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第一話 吉宗の隠密
悪党退治
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明くる日には玉川を渡り、川沿いを上流へと向かった。そして山へ入る前に、戸田組の在郷餌差がいるという村を訪ねた。
江戸近郊の在郷餌差は幕臣ではない。しかし、切米を支給され苗字も許された村の有力者である。
もてなされ、気分を良くした半平太が寝静まった後で、宗次郎は餌差頭の池沢孫市に問うた。
「実は、この辺りから小野路、さらに稲毛筋へ抜ける山中にて、鳥請負に扮した賊が出るとの報せを聞き、調べをしておりまする」
と、懐から出してきた餌差札を返し、葵の御紋を見せた。
池沢は目を見開くと平伏した。宗次郎は慌てて付け加える。
「いえ、拙者は本当にただの餌差ゆえ、お気遣いは無用」
「しかし」
「ええ、それでもこの御紋の意味を分かって下されば有難い。で、そこもとには何も被害はございませぬか」
池沢はしばし黙していたが、恐る恐る口を開いた。
「うちの餌差の二人が賊に襲われ、斬られております。それを鳥見役所に届けたのがひと月前。それ以来、山中にて鳥刺しを狙った賊が出没しており、我らも困り果てております。先の賊と、後の賊が同じ仲間であるかは不明でありますが……」
「襲われたのはこの組だけでしょうか」
「いえ。五日ほど前にも、町方の鳥刺しが狙われたと聞きました。たしか、熊ケ谷に下りる山中だと。しかし金を渡して逃げおおせたということです」
全て、杢右衛門から聞かされていた通りである。
「鳥請負を語ってはおりますが、なりは浪人風であったとのこと。どこでそのようなくだらぬ知恵を……」
池沢は悔しそうに、膝の上の拳を固くした。
確かに手っ取り早く身ぐるみを剝いだ方が稼げるというモノだ。だが、最初の餌差を襲った段階で、下らぬ強請を思いついたのだろう。無知な町方の鳥刺しであれば、引っかかると思ったのであろうか。
だが杢右衛門曰く、鳥見役人が出張した時には、そのような浪人姿の賊は見かけなかったということだ。
そして厄介なことに、玉川を渡って山側は、尾張家の鷹場である。そのことも、調べをやりにくくしている要因であった。
◇
旅も四日目。
丘陵地帯に入ると、切通の道が続いた。ここまで歩くと小野路川源流も近い。
しかし、もっと厳しい山中で修業をしていた宗次郎にしてみれば、これでもなだらかな方で、その足取りは依然、平地のそれと変わらなかった。
(そろそろ現れてもええんやけどな)
元々、武州の山中には気の荒い連中が住み着き、賊徒による強盗や強請が多いと聞いていたが。
(のどかなもんやんけ)
晴れた日が続いたこともあり、のんびりと場所を変えながら、半平太の鳥刺し修業を繰り返していた。
「ちょっ、ま、待ってくれ」
焦ったような声に振り返ると、半平太が笠をひったくるように外したところだった。
膝に手を突き、息を切らしながら言い訳する。
「ずっと江戸暮らしでね、こんな風に、山歩きなんざ……しねえからさ」
半平太の首筋を玉のような汗が流れている。
「そうですね。じゃあ、一旦、休みましょうか。これだけ山の奥だと、雀もいませんし」
宗次郎は左手の崖を見下ろすと、草をかき分けて、道に沿って流れていた渓流へと降りた。
「気付いていましたか」
きんと冷えた清流を首に浴びている半平太に問いかけた。
「なにが」
「途中までつけられていたんですよ、私たち。万松寺を引き返した辺りから」
「へ?」
半平太が焦った様子で道の方を見上げたが、今はどこにも人の気配はない。
宗次郎はわざと目立ちそうな場所を選んで鳥刺しの訓練をしていた。万松寺の谷戸(谷間の湿地帯)では特に時間を割いていた。
「だからあんなに速足で」
「え、いや、あれは私の普通の歩みですが……」
(なんだ)と思った。
賊を誘ったつもりだったのに、自分の歩みの速さのせいで撒いてしまったようだ。
(ほな、あいつらも、半平太とおんなじような、江戸の街にいた侍かもしれんな)
山村に身を隠しているが、実のところは山に慣れていない連中ということだ。
