駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

文字の大きさ
18 / 85

佐野ビルのオーナー

しおりを挟む
 トントントン

 軽快に佐野ビルの階段を駆け上る。


 お友達倶楽部に入会して早、一週間が過ぎた。

 オンラインでしか会わない友人、次郎長とは、憧れていたFPS(一人称視点シューティングゲーム)ですっかり仲良くなった。
 未沙は再会した途端、抱きついて入会を喜んでくれた。
 塾は月曜の英語だけにして、水曜日の国語と木曜日の数学は母に内緒でやめた。

 もうすぐゴールデンウィークだ。
 きっとこの大型連休は、楽しいものになるだろう。そんな期待が、尚の足取りを軽くしていた。

 今日も龍也に逢えるという期待と裏腹に――カチャ、カチャカチャ―ードアが閉まっていた。誰も来ていないのだ。

「仕事なのかな」

 便の仕事には、特に定休日を設けていないと聞いていた。それほど積極的に仕事を取っていないのか、この一週間は暇そうにしていたから、すっかり日曜の今日も仕事は無いのだと決めつけていた。

「つまんないな」
 
 すでに未沙が合鍵を作ってくれていた。いつものポシェットから鍵を取り出し開けようとしたが、止めた。

「帰ろっかな」

 広いオフィスは、一人きりだと寂しいに違いない。
 ポシェットに鍵を仕舞おうとした時、背後から声がした。

「君、新しく入会した子かな?」

 振り向くと、優しそうな中年男性。
 中年と呼ぶには失礼かも知れない。尚の父親よりはうんと若く見える。

 カジュアルだけれど品のいいデニム姿。細い銀縁眼鏡越しの目尻には、優し気な笑いジワが刻まれている。

「タツヤ君ね、もうすぐ戻ると思いますよ。朝からリカと買い物に行ったから」

 ――リカって誰? この人何者?

 どんなに優しそうでも、やっぱり知らない人は苦手だ。

 尚の反応があまりに不安気だったせいか、その男性は自己紹介をしながら、お友達倶楽部の鍵を開けた。

「僕はこのビルのオーナーの佐野です。下のクリニックの院長もやっています。さあ、入って」

 戸惑う尚を促す。

「リカはタツヤ君の姉でね、僕のお嫁さんでもあるんですよ」
「つまり、タツヤさんのお義兄さん?」
「はい」

 そう説明されると何だか安心して、奥側のソファーに腰かけた。

 モニターを背にした奥側のソファーは、尚の指定席となりつつあった。

 読書家の竜平はスチール棚近く、尚の斜め向かいに座ることが多い。
 龍也は尚の隣で、後ろを向いてゲームをする。
 窓側の机にセットされた未沙専用のオフィスチェアーは、贅沢なポケットコイルで肘掛け付きのソフトレザーだ。

 佐野氏が、尚の向かいに腰を下ろした。

「何か飲むかい?」
「いえ、僕が買いに行きます」

 尚は慌てて立ち上がろうとした。

「いいですよ。僕のビルの自動販売機ですから」

 佐野氏は面白い理由をつけて、けれど尚の飲み物を聞かずに、自販機へと行った。

 ――早く誰か来ないかな……

 そわそわとスマホを開いた。

「あ、」

 メッセージアプリのグループに龍也が画像を投稿していた。

 フルーツたっぷりのロールケーキ。
〈ケーキ悔いたきゃ、2時に集合!(^O^)/〉

 ――食うの字が違うよ~

 クスクス笑いが止まらない。

「あ、そのメッセージね。誤字そのままでしょ。僕も思わず笑っちゃいましたよ。ねえ」

 佐野氏が戻って来て、尚の前にホットのカフェオレを置いた。

「ミルク増しのホットで良かったかな?」

 好みを把握されていることに驚いてしまった。

「リカが帰ってきたら、きっと美味しいコーヒーを入れてくれるからね、今はインスタントで我慢して下さいね」

 二時まで、あと三十分。

 佐野氏が窓を開け、風を入れた。
 ウッドブラインドを半分開けると、途端に部屋が明るくなった。

 尚が目を細めた。

 部屋が薄暗いのは、ゲームのモニターが見やすいように、という理由だ。


「君、名前は?」
「霧島尚です」
 小さな声で答える。

「そう。龍也はやんちゃで見た目も怖いけれど、本当に優しくていい子だから。できればずっと友達でいてやって下さい」

 佐野氏が微笑むと、垂れた細い目が線になって、笑っているのに泣き顔のようになった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...