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第5章 ヒカリノツバサ
ヒカリノツバサ
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『それではスノーフェアリーズさん出番です。よろしくお願いします』
「はい、よろしくお願いしますっ」
イヤモニから聞こえてくるスタッフの声。三人は控え室を出ると、建物の前で前方のステージ脇にいる司会のアナウンサーの話を聞く。
「それでは札幌南女子高校アイドル同好会、スノーフェアリーズの皆さんの登場です。どうぞ!」
呼び込みの言葉が、アイドルの紹介というよりも学校の吹奏楽部などの部活動みたいだなと思う佑香。そんなことを考えられるくらい、気持ちに余裕が生まれていた。
司会の呼び込みと同時に、三人でステージに向かって走っていく。屋外の簡易ステージなので楽屋や舞台袖があるわけでもなく、お客さんの前を横切って行くのが若干気恥ずかしい。
三人がステージに立つ。まだジャンプ自体は練習前のため、外にいる観客はほとんどいない。皆、観客席後方にあるロッジの建物の中で休んでいた。さらに、その外にいる観客も皆ジャンプの練習開始を待っている人達のため、わざわざステージ前に集まった人は十人いるかいないかという状態だった。
しかし観客がほとんどいないというのは三人の想定内だった。落ち込むことなく、元気に佑香が話し出す。
「皆さんおはようございます! わたしたちスノーフェアリーズです!」
十名程度の観客からまばらな拍手が起きる。佑香はぺこりと頭を下げると、MCを続ける。
「今日は、KTB杯サマージャンプにお越しいただき、ありがとうございます!」
「このような素敵な舞台で歌えることに感謝しています」
佑香に続いて、玲も話す。そして、話し終わった玲が美空の方に目配せをする。アイコンタクトでバトンを受け取った美空が、口を開く。
「今日は男女とも熱い戦いが期待されます。女子は、昨シーズンのワールドカップでも表彰台に上がった上原選手、田中選手を中心に、夏の練習で好調な中学生の伊藤選手がどこまで上位に食い込めるかが注目です。男子は、オリンピック団体銅メダルメンバーに、昨シーズン終盤に調子を上げてきた湯浅選手や、この大倉山を得意とする金子選手などの実力者が加わります。風の条件も良く、ビッグジャンプが期待できそうです。私も一ファンとして楽しみにしています」
すらすらと、実況アナウンサーも顔負けな感じで今日の試合の見所を紹介する美空。その声が聞こえたステージから少し離れたところにいた観客もステージの方にやってくる。「何もジャンプを知らないただのアイドルではなく、ジャンプに詳しいアイドルとして、お客さんに少しでも興味を持ってもらおう」という美空が提案した作戦だった。
「おい、あれ葛西美空じゃない?」
集まってきた観客の一人がつぶやく。来ているのはジャンプのファン。当然、一年前まで選手だった美空を知っている人間がいるのも想定の範囲内だった。
「みそらちゃん……」
佑香が、マイクに声が乗らないようにしてつぶやく。再び転倒の時の記憶が呼び戻されてしまうのではないかと危惧したのだ。しかし、美空はちらりと佑香にアイコンタクトを取る。それは「大丈夫」というサインだった。その目に宿る力の強さに、佑香も成功を確信する。
「それではお聞きください。一曲目『CANDY☆CANDY☆STORY』」
佑香の言葉と共に、三人がバミリの立ち位置で静止する。亜紀が三人にだけ聞こえるように、イヤモニで「じゃ、いくで」と声を掛ける。
「♪小さなキャンディ ポケットいっぱいに詰め込んで」
前奏を歌い上げ、ステップを始める三人。中央で踊る佑香は、美空の動きにゲネプロの時のような違和感を感じずほっとする。それどころか、いつにも増してキレの良い美空の動きに負けじと、佑香も限界まで手足の振りを大きくする。
「♪届けみんなへ 魔法のストーリー」
キャンストを歌い切る三人。見ていた観客から拍手が送られる。キャンストを歌っている間に、何かイベントをやっているみたいだとロッジで休んでいた人達もやってきて、ステージの周りには数十人の観客が集まっていた。
