ヒカリノツバサ~女子高生アイドルグラフィティ~

フジノシキ

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第5章 ヒカリノツバサ

翼の折れた天使

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 ライブ当日。

 今度はリハーサルとは逆に、佑香たち三人が美奈子の車に乗って会場へ向かう。

「もうさとみな先生気を抜くとすぐ中央線はみ出すんだもん、本番前に冷や汗かいちゃったよぉ」
「大丈夫だ、こう見えてもまだ事故を起こしたことはないゴールド免許だぞ」

 大倉山ジャンプ競技場の駐車場に車を入れて、佑香と美奈子がそんな会話をする。

「あ、亜紀と紗夜香先輩も来た」

 玲が長い手を振る。タクシーから降りた紗夜香が手を振り返す。通勤通学では使われない大倉山行きのバスは始発の時間が遅いためリハーサルの開始時間にはまだ走っていない。そのため二人は最寄駅からタクシーに乗って来ていた。

 まだ観客の来ていない会場に足を踏み入れる。選手は既に何人か会場に居て、ウォーミングアップ等を行っていた。

「あ、ちょっと待ってて」

 控え室に向かう途中、美空が一人輪を離れてウォーミングアップを行っている選手の方へ向かう。選手も美空に気付き、笑顔で話し掛ける。

「あ、あれ原木選手やないか? オリンピック銀メダリストの」

 美空の話し相手の顔にピンと来た亜紀が隣の佑香に話し掛ける。

「あー、テレビかどこかで見たことのある人だと思った!」

 原木選手と親しげに会話している美空を見ながら、玲がつぶやく。

「美空、本当に凄い人だったんだ……」

          ★

 スキージャンプの本来のシーズンは冬。冬場で、しかも高地の大倉山はマイナス気温になり厚手のコートでも着なければとてもではないが立っていられない。しかし、今日はサマージャンプ。初夏の札幌の陽気に、リハーサル用のTシャツから覗く素肌が風に当たって心地良かった。

「こんな大自然の中、衣装が着られて気持ちいいね、れいちゃん」
「うん……」

 佑香の言葉に笑って答える玲。しかし、玲はさっきから美空がずっとジャンプ台の方を向いているのが気になっていた。

「ねえ美空、気になるの?」

 その言葉にはっと振り返る美空。

「あ、ごめん。つい見ちゃってた。リハに集中しないとだね」

 そう言って二人の所に駆け寄って来る美空。玲は安心してステージの方に目線を変える。そのため、駆け寄って来る美空の指先が細かく震えていたことに気付かなかった。


「ではゲネプロいきまーす!」
「「「よろしくお願いします!」」」

 テレビ局スタッフの合図に、三人が元気よく返事をする。ゲネプロとは、業界用語で最終リハーサルのことである。三人のライブはあくまで試合前のイベントであり、テレビ中継されるのは本番のジャンプの試合だけである。テレビ局としても本放送の準備があるため、ステージでのリハーサルは通しの一回のみであった。

「♪小さなキャンディ ポケットいっぱいに詰め込んで」

 一曲目のキャンストを歌い始める三人。佑香は、前回一度大倉山でリハーサルをしていたおかげで、イヤモニのタイムラグもあまり気にならずに、曲に集中できるようになっていた。
 と同時に、曲に集中できているため、いつもより左側の美空の動きがぎこちないのが気になった。右手の玲が昔に比べてどんどん動けるようになってきている分、余計に美空にいつものキレがないことが気になった。

「♪届けみんなへ 魔法のストーリー」

 キャンストを歌い終わる三人。見守っていた数名のスタッフから拍手をもらう。佑香はぺこりと礼をすると、美空の方を見る。

「みそらちゃん大丈夫? なんかいつもより動きがぎこちなかった気がするけど」
「え、そう、かな? 大丈夫だよ。次はもっとしっかり動くね」

 美空はそう返すが、表情も心なしか曇っているようだった。佑香は更に言葉を掛けるべきか迷ったが、スタッフからの「次行きまーす」という声に、気持ちを切り替えざるをえなかった。

「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」

 二曲目のヒカリノツバサを歌い始める三人。前奏が終わって三人揃ってのツーステップになるが、やはり美空だけ動きが硬かった。

「♪不安よりも期待持って行くよ」

 ヒカリノツバサの最大の見せ場である、Bメロ終わりの美空の大ジャンプ。だが、美空はなんと助走で躓いてしまい、転んでしまう。

「みそらちゃん!?」

 美空が、ただ転んだだけですぐにダンスに復帰できる感じではなく、転んだ後に呆然としているのを見て、佑香が咄嗟に声を上げる。

「すみません、リハ中断でお願いします!」

          ★

 ゲネプロを中断した三人は、控え室に戻ってきていた。椅子に座った美空は、虚ろな表情をしていて、目の焦点が合っていなかった。

「みそらちゃん……」

 佑香が恐る恐るといった感じで美空に声を掛ける。その声に気付いてか、美空がうつむきながら口を開く。

「あの時のことが脳内にフラッシュバックするんだ」
「あの時って」
「……去年のここでの転倒事故」

 そう言ってより一層肩を小さくすぼめる美空。美空は普段冷静で自信に満ちているから感じなかったが、本当はこんなに小柄な少女なんだ、と佑香はその姿を見て思った。

「みそらちゃん、この前のリハーサルの時は大丈夫だったのに……」
「自分でも、この前なんともなかったからもう大丈夫だと思っていたんだ。でも、今日他の選手が飛んでいるところを見て。踏み切りの音がする度にあの時のことが脳内に甦るんだ」

 ぐっと顔を両手で塞ぐ美空。

「歌えない、踊れない……。どうしよう……」

 いつもどちらかというと天才肌で淡々とこなしていく美空の、こんな姿を見るのは初めてだった。

「みそらちゃん……」

 佑香も、どんな言葉を掛ければいいのかわからず困っていた。美空の苦悩がどれだけ深いものなのか、佑香には想像することもできなかった。


 その時、それまでずっと黙っていた玲が、つかつかと美空の元へ歩み寄った。
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