はじまりはいつもラブオール

フジノシキ

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プロローグ

001話 プロローグ ②

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**** ***

「鈴原先輩ナイスです!」
「ありがと、チカちゃん」

 試合を終えた私は後輩の出迎えにハイタッチで応える。

 中学三年になった私は、体育会系の中学生の大目標である、全国中学校体育大会、通称中体連の市予選会の日を迎えていた。

 あの後カットマンに戦法を変えた私は、平日は部活、土日はクラブでひたすらカット打法を反復練習した。前陣速攻型よりもプレースタイルが自分に向いていたのか、目標ができたから練習に実が入ったのか、あるいはその両方か。
 以前よりも安定した成績を残せるようになった私は、中学最後の大会、中体連の区予選をベスト4に入って突破し、市大会でも順調に勝ち進んでいた。

「あと二つ勝てば道大会ですね!」

 無邪気な笑顔の後輩に対し、私はトーナメント表を思い出し苦笑する。

「次勝てれば、だね」

 トーナメント四回戦の相手。
 私立強豪校の聖マリヤ女学院中学三年、有栖川 稔里。
 トーナメント表の一番左上に名前がある、大会第一シード。この場で一番強い選手との勝負が待っていた。


 先にコートに入ると、どれだけ激しい動きをしても大丈夫なように前髪を留めたピンを強めに押さえる。前髪をピンで留めるのはあの日見たカットマンの選手の真似なのだが、そのことは誰にも話していない。
 やがて、相手が一人でコートに入ってくる。コーチまたは応援として選手の他にもう一人コートに入れるのだが、出場者の多い強豪校では最初のうちは応援なしのことも多い。第一シードの相手にとって四回戦はまだ序盤戦らしい。
 相手の背は高めで、おそらく長いであろう髪をお団子でまとめている。同じ中学生とは思えない大人びた顔立ちも相まって強者の雰囲気がある。

 卓球の試合では試合開始前に数回ボールの打ち合い、ラリーを行う。ある程度練習をしてきた選手なら、ラリーで相手の実力が大体わかる。

(さすが第一シードの有栖川さん。名前だけは知ってたけど実際打ち合ってもフォームに威圧感があるな)

 打球の速さや回転量ももちろん凄かったが、それ以上に長い手足を上手く連動させボールを打つフォームの美しさに威圧感を感じた。
 でも、その威圧感によって起こる感情は気圧されるといったネガティヴなものではなく、自然と期待感となっていた。

(この人となら、あの日見たような試合がきっとできる……!)


「ラブオール」

 審判のコールで、試合が始まる。先行は相手、有栖川さんのサーブ。
 やや高めにボールを上げると、下回転か横回転か見分けの付かないギリギリのフォームでサーブを繰り出してくる。

「フッ……ッ!」

 相手のサーブに対ししっかりとボールに下回転をかけてレシーブすると、すぐにフットワークで後方へ下がる。
 さすが第一シード、すぐに私がカットマンだと認識し、上回転のドライブ打法でラリーで打ち返してくる。
 カット打法の下回転を打ち返すには、自分も下回転のカットや同じ下回転であるツッツキという打法で返すか、下回転を打ち消す上回転のドライブ打法で打つ必要がある。ドライブで打ち返すのは相手以上の回転をかけなければいけないので難易度が高い。

(この人、カットを打ち慣れてる)

 最初の四本は2-2と互角の勝負に持ち込めたが、それ以上に相手のカット打ちの上手さに驚いた。
 カットマンはその絶対数が少ないことから、地区予選レベルだとカットマンの連続する下回転を打ち返すのが初めてというような相手も多く、これまでもそういう格上の選手に何度か勝ったことがあった。
 だが、目の前の相手は明らかにカットマンを相手に普段から練習や試合をしているのがわかった。単純に打ち返すのが上手いというだけでなく、カットマンが苦手とするフットワークの方向にボールを散らしたり打球の緩急を付けたりといった試合の組み立てが抜群に上手だった。

(こっちの下回転に慣れていないうちにリードしないと)

 こちらの気持ちを見透かすかのように、相手は上回転力を抑える代わりにスマッシュ並の速さの強烈なスピードドライブを二本連続で決めてくる。

2-4。

 卓球は二本毎にサーブ権が交代となる。

(本当は二ゲーム目以降に温存したかったけど、出し惜しみできる相手じゃない……!)

 通常サーブ時は卓球台に対して直角に構えるのを正面向きに変えると、ボールを真上へ高く投げ上げる。

 投げ上げサーブ。

 私が中学三年間で鍛えたもう一つの得意技。
 高く上がったボールに落下速度が付いてサーブの回転量が上がる効果と、相手がボールの高低を目で追うためにサーブの瞬間にフェイントを入れても気付かれにくいという効果がある。
 その分成功率は低い難易度の高いサーブだが、練習に参加するのが奇数人の日には必ずといっていいほど一人で黙々とサーブ練習を重ね、今ではこのサーブを自分の武器と呼べるだけの得意技にしていた。

 相手が下回転サーブだと思って上回転が強めのドライブでレシーブしようとするが、実は横回転のサーブのためボールはコートをオーバーする。

「よしっ」

 小さくガッツポーズをすると、相手に考える時間を与えないようすぐに2本目のサーブを行う。今度は相手のバック、向かって右側へのサーブと見せかけて相手が回り込んだところへフォア、左側へのスピードサーブで完全に逆をついて得点。
 二連続ポイントで4-4の同点に追い付く。

(よし、一ゲームは絶対に取ってみせる!)


 追い付いた勢いそのままに、レシーブになっても必死にカットで相手のドライブに食らいつく。だが、先程までとは明らかに相手のドライブの動きが変わる。

「ハァッ!」

 有栖川さんが先ほどまでは出ていなかった気合の声と共に身体全体を使っての強烈な上回転が掛かったパワードライブを打ってくる。回転に負けないよう必死にカットで返していくが、駆け引きなど無い同じコースへの三連続パワードライブで力負けしてしまう。

「ッサァアー!!」

 打ち勝った有栖川さんが気合の声と共に左手でガッツポーズを作る。先ほどまでのクールな雰囲気とは一変し、闘志をむき出しにしてくる。
 続くサーブもこちらのレシーブが少しだけ浮いたのを見逃さず三球目をスマッシュで打ち抜く。

「サァー!!」

 一点が決まる毎に有栖川さんは容姿に似合わない高めの声で闘志むき出しに吠える。

(そうか、威圧感の正体は技術的な上手さじゃなくてこの精神面の強さだったんだ)

 先ほどまでのクールで大人びたというイメージから一変し、勝ちたいというスポーツ選手の本能を剥き出しにしてくる。
 しかし、不思議と焦りや圧倒されているという気持ちは無かった。本気の強い相手にどこまで自分のカットが通用するか。初めての体験、そのワクワク、期待感が心の中を支配していた。


「サー!」

 こちらも気合を入れ直してサーブを放つため宙高くボールを投げ上げた。
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