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第1章 納車編 あるいは雪上スピードウェイ
第15話 夜は明ける。幕は上がる
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目を覚ますと、世界が美しかった。
もう少し野暮な言い方をすると、視界いっぱいに規格外の美貌が広がっていた。
ベッドに寝そべってこちらを見詰める、繊細かつ壮麗に磨き上げられた乙女のかんばせ。
銀の頭髪と雪の素肌が朝の光を照り返し、瑞々しい唇と黄金の瞳が微笑の形を描いている。
美しさで人を殺せるとしたら、千人は瞬殺できそうなビジュアルの暴威。
それと寝起きで対峙して、俺が生き永らえた理由は――
「事故ってねえよな!?」
そのことが頭を埋め尽くしていたからだ。
運転中に突如襲ってきた、魔力切れによる憎き睡魔!
万が一にも寝ながらアクセルペダルを踏まないよう、運転席から身を投げたつもりだが、自信が無い。
眠っていたベッドから跳ね起きて窓から身を乗り出し、周囲を念入りに見回した。
車体――石畳の上に停止している。
タイヤ周り――何かを轢いた跡、無し。
その他もろもろ――異常無し。
……良し。
事故は起こしていない。ヨシ!
「よかったぁぁ……」
どうやら居眠り運転はしていないと確信し、俺はベッドにダイブして――
「ヨカッタネ」
その声を聞き、思い出す。
そういえば目蓋を空けた瞬間、この世のものとは思えぬ『美』を目撃したような。
「………」
神々しい『美』の持ち主が、仰向けになった俺を上から覗き込む。
眉間に皺を寄せた仏頂面で。
言うまでもなくシロさんだ。
「おはようございますシロさん」
「はよ」
挨拶を返してくれながら、シロさんが俺の頬をつねった。
痛くはない。でもなんか不満げ。
「な、何か?」
「いや、すごくまっとうな理由で無視されたってわかるから……怒るに怒れなくて……」
「え。
……あ、ああ!?」
「今さら気づいて申し訳ない顔するなよう。
嗤えよう。ウッキウキで仕掛けた寝起きドッキリをスルーされた女を嗤えよう」
ごめんて……。
『酷いイタズラをするからだぞ、シロ』
「!」
響いた声にハッとして、跳ね起きる。
見れば、シロさんの華奢な体の向こう――テーブルの上あたりの空間に、白龍にも劣らぬ美貌が浮いていた。
クリスさんだ。また立体映像のようで、足を組んで椅子に座るような姿勢でふよふよ虚空を漂っている。可愛い。
『明日からも気をつけろよエイジ。
キミがいい反応をするまで同じことを繰り返すぞこの龍は。
ヒトと龍のハーフ、楽しみだね――みたいな囁きもするつもりらしいから覚悟しておけ』
「なんでネタバレすんのクリス!?
いけないなあ!
そんないけない子が騎士団長してる国は滅ぼしちゃおうかなあ!」
『そのドラゴンジョークつまらんからやめろ』
「そお?」
「あ、あの……お二人は」
ひどくテンポの良いやり取りに、俺は恐る恐る割り込む。
「昨日からそんな感じでしたっけ?
ずいぶん仲良くなってるような」
「エイジが寝てから女子トークしたんだよー」
自慢するように胸を張り、シロさん。寝起きドッキリとか女子トークとか、現代日本臭いワードは例の異界人さんから仕入れたんだろうか。
「日が落ちて暫くしてから、クリスが通信繋げてくれてね!
星空の下でひと晩お喋りすれば女の子は仲良くなってしまうのサ」
うわマジか。俺も交ざりたかった。
いや、訂正。そのやり取りを空気になって拝聴したかった。
ああ、憎い。やはりあの睡魔が憎い……!
「思いのほかショック受けてるねエイジ」
『やはり起こすべきだったかな? だがそれだと今日に障るしなあ。
せっかくシロが頑張ってベッドに運んだ後でもあったし』
ああ、だからベッドで寝てたのか俺。
わざわざありがとうございますシロさん。
でも、
「多少寝不足でも動けますよ俺」
今後の行動方針にも関わりそうなので、言っておく。
夕方から朝まで熟睡したおかげで体調は十二分だが、そこまでしなくてもパフォーマンスに影響は無い。無理は効く方だと自負している。
何しろ、終電で帰って3時くらいまで在宅ワークして、2時間だけ寝て始発で出勤する生活を3年続けた身だ。
「エイジから……エイジから死の気配を感じるよ!?
