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六章
窮地に立たされた時、僕は……~Part8~
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開放された玄関に到着した。
こんな大きな屋敷に入ったことは勿論なかったため、それだけで緊張する。さらに物音ひとつしないことが余計不安を大きくする。本来であれば門からここに来るまでの間でも人がいてもおかしくない。
「誰もいませんけど……ここで、いいんですよね?」
「……間違いない、はずよ」
恐る恐る足を踏み入れる。不安だけが先行し、足取りは重い。
「待ちくたびれたよ、ひめり」
突如、頭上からかけられた声に心臓が跳ね上がる。
重量感のある体躯を揺らしながら二階から降りてくる男がいた。彫りの深い顔と服の上からでも分かるほど盛り上がる筋肉が自己を主張する。一見するとアラブかどこかの国の人かと間違えてしまうほどだ。
「……っち、よりによって」
月島先生は舌打ちをし、心底嫌そうに顔をしかめる。知り合いなのは間違いない。
「そんな嫌そうな顔をするなよ。久しぶりの再会なんだからさ」
「私はあなたの顔も見たくなかったわ」
「それは無理な相談だな。そうだろ?」
「…………」
「まあ、すぐに分かる」
そして、アラブ系の男は張り付けた笑顔そのままに先生との話を切り僕を見る。
「えっと、君があの如月陸奥か?」
妙に意味ありげな言い方をする。これではまるで僕のことを予め知っていたかのようではないか。
「……はい。そうですが……」
僕は訝しげに答える。
出会ってすぐだが僕は直感した。
――この男は絶対に信用してはならない人種だ。何を考えているのか、さっぱり分からないどころか、下手に関われば間違いなく人に害をなす類の人種だ。追えば追うほど深く暗いところに誘われているようで気持ち悪い。反吐が出る。
「遠いところまでよく来てくれたな。歓迎するぞ」
男はそんな僕を歯牙にもかけない。まるで相手にされていない。
「俺の名前は月島聡。ついでに言うと竜崎組の幹部だ。そこにいる出来損ないは俺の妹だ」
そう言われ先生を見る。苦虫を噛みつぶすような表情で男、月島聡を睨む。否定しないところを見るとこの男が月島先生の兄であることは間違いないようだが、両者の顔をいくら見比べてみても分からない。
「そんなに見てもたぶん分からないだろ。兄妹とは言え、俺とひめりは血が繋がってないからな」
月島聡が笑いながら言う。一見すると人畜無害なその笑顔に違和感を覚える。張り付けられた仮面のような人工物の匂いが消せていない。その細くなった瞳も上がった口角も目尻に出来た皺も、何もかもが嘘で塗り固められた産物だった。
「でも、君は存外、小さいんだな。雰囲気も柔らかいし。如月正義の息子だから、もっときつい雰囲気なのかと思ったけど、君はお母さんに似たんだな。顔も中性的だし、小柄だし、ちんちくりんだし、ちびだし」
やっぱりこの人は僕のことを知っている。しかし、当の僕は微塵も覚えがない。こんな特徴的な人、過去であっても会っていたら確実に覚えているはずだ。そして、そんなに小さいということを連呼しないでほしい。自覚はしているしもう慣れたのだが、初対面の人に言われて平気でいられるほど僕の心は強くない。
「君がそいつと一緒に茉莉ちゃんを助けに来ることは知っていた。だから、他の奴らをどかしといたんだ。どうだ、優しいだろう?」
話し終わった後も甘ったるい声が耳元に纏わりついてくる。どこまでも気持ちの悪い人だ。
「どうして、僕を知っているんですか?」
「どうしてって、君も察しが悪いな。僕は竜崎組の幹部の一人だ。対して君のお父さんは何をしている? 分かったか?」
そこで初めて合点がいった。父の名前が出たことは少し驚いたが、竜崎組の幹部と僕の父、警察庁の長官如月正義が知り合い、もとい対峙するような関係であることは言われてみれば確かに納得だった。
「まあ、そんなところだ。でも、今はどうでもいいか」
月島聡が口笛を吹きながら近づいてくる。
「本来であれば、君を通すわけにはいかないんだが」
そう言って、塞いでいた道を開ける。
「親父の命令だ。如月陸奥、君だけ上に行け」
その言葉に月島先生が反応する。
「それは、どういうこと?」
「俺にも分からないけど、親父がそう言うんだから何か理由があるんだろう」
「私はここでお留守番かしら」
「そういうことになるな。第一、お前は俺と話すことがあるだろう」
「…………」
月島先生が目を閉じひとつ息を吐く。表情はいつも以上に暗い。何か訳ありな関係であることは見てすぐ分かる。そして、それが前向きな関係ではないことも。茉莉も心配だが、先生をここに置いていくことも同じように心配だ。
「ほら、早く行け」
顎で階段の上を指す。
正直、戸惑いを隠せない。素直に通った先に何が待ち受けているのだろうか。先生をこの男と二人きりにしてもいいのだろうか。
「……先生」
「行きなさい、陸奥くん。それで茉莉を助けてきなさい。私もこの馬鹿を片付けたらすぐに向かうから」
「馬鹿とは失礼な奴だな」
眉尻を下げるが、頭の後ろで手を組み余裕の笑みを崩さない。
「……分かりました。先に行きます。でも、先生も絶対に来てくださいね。約束ですよ」
「分かったわ」
先生が笑みを浮かべる。それが見せかけであり、精一杯虚勢を張っていることは見て分かった。
「陸奥くん!」
階段を登りきる寸前、先生が大きな声を上げる。
「今度は絶対、手を放しちゃだめよ!」
