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八
尚の行方【竜平視点】
しおりを挟む「ナオの奴、遅いな」
龍也がそわそわと貧乏ゆすりを始めた。
「やめろ、その足」
「だってよ、ナオが俺に何も言わずに帰るなんてよ、ないと思わないか? 絶対変だぜ。なあ、出て行く前、何か言ってなかったか」
――全く、ナオに対して心配症が過ぎるんじゃないのか。
竜平は半ば呆れて、大きなため息を吐きだした。
「ああ、そう言えば相良の奴、尚と同じ塾に通っているそうだ」
さっきまでの尚との会話を思い出して報告した。
咄嗟に龍也が立ち上がった。そしてマジ切れした様子でまくし立てた。
「なんで! そんな大事なこと、なんで先に言わねえんだよ!」
「だが今日は日曜だぞ。日曜日に塾など」
龍也の勢いに気後れし、言い訳を口にしてみたが、途中で考えが変わった。
「まさかナオの奴、一人で塾へ行ったんじゃないだろうな」
日曜日でも塾や予備校は開いている所が多い。だが竜平は自分がそういう所に通っていないこともあり、そこに考えが及ばなかったのだ。
「ナオの記憶が確かなら、相良は学校を辞めた後も、塾に通っていたことになる」
「そりゃ、変だろ。変だと思わなかったのか? リュウらしくねえ」
龍也が竜平をなじった。
「いや、ただナオも僕も相良が受験を諦めていないんだなと思っただけだったからな」
「学校辞めた奴が、大学受験とか考えるか? 俺ならごめんだ」
「そりゃ、君だからだ」
――だが、受験以外にも塾をやめなかった理由があるとすれば……。
「絶対、ナオは一人で塾へ乗り込んだんだよ」
龍也が何度も下唇を甘噛みする。
「……」
「なんとか言えよ!」
龍也がイライラしている間も、竜平の思考は止まらない。尚が塾に行く確かな理由が見えない。それなのに何かが引っかかって仕方がないのだ。
「おい、俺たちもそこへ行こうぜ!」
「少しは静かにしてくれ!」
竜平は珍しく冷静さを欠いた。
――今、何か思い出せそうなんだ。謎解きの鍵……ナオが見つけた塾の秘密。秘密……隠し事……相良と塾の関係……! ああ、そういうわけか!
「タツ! 次郎長にスカイプをつないでくれ。急いで!」
「今?」
「今すぐだ! さっさとしろ」
「わかったよ。いちいち命令すんな!」
たった一言の無駄口ですら惜しいと思った。
――なんだってこんな大きな見落とし……自分らしくない。
竜平は龍也に怒鳴りながら、自分の愚かさに腹を立てていた。
「なんだよ。事件に新展開か」
画面越しの次郎長は別のモニターでゲームをしていた。竜平は構わずいきなりの質問を投げかけた。
「東京で捕まったクスリ絡みの大学生。どこの大学か憶えているか」
「……S歯科大、それと医科専の若い講師だ」
「それだ。きっと」
「何が?」
「相良が尚と同じ塾に通っていた。学校を退学した後も、塾はやめていない。その理由さ」
モニターから目を離さなくとも、次郎長の頭は竜平よりも早く解析していた。
「塾の講師にその大学生たちのご友人様がいるね。もしかしたら相良はそこに」
「そういうことだな。迂闊だった。ナオが塾に行った」
次郎長が手にしていたゲーム機を乱暴に置いた。
「リュウ、てめえ、馬鹿じゃねぇの。何故行かせたんだよ!これは少年犯罪の域を超えているって知っていただろう! ケーサツに立ち入るなって言われたんじゃ」
「わかっている!」
悪い予感を振り払うかのように、竜平は自分の頭を大きく振った。
「僕は警察に連絡する。次郎長は塾のことを探ってくれ。尚が通うのは、北口の東一ゼミナールだ」
二人のやり取りを見守っていた龍也は、塾の名を聞くなり部室を飛び出した。
「今、タツが塾に行った」
「待ってろ。こっちもすぐに尻尾を掴んでやる」
次郎長が画面から消えた。
――ナオ……。
