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第5章 ヒカリノツバサ
リハーサル
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リハーサル当日。会場の大倉山ジャンプ競技場までは、佑香、美空、玲の三人が地下鉄とバス、亜紀と紗夜香は美奈子の車に乗って行くことになった。
「本番当日はお前たち三人を乗せていくから、今日はガマンしてくれ」
そう言い残して美奈子の軽自動車が高校の駐車場を出発する。
「じゃ私たちも行こうか」
美空が道を知っているということで、佑香達は美空の案内で会場まで向かうことになった。
高校の最寄り駅である地下鉄南北線幌平橋駅から、地下鉄を乗り継いで東西線円山公園駅まで行く。ここからは目的地である大倉山ジャンプ競技場行きのバスが出ている。
「わたしバスなんてすっごいひさしぶりだよー」
「佑香の家は地下鉄も市電もすぐで恵まれてるから」
大倉山行きのバスには、佑香たち三人以外にはいかにも観光客といった老夫婦が乗っているだけである。佑香は久しぶりのバスにはしゃぎながらも、ちらちらと美空の顔を見ていた。今のところ美空の表情に特別の変化はない。
やがて、ぐんぐんと山の中を進んでいくバスの右前方に、小さなスキー場のような緑の丘が見えてきた。斜面には緑色の人工芝に覆われた大きな建造物が建っている。
「わー、大きい、本物のジャンプ台だ! あれが大倉山?」
「まだだよ。あれは荒井山ジャンプ場。小中学生用の小さいジャンプ台だよ」
いくら札幌市民とはいえ、本物のジャンプ台を見たことのある者は少数である。佑香がはしゃいで言うと、美空が冷静に答えた。
「え、あれで小さいの?」
「荒井山で驚いてたら大倉山を見たら腰を抜かしちゃうかもよ」
美空の返事に、普段の美空だったらそんな返し方はしないのに、と思った玲だったが、口には出さずに一緒に窓の外の景色を見ていた。
『まもなく終点、大倉山競技場入口です』
バスの窓からは緑の丘しか見えなかったので、運賃を払ってとりあえずバスから出る佑香。バスから降りて外を見上げる。
★
「……うわぁ」
そこにあったのは、先ほどの荒井山のジャンプ台の倍から三倍近くありそうな、巨大な緑色の斜面だった。
今日は晴れているのだが、それでもジャンプ台の頂上付近は霞んで見える。ジャンプ台は大きさも想像を越えたものだったが、その斜面も想像以上に急だった。佑香も玲も札幌市民なので小中学校の体育の授業でスキーは経験があるが、スキー場のコースで換算すると上級者コースか超上級者コースと言えるような急斜面が真っ直ぐに伸びていた。
「今日は、雲の流れが穏やかだな……」
「え、なにみそらちゃん?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと空を見ていただけ」
「そら?」
美空に合わせるように佑香も空を見上げる。
「みんなおまたせー」
その時、三人の後方から声がかかった。美奈子の車に乗って紗夜香と亜紀も到着したところだった。
「いえ、こっちも今着いたところですー」
紗夜香の言葉に佑香が返す。美奈子が駐車場に車を停めて、全員が合流する。
「それじゃテレビ局の人がいるはずだから挨拶に行くぞ」
美奈子を先頭に、大倉山ジャンプ競技場の敷地内に入っていく。
「それにしても、大きいね」
敷地内に入り、近付いてくるジャンプ台を見ながら玲がつぶやく。
「公式試合で使うのは宮の森のノーマルヒルと、この大倉山のラージヒルの二つ。ラージヒルの方が滞空時間が長くて飛んでいて気持ちいいんだよね」
そう話す美空の顔がとても遠く、儚げに見えて、佑香は思わず聞いてしまう。
「みそらちゃん、また飛びたいの……?」
その問いに、美空はすっと表情を消す。そして少し考えた後、穏やかに微笑みながら答える。
「飛べるなら、ね」
そうつぶやいてジャンプ台の踏み切り地点に視線を固定する美空。
「私はもう、飛べないから」
佑香がなんと声を掛ければいいのか迷っていると、その前に美奈子が声を出した。
