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七章
親友が苦しむ時、僕は……
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階段を駆け上がり、茉莉のいるところを目指す。階段を一段上がる度にアドレナリンが放出され、頭から降り全身を駆け巡る。異常な速さで流れる血液が心を躍らせる。不思議と疲労は感じない。モルヒネのような作用をしていることは間違いなかった。
――早く行かなくては、茉莉が無事なうちに……。
そう思えば思うほど僕の筋肉は躍動し、今までに感じたことのないほど足が軽い。羽が生えたかのようだ、とよく聞くがまさにそういった感覚だった。
そのまま一番上まで行こうとした時だった。
登ろうとした階段の頂上に突如現れた男が僕の行く先を阻む。茉莉のことだけを考えるのであれば迂回してでも別の階段から上がり向かうべきだった。むしろそっちの方が正解かもしれない。
しかし、僕は止まらざるを得なかった。
「ど、どうして、お前がこんなところにいるんだよ」
焦りを隠せないまま訊くが、男はただただ僕の目を見据える。普段であれば優しく包み込むような温かい目が、今はやけに鋭く光っている。獰猛な獣のそれは僕を捉えて離さない。
綺麗に刈られた坊主頭に無駄な肉が一切ない身体、薄い唇の右下にある黒子が決定的だった。僕が今一番会いたくなかった奴だった。
「おい、吉備!」
その問いに対しても吉備が口を開くことはない。
しかし、ここに吉備がいて僕の前に現れ行く手を阻んでいるという事実。それが全てを物語っていた。
――僕は騙されていたのか。僕を騙して楽しかったか。腹の中では笑っていたのか。なあ、何とか言ってくれよ。嘘だと言ってくれよ。いつもみたいに冗談を言って笑わせてくれよ。
頑なに口を開かない吉備が一歩足を踏み出す。刹那、低く重い音が立つ。それは同時に吉備の覚悟の現れを如実に示していた。
手を伸ばせば触れるほどの距離になった時、吉備が重い口を開いた。
「俺は竜崎組で未来お嬢の下に付く末弟城門寺吉備だ」
一縷の望みをかけた願いが叶うことはなかった。
関西弁じゃない吉備の言葉はどこまでも冷たくそれでいて固かった。
「……嘘だよね、吉備」
「嘘じゃない。本当だ」
「じゃあ、僕と仲良くなったのも、今日の時のためだったの?」
「……そうだ。いずれ、月島ひめりが陸奥と香椎茉莉の距離を近づけさせて、守らせようとすることは分かっていた。だからその監視役として学院に潜入したんだ」
突きつけられる現実に僕は怒りよりも悲しさが先行した。
同時に吉備との日々を思い出す。
――クラスで一人浮いていた僕に話しかけてくれた。テストが近くなると決まって「やばいんや」と言って泣きついてくる。僕の悪口を言っていた奴らと本気で喧嘩をして二人ともぼこぼこにされた。
どれをとっても吉備と一緒でなかったら、僕は今こうして生きてはいないだろう。
そう思うと、僕にとって城門寺吉備という存在がどれだけ大きな存在であるかが分かる。
「じゃあ、今までのことは全部見せかけで、本当は僕のことを監視するためだけに仲良くしてたんだね」
「……そうだ。全部、組のためにしてただけだ。だから、俺はお前のことを友達なんて思ってはいない」
その言葉が僕の心の深いところに刺さる。外形を傷つけずに内側だけを抉り取るその刃が僕の中で徐々に大きくなっていく。
「……そうなんだね」
僕は視線を床に落とす。はっきりとしていた木目が徐々に霞んでいく。一粒、二粒と落ちる水滴が僕のものであることに気づいたのはそれを見てからだった。
――絶対に何か事情があるはずだ。あの吉備がそんなことを思うはずがない。鼻水も出ていない。嗚咽を漏らすこともない。大丈夫だ。僕は大丈夫だ。驚いた拍子に出ただけですぐに止まるはずだ。
そう言い聞かせるが、双眸から頬を伝う涙は止まるということを知らない。ただただ落ちる。感情を抑えようと思えば思うほど、僕の心から零れていく涙を抑えることが出来ない。