これアレだ、昼過ぎまで元気だった子が夕方突然死する系の波動だ!」
『エイジを召喚して良かったかもしれないと今初めて思えたよ私は。
――ちなみにエイジ。昨夜起こさなかったのにはな、キミが思ってるのと違う理由もあるんだ』
「というと」
『きちんと寝ないと魔力はロクに回復しない。
昨日あれだけ大盤振る舞いしたんだから、これくらい休まねば全快とはいかないのさ』
なんて健康的な世界なんだ……。
「あのねエイジ。
キミはこれからたくさん魔法を使うから、教えとく」
シロさんの声が、少しだけ真面目な色を帯びた。
俺も居住まいを正して向き合えば、その声音とは裏腹に――あるいは、真剣だからこそか。
「人族と魔族の場合、魔力の源は≪喜び≫なんだよ」
彼女の表情は底抜けに楽しそうで、かつ、誇りに輝いていた。
異界から来た訪問者に、「ここはこんなにも素晴らしい場所だ」と胸を張って語る白龍の笑み。
「楽しいことをたくさんしよう。
綺麗なものを見て、素敵な人と逢って、≪嬉しい≫をいっぱい集めていこう。
それがきっと、みんなを助ける力になる」
「――ああ……」
そのとき、俺はひどく納得していた。
どうしてキャンピングカーなのか。
このクルマは、生きたいという俺の願いに応えて生まれたもの。それが何故、戦車でもバイクでもヘリでもなく、こんなにのんびりしたシロモノだったのか。
もちろん、創造るとき想い出が混じったせいもあるだろう。
でも、きっとそれは理由の半分。
もう半分は――喜びを集めるため。
とびきりの絶景を、幸せな出逢いを、最も豊かな形で迎えるためなんだ。
そのために、きっとこの世界がこのクルマを選ばせてくれたんだ。
――ありがとう。
『では、早速一つ目の≪嬉しい≫を回収しよう』
笑みを含んで告げたクリスさんが、窓の外を指差した。
俺はそれを何気なく目で追い――
一瞬、何もかもを忘れた。そこに広がる光景に。
光の海。
遥か彼方、山嶺の麓まで続く草原が、ほんの数センチほどの水に浸されて鏡のようになっている。クリスさんが言っていた雪解け水だ。
見渡す限り天地鏡映しのパノラマは、磨き抜かれたクリスタルの皿に乗っているかのようだった。
――これが世界か。
ほとんど夢うつつとなる意識の中、想う。
世界には、こんな場所まであるのか。
『さあ、朝食を終えたら走り始めてくれ。
今日中に山の麓まで辿り着いてくれると、助かる』
◇ ◇ ◇
昼過ぎには山の中腹まで登っていた。
『速い速い速い速い』
ツッコミともボヤキともつかない、助手席のクリスさんの呻き声に、俺はハンドルを操りつつ苦笑い。
確かに、俺も速いと思う。木々が密集していて視界はあまり良くないとはいえ、街道の石畳がこの山道でも続いていて非常に走りやすい。時速50キロ台で走ってもそうそう事故は起きないだろう。相変わらず人っ子一人いないし。
もちろん、クリスさんが言っているのはそういう意味ではないだろう。
本人はおどけたような笑顔で助手席から外を眺めているが、朝までより若干、ほんのわずかに元気が無い。
(……プライド傷ついてるなあ)
ミラー越しに後ろを見ると、ベッドを占拠中のシロさんも「どうしたもんかな」と肩を竦めた。それに気づいているのかいないのか(気づいてそう)、クリスさんは声を弾ませ、
『くどいようだが、この≪猫≫には改めて畏れ入る。
うちの騎兵の最高速度を朝から昼まで維持して走れるとは』
それがショックなのか……そうだろうなあ……。
クリスさんには「自分たちがエイジを召喚した」とか「そういう規格外の存在を希望した」という意識があるから懸命に呑み込んでいるんだろうが、本心では文句を言いたくて仕方ないだろう。
何だこのバケモノは。騎兵を馬鹿にしているのか、と。
(騎兵……騎士ってのは生まれつき、馬に乗って戦うことが義務らしいからなぁ。
幼い頃から馬術の訓練するっていうし。
それに誇りを持ってる人が自動車なんか見たら落ち込むに決まってるか)
はて、どのように元気づけたものか。
異世界の技術なんだから気にすることはない――なんて言っても効き目は有るまい。そういうことを言うときは、例えば『自動車は馬より優れてるけど、地球には(俺が知る限り)魔法が無いですから』とかいう話をして、二つの世界が対等だと示す必要がある。
だが今のところ、俺はこの世界の魔法が地球の科学技術より優れている点を見つけられていない。今ヘタなことを言うと地雷を踏みかねない……。