「見えたぞ、あちらがKTBのスタッフの方だ」
美奈子の言った方へ目を向けると、ジャンプ台の滑り終えてきた辺りの場所に、数人の人影があった。帽子に遮光グラスをかけた、いかにもテレビ局の関係者といった風貌の者もいる。
「はじめまして、札幌南女子高校教諭の佐藤美奈子と申します。本日は宜しくお願いいたします」
「北国テレビの本郷です。今回のイベント部門の統括をしています、宜しくお願いします」
そう言って名刺交換を行う美奈子と本郷。続いて美奈子が全員を紹介する。
「こちらが及川、部長をしていますので全体の進行などの話は及川にお願いします。こっちが菊川。音響関連は菊川が担当します。そして柿木、葛西、成瀬の三人がステージに立つメンバーになります。お願いします」
「音響は加藤、ステージ周りが真中が担当します。わからないことがあったら何でも聞いてください」
そう本郷が話すと、左右に立っていた加藤と真中と呼ばれた男女がペコリと頭を下げる。
「よ、よろしくお願いしますっ」
慌ててこちらも頭を下げる佑香たち。
「それでは早速リハーサルを行っていきましょう」
★
「当日までみんなしか使わないから、バミリとか自由に付けていいからね」
「ありがとうございます!」
ステージでは佑香が率先して真中とコミニュケーションを取っていた。真中はいかにもテレビウーマンといった感じの快活な女性で、佑香はすぐに溶け込むことができた。
「バミリって何?」
「立ち位置とかの目印にするガムテープのことだよ。キャンストの始まりのときの立つ場所に目印を付けておこう」
玲の質問に佑香が答えながら、歌い始めの立ち位置に三人で立つようにする。
「真中さん、これで三人均等になっていますかー?」
「うーん、左側の子、成瀬さん。あと5センチ外側に広がって」
「は、はい」
言われるままに玲が気持ち外側に立ち位置を変える。
「オーケー、そこでバミリ入れておいて!」
「わかりました!」
それぞれに足元にガムテープを貼る三人。その時、三人の付けているイヤモニに声が入ってきた。
『みんな聞こえとるかー?』
「あ、あきちゃん」
『こっちの準備できたから、リハーサル始めるで。今日は機材のチェックだからBメロの途中くらいまでや。イヤモニの音が小さかったり大きかったりしたら言ってや。調整するから』
「うん、わかった」
『じゃキャンスト流すで』
そう言われたのでスタートの位置につく三人。するとイヤモニの中にキャンストの前奏が流れ出す。イヤモニの音に合わせて踊り始めた三人だったが、イヤモニの音から二秒近く遅れて実際の会場のスピーカーから音が流れてきて、美空はどちらに合わせればいいかわからなくなってしまう。
「ごめん亜紀ちゃん、もっとイヤモニの音上げてもらっていいかな。会場の音にイヤモニの音がかき消されちゃう」
『了解や。ゆかっちとれいれいはどうや?』
「わたしもちょっと上げてほしいかな」
「うん、アタシも」
『了解や。じゃもう一回キャンストいくで』
もう一度キャンストが流れ、踊り始める三人。今度は問題なく歌い踊ることができた。
そのような感じでヒカリノツバサも練習が終わり、この日のリハーサルは終了となった。
「本番だと普段河川敷でやってるのとは全然感覚が違ったね」
「あんなにスピーカーとタイムラグがあるんだね。ビックリした」
「うん、リハーサルができて良かった……」
帰り道、三人で今日の感想を話し合う。話しながら、美空の様子を伺っていた佑香が一安心する。
「(よかった、みそらちゃん普段通りだ)」
★
その後も、歌い方やダンスの手足の角度など、ファーストライブよりもこだわった練習が続いた。こだわりの先には、ailesのひびき蘭の言葉、「観てくれる人に笑顔を届けたい」という思いがあった。
本番前日の練習を終えて、それぞれが自宅への帰路に着いた。
美空は夕飯を食べ終わると、自室へ戻った。
目を閉じて、明日会場で歌っている自分を想像する。
「……っ!」
その時、「あの日」以来見ていなかった光景が脳内にフラッシュバックする。
