【完結】自己満足が世界を変える時、僕は……。

よーじろー

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八章

怒りを感じた時、僕は……~part2~

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「まずはどうして君がここに呼ばれたか、分かるか?」
「…………」
 
 冷静になって考えるが、見当もつかなかった。そもそも当初の予定では秘密裏に事を進め、茉莉を救い出すはずだったのだ。僕がなぜ呼ばれたかなんて意識することすらなかった。
 茉莉の荒い息遣いだけが部屋に響く。額から伝う汗が顎先から床に落ちる。今すぐにでも茉莉を救い、この場から、この男の前から去りたかった。
 この男と言葉を交わすのは怖かった。見た目は至極軽そうな雰囲気なのにその実、その目は僕の中を見透かしているような鋭さがある。その目をずっと見て声を聞いているだけで飲み込まれてしまいそうなほど深く暗い魅力がある。得てしてその魅力は人を惹きつけ離さない。僕の兄がそんな人だった。だからこそ、僕は兄が嫌いだったのだ。

「……どうして、ですか?」

 恐る恐る訊く。

「それは茉莉が教えてくれる」

 男は立ち上がり茉莉の前に立つと噛ませていたタオルを取る。

「先輩! 早くここから逃げて!」

 開口一番、茉莉が声を張り上げる。

「茉莉……違うだろ」
「じゃないと先輩も殺されちゃう!」

 そう叫んだ茉莉の頬を思い切り叩く。

 バチンッ!

 手の平と頬が重なるその瞬間の音がやけに生々しく聞こえてきた。切れた口角から血が飛び散、頬が赤く腫れる。
 それを見た瞬間、僕の中で何かが弾ける音がした。そして、僕の心臓は堰を切ったように全身へ血を送る。指先から頭のてっぺんまで燃えるように熱い。

「茉莉、二度はないぞ」
「……はい。分かりました」

 茉莉の瞳から生気が消える。操り人形のようなそんな表情はまさしく茉莉が教室でひとり座っている時に見せる顔だった。そして、それは僕の幼少期の顔だった。一種のトラウマと言って過言ではないその顔が、大事な時はいつだって僕の前に立ち塞がる。克服したと思っていたのに、実際はそう思おうと現実から目を背けていたに過ぎないのかもしれない。

 ――止めてくれ! その顔はもう見たくない。

 そう思えば思うほど僕の心は地下深くに潜り込み、出てくることを許さない。日の光が怖いと感じてしまう過去の自分がまだそこにいた。
 そんな僕を尻目に茉莉はおもむろに口を開く。

「私、ここにいる清十郎せいじゅうろうさんと結婚します」

 鼓膜に届いたその音が脳に伝わるまでのコンマ数秒で僕に光が差す。

「君と話をして距離を近づけたのは警察にコネを作っておけば後々楽になると思っただけ」

 眩しさに直視できないその光は僕の網膜を刺激し痛い。しかし、同時に温かく僕の冷え切った身体を溶かしてくれる。

「それ以外は何もない」

 茉莉の声が聞こえていないわけではない。むしろ、拡声器を使っているかの如くあらゆるところを反響しどこからともなく跳ね返ってくる。

「だから、君にはもう何もできない」

 しかし、どんな言葉を駆使しても、どんな形で拒絶しようとも、どうしたって茉莉の顔を伝う涙が僕の心を明るく照らし、柔らかく包み込む。
 それだけが僕の全てであり、唯一無二の結論だった。

「だそうだが、どうするよ、裸の英雄君」

 清十郎と言われたその男は嫌らしく口角を上げ、自分の有利を確信する。

 ――『挫折を味わったことのない人は得てして弱きを侮り油断する』『そこに付け入る隙がある』『しっかり覚えとけよ』

 父の言葉が僕の脳を駆ける。嫌い嫌いと言っておきながら、ここで父の言葉を思い出すあたり、やはり僕は心の底から父を尊敬し憧れているのかもしれない。
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