同時に心臓を鷲掴みにされ思い切り投げられたかのような痛みが襲う。放心状態の僕に投げられた後の受け身を取ることは出来なかった。心だけでなく身体全体が痛い。関節という関節が悲鳴を上げ、筋肉が収縮しているのがありありと分かる。
――早く行かなくては、茉莉が無事なうちに……。
そう思えば思うほど僕の筋肉は躍動し、今までに感じたことのないほど足が軽い。羽が生えたかのようだ、とよく聞くがまさにそういった感覚だった。
そのまま一番上まで行こうとした時だった。
登ろうとした階段の頂上に突如現れた男が僕の行く先を阻む。茉莉のことだけを考えるのであれば迂回してでも別の階段から上がり向かうべきだった。むしろそっちの方が正解かもしれない。
しかし、僕は止まらざるを得なかった。
「ど、どうして、お前がこんなところにいるんだよ」
焦りを隠せないまま訊くが、男はただただ僕の目を見据える。普段であれば優しく包み込むような温かい目が、今はやけに鋭く光っている。獰猛な獣のそれは僕を捉えて離さない。
綺麗に刈られた坊主頭に無駄な肉が一切ない身体、薄い唇の右下にある黒子が決定的だった。僕が今一番会いたくなかった奴だった。
「おい、吉備!」
その問いに対しても吉備が口を開くことはない。
しかし、ここに吉備がいて僕の前に現れ行く手を阻んでいるという事実。それが全てを物語っていた。
――僕は騙されていたのか。僕を騙して楽しかったか。腹の中では笑っていたのか。なあ、何とか言ってくれよ。嘘だと言ってくれよ。いつもみたいに冗談を言って笑わせてくれよ。
頑なに口を開かない吉備が一歩足を踏み出す。刹那、低く重い音が立つ。それは同時に吉備の覚悟の現れを如実に示していた。
手を伸ばせば触れるほどの距離になった時、吉備が重い口を開いた。
「俺は竜崎組で未来お嬢の下に付く末弟城門寺吉備だ」
一縷の望みをかけた願いが叶うことはなかった。
関西弁じゃない吉備の言葉はどこまでも冷たくそれでいて固かった。
「……嘘だよね、吉備」
「嘘じゃない。本当だ」
「じゃあ、僕と仲良くなったのも、今日の時のためだったの?」
「……そうだ。いずれ、月島ひめりが陸奥と香椎茉莉の距離を近づけさせて、守らせようとすることは分かっていた。だからその監視役として学院に潜入したんだ」
突きつけられる現実に僕は怒りよりも悲しさが先行した。
同時に吉備との日々を思い出す。
――クラスで一人浮いていた僕に話しかけてくれた。テストが近くなると決まって「やばいんや」と言って泣きついてくる。僕の悪口を言っていた奴らと本気で喧嘩をして二人ともぼこぼこにされた。
どれをとっても吉備と一緒でなかったら、僕は今こうして生きてはいないだろう。
そう思うと、僕にとって城門寺吉備という存在がどれだけ大きな存在であるかが分かる。
「じゃあ、今までのことは全部見せかけで、本当は僕のことを監視するためだけに仲良くしてたんだね」
「……そうだ。全部、組のためにしてただけだ。だから、俺はお前のことを友達なんて思ってはいない」
その言葉が僕の心の深いところに刺さる。外形を傷つけずに内側だけを抉り取るその刃が僕の中で徐々に大きくなっていく。
「……そうなんだね」
僕は視線を床に落とす。はっきりとしていた木目が徐々に霞んでいく。一粒、二粒と落ちる水滴が僕のものであることに気づいたのはそれを見てからだった。
――絶対に何か事情があるはずだ。あの吉備がそんなことを思うはずがない。鼻水も出ていない。嗚咽を漏らすこともない。大丈夫だ。僕は大丈夫だ。驚いた拍子に出ただけですぐに止まるはずだ。
そう言い聞かせるが、双眸から頬を伝う涙は止まるということを知らない。ただただ落ちる。感情を抑えようと思えば思うほど、僕の心から零れていく涙を抑えることが出来ない。
同時に心臓を鷲掴みにされ思い切り投げられたかのような痛みが襲う。放心状態の僕に投げられた後の受け身を取ることは出来なかった。心だけでなく身体全体が痛い。関節という関節が悲鳴を上げ、筋肉が収縮しているのがありありと分かる。
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