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五章
無力を感じた時、僕は……~Part7~
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小道具の制作に演技の稽古、それに伴う細かいところの調整など、意外にも順調に事は進み、本番は丁度一ヶ月後に迫っていた。
「香椎さん、これもお願いね」
「……はい」
「ありがとう。じゃあ、よろしくね。ねえ、この後、カラオケでも行かない? 今日なら暇だし……」
堆く積まれた書類の山に、新たな書類が積まれる。今日で何度目になるか分からない光景に隣で書類に目を走らせながら僕は息を吐く。
大事な役を演じることが大変なことは分かっていたが、代表と代表補佐という役職がこんなにもやることが多いということは予想外だった。
各組がどんなことをやるのかといった題目とその詳細の確認に始まり、学校の備品を借りるために必要な備品借用書、学外の物なら学外版用の備品借用書、保健所への申請書、学外へ公示するためのポスターやホームページの確認、大会を見に来る来賓者にどの演劇が良かったかを投票してもらうためのアンケート用紙や注意事項が記載された書類、会計報告の確認など、多岐に渡る書類ひとつひとつに目を通して確認した上で判子を押し、先生に提出しなければいけない。まだ十六歳だというのに肩は一気に凝り固まり、目にはちょくちょく目薬をささないといけない始末。
百歩譲って僕はまだいい。日課であるアニメの録画設定は抜かりなくしてあるし、普段より少なくなっているとはいえゲームをする時間だって確保できている。むしろ生きながらにして死んでいる生活が少しずつ変わり始めている現状に張りを感じている。心は満たされつつあると言っていいだろう。
しかし、茉莉はどうだろうか。
生徒会の仕事と兼任でただでさえ忙しい日々が続いているのに、片付けても書類の山が低くなることはない。さらに月島先生の書いた台本を覚え、演技の稽古だってしなくてはいけない。こんな日々を続けていれば身体を壊すのは目に見えているのに、書類を積んでいく奴らはそれを分かっていて平気で置いていく。
――それを覚悟で引き受けたんだろう、自業自得だ。
そう言ってしまえばそれまでだが、あまりにも非人道的過ぎる。僕ができるようなことはなるべく僕が片付けるようにしているのだが、それにも限界はあり、茉莉が目を通さなくてはいけない仕事も多数ある。
適宜提出される会計報告書に目を通し終え、茉莉に視線を向ける。
最近特に目の下の隈が目立ってきた。
「茉莉?」
「……はい」
「最近ちゃんと寝てる? 顔色悪いよ」
おそらくここで片付かなかった書類を家に持ち帰って仕上げているのだろう。寝る間を惜しんで、粛々と机に向かう茉莉の姿が目に浮かぶ。
「大丈夫です。そんなことより、先輩は先輩の仕事をやってください。ただでさえ鈍くさくてのろまなんですから、人の心配なんかしている場合じゃありませんよ」
そんな状態になっても茉莉は決して弱音を吐かない。私がやらなくてはいけない、という固定観念に囚われすぎているのかもしれない。
――やはり僕はまだ信頼されていないのだろうか。
そんな不安が頭を過る。
本当に危なくなってきたら無理やり茉莉をこの地獄から助ける方法は考えてある。その準備も整っている。しかし、それはあくまでも最終手段で、実際やろうとは思っていない。それをしてしまうとおそらく茉莉は僕を軽蔑し、一生僕、もしかしたら人というものに近づかなくなってしまう可能性さえある。
そう考えると安易に行動を起こすことはできなかった。茉莉には僕が篭ったような分厚い殻に入って欲しくないのだ。
ひとつため息を吐き自分の書類に目を移す。茉莉ほどではないが、それでも正面から僕の顔が見えなくなるくらいの高さまで積まれている。最初は分からないことだらけだった書類も数をこなすことで段々と分かるようになり、処理する速度も随分上がってきたはずだ。
