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九章
自己満足が世界を変える時、僕は……。
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僕が目を覚ましたのは三日後の夕方だった。
これがドラマチックな物語であれば、僕が目を覚ますことを願い毎日のように通い詰めてくれた彼女のキスで目を覚まし、感動の再会、『心配させてごめん。これからはもう二度と君を悲しませたりはしない』とか臭い台詞を吐いた後、きつい抱擁を交わし、そのままハッピーエンディングという流れになるのだろうが、事はそんなにうまくは進まない。
目を覚ました僕は真っ白な天井と腕に繋がれた点滴、口と鼻を覆うようにつけられたマスクでここが病院であることが分かった。
「――如月さん! 分かりますか⁉」
突如として目の前に飛び込んでくる若い看護婦さんの顔と声が僕の頭を強制的に起こす。
大きな瞳に少し太めできりっとした眉、小振りで薄めの唇、綺麗にすっと伸びた鼻筋。
日本人離れしたその顔は化粧気こそないが、それがよりその人の美しさを強調している。
――ああ、このルックスで看護婦であれば、嫌でも男が寄ってくるのだろうな。後は内面の問題なのだろうが、まあ、それもめちゃくちゃ気が強くて毒舌を吐くとか、めちゃくちゃ真面目で一ミリたりとも融通が利かないだとかがなければ世の男共は許容しちゃうのだろう。でも、どうして看護婦になったんだろうか。順当に考えれば親族に医療従事者がいるとかだが、医者と結婚できるからとかって理由もありそうだし、大穴はコスプレ好きの彼氏に言われてとかだが、果たしてどうなんだろうか……。
こういう状況であっても無意識の内に女性の細かなパーツや女性の内情を推測し分析してしまうあたり僕も一般的な男にステップアップした証拠と言えるかもしれないが、雪乃や茉莉に知られたら身体的にも精神的にも立ち直れないほどの攻撃を受けることは目に見えているので、今後は気をつけなくはいけないだろう。
「……は、い……」
かろうじて返事をすることは出来たが、思うように声が出せない。
口と喉が異様に渇いてねばねばしているのが気持ち悪い。
「先生、今、如月さんが目を覚ましました……はい、分かりました……はい、はい……」
看護婦は冷静に連絡し僕の周りを動き的確な処置を行っていく。
そして、少しして先生が来た。
全身状態を見た結果、とりあえずは問題ないようで最後は笑顔で去っていった。
それ自体は良かったのだが、僕はその笑顔に違和感を覚えずにはいられなかった。
どこかで見たことのあるような、そんな笑顔が残像として僕の網膜に張り付いて取れない。
纏わりつくような気持ち悪い感覚に襲われるが、いくら考えても終ぞ分かることはなかった。
その日の夕方。
――――トン、トン。
「はい。どうぞ」
扉がゆっくり開けられる。
そこにいたのは制服姿で果物の籠をもった茉莉だった。
「お見舞いに来ましたが……意外と大丈夫そうですね」
「身体は痛いけどね」
撃たれた箇所を軽く触ると疼くような痛みが背筋を駆け抜ける。
茉莉が近くのテーブルにバスケットを置き丸椅子に座る。
「…………」
「……えっと」
茉莉は顔を俯かせ視線を合わさない。
「茉莉の方は大丈夫だった?」
「一応ひとまず落着は見ましたよ」
「……清十郎は?」
僕はひとつ唾液を飲み込み訊く。
「竜崎清十郎は警察に捕まりましたよ。まあ、当然と言えば当然の結果ですが」
「そうなんだね。じゃあ」
「はい。もう結婚だのなんだのはありませんよ」
ほっと胸を撫でおろす。
僕のしたことが果たして意味のあったことかどうか不安だったのだが、とりあえず茉莉を救い茉莉の自由を取り戻した。それが僕の不安を消し飛ばしその空いた場所には嬉しさが充満していた。
「あっ、そういえば、もうひとつ訊いてもいい?」
そう言う僕を茉莉は訝しむように見る。もしかしたら心当たりがあるのかもしれない。
「……なんですか?」
僕は言葉を継ぐ。
「あの時さ、僕のこと、むっちゃんって呼んだよね?」
茉莉の肩が跳ねる。そして、目が大きくなる。言葉には出さないが茉莉はとても分かりやすい。
「あの時とはどの時でしょうか?」
「茉莉の本心を聞いた時だよ」
うーん、と茉莉が唸り声をあげながら考える。
「……忘れました」
あっけらかんと答えるが、明らかに瞬きが増え唇は真一文字に結ばれている。
余程のことがない限り、茉莉が答えてくれることはないだろう。
埒が明かないな、とその瞳を見る。
しかし、そこに映ったのは今の僕ではなく、幼少期、まだ苦しみを知る前の僕だった。
日鳥という少年と遊ぶ時だけが唯一の楽しみであり、気を抜くことが出来るオアシスだった。