『エイジ、教えてくれ』
朗らかな笑顔で、クリスさん。な、なんでしょうか。
『地球では誰もが簡単に、こういう≪猫≫を乗りこなせるのか?』
「!」
その一言に、元気づけるアイデアが天啓のごとく舞い降りた。これだ。
「いやいや、結構難しいですよ」
内心のハラハラを押し殺しながら、言う。ここまでは嘘はついていない。
「街中に出る前にがっつり練習しなきゃいけませんし、試験もありますし」
『それには何年かかる?』
「……最短で十八年」
『あ、そんなに!?』
ぱあっ! と顔を輝かせるクリスさんと、俺は目を合わせられなかった。
……繰り返すが、嘘は言っていない。日本で普通免許を取得できるのは十八歳からで、教習所に通うのはだいたい二、三ヶ月。この≪鉄の猫≫を駆って世界を走るには、本当に十八年と数ヶ月かかるのだ。
これも繰り返しになるが、騎士は幼い頃から人生を通じて馬術を訓練する。なら、運転免許を取るまでの期間も生まれた瞬間から勘定するのがフェアではないだろうか。いいや、フェアに決まっている。
『そうに決まっているよなあ』
クリスさんはニッコニコで、車内と窓の外を見まわし、
『何せこれだけの優駿だ。並大抵の努力ではまたがることも許されまい。
とはいえ、エイジのこの≪猫≫はその中でも極上の一頭なのだろうが』
「………」
『違うのか!?』
違うのだ。
朝からじっくり走らせてみてわかったが、俺が創ったこのクルマ、ある一点において地球の現行車より甚だ見劣りする。全くお話にならないレベル。
その原因は俺にあるのだが、はて、どう説明すれば伝わりやすいかな?
語彙力とファンタジーの知識を総動員して、あれこれ考えていたそのとき。
「停めて」
不意に、鋭い声が飛ぶ。
シロさんだ。何やら窓にしがみついた彼女の表情は、前髪が被さってよく見えないが――
「停めてエイジ!
人が倒れてる! 繁みの奥!」
「………ッ!?」
初めて聞く、白龍の切迫した声に、俺は全力でブレーキを踏み込んだ。
もう少し野暮な言い方をすると、視界いっぱいに規格外の美貌が広がっていた。
ベッドに寝そべってこちらを見詰める、繊細かつ壮麗に磨き上げられた乙女のかんばせ。
銀の頭髪と雪の素肌が朝の光を照り返し、瑞々しい唇と黄金の瞳が微笑の形を描いている。
美しさで人を殺せるとしたら、千人は瞬殺できそうなビジュアルの暴威。
それと寝起きで対峙して、俺が生き永らえた理由は――
「事故ってねえよな!?」
そのことが頭を埋め尽くしていたからだ。
運転中に突如襲ってきた、魔力切れによる憎き睡魔!
万が一にも寝ながらアクセルペダルを踏まないよう、運転席から身を投げたつもりだが、自信が無い。
眠っていたベッドから跳ね起きて窓から身を乗り出し、周囲を念入りに見回した。
車体――石畳の上に停止している。
タイヤ周り――何かを轢いた跡、無し。
その他もろもろ――異常無し。
……良し。
事故は起こしていない。ヨシ!
「よかったぁぁ……」
どうやら居眠り運転はしていないと確信し、俺はベッドにダイブして――
「ヨカッタネ」
その声を聞き、思い出す。
そういえば目蓋を空けた瞬間、この世のものとは思えぬ『美』を目撃したような。
「………」
神々しい『美』の持ち主が、仰向けになった俺を上から覗き込む。
眉間に皺を寄せた仏頂面で。
言うまでもなくシロさんだ。
「おはようございますシロさん」
「はよ」
挨拶を返してくれながら、シロさんが俺の頬をつねった。
痛くはない。でもなんか不満げ。
「な、何か?」
「いや、すごくまっとうな理由で無視されたってわかるから……怒るに怒れなくて……」
「え。
……あ、ああ!?」
「今さら気づいて申し訳ない顔するなよう。
嗤えよう。ウッキウキで仕掛けた寝起きドッキリをスルーされた女を嗤えよう」
ごめんて……。
『酷いイタズラをするからだぞ、シロ』
「!」
響いた声にハッとして、跳ね起きる。
見れば、シロさんの華奢な体の向こう――テーブルの上あたりの空間に、白龍にも劣らぬ美貌が浮いていた。
クリスさんだ。また立体映像のようで、足を組んで椅子に座るような姿勢でふよふよ虚空を漂っている。可愛い。
『明日からも気をつけろよエイジ。
キミがいい反応をするまで同じことを繰り返すぞこの龍は。
ヒトと龍のハーフ、楽しみだね――みたいな囁きもするつもりらしいから覚悟しておけ』
「なんでネタバレすんのクリス!?
