誰かのヒーローになりたい俺の第一歩

よーじろー

文字の大きさ
2 / 5
第一章

第二話

しおりを挟む
「……ただいま」
 
 無造作に置かれていたはずの靴が揃えられている。それが分かり安心する気持ち半分、申し訳ない気持ち半分。
 部屋の電気を点け、鞄をベッドの上に放る。
 テーブルの上に置かれたメモとラップがかけられた鮭が二切れ、そしてそれを囲むように茹でられた緑黄色野菜が脇を固める。

『お兄ちゃんへ。久しぶりに寄れたから掃除と洗濯しておいたよ。あとテーブルの上のおかずは今日中に食べてね。就活大変かもしれないけど頑張って。応援してるよ。
 お兄ちゃんの愛する妹より』

 文章と一緒に余白に書かれた似顔絵が俺を応援してくれる。
 センター試験を一週間後に控えており、自分も忙しいのに気にかけてくれる妹がたまらなく愛おしい。それこそ目に入れても痛くないほど可愛い。このことで誰に何と言われようと気にしない。シスコンと言いたい奴には言わせておけばいいのだ。
 ネクタイを乱暴に外し、スーツを脱ぐ。ここ二、三ヶ月でこのスーツの出番が急に増えたためか、確実に皺が増えたような気がする。そろそろクリーニングに出さないといけないかもしれない。
 鮭を電子レンジで温め、ご飯を茶碗で軽く一杯よそう。思えばこんなしっかりとした食事をとるのは久しぶりだった。いつもはカップ麺かコンビニ弁当で済ませることが多く、ひどい時なんかは十秒チャージのゼリーかバナナだけで済ませてしまうこともある。改めて我が愛しの妹に感謝をしなくてはいけない。

「……いただきます」

 一人での食事にもう慣れたと思っていたが、精神的に疲弊している今、家族で囲んだ食卓がたまらなく愛おしい。味付けは全く同じなのに環境一つでこうまでも感じ方か違ってくるものかと実感する。
 さっと夕食を食べ終え、食器を流しに運ぶ。そしてそのままスポンジに洗剤をつける。洗うのは面倒だったが、放置すると後が大変ということは俺が一番知っていたので、重い心を何とか動かし食器を洗っていく。
 一段落つきベッドに身体を預ける。
 仰向けになり天井を見つめると、木目に刻まれた細かい染みが徐々に広がっていることに気がついた。窓を閉めているにもかかわらず、どこからともなく隙間風が入り込んでくる。隣の大学生が夜な夜な女を連れ込んではいかがわしいことをしている声や音も何の障害もなく聞こえてくる。安さと大家さんのいい加減さに惹かれて今日にいたるまでの約四年間、築五十年になるこの木造アパートにお世話になっているが、そろそろ引っ越しを考えた方がいのかもしれない。
 目を閉じ思考の海に飛び込む。
 真っ先に浮かんだのは優しく微笑む母の笑顔だった。
 
 末期の癌で余命半年。
 
 ここ何年も入院と退院を繰り返している。残された時間は僅かであり、今年の春を迎えることも難しいかもしれない、いつ何が起きてもいい覚悟はしておいてください、と医者に宣告されている。
 二十年前、父が他界した後、小学生だった兄と三歳の俺、産まれたばかりの妹の三人を女手一つで育ててくれ、無理に無理を重ねてきたつけがここにきて回ってきたのだろう。現在の医療ではもはや臓器移植しか手は残っていないと言われている。しかし、その臓器移植が一筋縄でいかないことは自明の理だった。ドナーを必死に探してもらってはいるが、なかなか見つからない。そして、仮にドナーが見つかったとしても、費用の問題が俺たちの行く手を阻む。壊さないといけない壁は二重にも三重にもなっており簡単に進むことは出来ない。それこそ奇跡でも起きない限りお袋を救うことは出来ない状況である。

『いいかい、あつき、あんたは安定した職業に就きなさい。それで、一人でも多くの人の役に立つ人間になりなさい』

 これが母の口癖だった。
 この話をする時、俺は毎回、昔何があったんだ、と訊くが、どうもしないよ、と言って口を噤んでしまう。何かがあることは明らかだったが、過去の思い出に耽る母の顔を見るとそれ以上追及することは出来なかった。
 そんな母を少しでも安心させるために就職だけは早く決めておきたかったが、この状況だとそれも叶わないかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...