ぐにゃりと歪む世界。上方へ流れていく背景。
目を開け、荒く息を吐く美空。首を大きく横に振ると、茶の間へ水を飲みに行く。
水を一飲みした後、美空は部屋の電気を消し、ベッドに潜り込んだ。そして、何も考えないように気を張っていたら、中々寝付くことが出来なかった。
「本番当日はお前たち三人を乗せていくから、今日はガマンしてくれ」
そう言い残して美奈子の軽自動車が高校の駐車場を出発する。
「じゃ私たちも行こうか」
美空が道を知っているということで、佑香達は美空の案内で会場まで向かうことになった。
高校の最寄り駅である地下鉄南北線幌平橋駅から、地下鉄を乗り継いで東西線円山公園駅まで行く。ここからは目的地である大倉山ジャンプ競技場行きのバスが出ている。
「わたしバスなんてすっごいひさしぶりだよー」
「佑香の家は地下鉄も市電もすぐで恵まれてるから」
大倉山行きのバスには、佑香たち三人以外にはいかにも観光客といった老夫婦が乗っているだけである。佑香は久しぶりのバスにはしゃぎながらも、ちらちらと美空の顔を見ていた。今のところ美空の表情に特別の変化はない。
やがて、ぐんぐんと山の中を進んでいくバスの右前方に、小さなスキー場のような緑の丘が見えてきた。斜面には緑色の人工芝に覆われた大きな建造物が建っている。
「わー、大きい、本物のジャンプ台だ! あれが大倉山?」
「まだだよ。あれは荒井山ジャンプ場。小中学生用の小さいジャンプ台だよ」
いくら札幌市民とはいえ、本物のジャンプ台を見たことのある者は少数である。佑香がはしゃいで言うと、美空が冷静に答えた。
「え、あれで小さいの?」
「荒井山で驚いてたら大倉山を見たら腰を抜かしちゃうかもよ」
美空の返事に、普段の美空だったらそんな返し方はしないのに、と思った玲だったが、口には出さずに一緒に窓の外の景色を見ていた。
『まもなく終点、大倉山競技場入口です』
バスの窓からは緑の丘しか見えなかったので、運賃を払ってとりあえずバスから出る佑香。バスから降りて外を見上げる。
★
「……うわぁ」
そこにあったのは、先ほどの荒井山のジャンプ台の倍から三倍近くありそうな、巨大な緑色の斜面だった。
今日は晴れているのだが、それでもジャンプ台の頂上付近は霞んで見える。ジャンプ台は大きさも想像を越えたものだったが、その斜面も想像以上に急だった。佑香も玲も札幌市民なので小中学校の体育の授業でスキーは経験があるが、スキー場のコースで換算すると上級者コースか超上級者コースと言えるような急斜面が真っ直ぐに伸びていた。
「今日は、雲の流れが穏やかだな……」
「え、なにみそらちゃん?」
「いや、なんでもないよ。ちょっと空を見ていただけ」
「そら?」
美空に合わせるように佑香も空を見上げる。
「みんなおまたせー」
その時、三人の後方から声がかかった。美奈子の車に乗って紗夜香と亜紀も到着したところだった。
「いえ、こっちも今着いたところですー」
紗夜香の言葉に佑香が返す。美奈子が駐車場に車を停めて、全員が合流する。
「それじゃテレビ局の人がいるはずだから挨拶に行くぞ」
美奈子を先頭に、大倉山ジャンプ競技場の敷地内に入っていく。
「それにしても、大きいね」
敷地内に入り、近付いてくるジャンプ台を見ながら玲がつぶやく。
「公式試合で使うのは宮の森のノーマルヒルと、この大倉山のラージヒルの二つ。ラージヒルの方が滞空時間が長くて飛んでいて気持ちいいんだよね」
そう話す美空の顔がとても遠く、儚げに見えて、佑香は思わず聞いてしまう。
「みそらちゃん、また飛びたいの……?」
その問いに、美空はすっと表情を消す。そして少し考えた後、穏やかに微笑みながら答える。
「飛べるなら、ね」
そうつぶやいてジャンプ台の踏み切り地点に視線を固定する美空。
「私はもう、飛べないから」
佑香がなんと声を掛ければいいのか迷っていると、その前に美奈子が声を出した。
「見えたぞ、あちらがKTBのスタッフの方だ」
美奈子の言った方へ目を向けると、ジャンプ台の滑り終えてきた辺りの場所に、数人の人影があった。帽子に遮光グラスをかけた、いかにもテレビ局の関係者といった風貌の者もいる。