冷静さを欠いていた心を鎮め、大きな息を吐いた。そして、以前尚がもらったという名刺を探す。
――生活安全課の工藤巡査。
「あった!」
名刺の電話番号は彼の携帯電話に繋がった。警官の携帯なんぞに自分の携帯電話の番号を遺すのは不本意だったが、仕方がない。
――「誰だ?」工藤はワンコールで出た。思っていたよりも冷たい乾いた声だった。
「霧島尚の友人です」
少しの沈黙。
「名前は?」
ため息を押し殺して答える。
「新栄学園高等部三年、瀬戸竜平と申します。実は相良比呂斗の件でお耳に入れたいことがあります」
「……念のため、会話を録音してもいいか」
「いえ。それは勘弁してもらえませんか。新栄橋駅北口の東一ゼミナール。ここに相良が今も在籍していて、つい最近も模試を受けてます。ここの講師に、」
言いかけた時、次郎長のスカイプが繋がった。
「リュウ! ビンゴだ。S歯科大の現役生が講師にいる。南雲仁、四回生だ」
満足な答えだ。
「例のクスリ事件の犯人と同じ大学の学生がいます。これだけで充分ですよね」
「待て! 何を調べた」
ガキどもが勝手な憶測を警察に通報しようとしている。裏付けがなければ工藤は動きようがない。当然の反応だ。
「霧島君がたまたま相良君と同じ塾だったってだけです」
「霧島君と話させてくれないか」
――工藤は署内にいないのか?
女の子らしき黄色い笑い声が聞こえて遠ざかっていく。
「霧島尚は……多分塾に行きました。その事実を確かめに」
「馬鹿野郎が!」
耳が割れるかと思った。
「ガキは余計なことに首つっ込むなって教わらなかったのか! ええっ?」
「だからこうして恥を忍んで、あなたの携帯に電話したんですよ」
苦々しい。ガキ扱いされることも、工藤の言うことが正しいことも。
「万が一のことがあってほしくないんです。僕が行くよりも刑事さんの方が頼りになる。……悔しいですがね」
「俺は私服で動くが刑事じゃない。しかも本日は休暇日なんだよ。馬鹿が」
「ならば松林刑事を」
「言われなくても動く。余計なことを言うな!」
怒鳴り声の後、工藤の声がぶつっと途絶えた。
――動いた。
やや安堵。肩から力が抜け、竜平は天井を仰いだ。
「上手くいったのか?」
一息つく竜平を見た次郎長が、画面越しに話しかけた。
「多分な。工藤って巡査は多分警察官を塾に寄こしてくれるだろう。タツも向かっている。……間に合うだろう」
「呑気だな。君らしいよ」
次郎長の辛辣な言葉が胸に刺さった。
「喧嘩を売っているのか。なら、こっちに来いよ、買ってやる」
売り言葉に買い言葉。次郎長が滅多に家を出ないことくらい知っている。来ないことも、来ても面と向かってはろくに喋れないことも。
「君の推理は最高だ。的を射ている。けどさ、いつだって動くのは他人だよね。リュウはさ、自分で動かないで偉そうにするだけさ」
「こっち来いって言ってんだろ!引きこもりの癖に」
眼鏡を画面に投げつけた。
「引きこもり上等。リュウだってその部屋に引きこもっているんだろ。お互い様だ。いいか、俺は弱虫だけどさ、ナオに何かあれば、俺は君を許さないからな」
竜平の反論など拒否すると言わんばかりに、スカイプは一方的に切れた。
「くそっ」
――何かあったら、その時僕は……僕を許さないさ。
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初回公開日時 2019.01.25 22:29
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再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
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