「……は、はい! 分かりました!」
僕はその言葉に背中を押され、階段を駆け上った。
こんな大きな屋敷に入ったことは勿論なかったため、それだけで緊張する。さらに物音ひとつしないことが余計不安を大きくする。本来であれば門からここに来るまでの間でも人がいてもおかしくない。
「誰もいませんけど……ここで、いいんですよね?」
「……間違いない、はずよ」
恐る恐る足を踏み入れる。不安だけが先行し、足取りは重い。
「待ちくたびれたよ、ひめり」
突如、頭上からかけられた声に心臓が跳ね上がる。
重量感のある体躯を揺らしながら二階から降りてくる男がいた。彫りの深い顔と服の上からでも分かるほど盛り上がる筋肉が自己を主張する。一見するとアラブかどこかの国の人かと間違えてしまうほどだ。
「……っち、よりによって」
月島先生は舌打ちをし、心底嫌そうに顔をしかめる。知り合いなのは間違いない。
「そんな嫌そうな顔をするなよ。久しぶりの再会なんだからさ」
「私はあなたの顔も見たくなかったわ」
「それは無理な相談だな。そうだろ?」
「…………」
「まあ、すぐに分かる」
そして、アラブ系の男は張り付けた笑顔そのままに先生との話を切り僕を見る。
「えっと、君があの如月陸奥か?」
妙に意味ありげな言い方をする。これではまるで僕のことを予め知っていたかのようではないか。
「……はい。そうですが……」
僕は訝しげに答える。
出会ってすぐだが僕は直感した。
――この男は絶対に信用してはならない人種だ。何を考えているのか、さっぱり分からないどころか、下手に関われば間違いなく人に害をなす類の人種だ。追えば追うほど深く暗いところに誘われているようで気持ち悪い。反吐が出る。
「遠いところまでよく来てくれたな。歓迎するぞ」
男はそんな僕を歯牙にもかけない。まるで相手にされていない。
「俺の名前は月島聡。ついでに言うと竜崎組の幹部だ。そこにいる出来損ないは俺の妹だ」
そう言われ先生を見る。苦虫を噛みつぶすような表情で男、月島聡を睨む。否定しないところを見るとこの男が月島先生の兄であることは間違いないようだが、両者の顔をいくら見比べてみても分からない。
「そんなに見てもたぶん分からないだろ。兄妹とは言え、俺とひめりは血が繋がってないからな」
月島聡が笑いながら言う。一見すると人畜無害なその笑顔に違和感を覚える。張り付けられた仮面のような人工物の匂いが消せていない。その細くなった瞳も上がった口角も目尻に出来た皺も、何もかもが嘘で塗り固められた産物だった。
「でも、君は存外、小さいんだな。雰囲気も柔らかいし。如月正義の息子だから、もっときつい雰囲気なのかと思ったけど、君はお母さんに似たんだな。顔も中性的だし、小柄だし、ちんちくりんだし、ちびだし」
やっぱりこの人は僕のことを知っている。しかし、当の僕は微塵も覚えがない。こんな特徴的な人、過去であっても会っていたら確実に覚えているはずだ。そして、そんなに小さいということを連呼しないでほしい。自覚はしているしもう慣れたのだが、初対面の人に言われて平気でいられるほど僕の心は強くない。
「君がそいつと一緒に茉莉ちゃんを助けに来ることは知っていた。だから、他の奴らをどかしといたんだ。どうだ、優しいだろう?」
話し終わった後も甘ったるい声が耳元に纏わりついてくる。どこまでも気持ちの悪い人だ。
「どうして、僕を知っているんですか?」
「どうしてって、君も察しが悪いな。僕は竜崎組の幹部の一人だ。対して君のお父さんは何をしている? 分かったか?」
そこで初めて合点がいった。父の名前が出たことは少し驚いたが、竜崎組の幹部と僕の父、警察庁の長官如月正義が知り合い、もとい対峙するような関係であることは言われてみれば確かに納得だった。
「まあ、そんなところだ。でも、今はどうでもいいか」
月島聡が口笛を吹きながら近づいてくる。
「本来であれば、君を通すわけにはいかないんだが」
そう言って、塞いでいた道を開ける。
「親父の命令だ。如月陸奥、君だけ上に行け」
その言葉に月島先生が反応する。
「それは、どういうこと?」
「俺にも分からないけど、親父がそう言うんだから何か理由があるんだろう」
「私はここでお留守番かしら」
「そういうことになるな。第一、お前は俺と話すことがあるだろう」
「…………」
月島先生が目を閉じひとつ息を吐く。表情はいつも以上に暗い。何か訳ありな関係であることは見てすぐ分かる。そして、それが前向きな関係ではないことも。茉莉も心配だが、先生をここに置いていくことも同じように心配だ。
「ほら、早く行け」
顎で階段の上を指す。
正直、戸惑いを隠せない。素直に通った先に何が待ち受けているのだろうか。先生をこの男と二人きりにしてもいいのだろうか。
「……先生」
「行きなさい、陸奥くん。それで茉莉を助けてきなさい。私もこの馬鹿を片付けたらすぐに向かうから」
「馬鹿とは失礼な奴だな」
眉尻を下げるが、頭の後ろで手を組み余裕の笑みを崩さない。
「……分かりました。先に行きます。でも、先生も絶対に来てくださいね。約束ですよ」
「分かったわ」
先生が笑みを浮かべる。それが見せかけであり、精一杯虚勢を張っていることは見て分かった。
「陸奥くん!」
階段を登りきる寸前、先生が大きな声を上げる。
「今度は絶対、手を放しちゃだめよ!」
「……は、はい! 分かりました!」
僕はその言葉に背中を押され、階段を駆け上った。
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