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五章
無力を感じた時、僕は……~Part8~
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席を立ち、同じ態勢で固まった肩をぐるぐる回しながら部屋を出る。
屋上に行き、ひとつ深呼吸をする。
少し雲が目立つが、学校が木々に囲まれているおかげで空気は澄み、清々しい気持ちになる。風で葉の擦れる音が余裕のない心を落ち着け安らぎをくれる。ただ単純に外に出ただけでは味わえない不思議な心地よさが屋上にはある。完全に僕の主観だが、そう感じている人は多いはずだ。
時間があったら屋上に来る。
ここ最近の日課だ。屋上の錠が朽ちて簡単に入れることを吉備に聞いてからというもの、この心地よさの虜になってしまった。無論、このことを茉莉は知らない。本当は一緒に味わいたいのだが、本人が頑なに部屋を出ないため、先延ばしになっている。というより、これから先も叶う可能性は相当低いだろう、と思っている。それは僕に対する最近の茉莉を見ていれば一目瞭然だ。どうして……。
疑問の壁にぶつかっていると、ふと目を隠され視界が真っ暗になり、
「だーれだ?」
後ろから声をかけられる。特徴のある高い声を無理やり出し某人気声優の真似をしているつもりなのだろうが、はっきり言って全く似ていない。地声が低いんだからできないことはやらない方がいいのに、また背伸びして……。でも本人はどうせ、上手く誤魔化せている、しめしめ、なんてことを思っているの「……しめしめ……」だろうな。とても分かりやすい。
どこまでも幼稚な先生に呆れながら言う。
「……何か用事ですか?」
そう言うと目を隠していた手が離れ、温かな光が入ってきた。短時間とはいえ、暗闇から急に明るいところに出ると夕陽でも眩しい。
「ノリが悪いわね。そういう時はわざと分からない振りをする。困ったような反応をすることが出来ればなお良し。そうやって彼女との時間を楽しむの。女の子を攻略するために必要なことよ」
「それが本当なら、僕には攻略できないかもしれないですね」
自嘲気味に言う。本音だった。変えようと意識していても、壁にぶつかるとすぐに挫けてしまう意気地のなさは未だ健在だ。
そんな僕を尻目に月島先生は柵に自分の身体を預け、左手で風を防ぎながら煙草に火を点ける。煙草の持ち方、吸い方、煙の吐き方、どれをとっても先生の喫煙はいつ見ても惚れ惚れする。映画のワンシーンでも見ているかのようだった。
「柄にもなく黄昏てんじゃないわよ。実際はそれほど悩んでもいないくせに」
「…………」
「そうよね。攻略できなかったら社会から抹殺されるんだもの。そりゃ、言葉のひとつも失うわよね」
確かにその時はあの忌まわしきICレコーダーが、僕に〝SM好きのド変態〟というラベルを貼ってくれることだろう。そうなればもはや死も同然だ。勿論、それを避けたいという思いがないわけではない。
しかし、僕は……。
「まつ、香椎さんに」
「今更隠さなくてもいいわよ」
「……茉莉に何かあったのでしょうか?」
純粋に茉莉のことが心配だったのだ。どうしてこんな気持ちになっているのか、自分でもよく分からないが、真剣に人を思い考える、ということはこういうことを言うのだろう。
「なんでそう思うの?」
「立ち振る舞いや言動はいつもと変わらないんです。でも、どこか元気がないというか、悩んでいるように見えるというか……それでそれを隠すために無理やり仕事をしているように感じてしまうんです」
正直、僕自身、どうして茉莉がおかしいと思ったのか、はっきり分かっているわけではなかった。
放課後公園で話そうとしていたことを聞きそびれてからというもの、その辺りから茉莉はどことなくよそよそしくなった気がする。話し方や僕に対する態度は変わらないのだが、何か僕と茉莉の間に物理的な距離以上の距離を感じる。以前よりも話す機会が格段に増えたにもかかわらず、話せば話すほど離れている気さえする。僕の思い過しであればいいのだが、なまじ感情が表に出るようになったことで増々感じるようになった。
どこか困っているような、悩んでいるような……。何が原因なのか、思い当たる節は全くないが、茉莉にとって僕は困惑や懊悩の対象なのだろうか。僅かでもそう思ってしまうと悲しい気持ちになる。
そうねえ、と煙草を吹かしながら先生は腕を組む。
「陸奥くんは誰かを好きになったこと、ないでしょう?」
「馬鹿にしなでください。それくらいありますよ」
「ふーん。それは誰かしら?」
「家にいたお手伝いさんにピアノの先生、それに吉備、雪乃」
「分かった、分かった。もういいわ。またベタなことを言うのね」
その言葉の意味が僕には皆目見当もつかなかったが、先生が考えているような回答ではなかったらしい。
心底辟易したように煙草を吹かす。遠くを見つめる先生の目はどこか悲しそうだった。
「心当たりがない……わけじゃないんだけど」
「何か、知ってるんですか?」
先生の言葉に自分でも驚くほど強い反応を示した。
「でも、ごめんね。それを私の口から言うことはできないわ」
僕の気持ちとは裏腹に先生は冷静にそう告げる。
「それは陸奥くんが香椎茉莉本人の口から聞かなくてはいけないことなの。決して第三者から又聞きしていいようなことじゃない。それくらい大事なことなのよ。分かるわね?」
先生の目はいつになく厳しく、それでいて温かかった。
――自分たちだけで解決しなさい、大丈夫よ、何かあったら私が助けるから。