しばらく木陰で涼んでいたが、空を見上げると、木立の間から見えていたお日様がすっかり斜めに降りていた。山での日暮れは駆け足だ。
「ではそろそろ」
汗を拭くために開けていた袷を直すと、再び元の道へと戻った。
今日のうちにケリをつけよう――と、宗次郎は決めた。
今度は半平太の歩みに合わせて歩いた。
川沿いを下ると次第にぽつぽつと田畑や百姓家が現れた。
陽が落ちる前には府中道へたどり着くだろう……と思ったその時、宗次郎と半平太、二人同時に足を止めた。
(……ようやくお出ましだ)
一度は撒いてしまった連中が、再び宗次郎たちを見つけてくれたのだ。
切通の土手の上に、一つ二つと増えていた影の、とうとう一人が目の前に下りて来た。
「逃れられるとでも思ったのかい、鳥刺しの兄さんよぉ」
合口で肩を叩きながら黄色い歯を見せてにやける姿が、いかにも悪党らしい。
いつの間にか土手の上には、無頼漢がずらりと二人を囲んでいた。その半分は、在郷餌差の言う通り、袴を身に着けた二本差しである。格好はまちまちであるが、髷の形を見るに、浪人の集まりであることは間違いないようだ。
その日暮らしの素浪人が手を組んで無い知恵を絞った結果がこれなのだろう。江戸の外であれば、悪事を働いてもばれないと思ったのであろうか。
「お前さんらが鳥を追っていた場所はよぉ、御拳場とかでな、狩りは禁止されているんだそうだ。だがよう、俺らに口銭を払えば、目を瞑ってくれてやる。十羽で一両。安いもんだろ」
「なんだと」
顔を真っ赤にした半平太が、腰の刀に手を添えた。
「おっと、この辺りは古道で脇道なんだ。助けなど来ねえんだからよ、言うことは聞いておいた方が身のためだぜ」
「で? 十羽獲れば、お前が一両、払ってくれるというのか」
綺麗な顔で嗤った宗次郎を、半平太がびっくりした顔で見た。
案の定、宗次郎の挑発めいた言葉に、男が憤り、唾を飛ばしてがなり立てた。
「馬鹿かおめえは! 十羽狩るために、俺らに一両払えってんだよ。その籠の中に五十羽いたなら、五両だ。阿呆でもそのくれえの勘定はできるだろうが!」
「ふうん。頭が悪そうだから教えてやる。俺たちはただの鳥刺しじゃない、れっきとした御公儀の餌差だ。江戸から来た。この辺りに御上の御鷹場がないことも、谷戸が尾張家の鷹場でないことも確認した上で鳥を刺している。ついでに言うと、町の鳥請負に幕府が払う相場は、三百羽で一両だ。餌差が上様から金を賜るのだ。なんで貴様らごとき、浪人風情に金を落とさなきゃならないのか、わけがわからないな」
つらつらと滑るような宗次郎の台詞に、目の前の男の顔つきが変わった。それを見た半平太が宗次郎の脚を蹴る。
「おい、何で煽るんだ、馬鹿!」
「半平太さんまで、私のことを馬鹿呼ばわりするのですか」
無駄口を叩いたところで、目の前の男が合口を鞘から抜いた。
「へえ、そうかい。そういうことなら、このまま生かして山を下ろすわけにはいかねえな」
この落ち着きぶり。余程、人を斬りなれているのだと宗次郎は見た。そしてこの悪役そのものを象徴するようなベタな台詞を聞き、内心ではほっとしている己がいた。
――これで始末する正当な理由ができたというものだ。
実は、宗次郎にとって実戦はこれが初めてである。
だが、恐怖心はおろか、昂ぶりも感じない。修行に裏付けられた己の強さへの自信が勝っていた。宗次郎自身が驚くほどに、心は凪いでいる。
その余裕が宗次郎の表情に出ていたのか、目の前の男の目に殺意が灯った。
一気に間合いが詰まる。
「身ぐるみ剥いで、有り金全部奪ってやらあ!」
迷いなくまっすぐ自分に向かってきた合口の刃をひらりと避け、避けた勢いで男の鼻柱を肘で叩き折った。
「ふがあっ」
男が鼻から血を噴いて仰向けに倒れる。それを合図に、仲間が土手の上から降ってきた。
「野郎!」
「囲め、囲んじまえ!」
口々に大声を上げながら、刀を抜く。
それを見て抜刀した半平太に向かって、宗次郎が怒鳴る。
「さっさと伏せろ!」
「なんでだ! 何人いるかもわからねえのに、お前ひとりで何ができるってんだ」
言い返してきた半平太に、しらっと答える。
「六人ですよ。楽勝です。どうせたいした腕もないから、こんな処でごろついている連中ですからね」
「ふざけやがって!」
答えている間にも、宗次郎の背後には、刀が迫っていた。
ガチン!
