邪魔にならないように自分から身を引いて別れたモトカレと数年後再会する話

ゆなな

文字の大きさ
4 / 13

4

しおりを挟む
 俺は彼のためにバイトを増やして、すごく忙しくなったけれど、夜遅くまで曲作りの作業をする彼の背中を見るのは、アルバイトで疲れ果てた体に何よりの癒しになった。
 彼は作曲やボイストレーニングの合間に、節約料理を作ってくれたし、夏はエアコンのない部屋で汗にまみれながらセックスをするのも、寒い冬の部屋で暖をとるために抱き合うのも、たまらなく幸せだった。
「俺の曲がもし売れたら、アオイさんにいっぱい恩返ししますね。ここも好きだけど、もっとセキュリティがしっかりして、バスタブが広い部屋に引っ越しましょうね」
 俺が彼を支えるために懸命にアルバイトする姿を見て、よくそんなことを言ってくれた。
 優しい彼は、本当にそうしてくれるつもりなのかもしれないけれど、もし彼の曲が売れるようなことがあれば、身を引くべきだと俺はちゃんとわかっていた。
 こんなにも幸せな気持ちを沢山くれた彼が売れて、俺が彼のために出来ることが何もなくなったら、今度は彼の幸せを願わなくちゃいけないよね。
 俺はそう思いながらも、目の前にある甘い蜜にどっぷりと溺れた。

 そんな生活が一年も続いた頃。
「Lily of the valley ?」
 動画サイトに上げた彼の新曲を、ベッドに転がって聴こうとしたとき、俺はふと彼に曲名について尋ねた。
「すずらんのことだよ」
 彼は少し照れくさそうに俺を振り返った。
「あ……この曲、作詞もしたの?」
 クレジットを見て驚いた。彼は作詞はしないと言っていたから。
「……うん。ずっと何の言葉も湧いてこなかったんだけど、最近色んな言葉が浮かんでくるようになったんだ。それで作詞もしてみたくなって」
「そうなんだ。すごいね。聴いてみるね」
「うん。ぜひ聴いてみて」
 そう言った彼はまたパソコンに向き直った。
 俺は彼の背中を意識しつつ、動画の再生ボタンをタップした。
 イヤホンから流れてきた曲は、メロディも歌詞もとても美しかった。
 本当にすずらんがイメージ出来るような、美しい歌詞。
 すずらんのように美しい人に恋い焦がれる曲だった。
 あまりに美しいメロディと歌詞に、俺は心を奪われると共に、これは彼が誰かに向けたラブレターなのだと、気付いてしまった。
 こんな美しく、可憐な人に敵うわけないと思い、俺は彼に気付かれないように泣いた。
 一年も甘い生活を続けていたから、そんなことは有り得ないと思いながらも、俺を抱く見せる熱い瞳に、もしかしたら、と淡い期待を僅かに抱いていたのだ。
 それが完全に打ち砕かれた。
 しばらくしてから、彼が俺を振り返った。
「新曲、どうだった?」
 そんな残酷な質問しないでよ。ごめん。すぐには答えられない。落ち着いたらちゃんと感想を伝えるから、今は許して。
「アオイさん?……あー、寝ちゃったのかぁ」
 寝たふりをした俺にそう言って、タオルケットを掛け直してくれると、彼はまたパソコンに向き合った。
 
 
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

処理中です...