になっていた。以前は常に目の下に痛々しい隈が浮かんでいて、肩を抱くと骨が当たるぐらい痩せていたが、最近は程よく肉がつき、髪も毛も艶々としていた。
リュカが、シュリは最近学内で隠れファンが増えていると嘆いていたのも分かる気がする。シュリは相変わらず遠巻きに見られていると憂いているが、まるで血統書付きの猫のような、それでいてクールな見た目の彼には皆近づきがたいのだろう。
応援ありがとうございます!
20
お気に入りに追加
5,621
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。