そう言われているようで胸が熱くなる。この人は本気で考えてくれているんだな、と。見た目以上に先生は僕たちのことを考えてくれている。
屋上に行き、ひとつ深呼吸をする。
少し雲が目立つが、学校が木々に囲まれているおかげで空気は澄み、清々しい気持ちになる。風で葉の擦れる音が余裕のない心を落ち着け安らぎをくれる。ただ単純に外に出ただけでは味わえない不思議な心地よさが屋上にはある。完全に僕の主観だが、そう感じている人は多いはずだ。
時間があったら屋上に来る。
ここ最近の日課だ。屋上の錠が朽ちて簡単に入れることを吉備に聞いてからというもの、この心地よさの虜になってしまった。無論、このことを茉莉は知らない。本当は一緒に味わいたいのだが、本人が頑なに部屋を出ないため、先延ばしになっている。というより、これから先も叶う可能性は相当低いだろう、と思っている。それは僕に対する最近の茉莉を見ていれば一目瞭然だ。どうして……。
疑問の壁にぶつかっていると、ふと目を隠され視界が真っ暗になり、
「だーれだ?」
後ろから声をかけられる。特徴のある高い声を無理やり出し某人気声優の真似をしているつもりなのだろうが、はっきり言って全く似ていない。地声が低いんだからできないことはやらない方がいいのに、また背伸びして……。でも本人はどうせ、上手く誤魔化せている、しめしめ、なんてことを思っているの「……しめしめ……」だろうな。とても分かりやすい。
どこまでも幼稚な先生に呆れながら言う。
「……何か用事ですか?」
そう言うと目を隠していた手が離れ、温かな光が入ってきた。短時間とはいえ、暗闇から急に明るいところに出ると夕陽でも眩しい。
「ノリが悪いわね。そういう時はわざと分からない振りをする。困ったような反応をすることが出来ればなお良し。そうやって彼女との時間を楽しむの。女の子を攻略するために必要なことよ」
「それが本当なら、僕には攻略できないかもしれないですね」
自嘲気味に言う。本音だった。変えようと意識していても、壁にぶつかるとすぐに挫けてしまう意気地のなさは未だ健在だ。
そんな僕を尻目に月島先生は柵に自分の身体を預け、左手で風を防ぎながら煙草に火を点ける。煙草の持ち方、吸い方、煙の吐き方、どれをとっても先生の喫煙はいつ見ても惚れ惚れする。映画のワンシーンでも見ているかのようだった。
「柄にもなく黄昏てんじゃないわよ。実際はそれほど悩んでもいないくせに」
「…………」
「そうよね。攻略できなかったら社会から抹殺されるんだもの。そりゃ、言葉のひとつも失うわよね」
確かにその時はあの忌まわしきICレコーダーが、僕に〝SM好きのド変態〟というラベルを貼ってくれることだろう。そうなればもはや死も同然だ。勿論、それを避けたいという思いがないわけではない。
しかし、僕は……。
「まつ、香椎さんに」
「今更隠さなくてもいいわよ」
「……茉莉に何かあったのでしょうか?」
純粋に茉莉のことが心配だったのだ。どうしてこんな気持ちになっているのか、自分でもよく分からないが、真剣に人を思い考える、ということはこういうことを言うのだろう。
「なんでそう思うの?」
「立ち振る舞いや言動はいつもと変わらないんです。でも、どこか元気がないというか、悩んでいるように見えるというか……それでそれを隠すために無理やり仕事をしているように感じてしまうんです」
正直、僕自身、どうして茉莉がおかしいと思ったのか、はっきり分かっているわけではなかった。
放課後公園で話そうとしていたことを聞きそびれてからというもの、その辺りから茉莉はどことなくよそよそしくなった気がする。話し方や僕に対する態度は変わらないのだが、何か僕と茉莉の間に物理的な距離以上の距離を感じる。以前よりも話す機会が格段に増えたにもかかわらず、話せば話すほど離れている気さえする。僕の思い過しであればいいのだが、なまじ感情が表に出るようになったことで増々感じるようになった。
どこか困っているような、悩んでいるような……。何が原因なのか、思い当たる節は全くないが、茉莉にとって僕は困惑や懊悩の対象なのだろうか。僅かでもそう思ってしまうと悲しい気持ちになる。
そうねえ、と煙草を吹かしながら先生は腕を組む。
「陸奥くんは誰かを好きになったこと、ないでしょう?」
「馬鹿にしなでください。それくらいありますよ」
「ふーん。それは誰かしら?」
「家にいたお手伝いさんにピアノの先生、それに吉備、雪乃」
「分かった、分かった。もういいわ。またベタなことを言うのね」
その言葉の意味が僕には皆目見当もつかなかったが、先生が考えているような回答ではなかったらしい。
心底辟易したように煙草を吹かす。遠くを見つめる先生の目はどこか悲しそうだった。
「心当たりがない……わけじゃないんだけど」
「何か、知ってるんですか?」
先生の言葉に自分でも驚くほど強い反応を示した。
「でも、ごめんね。それを私の口から言うことはできないわ」
僕の気持ちとは裏腹に先生は冷静にそう告げる。
「それは陸奥くんが香椎茉莉本人の口から聞かなくてはいけないことなの。決して第三者から又聞きしていいようなことじゃない。それくらい大事なことなのよ。分かるわね?」
先生の目はいつになく厳しく、それでいて温かかった。
――自分たちだけで解決しなさい、大丈夫よ、何かあったら私が助けるから。
そう言われているようで胸が熱くなる。この人は本気で考えてくれているんだな、と。見た目以上に先生は僕たちのことを考えてくれている。
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