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五
佐野ビルのオーナー
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トントントン
軽快に佐野ビルの階段を駆け上る。
お友達倶楽部に入会して早、一週間が過ぎた。
オンラインでしか会わない友人、次郎長とは、憧れていたFPS(一人称視点シューティングゲーム)ですっかり仲良くなった。
未沙は再会した途端、抱きついて入会を喜んでくれた。
塾は月曜の英語だけにして、水曜日の国語と木曜日の数学は母に内緒でやめた。
もうすぐゴールデンウィークだ。
きっとこの大型連休は、楽しいものになるだろう。そんな期待が、尚の足取りを軽くしていた。
今日も龍也に逢えるという期待と裏腹に――カチャ、カチャカチャ―ードアが閉まっていた。誰も来ていないのだ。
「仕事なのかな」
便利屋の仕事には、特に定休日を設けていないと聞いていた。それほど積極的に仕事を取っていないのか、この一週間は暇そうにしていたから、すっかり日曜の今日も仕事は無いのだと決めつけていた。
「つまんないな」
すでに未沙が合鍵を作ってくれていた。いつものポシェットから鍵を取り出し開けようとしたが、止めた。
「帰ろっかな」
広いオフィスは、一人きりだと寂しいに違いない。
ポシェットに鍵を仕舞おうとした時、背後から声がした。
「君、新しく入会した子かな?」
振り向くと、優しそうな中年男性。
中年と呼ぶには失礼かも知れない。尚の父親よりはうんと若く見える。
カジュアルだけれど品のいいデニム姿。細い銀縁眼鏡越しの目尻には、優し気な笑いジワが刻まれている。
「タツヤ君ね、もうすぐ戻ると思いますよ。朝からリカと買い物に行ったから」
――リカって誰? この人何者?
どんなに優しそうでも、やっぱり知らない人は苦手だ。
尚の反応があまりに不安気だったせいか、その男性は自己紹介をしながら、お友達倶楽部の鍵を開けた。
「僕はこのビルのオーナーの佐野です。下のクリニックの院長もやっています。さあ、入って」
戸惑う尚を促す。
「リカはタツヤ君の姉でね、僕のお嫁さんでもあるんですよ」
「つまり、タツヤさんのお義兄さん?」
「はい」
そう説明されると何だか安心して、奥側のソファーに腰かけた。
モニターを背にした奥側のソファーは、尚の指定席となりつつあった。
読書家の竜平はスチール棚近く、尚の斜め向かいに座ることが多い。
龍也は尚の隣で、後ろを向いてゲームをする。
窓側の机にセットされた未沙専用のオフィスチェアーは、贅沢なポケットコイルで肘掛け付きのソフトレザーだ。
佐野氏が、尚の向かいに腰を下ろした。
「何か飲むかい?」
「いえ、僕が買いに行きます」
尚は慌てて立ち上がろうとした。
「いいですよ。僕のビルの自動販売機ですから」
佐野氏は面白い理由をつけて、けれど尚の飲み物を聞かずに、自販機へと行った。
――早く誰か来ないかな……
そわそわとスマホを開いた。
「あ、」
メッセージアプリのグループに龍也が画像を投稿していた。
フルーツたっぷりのロールケーキ。
〈ケーキ悔いたきゃ、2時に集合!(^O^)/〉
――食うの字が違うよ~
クスクス笑いが止まらない。
「あ、そのメッセージね。誤字そのままでしょ。僕も思わず笑っちゃいましたよ。ねえ」
佐野氏が戻って来て、尚の前にホットのカフェオレを置いた。
「ミルク増しのホットで良かったかな?」
好みを把握されていることに驚いてしまった。
「リカが帰ってきたら、きっと美味しいコーヒーを入れてくれるからね、今はインスタントで我慢して下さいね」
二時まで、あと三十分。
佐野氏が窓を開け、風を入れた。
ウッドブラインドを半分開けると、途端に部屋が明るくなった。
尚が目を細めた。
部屋が薄暗いのは、ゲームのモニターが見やすいように、という理由だ。
「君、名前は?」
「霧島尚です」
小さな声で答える。
「そう。龍也はやんちゃで見た目も怖いけれど、本当に優しくていい子だから。できればずっと友達でいてやって下さい」
佐野氏が微笑むと、垂れた細い目が線になって、笑っているのに泣き顔のようになった。
軽快に佐野ビルの階段を駆け上る。
お友達倶楽部に入会して早、一週間が過ぎた。