いけないなあ!
そんないけない子が騎士団長してる国は滅ぼしちゃおうかなあ!」
『そのドラゴンジョークつまらんからやめろ』
「そお?」
「あ、あの……お二人は」
ひどくテンポの良いやり取りに、俺は恐る恐る割り込む。
「昨日からそんな感じでしたっけ?
ずいぶん仲良くなってるような」
「エイジが寝てから女子トークしたんだよー」
自慢するように胸を張り、シロさん。寝起きドッキリとか女子トークとか、現代日本臭いワードは例の異界人さんから仕入れたんだろうか。
「日が落ちて暫くしてから、クリスが通信繋げてくれてね!
星空の下でひと晩お喋りすれば女の子は仲良くなってしまうのサ」
うわマジか。俺も交ざりたかった。
いや、訂正。そのやり取りを空気になって拝聴したかった。
ああ、憎い。やはりあの睡魔が憎い……!
「思いのほかショック受けてるねエイジ」
『やはり起こすべきだったかな? だがそれだと今日に障るしなあ。
せっかくシロが頑張ってベッドに運んだ後でもあったし』
ああ、だからベッドで寝てたのか俺。
わざわざありがとうございますシロさん。
でも、
「多少寝不足でも動けますよ俺」
今後の行動方針にも関わりそうなので、言っておく。
夕方から朝まで熟睡したおかげで体調は十二分だが、そこまでしなくてもパフォーマンスに影響は無い。無理は効く方だと自負している。
何しろ、終電で帰って3時くらいまで在宅ワークして、2時間だけ寝て始発で出勤する生活を3年続けた身だ。
「エイジから……エイジから死の気配を感じるよ!?
これアレだ、昼過ぎまで元気だった子が夕方突然死する系の波動だ!」
『エイジを召喚して良かったかもしれないと今初めて思えたよ私は。
――ちなみにエイジ。昨夜起こさなかったのにはな、キミが思ってるのと違う理由もあるんだ』
「というと」
『きちんと寝ないと魔力はロクに回復しない。
昨日あれだけ大盤振る舞いしたんだから、これくらい休まねば全快とはいかないのさ』
なんて健康的な世界なんだ……。
「あのねエイジ。
キミはこれからたくさん魔法を使うから、教えとく」
シロさんの声が、少しだけ真面目な色を帯びた。
俺も居住まいを正して向き合えば、その声音とは裏腹に――あるいは、真剣だからこそか。
「人族と魔族の場合、魔力の源は≪喜び≫なんだよ」
彼女の表情は底抜けに楽しそうで、かつ、誇りに輝いていた。
異界から来た訪問者に、「ここはこんなにも素晴らしい場所だ」と胸を張って語る白龍の笑み。
「楽しいことをたくさんしよう。
綺麗なものを見て、素敵な人と逢って、≪嬉しい≫をいっぱい集めていこう。
それがきっと、みんなを助ける力になる」
「――ああ……」
そのとき、俺はひどく納得していた。
どうしてキャンピングカーなのか。
このクルマは、生きたいという俺の願いに応えて生まれたもの。それが何故、戦車でもバイクでもヘリでもなく、こんなにのんびりしたシロモノだったのか。
もちろん、創造るとき想い出が混じったせいもあるだろう。
でも、きっとそれは理由の半分。
もう半分は――喜びを集めるため。
とびきりの絶景を、幸せな出逢いを、最も豊かな形で迎えるためなんだ。
そのために、きっとこの世界がこのクルマを選ばせてくれたんだ。
――ありがとう。
『では、早速一つ目の≪嬉しい≫を回収しよう』
笑みを含んで告げたクリスさんが、窓の外を指差した。
俺はそれを何気なく目で追い――
一瞬、何もかもを忘れた。そこに広がる光景に。
光の海。
遥か彼方、山嶺の麓まで続く草原が、ほんの数センチほどの水に浸されて鏡のようになっている。クリスさんが言っていた雪解け水だ。
見渡す限り天地鏡映しのパノラマは、磨き抜かれたクリスタルの皿に乗っているかのようだった。
――これが世界か。
ほとんど夢うつつとなる意識の中、想う。
世界には、こんな場所まであるのか。
『さあ、朝食を終えたら走り始めてくれ。
今日中に山の麓まで辿り着いてくれると、助かる』
◇ ◇ ◇
