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七
届け物【工藤視点】
しおりを挟む「あの……、工藤って人いますか?」
工藤が龍也と尚の訪問に気付いたのは十時ほんの少し前のことだった。
「おはよう、霧島君だっけ。何か?」
「あの、えっと、これ」紙袋を差し出した。「僕、一枚落としてたみたいで。ビルの中で見つけたんですけど、ここに届けて良かったですか」
工藤はその場で紙袋を開いた。
「……ああ。届けてくれてありがとう。いつ見つけたのかな?」
尚という少年がだぼだぼのライダースジャケットを着ていることから、バイクで来たのだとわかった。その紙袋は、ネットでくくりつけられていたのか、くしゃくしゃになってしまっている。
「昨日の夜だよ。俺が見つけた」龍也が答えた。「くっせえから捨てようかと思ったんだけどさ、一応、兄貴に相談したら、持ってけってさ。それに、変な置き手紙っぽいのも入ってたから」
紙袋の中からはミルクの腐った臭いが漂う。工藤はその臭いに眉をしかめた。
「置き手紙とは?」
「その布っ切れを持ち上げたら出てきたんだよ」
二人の会話のタイミングを見計らったように、尚がポケットから、例のメモを取り出した。
「これです。刑事さん、何か手がかりが見つかったらって言ってたでしょ。だから、大事に持って来たよ」
ナイロンメッシュのジャケットは借りものなのか、肩幅の華奢な尚が着ると少し袖が長くなる。長袖の先からチョンと出た指先が愛らしい。
「はい」と、掌にそのメモを載せ、工藤の前に差し出すと、彼の顔を上目遣いに見た。
その少女のような仕草に、工藤の眼の涙袋が一瞬ぴくっと痙攣したように動いた。だが、それを隠すように無言でその紙切れを抓み、そのまま開いて書かれた文字を読んだ。
「探さないでくださいか……」
工藤は独り言のように、ぽそっとつぶやく。
尚が背伸びをして、顔を工藤に近づけた。
「ねえ、そのメモから、ああちゃんたちのママ、探して下さいね」
無邪気にも、警察の探索に期待する意思を伝えてくる。
その時、
「よお! 赤星じゃねえか。また何か悪さでもしたか?」
工藤の背後で、強面の刑事が手を上げた。
龍也の口からとっさに「ゲッ」という声が漏れたのを、工藤は聞き逃さなかった。
「俺はなんもしてねえよ! むしろ善い行いってのをしたんだぜ。なあ、お巡りさん」
龍也のことを知っているらしい刑事は、白い歯を見せて笑った。
刑事の名は松林。彼のお世話になったことがあるということは、いわゆる『不良少年』だったということだ。
――やっぱり、見た目通りだな。
偏見に満ちたことを、心の中で思う。
「ハハハ、知ってるさ。捨て子を保護してくれたんだってな。ありがとよ。まあ、日々真面目にやるってのが大事なんだ。きちんと佐野さんの言うことを聞くんだぞ」
「わかってるよ。ったく……いつまでも中坊扱いすんなよな」
生活安全課の刑事たちにとって、不良少年たちは所詮〈子供たち〉。松林の目はまるで父親のようだ。
「なあ、もういいだろ? 帰ろうぜ。ナオ」
ただでさえ居心地の良くない場所なのに、自分の過去を知る刑事に声をかけられたとあって、龍也が急にそわそわし始めた。
「うん。僕はいいけど?」
もう一度工藤の方に視線を向けた。
工藤はというと、話の腰が折れたこともあり、一旦考えをまとめようと思っていた。
「ああ、もういいよ。ご苦労さん」
これ以上話を詳しく聴いていたら、また「なんで親を探してくれていないの」などと駄々をこねられてもかなわん――と言うのが彼の本音だが、そこは顔に出さないでいた。
「あ、その臭い落とし物の礼なんていらねえからな。んなもん、二割もらっても困るわ」
憎まれ口をたたいて、龍也らが立ち去った。
「なんですか。あいつは?」
工藤は振り返り問うた。
「赤星のことか? ああ、工藤君は去年移動して来たから知らないんだな。あいつが中坊の頃、俺が散々補導したんだよ。万引き、喧嘩、夜遊び、バイクの無免許運転……と言っても群れる奴じゃあ無かったからか、ヤクやシンナー、恐喝ってなぁ、あくどい事での補導はなかったがねえ。だが、よく噛みつかれたよ。怖い者知らずって奴かな」
松林が苦笑いする。
「ですがもう一人の少年は、新栄学園の生徒ですよ」
――お利口さん学校の、しかも気の弱そうな少年だ。なんつう異色の組み合わせだよ。
「ほお。まあ何にせよ、あの赤星に真面目な友人ができたってだけでも進歩だね。本当にあいつは、不器用な一匹狼だったからな」
松林は驚きつつも、嬉しそうに笑った。
「そうなんすか。しかし、彼は『アカボシ』なんですね。てっきり佐野クリニックの……あゝ、あの奥さんの弟か……」
若くて派手な奥さんだった。そう……強いて言えば、ホステスとか水商売的な――それを思い出して、工藤は独りで納得していた。
「ああ。両親とは離れて暮らしていたせいでね、補導しても迎えに来るのは、いつも美人の姉だったよ。で、二年前、その姉の結婚した相手が、佐野の若先生だったってわけさ。一度だけ佐野先生があいつを迎えに来て、それっきり、ぱたりとあいつを夜の街では見かけなくなったな」
――あの先生が更生させたってのか。
だが年配の刑事は違うことを言った。
「いい友達ができていたんだな。友人ってのは人生をも変えるからな」
顔に似合わず、気障なことを言いやがる。
工藤は心の中で嗤った。
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