オンラインでしか会わない友人、次郎長とは、憧れていたFPS(一人称視点シューティングゲーム)ですっかり仲良くなった。
未沙は再会した途端、抱きついて入会を喜んでくれた。
塾は月曜の英語だけにして、水曜日の国語と木曜日の数学は母に内緒でやめた。
もうすぐゴールデンウィークだ。
きっとこの大型連休は、楽しいものになるだろう。そんな期待が、尚の足取りを軽くしていた。
今日も龍也に逢えるという期待と裏腹に――カチャ、カチャカチャ―ードアが閉まっていた。誰も来ていないのだ。
「仕事なのかな」
便利屋の仕事には、特に定休日を設けていないと聞いていた。それほど積極的に仕事を取っていないのか、この一週間は暇そうにしていたから、すっかり日曜の今日も仕事は無いのだと決めつけていた。
「つまんないな」
すでに未沙が合鍵を作ってくれていた。いつものポシェットから鍵を取り出し開けようとしたが、止めた。
「帰ろっかな」
広いオフィスは、一人きりだと寂しいに違いない。
ポシェットに鍵を仕舞おうとした時、背後から声がした。
「君、新しく入会した子かな?」
振り向くと、優しそうな中年男性。
中年と呼ぶには失礼かも知れない。尚の父親よりはうんと若く見える。
カジュアルだけれど品のいいデニム姿。細い銀縁眼鏡越しの目尻には、優し気な笑いジワが刻まれている。
「タツヤ君ね、もうすぐ戻ると思いますよ。朝からリカと買い物に行ったから」
――リカって誰? この人何者?
どんなに優しそうでも、やっぱり知らない人は苦手だ。
尚の反応があまりに不安気だったせいか、その男性は自己紹介をしながら、お友達倶楽部の鍵を開けた。
「僕はこのビルのオーナーの佐野です。下のクリニックの院長もやっています。さあ、入って」
戸惑う尚を促す。
「リカはタツヤ君の姉でね、僕のお嫁さんでもあるんですよ」
「つまり、タツヤさんのお義兄さん?」
「はい」
そう説明されると何だか安心して、奥側のソファーに腰かけた。
モニターを背にした奥側のソファーは、尚の指定席となりつつあった。
読書家の竜平はスチール棚近く、尚の斜め向かいに座ることが多い。
龍也は尚の隣で、後ろを向いてゲームをする。
窓側の机にセットされた未沙専用のオフィスチェアーは、贅沢なポケットコイルで肘掛け付きのソフトレザーだ。
佐野氏が、尚の向かいに腰を下ろした。
「何か飲むかい?」
「いえ、僕が買いに行きます」
尚は慌てて立ち上がろうとした。
「いいですよ。僕のビルの自動販売機ですから」
佐野氏は面白い理由をつけて、けれど尚の飲み物を聞かずに、自販機へと行った。
――早く誰か来ないかな……
そわそわとスマホを開いた。
「あ、」
メッセージアプリのグループに龍也が画像を投稿していた。
フルーツたっぷりのロールケーキ。
〈ケーキ悔いたきゃ、2時に集合!(^O^)/〉
――食うの字が違うよ~
クスクス笑いが止まらない。
「あ、そのメッセージね。誤字そのままでしょ。僕も思わず笑っちゃいましたよ。ねえ」
佐野氏が戻って来て、尚の前にホットのカフェオレを置いた。
「ミルク増しのホットで良かったかな?」
好みを把握されていることに驚いてしまった。
「リカが帰ってきたら、きっと美味しいコーヒーを入れてくれるからね、今はインスタントで我慢して下さいね」
二時まで、あと三十分。
佐野氏が窓を開け、風を入れた。
ウッドブラインドを半分開けると、途端に部屋が明るくなった。
尚が目を細めた。
部屋が薄暗いのは、ゲームのモニターが見やすいように、という理由だ。
「君、名前は?」
「霧島尚です」
小さな声で答える。
「そう。龍也はやんちゃで見た目も怖いけれど、本当に優しくていい子だから。できればずっと友達でいてやって下さい」
佐野氏が微笑むと、垂れた細い目が線になって、笑っているのに泣き顔のようになった。
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初回公開日時 2019.01.25 22:29
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再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
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