宗次郎に届かなかった薄っぺらな刃が、土を削って折れた。その時既に、宗次郎は背後から襲ってきた男の真上まで跳んでいた。
月代の無くなってしまったぼさぼさの頭に左手を突く。それを支点に体を翻すと、男の首があらぬ方向へと曲がり、鈍い音を立てた。そのままの勢いで半平太の目の前に立ちふさがった男の横面を蹴り飛ばし、着地と同時に右手から襲い掛かってきた袴の男の喉を鳥刺し棒で突く。
竿先はまるで剃刀のようにさくっと刺さり、赤い血が垂れて、乾いた土の上に黒い染みを作った。
流れるような一連の動作の最後に、半平太を背後の土手に突き飛ばす。
「クソがあ!」
蹴り飛ばされた男が、刀を八双に構えたまま吠えた。
「喚く暇があるなら、刀を振れと教わりませんでしたか」
言い終える前に、男の開いた口には鳥刺し棒の先端が突き刺さっていた。
「あ……あ?」
「天誅だと思ってください」
男の耳元で囁く。
男の体をトンと足で蹴って鳥刺し棒を抜くと、男は白目を剥き、ゴボゴボとうめき声の混じった血を吐きながら、尻もちをついた格好で息絶えた。
あわてて踵を返そうとした残り二人も順に鳥刺し棒で仕留める。
「ひいっ、て、天狗だあ!」
鼻を折られて呻いていた男が起き上がると、宗次郎たちに背中を向けて逃げ出した。宗次郎は落ちていた合口を拾い、ゆったりとした動作でそれを男の背に向かって投げた。
合口は当たり前のように持ち主だった男の背に刺さった。宗次郎たちから十間(十八メートル強)ほど走った先で、大柄な体は前のめりに沈み、土煙に包まれた。
江戸近郊の在郷餌差は幕臣ではない。しかし、切米を支給され苗字も許された村の有力者である。
もてなされ、気分を良くした半平太が寝静まった後で、宗次郎は餌差頭の池沢孫市に問うた。
「実は、この辺りから小野路、さらに稲毛筋へ抜ける山中にて、鳥請負に扮した賊が出るとの報せを聞き、調べをしておりまする」
と、懐から出してきた餌差札を返し、葵の御紋を見せた。
池沢は目を見開くと平伏した。宗次郎は慌てて付け加える。
「いえ、拙者は本当にただの餌差ゆえ、お気遣いは無用」
「しかし」
「ええ、それでもこの御紋の意味を分かって下されば有難い。で、そこもとには何も被害はございませぬか」
池沢はしばし黙していたが、恐る恐る口を開いた。
「うちの餌差の二人が賊に襲われ、斬られております。それを鳥見役所に届けたのがひと月前。それ以来、山中にて鳥刺しを狙った賊が出没しており、我らも困り果てております。先の賊と、後の賊が同じ仲間であるかは不明でありますが……」
「襲われたのはこの組だけでしょうか」
「いえ。五日ほど前にも、町方の鳥刺しが狙われたと聞きました。たしか、熊ケ谷に下りる山中だと。しかし金を渡して逃げおおせたということです」
全て、杢右衛門から聞かされていた通りである。
「鳥請負を語ってはおりますが、なりは浪人風であったとのこと。どこでそのようなくだらぬ知恵を……」
池沢は悔しそうに、膝の上の拳を固くした。
確かに手っ取り早く身ぐるみを剝いだ方が稼げるというモノだ。だが、最初の餌差を襲った段階で、下らぬ強請を思いついたのだろう。無知な町方の鳥刺しであれば、引っかかると思ったのであろうか。
だが杢右衛門曰く、鳥見役人が出張した時には、そのような浪人姿の賊は見かけなかったということだ。
そして厄介なことに、玉川を渡って山側は、尾張家の鷹場である。そのことも、調べをやりにくくしている要因であった。
◇
旅も四日目。
丘陵地帯に入ると、切通の道が続いた。ここまで歩くと小野路川源流も近い。
しかし、もっと厳しい山中で修業をしていた宗次郎にしてみれば、これでもなだらかな方で、その足取りは依然、平地のそれと変わらなかった。
(そろそろ現れてもええんやけどな)
元々、武州の山中には気の荒い連中が住み着き、賊徒による強盗や強請が多いと聞いていたが。
(のどかなもんやんけ)
晴れた日が続いたこともあり、のんびりと場所を変えながら、半平太の鳥刺し修業を繰り返していた。
「ちょっ、ま、待ってくれ」
焦ったような声に振り返ると、半平太が笠をひったくるように外したところだった。
