ヒカリノツバサ~女子高生アイドルグラフィティ~

フジノシキ

文字の大きさ
36 / 38
第5章 ヒカリノツバサ

言葉は還って

しおりを挟む
「美空……」

 美空の真正面に立った玲が、美空の名前をつぶやく。その声は震えていた。名前を呼ばれた美空が顔を上げる。


パチィイイン


 乾いた音が控え室に響きわたる。美空が、何が起こったかわからないまま、自分の左頬を押さえる。美空の左頬は、玲のビンタによって赤く腫れ上がっていた。

「玲、ちゃん……?」

 呆けたように顔を上げた美空の視界には、目に涙を溜め込んだ玲の顔があった。泣きながらも、その表情は怒りに満ちていた。


「しっかりしてよ、美空!!」

 溜まった涙をぼろぼろと流しながら、玲が叫ぶ。

「練習は裏切らない、って言ってくれたの美空でしょ! アタシはいつもその言葉を信じてやってきたんだから!」

 佑香が、玲のここまで感情むき出しになっている姿を見るのは初めてだった。それは美空も同じで、玲の鬼気迫る顔から目が離せないでいる。

「美空のあの言葉があったから、アタシは初ライブで、初めて本番を『楽しい』と思うことができた。いつも本番なんかずっと来なければいいと思いながら生きてきたアタシが、今回は本番が待ち遠しくて、練習がすごく楽しく感じることができた。だから、それなのに……」

 その言葉にはっとする佑香。今回は舞台が大倉山ということで美空にばかり気をかけていたが、玲だってこの日のために頑張ってきたのだ。そして、前回は不安の中練習し続けた玲にとって、今回は初めて「本番を楽しみに」して迎えた日だった。

「そりゃ美空がジャンプをやってきた年月に比べたら、アタシのアイドルとしての時間なんてほんの少しかもしれない。でも、それでもこの数ヶ月を美空自身が信じてくれなきゃ、アタシは、アタシは! っ……」

 そのまま涙声で言葉にならなくなる玲。玲の感情がどんどん高まるにつれ、逆に、美空は自分を取り戻していく。まるで、美空の感情を玲が吸い取ってくれていくかのように。

「……っ」

 身体を屈めて肩で泣く玲。そこに美空が立ち上がる。普段は美空が見上げる程の身長差があるが、玲が屈んでいるため、二人の目線の高さはほぼ一緒だった。美空がそっと手を玲の顔に伸ばし、指で優しく玲の涙を拭う。

「ごめん玲ちゃん。そしてありがとう」
「美空……」
「うん、私が言った言葉だもんね。『練習は裏切らない』。私も今日までこの日のために練習してきたんだ、信じなきゃだね」

 そう話す美空の顔は、冷静さを取り戻していた。

「みそらちゃん……」
「佑香ちゃんもごめんね、迷惑かけて。もう大丈夫」

 そう言い力強く頷く美空を見て、破顔する佑香。しかしすぐにリーダーの顔に戻る。

「どうしよう、ゲネプロ結局ヒカリノツバサ最後までやってないけど」
「やろう。ね、佑香、美空」

 玲の言葉に頷く二人。

「でも場所がないよね」

 そう言って控え室の窓から外を見る佑香。控え室の外の芝生では選手達がウォーミングアップや踏み切りの練習を行っていた。それにその先には一般の観客が入り始めていたので、リハーサルの姿が見えてしまう。

「大丈夫。たぶんあそこなら使えると思うから」


 美空はそうつぶやくと皆を連れて建物の外に出た。美空の歩いて行った先、観客席側から見て建物の裏側に、ちょうどステージと同じくらいの広さの空きスペースがあった。

「よく選手時代、試合前のウォーミングアップにここを使っていたんだ。私以外の人が使っているのは見たことがないから、ここなら使ってても大丈夫」
「でも大きな音は出せないね」
「うん、じゃ自分たちで歌いながらやろう」

 佑香の言葉に、顔を合わせて頷く三人。アカペラで佑香がヒカリノツバサの前奏を口ずさむ。

「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」

 前奏を歌い終わり、踊り始める三人。今度は美空もしっかりとした動きで二人に合わせていた。

「♪不安よりも期待持って行くよ」

 Bメロの終わりの、問題のジャンプ部分。
 美空はいつものように、空高く舞った。

 その後、一番と二番の間の伴奏も佑香が口ずさみながら踊ったため、佑香は本番以上の重労働となったが、三人で合わせられる充実感が疲労感に勝った。

「♪素敵な冒険を今始めよう」

 曲が終わり決めのポーズを入れる三人。一呼吸入れて全員が向かい合う。

「やった!」
「うん」
「いける」

 その三人の様子を見ていた紗夜香が三人の元へ来る。

「三人とも良かったわ。さあ、控え室に戻って。衣装に着替えてメイクよ、時間がないわ」
「はいっ」
「スタッフさんには今さとみなちゃんと亜紀ちゃんが話しに行ってくれているから」


 控え室に戻った三人は、衣装に着替えた後、紗夜香にメイクをしてもらっていた。

「れいちゃん」
「何、佑香?」
「れいちゃんすっぴんでも凄いキレイだよ」

 先ほどの号泣で、玲の化粧はほとんど落ちてしまっていた。

「な、そんなこと……」
「本当、これで地味だなんて中学の男子見る目が無かったんだよ」

 美空も加勢する。玲はどんどん恥ずかしくなり頬を真っ赤にする。

「こら、メイク中なんだからあんまり顔の表情変えない」

 紗夜香に怒られる三人。もっとも、紗夜香も本気で怒っているわけではなかった。

「玲ちゃん、……ありがとう」
「アタシこそ。ファーストライブの時に美空に助けてもらったのはアタシだから」

 お互いに礼を言う美空と玲。その顔は決意とやる気に満ちていた。

 メイクが終わる。「頑張って」と声を掛け、紗夜香と亜紀は音響室へ向かって行った。

「よし、円陣組もう!」

 佑香の合図と共に、三角形に集まる三人。

「じゃ今の全力をステージにぶつけよう。そしてみんなに笑顔を届けよう。スノーフェアリーズ、ファイッ」
「「「オー!!」」」

 時計は、本番開始二分前を指していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...