「コーヒーでも買ってこようか?」
椅子の背に身体を預けながら上半身を伸ばし訊く。
「お構いなく。休みたいなら休んでいいですよ。ただ、私より先輩の方が遅かったら両手両足の爪を全て剥ぎますがね」
「……それは恐ろしい。早くやらないとね。でも、遅くなって一緒に帰れなくなったら茉莉が寂し死んじゃうんじゃない?」
「……その軽口を閉じないと、今すぐちょん切りますよ」
「どこを!」
身震いが止まらない。
茉莉が深くため息を吐き口を開く。
「あの、先輩、何か勘違いしているようだから忠告しておきますけど、私は先輩と帰らなくても平気、それどころかいない方がいい、さらに言えば、某国に売り飛ばしたい、とすら思っているんですよ」
「そこまでかよ!」
「はい。そこまでです」
「……あ、そうなんですね。まあ、今更驚きはしないけど」
最近、僕と茉莉は一緒に下校している。駅までの極々短い時間だが、馬鹿話をしながら人前では見せない茉莉の表情を見るのが密かな楽しみだった。それを見ていると僕のしたことが正しいような気がするし、何より茉莉が不器用にはにかむのが嬉しい。相変わらず毒は吐くが、それも以前よりは大分ましになった。なにせ『死ね』『殺す』という類の言葉を使う回数が減ったからな。
「でも、本当、少し休憩しないと倒れちゃうよ」
「倒れませんよ。生憎、私の身体は先輩ほどやわにできていませんので」
「それには同感。あっ、でも、意外と見た目ほど頑丈じゃなかったりして」
「もうしつこいですね。構って欲しいなら、月島先生か吉備先輩とでも遊んで来てくださいよ。気が散って集中できません」
茉莉は心底嫌な顔をこちらに向ける。疎まれているのだが、こんな顔でも無表情よりは幾分かましだ。
「分かったよ」
そう言うもすでに茉莉は聞いていない。いや、訂正。聞いていることは聞いているのだろう。しかし、茉莉の脳がその情報を受け付けないのだ。物凄い集中力と言えば聞こえはいいが、僕にはそれがどうしてもいいことのようには思えなかった。
「香椎さん、これもお願いね」
「……はい」
「ありがとう。じゃあ、よろしくね。ねえ、この後、カラオケでも行かない? 今日なら暇だし……」
堆く積まれた書類の山に、新たな書類が積まれる。今日で何度目になるか分からない光景に隣で書類に目を走らせながら僕は息を吐く。
大事な役を演じることが大変なことは分かっていたが、代表と代表補佐という役職がこんなにもやることが多いということは予想外だった。
各組がどんなことをやるのかといった題目とその詳細の確認に始まり、学校の備品を借りるために必要な備品借用書、学外の物なら学外版用の備品借用書、保健所への申請書、学外へ公示するためのポスターやホームページの確認、大会を見に来る来賓者にどの演劇が良かったかを投票してもらうためのアンケート用紙や注意事項が記載された書類、会計報告の確認など、多岐に渡る書類ひとつひとつに目を通して確認した上で判子を押し、先生に提出しなければいけない。まだ十六歳だというのに肩は一気に凝り固まり、目にはちょくちょく目薬をささないといけない始末。
百歩譲って僕はまだいい。日課であるアニメの録画設定は抜かりなくしてあるし、普段より少なくなっているとはいえゲームをする時間だって確保できている。むしろ生きながらにして死んでいる生活が少しずつ変わり始めている現状に張りを感じている。心は満たされつつあると言っていいだろう。
しかし、茉莉はどうだろうか。
生徒会の仕事と兼任でただでさえ忙しい日々が続いているのに、片付けても書類の山が低くなることはない。さらに月島先生の書いた台本を覚え、演技の稽古だってしなくてはいけない。こんな日々を続けていれば身体を壊すのは目に見えているのに、書類を積んでいく奴らはそれを分かっていて平気で置いていく。