「ありがとうございました。一曲目『CANDY☆CANDY☆STORY』でした。それではわたしたちの自己紹介をします。まずは、れいちゃんから!」
曲間のMCで、三人が自己紹介をしていく。美空が名乗ったときに多少ざわついたものの、そこで野次が飛ぶようなこともなく、無事に自己紹介を終える。
「それでは次がラストの曲になります。この曲は、途中で今日の試合にも負けない熱いジャンプがあるのでおたのしみに! ではいきます。スノーフェアリーズで」
「「「『ヒカリノツバサ』」」」
三人の声が綺麗に揃う。そして、すっとバミリの位置に移動する三人。
イヤモニを通して耳の中に流れてくる前奏に集中する。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
佑香が、ありったけの思いを込めて前奏を歌い始める。広げる光の翼は、自分だけでなく、美空にも玲にも生えていた。
「♪遥か高く広い あの空へと」
佑香の後を受けて、玲が大倉山の空の下に声を響かせる。
そして、前奏が始まり、三人がツーステップで踊り始める。この前見に行ったライブ会場のようなコールは起きなかったが、観客の中にはリズムに合わせて首を振っている人もいた。
「♪駆け出して行く 今日も放課後 いつもの川原へ」
Aメロを歌っていく美空。もう不安やためらいは無かった。歌詞の通り、今までの川原での練習を思い出しながら歌う。
Bメロに入り、一旦PPPHのリズムにテンポを落とし、そこからまたリズムを上げていく。
そして、一番の見せ場がやって来る。
「♪不安よりも期待持って行くよ」
いつの間にかセンターを入れ替わっていた佑香と玲が左右に大きく開き、その真ん中を後ろから助走を付けた美空が大きくジャンプする。
簡易ステージの不安定な足場ながら、そのジャンプは今までの練習のどれよりも高かった。
ジャンプの最高点で、スローモーションのように美空の視界に景色が流れていく。
それは、かつてこの大倉山で自分が大ジャンプを成功させた時と同じ光景だった。どんなに曇り空や、たとえ雪の日でも、ジャンプが成功したときには景色が光り輝くように見えた。忘れかけていた光景が、美空の脳内に広がっていく。
そして、大ジャンプの時には聞こえた歓声やどよめきが、今もはっきりと聞き取ることができた。ジャンプの時はヘルメットで、今はイヤモニをしているから、こんなにはっきりと聞こえるはずがないのに。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
着地し、すぐにサビを歌い始める美空。その胸の中は高揚感に満ちていた。
佑香も、美空のジャンプで会場がざわめいたのはわかっていた。その客席の熱量を全て受け止めようと、限界まで声を張り上げてサビを歌い上げる。玲も、その長い腕をいっぱいに伸ばしてダンスを披露する。
「♪頑張りすぎて 翼折れちゃう こともあるけど そんな時には 一休みで」
二番のAメロ。佑香が歌詞に合わせるように、優しい顔をして前半を歌う。
「♪治った翼 ほらこんなにも 強く変わるよ さらに先へと進める」
Aメロの後半は玲が伸びやかな声で歌い上げる。歌詞の意味にもいつも以上に気持ちが入る。
「♪苦しい時あっても」
Bメロの前半を美空が歌う。その顔は、決意に満ちていた。
「♪その何倍もの楽しさ待ってる!」
三人の声が重なり、心も一つになる。
二番のサビを一番以上の勢いで歌った三人は、間奏でも気持ちが自然とダンスに乗り移ったような、そんな動きでステージ上を動き回る。ターンする度に三人の顔が交差する。それぞれが見た相手の顔は、曲の歌詞の世界に入りきった、そんな笑顔だった。
「♪素敵な冒険を今始めよう」
最後のサビを歌いきり、ポーズを決める三人。
伴奏の終了のあと、数秒の間が空く。
そしてその間は観客の大きな拍手に変わった。
まだまだ少ない、それでもファーストライブに比べたら格段に多い数十人からの拍手に、充実感に満たされる三人。何より、本来ジャンプを見に来ている、自分達には興味が無いはずの人達がみんな笑顔になっていることが、三人には嬉しかった。
「「「ありがとうございました!!」」」