「はじめまして、札幌南女子高校教諭の佐藤美奈子と申します。本日は宜しくお願いいたします」
「北国テレビの本郷です。今回のイベント部門の統括をしています、宜しくお願いします」
そう言って名刺交換を行う美奈子と本郷。続いて美奈子が全員を紹介する。
「こちらが及川、部長をしていますので全体の進行などの話は及川にお願いします。こっちが菊川。音響関連は菊川が担当します。そして柿木、葛西、成瀬の三人がステージに立つメンバーになります。お願いします」
「音響は加藤、ステージ周りが真中が担当します。わからないことがあったら何でも聞いてください」
そう本郷が話すと、左右に立っていた加藤と真中と呼ばれた男女がペコリと頭を下げる。
「よ、よろしくお願いしますっ」
慌ててこちらも頭を下げる佑香たち。
「それでは早速リハーサルを行っていきましょう」
★
「当日までみんなしか使わないから、バミリとか自由に付けていいからね」
「ありがとうございます!」
ステージでは佑香が率先して真中とコミニュケーションを取っていた。真中はいかにもテレビウーマンといった感じの快活な女性で、佑香はすぐに溶け込むことができた。
「バミリって何?」
「立ち位置とかの目印にするガムテープのことだよ。キャンストの始まりのときの立つ場所に目印を付けておこう」
玲の質問に佑香が答えながら、歌い始めの立ち位置に三人で立つようにする。
「真中さん、これで三人均等になっていますかー?」
「うーん、左側の子、成瀬さん。あと5センチ外側に広がって」
「は、はい」
言われるままに玲が気持ち外側に立ち位置を変える。
「オーケー、そこでバミリ入れておいて!」
「わかりました!」
それぞれに足元にガムテープを貼る三人。その時、三人の付けているイヤモニに声が入ってきた。
『みんな聞こえとるかー?』
「あ、あきちゃん」
『こっちの準備できたから、リハーサル始めるで。今日は機材のチェックだからBメロの途中くらいまでや。イヤモニの音が小さかったり大きかったりしたら言ってや。調整するから』
「うん、わかった」
『じゃキャンスト流すで』
そう言われたのでスタートの位置につく三人。するとイヤモニの中にキャンストの前奏が流れ出す。イヤモニの音に合わせて踊り始めた三人だったが、イヤモニの音から二秒近く遅れて実際の会場のスピーカーから音が流れてきて、美空はどちらに合わせればいいかわからなくなってしまう。
「ごめん亜紀ちゃん、もっとイヤモニの音上げてもらっていいかな。会場の音にイヤモニの音がかき消されちゃう」
『了解や。ゆかっちとれいれいはどうや?』
「わたしもちょっと上げてほしいかな」
「うん、アタシも」
『了解や。じゃもう一回キャンストいくで』
もう一度キャンストが流れ、踊り始める三人。今度は問題なく歌い踊ることができた。
そのような感じでヒカリノツバサも練習が終わり、この日のリハーサルは終了となった。
「本番だと普段河川敷でやってるのとは全然感覚が違ったね」
「あんなにスピーカーとタイムラグがあるんだね。ビックリした」
「うん、リハーサルができて良かった……」
帰り道、三人で今日の感想を話し合う。話しながら、美空の様子を伺っていた佑香が一安心する。
「(よかった、みそらちゃん普段通りだ)」
★
その後も、歌い方やダンスの手足の角度など、ファーストライブよりもこだわった練習が続いた。こだわりの先には、ailesのひびき蘭の言葉、「観てくれる人に笑顔を届けたい」という思いがあった。
本番前日の練習を終えて、それぞれが自宅への帰路に着いた。
美空は夕飯を食べ終わると、自室へ戻った。
目を閉じて、明日会場で歌っている自分を想像する。
「……っ!」
その時、「あの日」以来見ていなかった光景が脳内にフラッシュバックする。
ぐにゃりと歪む世界。上方へ流れていく背景。
目を開け、荒く息を吐く美空。首を大きく横に振ると、茶の間へ水を飲みに行く。
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