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八章
怒りを感じた時、僕は……
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吉備を和服幼女たちに任せ、一番上の階までノンストップで駆け上がる。すると、そこには大きな襖があった。それだけしかなかった。
道すがら敵に会うことはなかった。というより、物音ひとつしなかった。それがより僕の不安を煽り、眠っていた弱さを叩き起こした。ここに来て痛烈な現実が僕を襲ってきた。
――怖いんだろう。今すぐ引き返せ。不意を突けば百に一つも救える可能性があったかもしれないが、こうなっては万に一つもない。お前では茉莉を救えない。この状況だ。誰も文句は言わないさ。
心の中で弱者がそう囁く。それがひとつの選択肢であり、間違っていないのかもしれない。僕がひとりのこのこ出向いたところで被害者をひとり余計に増やすだけなのかもしれず、茉莉に負い目を感じさせてしまう種になってしまうかもしれない。そう考えられるくらいの冷静さは残っていた。
一抹の不安を抱えながら込み上がってきた胃液を飲み込む。心臓の鼓動は早くなる。身体全体が細かく震えている。ずきんずきんと頭に響く金属音が僕を追い詰める。
しかし、僕はもう惑わされなかった。
――その先に茉莉がいる。弱さを見せず気丈に振る舞っているのだろうか。もしかしたら泣いているのだろうか。はたまた諦めてしまっているのだろうか。考えたくはないが、もう手遅れなんてことはないよな。
そう考えるだけで損得感情を度外視し、自分の気持ちのまま動くことが出来る。ひとつの事実と万に一つの可能性だけが僕の理性を内側から溶かしていた。
取っ手に手をかけ、一息に開ける。
「…………!」
「ようやく来たか。如月陸奥」
手足を縛られ、口にタオルのようなものを噛まされている茉莉の隣で椅子に座り腕を組む男がそう言う。
短髪を派手な赤色に染め、耳には大きいピアス、色の薄いサングラスをかけ、目立つアロハシャツを着た男は歓楽街にいる安っぽいチンピラにしか見えなかったが、筋骨隆々な体躯と落ち着き払った所作、僕を見据える鋭い眼光が有象無象とは違うことを物語っていた。
無意識の内に身構える。相手が誰であってもこの状況であれば当然の行為なのかもしれないが、それ以上にこの男の内から広がるゆっくりと揺蕩う不思議な空気が僕の肌に纏わりつくようで嫌いだった。
間違いない。この男が和服幼女の言っていた〝若〟だ。つまり、竜崎組の若頭であり無理やり茉莉と結婚しようとしている人物だ。となると、この後ろにまだ組長が控えているのだろうか。こいつを何とかしたところで茉莉はまだ助けられないのであれば……って、今そんな先のことを考えても無駄だ。茉莉がここにいて拘束されている。その隣にこいつがいて笑顔を浮かべている。
最初から僕がやるべきことは何も変わらない。
「おい! 茉莉を放せ!」
「そう慌てるなよ。時間はたっぷりあるんだ」
そう言って、男は足を組み、組んだ足の上に両手を重ねる。
「まずは話をしようじゃないか。そうすれば、君と私は分かり合えるはずだ」
笑顔を僕に向けるが、それが人工的に作られたものであり何の感情も含まれていないことは一目瞭然だった。
「僕が話すことは何一つとしてない。それにいくら話したところで時間の無駄だ」
チッ、とあからさまに不機嫌になる。
「……お前にはなくても、俺にはあるんだよ。黙って聞いてろ、クソガキが」
仮面が剥がれるのは意外にも早かった。というより、元からその気はなかったと思う。
咳払いを一つして改めてこちらに目を向ける。
道すがら敵に会うことはなかった。というより、物音ひとつしなかった。それがより僕の不安を煽り、眠っていた弱さを叩き起こした。ここに来て痛烈な現実が僕を襲ってきた。
――怖いんだろう。今すぐ引き返せ。不意を突けば百に一つも救える可能性があったかもしれないが、こうなっては万に一つもない。お前では茉莉を救えない。この状況だ。誰も文句は言わないさ。
心の中で弱者がそう囁く。それがひとつの選択肢であり、間違っていないのかもしれない。僕がひとりのこのこ出向いたところで被害者をひとり余計に増やすだけなのかもしれず、茉莉に負い目を感じさせてしまう種になってしまうかもしれない。そう考えられるくらいの冷静さは残っていた。
一抹の不安を抱えながら込み上がってきた胃液を飲み込む。心臓の鼓動は早くなる。身体全体が細かく震えている。ずきんずきんと頭に響く金属音が僕を追い詰める。
しかし、僕はもう惑わされなかった。
――その先に茉莉がいる。弱さを見せず気丈に振る舞っているのだろうか。もしかしたら泣いているのだろうか。はたまた諦めてしまっているのだろうか。考えたくはないが、もう手遅れなんてことはないよな。
そう考えるだけで損得感情を度外視し、自分の気持ちのまま動くことが出来る。ひとつの事実と万に一つの可能性だけが僕の理性を内側から溶かしていた。
取っ手に手をかけ、一息に開ける。
「…………!」
「ようやく来たか。如月陸奥」
手足を縛られ、口にタオルのようなものを噛まされている茉莉の隣で椅子に座り腕を組む男がそう言う。
短髪を派手な赤色に染め、耳には大きいピアス、色の薄いサングラスをかけ、目立つアロハシャツを着た男は歓楽街にいる安っぽいチンピラにしか見えなかったが、筋骨隆々な体躯と落ち着き払った所作、僕を見据える鋭い眼光が有象無象とは違うことを物語っていた。
無意識の内に身構える。相手が誰であってもこの状況であれば当然の行為なのかもしれないが、それ以上にこの男の内から広がるゆっくりと揺蕩う不思議な空気が僕の肌に纏わりつくようで嫌いだった。
間違いない。この男が和服幼女の言っていた〝若〟だ。つまり、竜崎組の若頭であり無理やり茉莉と結婚しようとしている人物だ。となると、この後ろにまだ組長が控えているのだろうか。こいつを何とかしたところで茉莉はまだ助けられないのであれば……って、今そんな先のことを考えても無駄だ。茉莉がここにいて拘束されている。その隣にこいつがいて笑顔を浮かべている。
最初から僕がやるべきことは何も変わらない。
「おい! 茉莉を放せ!」
「そう慌てるなよ。時間はたっぷりあるんだ」
そう言って、男は足を組み、組んだ足の上に両手を重ねる。
「まずは話をしようじゃないか。そうすれば、君と私は分かり合えるはずだ」
笑顔を僕に向けるが、それが人工的に作られたものであり何の感情も含まれていないことは一目瞭然だった。
「僕が話すことは何一つとしてない。それにいくら話したところで時間の無駄だ」
チッ、とあからさまに不機嫌になる。
「……お前にはなくても、俺にはあるんだよ。黙って聞いてろ、クソガキが」
仮面が剥がれるのは意外にも早かった。というより、元からその気はなかったと思う。
咳払いを一つして改めてこちらに目を向ける。
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