4 / 46
1章
3話
しおりを挟む「巨大奇形種ね…でかいし位置も真ん中……放っとけばそう遠くないうちに視神経から順にやられていくな…」
永瀬和真は病院から与えられた個室で新米の医師から手渡されたカルテの写しを捲った。
腕には自信がある。
一人でも多くの命が救いたいとかそんなことを真面目に考えたことはないが
何となく自分が命を与えられた理由のような気がして自分でなければ命を落としてしまう患者は出来るだけ執刀してきた。
だから、最初に脳神経外科部長から話が来たときこの話を一旦断ったのには訳があった。
「きみが来るまで待ってたよ……」
呟きながらキイ…と音を立てて革張りの椅子の背に凭れて音を鳴らした。
永瀬の氷のような美貌がうっすらと嗤った。
カルテを差し出してきた微かに震える綺麗な指先を思い出した。
アルファが並ぶ医師には珍しい。取り分けこれだけの大病院にアルファでない医者が勤めるのは並大抵の努力ではないだろう。産まれ持った差を埋めるのはとかく難しい。
「地味だが綺麗な肌と瞳……オメガのような容姿を持ちアルファの頭脳を持つ心優しい医師……」
腕も人格も極めて高評価なベータな医師であるという綾川雪也。優れた洞察力とベテランの小児科医でも舌を巻くほどの豊富な知識。言葉が巧みでない赤ん坊でさえも一目で的確に診断が出来るその実力の前では如何に彼がオメガのようなルックスを持っていたとしても、誰も疑う余地を持たない。
「その実力でもって、美しいオメガであることを隠しているとは、ね」
ちらりと壁の時計を見遣り8時になったな、と思うと同時に居室の扉がノックされた。
「綾川です」
扉の向こうに「どうぞ」と、返すと青年が顔を覗かせた。
生まれつき日に焼けないのだろう、真っ白できめ細かい肌。医師としては童顔であることを隠すように髪を纏めており、黒目がちな瞳を隠す眼鏡をかけていても綺麗な素肌と相まって若く見えてしまう。
室内に置かれた応接用のソファにユキが腰掛ける。
「手術はなるべく早くやった方が良さそうだ。週明けには診察しよう。それと彼の両親と話す機会を」
「え……?」
信じられないといった体のユキに思わず永瀬は思わずくくっ、と笑った。
「データ受け取ったときも同じ反応だったけど君が頼んだんじゃないのか?」
「や……だって……そんな……部長に頼んでもなしのつぶてだったのに……」
「あぁ、手前で選別されて私のところには話は来ないからな。直接カルテを見れば私は救える患者の執刀は引き受ける。同じ院内の患者なのに、引き受けない理由はない。」
実は以前勝手にカルテを選別していた病院側に対し、永瀬が猛烈に抗議をしてからはどんなカルテでも一旦は永瀬の元に来ることにはなっていたので実は松浦高弥のカルテは一度目にしていたはずだが、永瀬は平然とそう答えた。
「ありがとうございます……」
ユキが深々と頭を下げると
「少しばかり患者について質問しても?」
パラリとカルテを捲りながら永瀬が話し出した。
一通り永瀬の質問が済むと、時間は一時間ほど経過していた。永瀬の質問はユキにとって大変有意義なものが多く、質問をされているはずなのに、ユキの方が永瀬の考えの多くをメモしていた。まだまだ永瀬と話を聞いていたかったが、翌日に予定した高弥の診察時間を決めてから話を終わりにした。
「それでは明日よろしくお願いいたします」
ユキがそう言って退出しようとすると
「綾川君、この後まだ仕事は残っているのかい?」
「いえ、私は今日はもうこれでお仕舞いです」
「そうか、よかったら送っていこう。私も今日はもうこれで終わりだ」
「ありがとうございます。お言葉にあまえてもいいでしょうか?」
「では、着替えたら職員用駐車場においで。7番だ」
これだけの名医と帰るまでの短い時間とはいえ話すことが出来るのはユキにとって嬉しいことだった。断るはずもなくすぐに答えた。専門は違うが医者として大いに得るところがあるに違いない。ユキは一気に舞い上がってしまった。
だから気がつかなかったのだ。
車で通勤してくる医師が殆どだというのに、永瀬はユキに何で通勤しているのか尋ねることもなく車に誘ったということに。
195
あなたにおすすめの小説
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
番に囲われ逃げられない
ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。
結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
巣作りΩと優しいα
伊達きよ
BL
αとΩの結婚が国によって推奨されている時代。Ωの進は自分の夢を叶えるために、流行りの「愛なしお見合い結婚」をする事にした。相手は、穏やかで優しい杵崎というαの男。好きになるつもりなんてなかったのに、気が付けば杵崎に惹かれていた進。しかし「愛なし結婚」ゆえにその気持ちを伝えられない。
そんなある日、Ωの本能行為である「巣作り」を杵崎に見られてしまい……
愛しいアルファが擬態をやめたら。
フジミサヤ
BL
「樹を傷物にしたの俺だし。責任とらせて」
「その言い方ヤメロ」
黒川樹の幼馴染みである九條蓮は、『運命の番』に憧れるハイスペック完璧人間のアルファである。蓮の元恋人が原因の事故で、樹は蓮に項を噛まれてしまう。樹は「番になっていないので責任をとる必要はない」と告げるが蓮は納得しない。しかし、樹は蓮に伝えていない秘密を抱えていた。
◇同級生の幼馴染みがお互いの本性曝すまでの話です。小学生→中学生→高校生→大学生までサクサク進みます。ハッピーエンド。
◇オメガバースの設定を一応借りてますが、あまりそれっぽい描写はありません。ムーンライトノベルズにも投稿しています。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。
竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。
あれこれめんどくさいです。
学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。
冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。
主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。
全てを知って後悔するのは…。
☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです!
☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。
囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる