駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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偽物の友情と、本音

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 残された尚のみぞおち辺りに、心配と不安が広がる。
 その不安に応えるように、次郎長が口を開く。

「心配しなくていいよ。リュウって頭だけはいい奴だから」

 ――頭だけって。

「酷い言い方」
「本当じゃん」

 残ったミニサイズのシュークリームを二人で分け合う。

「ここに集まったのはさ、みんなタツの友達。タツが買わなくなれば、ただの他人。タツだけで繋がってるんだよ」

 長い前髪の間から、次郎長の小さな目が尚を見つめていた。

「俺は、リュウが好きじゃない。リュウだってね。鬼嶋未沙には正直、興味はない。……ああ、ナオは大好き」

 言っている意味が汲み取れなかった。

「でも、でも、仲良くしてるじゃない」
「本気? 本気でそう見えるんだ」

 ただ素直にうなずく。この場所が大好きな尚は、こんな言葉を信じたくなかった。

「かわいいね。だからナオが好きだよ」

 まるでからかわれているみたいで、顔が熱くなった。

「……友情なんてさ、薄氷よりも割れやすいんだよ。どんな裏切りをしようが、タツが金を受け取る限り、俺らは友達でいられる。ここはそんな場所。ナオが誘った〈親探し〉はさ、俺らが本気で繋がった初めての遊びなんだ。実際、ナオとタツしか子供を見ていないだろ。彼らを本気で心配しているのはナオだけ。タツはナオを心配しているだけだし、ミサちゃんは興味本位、俺とリュウに至っては、警察への挑戦みたいなもんさ」

 ――遊び……?

 スーッと熱が引いて行くような感覚を覚える。

「だから、ナオは奴らの心配も変な罪悪感も抱かなくていいよ」

 ――バン!
 テーブルを両手で叩いた。

「僕は、僕は本気でああちゃんたちの!」
「ほ、本気なら、こうやって、情報が集まった時点で、け、警察に行けばいいじゃん。それをしないのってさ……」

 次郎長が尚の剣幕に驚いたのか、いつものようにぼそぼそとした話し方に戻った。

「み、みんなも本気で子供らを心配してるさ。どうせ、今日一日は、児相で預かられるんだろ。その間だけ、マジの友達ごっこをしようよ」

 最後は消え入りそうな声になった。

「僕だけが本気で、友情を買えると思ってたんだね」

 もう、本気という言葉の意味がよく分からない。尚には〈本気〉イコール〈馬鹿正直〉のように思えて来て、今更ながら三千円の重さがそれぞれに違うのだと、金額以上の温度差を感じた。

「ごめん。やっぱり、俺、顔を出すべきじゃなかった。み、みんなが一つのことに、夢中になれるなら、ちょ、ちょっと嬉しかった……から。俺、友達いないから、友情って知らねえから……」

 次郎長は、まるでうなじまで見えるほど首を垂れ、ぽつぽつと言い訳のように言った。

 ――「ここに集まるのは、不器用な奴ら……」

 ここでようやく、尚は最初に竜平と交わした会話を思い出した。そんな簡単に友情を結ぶことができる性格なら、こんな有料の友達なんて最初から買うはずもないのだ。

「ねえ、嘘じゃなく、次郎長さんは僕のこと嫌いじゃない?」

 恐る恐る尋ねる。

「うん。ナオのこと、す、好きって言うのは嘘じゃないよ。し、信じてもらえないだろうけど」

 嘘じゃない――その言葉だけで十分だと思った。

「僕も、次郎長さんが好き。これで友達でしょ」

 下を向いた次郎長の表情はわからない。けれど少しばかり、頬が赤くなっている。

「あ、あのね、俺の名前、耕太こうたなんだ。清水耕太。でもここでは次郎長でいいよ」

 照れながら、次郎長が自分の本名を明かした。「これで友達でしょ」と言った尚の問いかけに、安易には「はい、友達です」と返すことができない次郎長の、精いっぱいの答えだった。

 ――ああちゃんたちの親探しは、不器用な彼らが結束できる、〈探偵ごっこ〉と言う名の最高の遊び。

「遊びを提供したのは僕……」
「うん。だからナオは特別なんだ」

 〈遊び〉と聞いて最初に感じたのは、みんなが尚の善意を利用して面白がっているってこと。

 ――だからタツヤさんは捜査に反対したのかな……

 そう考えかけたが即座に打ち消した。

 ――ううん、違う。

 人の感情に鈍感な龍也のことだ。ただ純粋に危険を察知していたのだろう。それに〈探偵ごっこ〉には悪意はない。誰一人として、バッドエンドなど願っていない。それだけは確信できた。

「ねえ、次郎長さんはああちゃんたちを捨てた親についてどう思う? 僕、どうしても奇妙な感覚を感じるんだ」

 最初にしんちゃんとああちゃんをこの部屋に連れて来た時は、ただ迷子を保護したというだけだった。工藤巡査があんな言い方をしなければ、ただの捨て子で終わったはずだった。もし、普通に「ありがとう」と礼を言われて、「早くこの子たちの親を見つけますね」と、やさし気な対応をしてくれていたら、きっとこんな余計な詮索などしなかっただろう。

「最初、捨て子ってのが、面白い手段だなって思った」次郎長がぽつりと言った。
「どこが?」
「ネグレクトの親ってさ、部屋に放置したまま遊びに行ったり、友達んちに連泊したりするもんだよ。わざわざ、あ、あんな場所に捨てる、かな?」
「言われてみればそうだね。僕は、買い物とかに行くのにさ、ちょっとの間だからって置いて行ったのかと思ったんだ」
「……けど、戻って来なかった」
「うん」

 そして見つけたのが、あの置手紙。不自然としか言いようがない。

「俺にはさ、〈かまって女子〉の臭いがするけどね」

 次郎長が吐くセリフには、棘がびっしりと生えていた。

「次郎長さんって女嫌い?」

 思わず尋ねてしまった。何しろ未沙のことだって、「嫌い」ではなく「興味が無い」と言ったのだから。

「別に……そんなつもりはないけど。な、なんかさ、女に限らないけど、気持ちを逆なでするんだよね。こ、こういうさ、注目を引きたがるような行為って」

 確かにそれは理解できる。尚もなるべく目立たないよう生活をして来たから、目立ちたがりな人の気持ちはよくわからない。むしろ、人種が違うとすら思えるのだ。
 その時、次郎長が顔を上げた。

「なに」
「しっ」人差し指を口に当て、耳を澄ました。
「誰か来る」
「え」
「佐野さんの声がしていたんだ。階段から上がって来る」

 次郎長の聴覚は、目と同じか、それ以上に鋭く音を拾う。きっとそれは人嫌いな彼の防衛術なのだろう。

 ――コンコンコン

 そしてその言葉通り、誰かがドアをノックした。
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