愛して、もっと愛して

篠原怜

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前編

前編ー1

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◎「アグレッサー」「あなたの愛につつまれて」の書籍未収録番外編です。2006年ごろの作品なのでその当時の社会的情勢がそのまま入ってます(喫煙描写など)

◎登場人物
・中島美緒(なかじま みお)ヒロイン。モデル出身のホテルウーマン。
・神崎秀人(かんざき ひでと)美緒の恋人。神崎リゾート副社長。
・りん子(りんこ) 美緒のモデル時代のマネージャー。
・園田広之(そのだ ひろゆき)40代のイケメン人気俳優
・神楽坂みなみ(かぐらざか みなみ)タレント出身のファッションデザイナー。
***********************************************************




 確かに結婚式までは、好きな仕事をしていいと言われた。

 結果的に玉の輿かもしれないけど、わたしはホテルの仕事を辞めることになるのだから、自分のキャリアを失うことになる。それを彼と彼のお父さんが申し訳なく思って下さったから、こんなふうに言ってくれたのだろう。

 でもだからって、どんな仕事を引き受けて来ようが、一切関知しないの?
 あんな素敵な男性とCMで共演するのよ?

 わたしを信じてくれてるのは嬉しいけど、共演者と恋に落ちたらどうしようって、少しくらい心配してくれてもいいじゃない!




『愛して、もっと愛して』





 神崎スポーツの新作テニスウェアのイメジーキャラクターに抜擢されてから、わたしは再びマスコミの注目を集めることとなる。そして結婚式までという期限付きで、モデルの仕事を再開することにした。

 まず古巣ふるす「マシェリ」が『MIO AGAIN!』と題して、巻頭企画でわたしの特集を組んでくれた。葉浦マリンホテルでインタビューと撮影が行われ、 「マシェリ」を卒業してから何をしていたとか、結婚相手の秀人さんとはどこで知り合ったのかとか、そんなことを質問された。

 わたしが専属モデルをしていた頃と編集長は代わっていたけど、撮影スタッフには顔見知りも何人かいたから、ちょっとした同窓会気分。
 なかなか楽しい現場になった。

 そのあとは、国内最大手の化粧品メーカーの口紅のCMや、キャリアウーマン向けのファッション雑誌のグラビア、去年のブライダルフェアでドレスを借りた、神楽坂みなみさんのウェディングドレスのショーへのゲスト出演など。

 どちらかというと、若い独身女性をターゲットにした商品の仕事が多かった。だけどある日、国産のファミリーカーのCMに出て欲しいという、緊急依頼が舞い込んできた。

「園田広之が直接プロデューサーにあんたを推薦したらしいわ。もうすぐ大企業の御曹司夫人になる人だから、ファミリー層にも受けがいいだろうって。光栄じゃないの。あんなイイ男と共演できるなんて」

 事務所のソファでタバコに火をつけながら、りん子さんは手短に経緯を説明してくれた。
 園田広之というのは、女優との離婚歴がある、四十歳の人気俳優。若い女性からオバ様まで、幅広い世代の女性に人気のナイスミドルだ。

 彼がカッコいいパパ役を演じている、T自動車のファミリー向けSUV車のCMがあるのだけど、その新シリーズの撮影を前にして、ママ役の女性タレントが緊急入院してしまったらしい。そこでわたしに代役の依頼が来たというわけ。

「ま、建前たてまえは今言ったとおりだけど、本音は男として単純に、あんたに興味を持ったからじゃないかな?」
「……何よそれ。最後のひと言が気になるなあ」

 思わず気乗りしない声を出してしまった。するとりん子さんは、タバコの煙を吐き出しながらけらけらと笑う。

「だってあの男、今じゃモデルキラーとして有名だもの。駆け出しのモデルなら危ない誘惑も断れないでしょうけど、あんたはキャリアもあるしあのゴージャスな御曹司もいる。心配はしてないわ」
「ええー。そんなことを聞いちゃうと身構えちゃうわ」
「大丈夫よ。あいつに誘われても適当にかわしときゃいいのよ。それにこれは世界のT自動車の仕事よ。クライアントに気に入ってもらえたら、次からはあんたが正式に起用されるかもしれないわ。チャンスなのよ」

 「世界」の部分にとりわけ力を入れて、りん子さんは力説した。でもモデルの仕事をするのは結婚式まで。それは伝えたはずだけど、本当にわかってくれているやら。
 まあ、任せておいて心配は要らない人なのだし、彼女を信じてわたしは契約に関する書類にサインした。






 
*「マシェリ」 美緒が専属モデルをしていたファッション雑誌。
*「葉浦マリンホテル」 美緒の勤務先。
*「ナイスミドル」 素敵な中年男性に向けて使う褒め言葉(死語)

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