本当は「この後の試合も楽しんでください」等の台詞も考えていた佑香だったが、これ以上の言葉は出なかった。ただ、美空と玲と共に、感極まり泣きそうな笑顔で観客に手を振っていた。
「はい、よろしくお願いしますっ」
イヤモニから聞こえてくるスタッフの声。三人は控え室を出ると、建物の前で前方のステージ脇にいる司会のアナウンサーの話を聞く。
「それでは札幌南女子高校アイドル同好会、スノーフェアリーズの皆さんの登場です。どうぞ!」
呼び込みの言葉が、アイドルの紹介というよりも学校の吹奏楽部などの部活動みたいだなと思う佑香。そんなことを考えられるくらい、気持ちに余裕が生まれていた。
司会の呼び込みと同時に、三人でステージに向かって走っていく。屋外の簡易ステージなので楽屋や舞台袖があるわけでもなく、お客さんの前を横切って行くのが若干気恥ずかしい。
三人がステージに立つ。まだジャンプ自体は練習前のため、外にいる観客はほとんどいない。皆、観客席後方にあるロッジの建物の中で休んでいた。さらに、その外にいる観客も皆ジャンプの練習開始を待っている人達のため、わざわざステージ前に集まった人は十人いるかいないかという状態だった。
しかし観客がほとんどいないというのは三人の想定内だった。落ち込むことなく、元気に佑香が話し出す。
「皆さんおはようございます! わたしたちスノーフェアリーズです!」
十名程度の観客からまばらな拍手が起きる。佑香はぺこりと頭を下げると、MCを続ける。
「今日は、KTB杯サマージャンプにお越しいただき、ありがとうございます!」
「このような素敵な舞台で歌えることに感謝しています」
佑香に続いて、玲も話す。そして、話し終わった玲が美空の方に目配せをする。アイコンタクトでバトンを受け取った美空が、口を開く。
「今日は男女とも熱い戦いが期待されます。女子は、昨シーズンのワールドカップでも表彰台に上がった上原選手、田中選手を中心に、夏の練習で好調な中学生の伊藤選手がどこまで上位に食い込めるかが注目です。男子は、オリンピック団体銅メダルメンバーに、昨シーズン終盤に調子を上げてきた湯浅選手や、この大倉山を得意とする金子選手などの実力者が加わります。風の条件も良く、ビッグジャンプが期待できそうです。私も一ファンとして楽しみにしています」
すらすらと、実況アナウンサーも顔負けな感じで今日の試合の見所を紹介する美空。その声が聞こえたステージから少し離れたところにいた観客もステージの方にやってくる。「何もジャンプを知らないただのアイドルではなく、ジャンプに詳しいアイドルとして、お客さんに少しでも興味を持ってもらおう」という美空が提案した作戦だった。
「おい、あれ葛西美空じゃない?」
集まってきた観客の一人がつぶやく。来ているのはジャンプのファン。当然、一年前まで選手だった美空を知っている人間がいるのも想定の範囲内だった。
「みそらちゃん……」
佑香が、マイクに声が乗らないようにしてつぶやく。再び転倒の時の記憶が呼び戻されてしまうのではないかと危惧したのだ。しかし、美空はちらりと佑香にアイコンタクトを取る。それは「大丈夫」というサインだった。その目に宿る力の強さに、佑香も成功を確信する。
「それではお聞きください。一曲目『CANDY☆CANDY☆STORY』」
佑香の言葉と共に、三人がバミリの立ち位置で静止する。亜紀が三人にだけ聞こえるように、イヤモニで「じゃ、いくで」と声を掛ける。
「♪小さなキャンディ ポケットいっぱいに詰め込んで」
前奏を歌い上げ、ステップを始める三人。中央で踊る佑香は、美空の動きにゲネプロの時のような違和感を感じずほっとする。それどころか、いつにも増してキレの良い美空の動きに負けじと、佑香も限界まで手足の振りを大きくする。
「♪届けみんなへ 魔法のストーリー」
キャンストを歌い切る三人。見ていた観客から拍手が送られる。キャンストを歌っている間に、何かイベントをやっているみたいだとロッジで休んでいた人達もやってきて、ステージの周りには数十人の観客が集まっていた。
「ありがとうございました。一曲目『CANDY☆CANDY☆STORY』でした。それではわたしたちの自己紹介をします。まずは、れいちゃんから!」
曲間のMCで、三人が自己紹介をしていく。美空が名乗ったときに多少ざわついたものの、そこで野次が飛ぶようなこともなく、無事に自己紹介を終える。