昼過ぎには山の中腹まで登っていた。
『速い速い速い速い』
ツッコミともボヤキともつかない、助手席のクリスさんの呻き声に、俺はハンドルを操りつつ苦笑い。
確かに、俺も速いと思う。木々が密集していて視界はあまり良くないとはいえ、街道の石畳がこの山道でも続いていて非常に走りやすい。時速50キロ台で走ってもそうそう事故は起きないだろう。相変わらず人っ子一人いないし。
もちろん、クリスさんが言っているのはそういう意味ではないだろう。
本人はおどけたような笑顔で助手席から外を眺めているが、朝までより若干、ほんのわずかに元気が無い。
(……プライド傷ついてるなあ)
ミラー越しに後ろを見ると、ベッドを占拠中のシロさんも「どうしたもんかな」と肩を竦めた。それに気づいているのかいないのか(気づいてそう)、クリスさんは声を弾ませ、
『くどいようだが、この≪猫≫には改めて畏れ入る。
うちの騎兵の最高速度を朝から昼まで維持して走れるとは』
それがショックなのか……そうだろうなあ……。
クリスさんには「自分たちがエイジを召喚した」とか「そういう規格外の存在を希望した」という意識があるから懸命に呑み込んでいるんだろうが、本心では文句を言いたくて仕方ないだろう。
何だこのバケモノは。騎兵を馬鹿にしているのか、と。
(騎兵……騎士ってのは生まれつき、馬に乗って戦うことが義務らしいからなぁ。
幼い頃から馬術の訓練するっていうし。
それに誇りを持ってる人が自動車なんか見たら落ち込むに決まってるか)
はて、どのように元気づけたものか。
異世界の技術なんだから気にすることはない――なんて言っても効き目は有るまい。そういうことを言うときは、例えば『自動車は馬より優れてるけど、地球には(俺が知る限り)魔法が無いですから』とかいう話をして、二つの世界が対等だと示す必要がある。
だが今のところ、俺はこの世界の魔法が地球の科学技術より優れている点を見つけられていない。今ヘタなことを言うと地雷を踏みかねない……。
『エイジ、教えてくれ』
朗らかな笑顔で、クリスさん。な、なんでしょうか。
『地球では誰もが簡単に、こういう≪猫≫を乗りこなせるのか?』
「!」
その一言に、元気づけるアイデアが天啓のごとく舞い降りた。これだ。
「いやいや、結構難しいですよ」
内心のハラハラを押し殺しながら、言う。ここまでは嘘はついていない。
「街中に出る前にがっつり練習しなきゃいけませんし、試験もありますし」
『それには何年かかる?』
「……最短で十八年」
『あ、そんなに!?』
ぱあっ! と顔を輝かせるクリスさんと、俺は目を合わせられなかった。
……繰り返すが、嘘は言っていない。日本で普通免許を取得できるのは十八歳からで、教習所に通うのはだいたい二、三ヶ月。この≪鉄の猫≫を駆って世界を走るには、本当に十八年と数ヶ月かかるのだ。
これも繰り返しになるが、騎士は幼い頃から人生を通じて馬術を訓練する。なら、運転免許を取るまでの期間も生まれた瞬間から勘定するのがフェアではないだろうか。いいや、フェアに決まっている。
『そうに決まっているよなあ』
クリスさんはニッコニコで、車内と窓の外を見まわし、
『何せこれだけの優駿だ。並大抵の努力ではまたがることも許されまい。
とはいえ、エイジのこの≪猫≫はその中でも極上の一頭なのだろうが』
「………」
『違うのか!?』
違うのだ。
朝からじっくり走らせてみてわかったが、俺が創ったこのクルマ、ある一点において地球の現行車より甚だ見劣りする。全くお話にならないレベル。
その原因は俺にあるのだが、はて、どう説明すれば伝わりやすいかな?
語彙力とファンタジーの知識を総動員して、あれこれ考えていたそのとき。
「停めて」
不意に、鋭い声が飛ぶ。
シロさんだ。何やら窓にしがみついた彼女の表情は、前髪が被さってよく見えないが――
「停めてエイジ!
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