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六章
窮地に立たされた時、僕は……~Part7~
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黒塗りの車が並ぶ間に駐車し、ある屋敷の前に立つ。
『竜崎組』
達筆な字で書かれた表札に緊張感が高まる。そこは不気味なほど静寂に包まれていた。
――もう手遅れだったのだろうか。
僕の心に暗雲が立ち込める。消そうと胸を掻くが、ごろごろと動くことはあれど消えることはない。むしろ、より濃くなっている気さえする。
「ここに茉莉がいるんですか?」
「そのはずよ」
急いで門をくぐろうとするが、先生が僕の肩を掴みそれを阻止する。
「もうすぐ応援が来るわ。それを待ちなさい」
「そんなの待ってられませんよ!」
先生と目が合う。
先生の真っ黒な瞳にはいつも有無を言わせない強さがある。今日もそれは変わらない。むしろいつもよりも強く輝いている。
しかし、僕ば怯まない。ここで負けてしまったら何をしに来たのか分からなくなってしまう。それに今こうしている間にも茉莉が危険に晒されている、
時間にして十秒くらいだろうが、その時間が僕には途方もなく長く感じた。このままだと吸い込まれてしまうかもしれない、と思った時。
「……はあー、降参。分かったわ」
先生が分かりやすく両手を上げる。先生に勝つことなど最初で最後かもしれないが、今はどうでもいいことだった。
先生が言葉を続ける。
「おそらく茉莉は一番上の階にいる。陸奥くんは一直線でそこを目指しなさい。途中、間違いなく敵がいるし、茉莉の近くにも見張りがいるけど、茉莉を助けることだけ考えて進みなさい。そのためのサポートは私がするわ。そして、茉莉と一緒に無傷で戻ってくること。いい?」
「……分かりました」
「それとこれだけは絶対守って頂戴。なるべく気づかれないようにそこを目指すこと。そして、見つかってもなるべく戦わないこと。分かったわね?」
「はい!」
「それとこれ、使わないに越したことはないけど、一応渡しておくわね」
そう言って先生が出したのは紛うことなき本物の拳銃だった。
「お守り代わりにしておきなさい」
僕は半ば強引に渡されたそれを上着の内ポケットに入れる。拳銃の重みが左胸に伝わる。改めて僕がしようとしていることが文字通り、命懸けでありフィクションではないことが僕の鼓動をさらに早くした。
門をくぐり走る。広大な庭が僕たちを出迎えるが、人の気配は微塵も感じない。
――茉莉、茉莉、茉莉、茉莉、茉莉!
走りながら心の中で叫ぶ。
すると、茉莉の名前を叫ぶごとに茉莉の言葉と表情が脳裏に浮かぶ。
――『邪魔です。退いてください』『私はあなたのことが嫌いです!』『話をすることだけは……その、特別に認めます!』『私のことは〝香椎〟ではなく〝茉莉〟と呼んでください』『これ、私の連絡先です。遅くなりましたが』『話さなくてはいけないことがあります』
同時になぜか過去にあった少年、日鳥の言葉も頭に流れてきた。
――『きさらぎむつ。早くここから出して、私を自由にして。いつまでも信じてるから。いつまでも待ってるから』『信じてるよ』
茉莉本人と日鳥少年の顔が重なる。不思議と違和感は全くなかった。
今まで感じたことがなかった感情に気づいた瞬間、思えば思うほどその感情は強くなる。はち切れんばかりに大きく膨れ上がり、僕の胸を押しつぶす。
暗く閉ざされていた感情の扉がゆっくり、それでいて確実に開いていく。徐々に照らされ明るくなっていく心が新鮮だった。
もしかしたら知らなかっただけで最初から感じており気づくのが遅いのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。今、それに気づいたこと。僕にとってそれ以外のことは全て些末なことであった。
