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第5章 ヒカリノツバサ
言葉は還って
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「美空……」
美空の真正面に立った玲が、美空の名前をつぶやく。その声は震えていた。名前を呼ばれた美空が顔を上げる。
パチィイイン
乾いた音が控え室に響きわたる。美空が、何が起こったかわからないまま、自分の左頬を押さえる。美空の左頬は、玲のビンタによって赤く腫れ上がっていた。
「玲、ちゃん……?」
呆けたように顔を上げた美空の視界には、目に涙を溜め込んだ玲の顔があった。泣きながらも、その表情は怒りに満ちていた。
「しっかりしてよ、美空!!」
溜まった涙をぼろぼろと流しながら、玲が叫ぶ。
「練習は裏切らない、って言ってくれたの美空でしょ! アタシはいつもその言葉を信じてやってきたんだから!」
佑香が、玲のここまで感情むき出しになっている姿を見るのは初めてだった。それは美空も同じで、玲の鬼気迫る顔から目が離せないでいる。
「美空のあの言葉があったから、アタシは初ライブで、初めて本番を『楽しい』と思うことができた。いつも本番なんかずっと来なければいいと思いながら生きてきたアタシが、今回は本番が待ち遠しくて、練習がすごく楽しく感じることができた。だから、それなのに……」
その言葉にはっとする佑香。今回は舞台が大倉山ということで美空にばかり気をかけていたが、玲だってこの日のために頑張ってきたのだ。そして、前回は不安の中練習し続けた玲にとって、今回は初めて「本番を楽しみに」して迎えた日だった。
「そりゃ美空がジャンプをやってきた年月に比べたら、アタシのアイドルとしての時間なんてほんの少しかもしれない。でも、それでもこの数ヶ月を美空自身が信じてくれなきゃ、アタシは、アタシは! っ……」
そのまま涙声で言葉にならなくなる玲。玲の感情がどんどん高まるにつれ、逆に、美空は自分を取り戻していく。まるで、美空の感情を玲が吸い取ってくれていくかのように。
「……っ」
身体を屈めて肩で泣く玲。そこに美空が立ち上がる。普段は美空が見上げる程の身長差があるが、玲が屈んでいるため、二人の目線の高さはほぼ一緒だった。美空がそっと手を玲の顔に伸ばし、指で優しく玲の涙を拭う。
「ごめん玲ちゃん。そしてありがとう」
「美空……」
「うん、私が言った言葉だもんね。『練習は裏切らない』。私も今日までこの日のために練習してきたんだ、信じなきゃだね」
そう話す美空の顔は、冷静さを取り戻していた。
「みそらちゃん……」
「佑香ちゃんもごめんね、迷惑かけて。もう大丈夫」
そう言い力強く頷く美空を見て、破顔する佑香。しかしすぐにリーダーの顔に戻る。
「どうしよう、ゲネプロ結局ヒカリノツバサ最後までやってないけど」
「やろう。ね、佑香、美空」
玲の言葉に頷く二人。
「でも場所がないよね」
そう言って控え室の窓から外を見る佑香。控え室の外の芝生では選手達がウォーミングアップや踏み切りの練習を行っていた。それにその先には一般の観客が入り始めていたので、リハーサルの姿が見えてしまう。
「大丈夫。たぶんあそこなら使えると思うから」
美空はそうつぶやくと皆を連れて建物の外に出た。美空の歩いて行った先、観客席側から見て建物の裏側に、ちょうどステージと同じくらいの広さの空きスペースがあった。
「よく選手時代、試合前のウォーミングアップにここを使っていたんだ。私以外の人が使っているのは見たことがないから、ここなら使ってても大丈夫」
「でも大きな音は出せないね」
「うん、じゃ自分たちで歌いながらやろう」
佑香の言葉に、顔を合わせて頷く三人。アカペラで佑香がヒカリノツバサの前奏を口ずさむ。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
