駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

文字の大きさ
39 / 85

届け物【工藤視点】

しおりを挟む

「あの……、工藤って人いますか?」

 工藤が龍也と尚の訪問に気付いたのは十時ほんの少し前のことだった。

「おはよう、霧島君だっけ。何か?」
「あの、えっと、これ」紙袋を差し出した。「僕、一枚落としてたみたいで。ビルの中で見つけたんですけど、ここに届けて良かったですか」

 工藤はその場で紙袋を開いた。

「……ああ。届けてくれてありがとう。いつ見つけたのかな?」

 尚という少年がだぼだぼのライダースジャケットを着ていることから、バイクで来たのだとわかった。その紙袋は、ネットでくくりつけられていたのか、くしゃくしゃになってしまっている。

「昨日の夜だよ。俺が見つけた」龍也が答えた。「くっせえから捨てようかと思ったんだけどさ、一応、兄貴に相談したら、持ってけってさ。それに、変な置き手紙っぽいのも入ってたから」

 紙袋の中からはミルクの腐った臭いが漂う。工藤はその臭いに眉をしかめた。

「置き手紙とは?」
「その布っ切れを持ち上げたら出てきたんだよ」

 二人の会話のタイミングを見計らったように、尚がポケットから、例のメモを取り出した。

「これです。刑事さん、何か手がかりが見つかったらって言ってたでしょ。だから、大事に持って来たよ」

 ナイロンメッシュのジャケットは借りものなのか、肩幅の華奢な尚が着ると少し袖が長くなる。長袖の先からチョンと出た指先が愛らしい。

「はい」と、掌にそのメモを載せ、工藤の前に差し出すと、彼の顔を上目遣いに見た。

 その少女のような仕草に、工藤の眼の涙袋が一瞬ぴくっと痙攣したように動いた。だが、それを隠すように無言でその紙切れを抓み、そのまま開いて書かれた文字を読んだ。

「探さないでくださいか……」

 工藤は独り言のように、ぽそっとつぶやく。
 尚が背伸びをして、顔を工藤に近づけた。

「ねえ、そのメモから、ああちゃんたちのママ、探して下さいね」

 無邪気にも、警察の探索に期待する意思を伝えてくる。
 その時、

「よお! 赤星じゃねえか。また何か悪さでもしたか?」

 工藤の背後で、強面の刑事が手を上げた。
 龍也の口からとっさに「ゲッ」という声が漏れたのを、工藤は聞き逃さなかった。

「俺はなんもしてねえよ! むしろ善い行いってのをしたんだぜ。なあ、お巡りさん」

 龍也のことを知っているらしい刑事は、白い歯を見せて笑った。
 刑事の名は松林。彼のお世話になったことがあるということは、いわゆる『不良少年』だったということだ。

 ――やっぱり、見た目通りだな。

 偏見に満ちたことを、心の中で思う。

「ハハハ、知ってるさ。捨て子を保護してくれたんだってな。ありがとよ。まあ、日々真面目にやるってのが大事なんだ。きちんと佐野さんの言うことを聞くんだぞ」
「わかってるよ。ったく……いつまでも中坊扱いすんなよな」 

 生活安全課の刑事たちにとって、不良少年たちは所詮〈子供たち〉。松林の目はまるで父親のようだ。

「なあ、もういいだろ? 帰ろうぜ。ナオ」

 ただでさえ居心地の良くない場所なのに、自分の過去を知る刑事に声をかけられたとあって、龍也が急にそわそわし始めた。

「うん。僕はいいけど?」

 もう一度工藤の方に視線を向けた。
 工藤はというと、話の腰が折れたこともあり、一旦考えをまとめようと思っていた。

「ああ、もういいよ。ご苦労さん」

 これ以上話を詳しく聴いていたら、また「なんで親を探してくれていないの」などと駄々をこねられてもかなわん――と言うのが彼の本音だが、そこは顔に出さないでいた。

「あ、その臭い落とし物の礼なんていらねえからな。んなもん、二割もらっても困るわ」

 憎まれ口をたたいて、龍也らが立ち去った。

「なんですか。あいつは?」

 工藤は振り返り問うた。

「赤星のことか? ああ、工藤君は去年移動して来たから知らないんだな。あいつが中坊の頃、俺が散々補導したんだよ。万引き、喧嘩、夜遊び、バイクの無免許運転……と言っても群れる奴じゃあ無かったからか、ヤクやシンナー、恐喝ってなぁ、あくどい事での補導はなかったがねえ。だが、よく噛みつかれたよ。怖い者知らずって奴かな」

 松林が苦笑いする。

「ですがもう一人の少年は、新栄学園の生徒ですよ」

 ――お利口さん学校の、しかも気の弱そうな少年だ。なんつう異色の組み合わせだよ。

「ほお。まあ何にせよ、あの赤星に真面目な友人ができたってだけでも進歩だね。本当にあいつは、不器用な一匹狼だったからな」

 松林は驚きつつも、嬉しそうに笑った。

「そうなんすか。しかし、彼は『アカボシ』なんですね。てっきり佐野クリニックの……あゝ、あの奥さんの弟か……」

 若くて派手な奥さんだった。そう……強いて言えば、ホステスとか水商売的な――それを思い出して、工藤は独りで納得していた。

「ああ。両親とは離れて暮らしていたせいでね、補導しても迎えに来るのは、いつも美人の姉だったよ。で、二年前、その姉の結婚した相手が、佐野の若先生だったってわけさ。一度だけ佐野先生があいつを迎えに来て、それっきり、ぱたりとあいつを夜の街では見かけなくなったな」

 ――あの先生が更生させたってのか。

 だが年配の刑事は違うことを言った。

「いい友達ができていたんだな。友人ってのは人生をも変えるからな」

 顔に似合わず、気障なことを言いやがる。
 工藤は心の中で嗤った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...