駅前お友達倶楽部―月々3000円の友情ごっこ

森野あとり

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母の愛情と隔たり

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 だが結局、事実を教わったものの、記憶は戻らなかった。医師曰く、余程のきっかけがない限り思い出すことはないと言う。

 龍也は尚のことを「正義の味方」だと言ったが、本当にそうだろうか。

 ――どうせ探偵気分で、何も考えずに乗り込んで痛い目にあったってだけだよな。そう考えると、自業自得だって気もする。軽い骨折と打撲程度で済んで良かったと思わなきゃ。

 皆が解散して、まずい病院食を食べ終えたころ、母が顔を出した。

「ナオ、元気~?」

 良夏を連れて。

「元気だったら、入院していないよ」

 振り向きもせず言った。

「でも肋骨骨折だけなんでしょ。すぐに退院できるって言ってたよ。はい、差し入れ」

 コンビニの袋には、ホイップがたっぷりのプリンが四つ。

「僕一人でこんなに食べられない」
「お友達たくさんいるんでしょ? おばさんに聞いたよ」

 母は素知らぬ顔で、着替えを畳み直し、ごそごそと紙袋からオレンジを取り出した。

「あのね、ヨシカが母さんにつまんないこと吹き込んだんだろ。妙な友達とつるんでるとかなんとか」
「ナオ、単車でニケツして帰って来たでしょ」

 相変わらず良夏は質問にすんなりと答えない。

「それがどうしたの? ちゃんとヘルメットも被っていたし、バイク用のジャンパーだって着てたよ」

 良夏が自分の友達についてあれこれ言うことに、イライラした。さらに母が余計なことを言う。

「普通のお友達じゃないでしょ。聞けば、みんな年上だって言うじゃないの。しかもフリースクールだとか、高校中退だとか。お友達って、同級生だとか部活の先輩が普通でしょ」
「母さんは黙っててよ! あ、いててて」

 大声を出すと肋骨が痛む。
 尚に怒鳴られると、母は黙ってオレンジを剥き始めた。

「あたしさ、ナオのこと、マジで心配してるのよ。あの子たちって変わってるじゃん? お友達倶楽部にしたってさ」
「あら、〈お友達倶楽部〉ってなあに?」

 ぎくりとした。お友達倶楽部のことは一番知られたくない事だった。金で買った友情を、母が認めるはずがない。
 だが良夏が利用したのは龍也の本業――〈何でも屋〉の商品である〈放課後お友達倶楽部〉だ。〈駅前お友達倶楽部〉の存在を、良夏は知らないはずだった。

「それはヨシカが利用していただけだろ? 僕にとばっちり喰らわせないでよ。ミサちゃんと何があったかのかは知らないけど、僕とは関係ないから」

 自分とお友達倶楽部との関係を否定して誤魔化した。

「ナオって、騙されやすそうよね」

 とことんミサたちを否定する良夏の本心が尚にはわからない。わかりたくもないが、一つ一つの言葉に棘を感じ、疎ましい。反論することさえ面倒になって、窓から外の景色に目を逸らした。

「オレンジ剥けたわよ。あら、甘いわね。ヨシカちゃんも食べてみて」

 母がオレンジを租借すると、 爽やかなオレンジの香りが部屋中に充満した。
 あの日曜の朝食もオレンジだった。――リカさんが剥いたオレンジはちょっと酸っぱくて……ライトローストのコーヒーには合わなかったんだ。
 あの朝の光景が脳裏に蘇る。

 ――なんでタツヤさんがいなかったんだっけ……そうだ、夜に出歩いてたって言ってた……部室に行くつもりはなかったんだ。タツヤさんがいないから。リュウヘイさん、新刊のラララを持ってた……。
 その先は靄がかかったように曖昧で、痴呆老人にでもなった気分だ。
 ぼんやりしていたら、口の中にオレンジを突っ込まれた。

「何考えてたの?」
「ヨヒカ、やめてよ」――今はオレンジを食べたい気分じゃないのに。

 仕方なく噛んで飲み込んだ。

「ナオ、友達が欲しいんだったら、あたしがいるじゃん」

 良夏がベッドに腰を掛けた。
 びっくりして彼女の顔をまじまじと見た。
 あんなに焦がれていた彼女はもう……友達候補でも恋人候補でもなくなっていた。そのことに驚いた。

「ありがとう。でも、ミサちゃんやタツヤさんのこと、悪く言わないって約束してくれたらね」
「ナオ、酷いなあ」

 良夏は笑っているけれど、どこか寂し気だ。

「タツヤさんって、あの変な髪色の人でしょ? ナオ、騙されているのよ」

 母親が口を挟んだ。と、同時に母に対する苛立ちが言葉の暴力となって口をついた。

「こんな体の僕を、どこの誰が普通の友達として扱ってくれるっての? 母さんでさえ、ちゃんとした男になれとか言ってたじゃん! けどさ、タツヤさんはね、僕はそのままでいいって言ってくれたんだよ。変わっても変わらなくても、僕は僕だって。僕から居場所を取らないでよ!! だいたい、人を見た目とか学歴で判断するのってどうかしてる。偏見だよ。母さんの正義ってなんなの?」

 母親は黙ってオレンジを入れたタッパーウェアをサイドテーブルに置くと、努めて冷静に話した。

「ママの正義はね、ナオが無事でいる事よ。無事に健康に成人して幸せになってくれるためだったら、ナオにとって嫌なことだって言うわ。悪者になってもいいわ。……それが母親ってものよ」

 ――めちゃくちゃだ。

 母の持つ正義……つまりは愛情の定義に、尚の心が一気に冷めた。

「僕は母さんの所有物じゃない。母さんの正義感を満足させてあげることなんてできない。僕の友達は僕が選ぶから、もう二度と口を挟まないで」

 それっきり、母や良夏が何を言っても、返事をすることも、反論したり言い訳したりすることもなかった。

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