前奏を歌い終わり、踊り始める三人。今度は美空もしっかりとした動きで二人に合わせていた。
「♪不安よりも期待持って行くよ」
Bメロの終わりの、問題のジャンプ部分。
美空はいつものように、空高く舞った。
その後、一番と二番の間の伴奏も佑香が口ずさみながら踊ったため、佑香は本番以上の重労働となったが、三人で合わせられる充実感が疲労感に勝った。
「♪素敵な冒険を今始めよう」
曲が終わり決めのポーズを入れる三人。一呼吸入れて全員が向かい合う。
「やった!」
「うん」
「いける」
その三人の様子を見ていた紗夜香が三人の元へ来る。
「三人とも良かったわ。さあ、控え室に戻って。衣装に着替えてメイクよ、時間がないわ」
「はいっ」
「スタッフさんには今さとみなちゃんと亜紀ちゃんが話しに行ってくれているから」
控え室に戻った三人は、衣装に着替えた後、紗夜香にメイクをしてもらっていた。
「れいちゃん」
「何、佑香?」
「れいちゃんすっぴんでも凄いキレイだよ」
先ほどの号泣で、玲の化粧はほとんど落ちてしまっていた。
「な、そんなこと……」
「本当、これで地味だなんて中学の男子見る目が無かったんだよ」
美空も加勢する。玲はどんどん恥ずかしくなり頬を真っ赤にする。
「こら、メイク中なんだからあんまり顔の表情変えない」
紗夜香に怒られる三人。もっとも、紗夜香も本気で怒っているわけではなかった。
「玲ちゃん、……ありがとう」
「アタシこそ。ファーストライブの時に美空に助けてもらったのはアタシだから」
お互いに礼を言う美空と玲。その顔は決意とやる気に満ちていた。
メイクが終わる。「頑張って」と声を掛け、紗夜香と亜紀は音響室へ向かって行った。
「よし、円陣組もう!」
佑香の合図と共に、三角形に集まる三人。
「じゃ今の全力をステージにぶつけよう。そしてみんなに笑顔を届けよう。スノーフェアリーズ、ファイッ」
「「「オー!!」」」
時計は、本番開始二分前を指していた。
美空の真正面に立った玲が、美空の名前をつぶやく。その声は震えていた。名前を呼ばれた美空が顔を上げる。
パチィイイン
乾いた音が控え室に響きわたる。美空が、何が起こったかわからないまま、自分の左頬を押さえる。美空の左頬は、玲のビンタによって赤く腫れ上がっていた。
「玲、ちゃん……?」
呆けたように顔を上げた美空の視界には、目に涙を溜め込んだ玲の顔があった。泣きながらも、その表情は怒りに満ちていた。
「しっかりしてよ、美空!!」
溜まった涙をぼろぼろと流しながら、玲が叫ぶ。
「練習は裏切らない、って言ってくれたの美空でしょ! アタシはいつもその言葉を信じてやってきたんだから!」
佑香が、玲のここまで感情むき出しになっている姿を見るのは初めてだった。それは美空も同じで、玲の鬼気迫る顔から目が離せないでいる。
「美空のあの言葉があったから、アタシは初ライブで、初めて本番を『楽しい』と思うことができた。いつも本番なんかずっと来なければいいと思いながら生きてきたアタシが、今回は本番が待ち遠しくて、練習がすごく楽しく感じることができた。だから、それなのに……」
その言葉にはっとする佑香。今回は舞台が大倉山ということで美空にばかり気をかけていたが、玲だってこの日のために頑張ってきたのだ。そして、前回は不安の中練習し続けた玲にとって、今回は初めて「本番を楽しみに」して迎えた日だった。
「そりゃ美空がジャンプをやってきた年月に比べたら、アタシのアイドルとしての時間なんてほんの少しかもしれない。でも、それでもこの数ヶ月を美空自身が信じてくれなきゃ、アタシは、アタシは! っ……」
そのまま涙声で言葉にならなくなる玲。玲の感情がどんどん高まるにつれ、逆に、美空は自分を取り戻していく。まるで、美空の感情を玲が吸い取ってくれていくかのように。
「……っ」
