誰かのヒーローになりたい俺の第一歩

よーじろー

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第五章

第五十話

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 そして、少しの沈黙の後、小さく息を吐き続ける。

「……本当はね……言わない約束だったんだけどね……」

 そう言ってお袋はゆっくりと諭すように続ける。

「あの事件……あんたがピアノを止めるきっかけになった事件が起きた時、最初に絡まれた家族がいただろう。実はね、それがあかりちゃんの家族だったんだ。そして、あかりちゃんは蒼月のピアノのファンだった。だからこそ、自分を責めていた。何も悪くないのに、自分が神田蒼月という人の夢を奪ってしまった。あの時、自分が何かしていれば変わっていたかもしれない。あの子は人一倍責任感が強いからそう思ったのかもしれないけど」

 事件のことはすでに思い出していた。無意識の内に心の奥底に押し込めていたが、崇徳院朱雀の夢に触発された俺の心は動き出していた。
 俺がピアノを弾くことを諦めた原因となる事件。
 そこからピアノを触ることは勿論、見ることさえ避けていた。

「ここまで聞けばもう分かるだろう。蒼月を会社に入れたのは偶然じゃない。あんたにもう一度、ピアノを弾いて欲しい。好きなことから目を逸らさないで欲しい。そして……っと、これ以上はあかりちゃんの口から聞いた方がいいね」

 その後の言葉はいくら鈍感な俺でも分かった。
 あかりが俺のアパートのドアを壊したところから何から何まで仕組まれていたことだったんだ、俺が思っていたようにあかりも思っていてくれた、と知り胸が熱くなる。

「長くなったけど、とにかくあんたを遠ざけたのは誰よりもあんたを失いたくないから、危険な目に遭わせたくないから、そこにもっともらしい理由をつけたんだよ。それはあんたも分かってるんだろう。だからね、しつこいようだけど、もう一回、訊くよ。本当にあんたはそれでいいのかい?」

 そこには呆れているような落胆と悲観、有無を言わせぬ強靭さ、陰に佇む温厚さが同居していた。虎視眈々と獲物を狙う肉食動物のようでいて、同時に身を粉にして我が子を守る草食動物のようでもある。電話越しではあったが、そんな複雑な感情がお袋の声には込められていた。
 その後、お袋は俺の返答を待たずに「それじゃあね」と切ってしまった。
 後に残ったのはスマホを耳に当てたまま己の愚かさに腹を立てている男だった。

 ――――プーップーップーッ……。

 電話が切れたことを告げる音が鳴っていたのは数秒だろう。しかし、それは俺の耳に残り続け、そして同時に俺を叱責するかごとく鋭い棘を持ち合わせていた。
 お袋に言われたことを反芻する。

『あんた、本当にそれでいいのかい?』
『あつきにはあつきにしかできないことがある』

 スマホを耳から離し、ソファーで横になる真冬を見る。
 相変わらず緊張感の欠片もない姿に不安を感じずにはいれないが、それでもお膳立てをしてくれた真冬に感謝する。
 あかりの重荷になっていたのは朱雀だけでなかった。
 俺もあかりの重荷になっていたのだ。
 どうしてと考え始めれば分からないことは色々と出てくる。
 しかし、結局、分かっているのは、俺はお袋やあかりよりも〝神田蒼月〟という人間のことを知らなかったということだけだった。
 
 ――周りがどうとかは関係ない。何が出来るかではない。結局自分が何をしたいのか、どうしたいのか。それだけだ。
 
 その一点だけが俺には欠けていたのだ。
 それに気づいた時、俺は玄関に置かれていた車の鍵を手に、事務所を飛び出していた。
 
 ――一刻も早くあかりさんの元に向かわなくては……。
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