もう戸惑いや迷いはない。靄のかかっていた僕の心ははっきりしていた。
――茉莉を助けたら、この思いを伝えよう。
『竜崎組』
達筆な字で書かれた表札に緊張感が高まる。そこは不気味なほど静寂に包まれていた。
――もう手遅れだったのだろうか。
僕の心に暗雲が立ち込める。消そうと胸を掻くが、ごろごろと動くことはあれど消えることはない。むしろ、より濃くなっている気さえする。
「ここに茉莉がいるんですか?」
「そのはずよ」
急いで門をくぐろうとするが、先生が僕の肩を掴みそれを阻止する。
「もうすぐ応援が来るわ。それを待ちなさい」
「そんなの待ってられませんよ!」
先生と目が合う。
先生の真っ黒な瞳にはいつも有無を言わせない強さがある。今日もそれは変わらない。むしろいつもよりも強く輝いている。
しかし、僕ば怯まない。ここで負けてしまったら何をしに来たのか分からなくなってしまう。それに今こうしている間にも茉莉が危険に晒されている、
時間にして十秒くらいだろうが、その時間が僕には途方もなく長く感じた。このままだと吸い込まれてしまうかもしれない、と思った時。
「……はあー、降参。分かったわ」
先生が分かりやすく両手を上げる。先生に勝つことなど最初で最後かもしれないが、今はどうでもいいことだった。
先生が言葉を続ける。
「おそらく茉莉は一番上の階にいる。陸奥くんは一直線でそこを目指しなさい。途中、間違いなく敵がいるし、茉莉の近くにも見張りがいるけど、茉莉を助けることだけ考えて進みなさい。そのためのサポートは私がするわ。そして、茉莉と一緒に無傷で戻ってくること。いい?」
「……分かりました」
「それとこれだけは絶対守って頂戴。なるべく気づかれないようにそこを目指すこと。そして、見つかってもなるべく戦わないこと。分かったわね?」
「はい!」
「それとこれ、使わないに越したことはないけど、一応渡しておくわね」
そう言って先生が出したのは紛うことなき本物の拳銃だった。
「お守り代わりにしておきなさい」
僕は半ば強引に渡されたそれを上着の内ポケットに入れる。拳銃の重みが左胸に伝わる。改めて僕がしようとしていることが文字通り、命懸けでありフィクションではないことが僕の鼓動をさらに早くした。
門をくぐり走る。広大な庭が僕たちを出迎えるが、人の気配は微塵も感じない。
――茉莉、茉莉、茉莉、茉莉、茉莉!
走りながら心の中で叫ぶ。
すると、茉莉の名前を叫ぶごとに茉莉の言葉と表情が脳裏に浮かぶ。
――『邪魔です。退いてください』『私はあなたのことが嫌いです!』『話をすることだけは……その、特別に認めます!』『私のことは〝香椎〟ではなく〝茉莉〟と呼んでください』『これ、私の連絡先です。遅くなりましたが』『話さなくてはいけないことがあります』
同時になぜか過去にあった少年、日鳥の言葉も頭に流れてきた。
――『きさらぎむつ。早くここから出して、私を自由にして。いつまでも信じてるから。いつまでも待ってるから』『信じてるよ』
茉莉本人と日鳥少年の顔が重なる。不思議と違和感は全くなかった。
今まで感じたことがなかった感情に気づいた瞬間、思えば思うほどその感情は強くなる。はち切れんばかりに大きく膨れ上がり、僕の胸を押しつぶす。
暗く閉ざされていた感情の扉がゆっくり、それでいて確実に開いていく。徐々に照らされ明るくなっていく心が新鮮だった。
もしかしたら知らなかっただけで最初から感じており気づくのが遅いのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。今、それに気づいたこと。僕にとってそれ以外のことは全て些末なことであった。
もう戸惑いや迷いはない。靄のかかっていた僕の心ははっきりしていた。
――茉莉を助けたら、この思いを伝えよう。
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