身体を屈めて肩で泣く玲。そこに美空が立ち上がる。普段は美空が見上げる程の身長差があるが、玲が屈んでいるため、二人の目線の高さはほぼ一緒だった。美空がそっと手を玲の顔に伸ばし、指で優しく玲の涙を拭う。
「ごめん玲ちゃん。そしてありがとう」
「美空……」
「うん、私が言った言葉だもんね。『練習は裏切らない』。私も今日までこの日のために練習してきたんだ、信じなきゃだね」
そう話す美空の顔は、冷静さを取り戻していた。
「みそらちゃん……」
「佑香ちゃんもごめんね、迷惑かけて。もう大丈夫」
そう言い力強く頷く美空を見て、破顔する佑香。しかしすぐにリーダーの顔に戻る。
「どうしよう、ゲネプロ結局ヒカリノツバサ最後までやってないけど」
「やろう。ね、佑香、美空」
玲の言葉に頷く二人。
「でも場所がないよね」
そう言って控え室の窓から外を見る佑香。控え室の外の芝生では選手達がウォーミングアップや踏み切りの練習を行っていた。それにその先には一般の観客が入り始めていたので、リハーサルの姿が見えてしまう。
「大丈夫。たぶんあそこなら使えると思うから」
美空はそうつぶやくと皆を連れて建物の外に出た。美空の歩いて行った先、観客席側から見て建物の裏側に、ちょうどステージと同じくらいの広さの空きスペースがあった。
「よく選手時代、試合前のウォーミングアップにここを使っていたんだ。私以外の人が使っているのは見たことがないから、ここなら使ってても大丈夫」
「でも大きな音は出せないね」
「うん、じゃ自分たちで歌いながらやろう」
佑香の言葉に、顔を合わせて頷く三人。アカペラで佑香がヒカリノツバサの前奏を口ずさむ。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
前奏を歌い終わり、踊り始める三人。今度は美空もしっかりとした動きで二人に合わせていた。
「♪不安よりも期待持って行くよ」
Bメロの終わりの、問題のジャンプ部分。
美空はいつものように、空高く舞った。
その後、一番と二番の間の伴奏も佑香が口ずさみながら踊ったため、佑香は本番以上の重労働となったが、三人で合わせられる充実感が疲労感に勝った。
「♪素敵な冒険を今始めよう」
曲が終わり決めのポーズを入れる三人。一呼吸入れて全員が向かい合う。
「やった!」
「うん」
「いける」
その三人の様子を見ていた紗夜香が三人の元へ来る。
「三人とも良かったわ。さあ、控え室に戻って。衣装に着替えてメイクよ、時間がないわ」
「はいっ」
「スタッフさんには今さとみなちゃんと亜紀ちゃんが話しに行ってくれているから」
控え室に戻った三人は、衣装に着替えた後、紗夜香にメイクをしてもらっていた。
「れいちゃん」
「何、佑香?」
「れいちゃんすっぴんでも凄いキレイだよ」
先ほどの号泣で、玲の化粧はほとんど落ちてしまっていた。
「な、そんなこと……」
「本当、これで地味だなんて中学の男子見る目が無かったんだよ」
美空も加勢する。玲はどんどん恥ずかしくなり頬を真っ赤にする。
「こら、メイク中なんだからあんまり顔の表情変えない」
紗夜香に怒られる三人。もっとも、紗夜香も本気で怒っているわけではなかった。
「玲ちゃん、……ありがとう」
「アタシこそ。ファーストライブの時に美空に助けてもらったのはアタシだから」
お互いに礼を言う美空と玲。その顔は決意とやる気に満ちていた。
メイクが終わる。「頑張って」と声を掛け、紗夜香と亜紀は音響室へ向かって行った。
「よし、円陣組もう!」
佑香の合図と共に、三角形に集まる三人。
「じゃ今の全力をステージにぶつけよう。そしてみんなに笑顔を届けよう。スノーフェアリーズ、ファイッ」
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時計は、本番開始二分前を指していた。
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