そんな僕が茉莉の黒目に映っている。
それが答えだった。
これがドラマチックな物語であれば、僕が目を覚ますことを願い毎日のように通い詰めてくれた彼女のキスで目を覚まし、感動の再会、『心配させてごめん。これからはもう二度と君を悲しませたりはしない』とか臭い台詞を吐いた後、きつい抱擁を交わし、そのままハッピーエンディングという流れになるのだろうが、事はそんなにうまくは進まない。
目を覚ました僕は真っ白な天井と腕に繋がれた点滴、口と鼻を覆うようにつけられたマスクでここが病院であることが分かった。
「――如月さん! 分かりますか⁉」
突如として目の前に飛び込んでくる若い看護婦さんの顔と声が僕の頭を強制的に起こす。
大きな瞳に少し太めできりっとした眉、小振りで薄めの唇、綺麗にすっと伸びた鼻筋。
日本人離れしたその顔は化粧気こそないが、それがよりその人の美しさを強調している。
――ああ、このルックスで看護婦であれば、嫌でも男が寄ってくるのだろうな。後は内面の問題なのだろうが、まあ、それもめちゃくちゃ気が強くて毒舌を吐くとか、めちゃくちゃ真面目で一ミリたりとも融通が利かないだとかがなければ世の男共は許容しちゃうのだろう。でも、どうして看護婦になったんだろうか。順当に考えれば親族に医療従事者がいるとかだが、医者と結婚できるからとかって理由もありそうだし、大穴はコスプレ好きの彼氏に言われてとかだが、果たしてどうなんだろうか……。
こういう状況であっても無意識の内に女性の細かなパーツや女性の内情を推測し分析してしまうあたり僕も一般的な男にステップアップした証拠と言えるかもしれないが、雪乃や茉莉に知られたら身体的にも精神的にも立ち直れないほどの攻撃を受けることは目に見えているので、今後は気をつけなくはいけないだろう。
「……は、い……」
かろうじて返事をすることは出来たが、思うように声が出せない。
口と喉が異様に渇いてねばねばしているのが気持ち悪い。
「先生、今、如月さんが目を覚ましました……はい、分かりました……はい、はい……」
看護婦は冷静に連絡し僕の周りを動き的確な処置を行っていく。
そして、少しして先生が来た。
全身状態を見た結果、とりあえずは問題ないようで最後は笑顔で去っていった。
それ自体は良かったのだが、僕はその笑顔に違和感を覚えずにはいられなかった。
どこかで見たことのあるような、そんな笑顔が残像として僕の網膜に張り付いて取れない。
纏わりつくような気持ち悪い感覚に襲われるが、いくら考えても終ぞ分かることはなかった。
その日の夕方。
――――トン、トン。
「はい。どうぞ」
扉がゆっくり開けられる。
そこにいたのは制服姿で果物の籠をもった茉莉だった。
「お見舞いに来ましたが……意外と大丈夫そうですね」
「身体は痛いけどね」
撃たれた箇所を軽く触ると疼くような痛みが背筋を駆け抜ける。
茉莉が近くのテーブルにバスケットを置き丸椅子に座る。
「…………」
「……えっと」
茉莉は顔を俯かせ視線を合わさない。
「茉莉の方は大丈夫だった?」
「一応ひとまず落着は見ましたよ」
「……清十郎は?」
僕はひとつ唾液を飲み込み訊く。
「竜崎清十郎は警察に捕まりましたよ。まあ、当然と言えば当然の結果ですが」
「そうなんだね。じゃあ」
「はい。もう結婚だのなんだのはありませんよ」
ほっと胸を撫でおろす。
僕のしたことが果たして意味のあったことかどうか不安だったのだが、とりあえず茉莉を救い茉莉の自由を取り戻した。それが僕の不安を消し飛ばしその空いた場所には嬉しさが充満していた。
「あっ、そういえば、もうひとつ訊いてもいい?」
そう言う僕を茉莉は訝しむように見る。もしかしたら心当たりがあるのかもしれない。
「……なんですか?」
僕は言葉を継ぐ。
「あの時さ、僕のこと、むっちゃんって呼んだよね?」
茉莉の肩が跳ねる。そして、目が大きくなる。言葉には出さないが茉莉はとても分かりやすい。
「あの時とはどの時でしょうか?」
「茉莉の本心を聞いた時だよ」
うーん、と茉莉が唸り声をあげながら考える。
「……忘れました」
あっけらかんと答えるが、明らかに瞬きが増え唇は真一文字に結ばれている。
余程のことがない限り、茉莉が答えてくれることはないだろう。
埒が明かないな、とその瞳を見る。
しかし、そこに映ったのは今の僕ではなく、幼少期、まだ苦しみを知る前の僕だった。
日鳥という少年と遊ぶ時だけが唯一の楽しみであり、気を抜くことが出来るオアシスだった。
そんな僕が茉莉の黒目に映っている。
それが答えだった。
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