――それを覚悟で引き受けたんだろう、自業自得だ。
そう言ってしまえばそれまでだが、あまりにも非人道的過ぎる。僕ができるようなことはなるべく僕が片付けるようにしているのだが、それにも限界はあり、茉莉が目を通さなくてはいけない仕事も多数ある。
適宜提出される会計報告書に目を通し終え、茉莉に視線を向ける。
最近特に目の下の隈が目立ってきた。
「茉莉?」
「……はい」
「最近ちゃんと寝てる? 顔色悪いよ」
おそらくここで片付かなかった書類を家に持ち帰って仕上げているのだろう。寝る間を惜しんで、粛々と机に向かう茉莉の姿が目に浮かぶ。
「大丈夫です。そんなことより、先輩は先輩の仕事をやってください。ただでさえ鈍くさくてのろまなんですから、人の心配なんかしている場合じゃありませんよ」
そんな状態になっても茉莉は決して弱音を吐かない。私がやらなくてはいけない、という固定観念に囚われすぎているのかもしれない。
――やはり僕はまだ信頼されていないのだろうか。
そんな不安が頭を過る。
本当に危なくなってきたら無理やり茉莉をこの地獄から助ける方法は考えてある。その準備も整っている。しかし、それはあくまでも最終手段で、実際やろうとは思っていない。それをしてしまうとおそらく茉莉は僕を軽蔑し、一生僕、もしかしたら人というものに近づかなくなってしまう可能性さえある。
そう考えると安易に行動を起こすことはできなかった。茉莉には僕が篭ったような分厚い殻に入って欲しくないのだ。
ひとつため息を吐き自分の書類に目を移す。茉莉ほどではないが、それでも正面から僕の顔が見えなくなるくらいの高さまで積まれている。最初は分からないことだらけだった書類も数をこなすことで段々と分かるようになり、処理する速度も随分上がってきたはずだ。
「コーヒーでも買ってこようか?」
椅子の背に身体を預けながら上半身を伸ばし訊く。
「お構いなく。休みたいなら休んでいいですよ。ただ、私より先輩の方が遅かったら両手両足の爪を全て剥ぎますがね」
「……それは恐ろしい。早くやらないとね。でも、遅くなって一緒に帰れなくなったら茉莉が寂し死んじゃうんじゃない?」
「……その軽口を閉じないと、今すぐちょん切りますよ」
「どこを!」
身震いが止まらない。
茉莉が深くため息を吐き口を開く。
「あの、先輩、何か勘違いしているようだから忠告しておきますけど、私は先輩と帰らなくても平気、それどころかいない方がいい、さらに言えば、某国に売り飛ばしたい、とすら思っているんですよ」
「そこまでかよ!」
「はい。そこまでです」
「……あ、そうなんですね。まあ、今更驚きはしないけど」
最近、僕と茉莉は一緒に下校している。駅までの極々短い時間だが、馬鹿話をしながら人前では見せない茉莉の表情を見るのが密かな楽しみだった。それを見ていると僕のしたことが正しいような気がするし、何より茉莉が不器用にはにかむのが嬉しい。相変わらず毒は吐くが、それも以前よりは大分ましになった。なにせ『死ね』『殺す』という類の言葉を使う回数が減ったからな。
「でも、本当、少し休憩しないと倒れちゃうよ」
「倒れませんよ。生憎、私の身体は先輩ほどやわにできていませんので」
「それには同感。あっ、でも、意外と見た目ほど頑丈じゃなかったりして」
「もうしつこいですね。構って欲しいなら、月島先生か吉備先輩とでも遊んで来てくださいよ。気が散って集中できません」
茉莉は心底嫌な顔をこちらに向ける。疎まれているのだが、こんな顔でも無表情よりは幾分かましだ。
「分かったよ」
そう言うもすでに茉莉は聞いていない。いや、訂正。聞いていることは聞いているのだろう。しかし、茉莉の脳がその情報を受け付けないのだ。物凄い集中力と言えば聞こえはいいが、僕にはそれがどうしてもいいことのようには思えなかった。
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