「それでは次がラストの曲になります。この曲は、途中で今日の試合にも負けない熱いジャンプがあるのでおたのしみに! ではいきます。スノーフェアリーズで」
「「「『ヒカリノツバサ』」」」
三人の声が綺麗に揃う。そして、すっとバミリの位置に移動する三人。
イヤモニを通して耳の中に流れてくる前奏に集中する。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
佑香が、ありったけの思いを込めて前奏を歌い始める。広げる光の翼は、自分だけでなく、美空にも玲にも生えていた。
「♪遥か高く広い あの空へと」
佑香の後を受けて、玲が大倉山の空の下に声を響かせる。
そして、前奏が始まり、三人がツーステップで踊り始める。この前見に行ったライブ会場のようなコールは起きなかったが、観客の中にはリズムに合わせて首を振っている人もいた。
「♪駆け出して行く 今日も放課後 いつもの川原へ」
Aメロを歌っていく美空。もう不安やためらいは無かった。歌詞の通り、今までの川原での練習を思い出しながら歌う。
Bメロに入り、一旦PPPHのリズムにテンポを落とし、そこからまたリズムを上げていく。
そして、一番の見せ場がやって来る。
「♪不安よりも期待持って行くよ」
いつの間にかセンターを入れ替わっていた佑香と玲が左右に大きく開き、その真ん中を後ろから助走を付けた美空が大きくジャンプする。
簡易ステージの不安定な足場ながら、そのジャンプは今までの練習のどれよりも高かった。
ジャンプの最高点で、スローモーションのように美空の視界に景色が流れていく。
それは、かつてこの大倉山で自分が大ジャンプを成功させた時と同じ光景だった。どんなに曇り空や、たとえ雪の日でも、ジャンプが成功したときには景色が光り輝くように見えた。忘れかけていた光景が、美空の脳内に広がっていく。
そして、大ジャンプの時には聞こえた歓声やどよめきが、今もはっきりと聞き取ることができた。ジャンプの時はヘルメットで、今はイヤモニをしているから、こんなにはっきりと聞こえるはずがないのに。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
着地し、すぐにサビを歌い始める美空。その胸の中は高揚感に満ちていた。
佑香も、美空のジャンプで会場がざわめいたのはわかっていた。その客席の熱量を全て受け止めようと、限界まで声を張り上げてサビを歌い上げる。玲も、その長い腕をいっぱいに伸ばしてダンスを披露する。
「♪頑張りすぎて 翼折れちゃう こともあるけど そんな時には 一休みで」
二番のAメロ。佑香が歌詞に合わせるように、優しい顔をして前半を歌う。
「♪治った翼 ほらこんなにも 強く変わるよ さらに先へと進める」
Aメロの後半は玲が伸びやかな声で歌い上げる。歌詞の意味にもいつも以上に気持ちが入る。
「♪苦しい時あっても」
Bメロの前半を美空が歌う。その顔は、決意に満ちていた。
「♪その何倍もの楽しさ待ってる!」
三人の声が重なり、心も一つになる。
二番のサビを一番以上の勢いで歌った三人は、間奏でも気持ちが自然とダンスに乗り移ったような、そんな動きでステージ上を動き回る。ターンする度に三人の顔が交差する。それぞれが見た相手の顔は、曲の歌詞の世界に入りきった、そんな笑顔だった。
「♪素敵な冒険を今始めよう」
最後のサビを歌いきり、ポーズを決める三人。
伴奏の終了のあと、数秒の間が空く。
そしてその間は観客の大きな拍手に変わった。
まだまだ少ない、それでもファーストライブに比べたら格段に多い数十人からの拍手に、充実感に満たされる三人。何より、本来ジャンプを見に来ている、自分達には興味が無いはずの人達がみんな笑顔になっていることが、三人には嬉しかった。
「「「ありがとうございました!!」」」
本当は「この後の試合も楽しんでください」等の台詞も考えていた佑香だったが、これ以上の言葉は出なかった。ただ、美空と玲と共に、感極まり泣きそうな笑顔で観客に手を振っていた。
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