膝に手を突き、息を切らしながら言い訳する。
「ずっと江戸暮らしでね、こんな風に、山歩きなんざ……しねえからさ」
半平太の首筋を玉のような汗が流れている。
「そうですね。じゃあ、一旦、休みましょうか。これだけ山の奥だと、雀もいませんし」
宗次郎は左手の崖を見下ろすと、草をかき分けて、道に沿って流れていた渓流へと降りた。
「気付いていましたか」
きんと冷えた清流を首に浴びている半平太に問いかけた。
「なにが」
「途中までつけられていたんですよ、私たち。万松寺を引き返した辺りから」
「へ?」
半平太が焦った様子で道の方を見上げたが、今はどこにも人の気配はない。
宗次郎はわざと目立ちそうな場所を選んで鳥刺しの訓練をしていた。万松寺の谷戸(谷間の湿地帯)では特に時間を割いていた。
「だからあんなに速足で」
「え、いや、あれは私の普通の歩みですが……」
(なんだ)と思った。
賊を誘ったつもりだったのに、自分の歩みの速さのせいで撒いてしまったようだ。
(ほな、あいつらも、半平太とおんなじような、江戸の街にいた侍かもしれんな)
山村に身を隠しているが、実のところは山に慣れていない連中ということだ。
しばらく木陰で涼んでいたが、空を見上げると、木立の間から見えていたお日様がすっかり斜めに降りていた。山での日暮れは駆け足だ。
「ではそろそろ」
汗を拭くために開けていた袷を直すと、再び元の道へと戻った。
今日のうちにケリをつけよう――と、宗次郎は決めた。
今度は半平太の歩みに合わせて歩いた。
川沿いを下ると次第にぽつぽつと田畑や百姓家が現れた。
陽が落ちる前には府中道へたどり着くだろう……と思ったその時、宗次郎と半平太、二人同時に足を止めた。
(……ようやくお出ましだ)
一度は撒いてしまった連中が、再び宗次郎たちを見つけてくれたのだ。
切通の土手の上に、一つ二つと増えていた影の、とうとう一人が目の前に下りて来た。
「逃れられるとでも思ったのかい、鳥刺しの兄さんよぉ」
合口で肩を叩きながら黄色い歯を見せてにやける姿が、いかにも悪党らしい。
いつの間にか土手の上には、無頼漢がずらりと二人を囲んでいた。その半分は、在郷餌差の言う通り、袴を身に着けた二本差しである。格好はまちまちであるが、髷の形を見るに、浪人の集まりであることは間違いないようだ。
その日暮らしの素浪人が手を組んで無い知恵を絞った結果がこれなのだろう。江戸の外であれば、悪事を働いてもばれないと思ったのであろうか。
「お前さんらが鳥を追っていた場所はよぉ、御拳場とかでな、狩りは禁止されているんだそうだ。だがよう、俺らに口銭を払えば、目を瞑ってくれてやる。十羽で一両。安いもんだろ」
「なんだと」
顔を真っ赤にした半平太が、腰の刀に手を添えた。
「おっと、この辺りは古道で脇道なんだ。助けなど来ねえんだからよ、言うことは聞いておいた方が身のためだぜ」
「で? 十羽獲れば、お前が一両、払ってくれるというのか」
綺麗な顔で嗤った宗次郎を、半平太がびっくりした顔で見た。
案の定、宗次郎の挑発めいた言葉に、男が憤り、唾を飛ばしてがなり立てた。
「馬鹿かおめえは! 十羽狩るために、俺らに一両払えってんだよ。その籠の中に五十羽いたなら、五両だ。阿呆でもそのくれえの勘定はできるだろうが!」
「ふうん。頭が悪そうだから教えてやる。俺たちはただの鳥刺しじゃない、れっきとした御公儀の餌差だ。江戸から来た。この辺りに御上の御鷹場がないことも、谷戸が尾張家の鷹場でないことも確認した上で鳥を刺している。ついでに言うと、町の鳥請負に幕府が払う相場は、三百羽で一両だ。餌差が上様から金を賜るのだ。なんで貴様らごとき、浪人風情に金を落とさなきゃならないのか、わけがわからないな」
つらつらと滑るような宗次郎の台詞に、目の前の男の顔つきが変わった。それを見た半平太が宗次郎の脚を蹴る。
「おい、何で煽るんだ、馬鹿!」
「半平太さんまで、私のことを馬鹿呼ばわりするのですか」
無駄口を叩いたところで、目の前の男が合口を鞘から抜いた。
「へえ、そうかい。そういうことなら、このまま生かして山を下ろすわけにはいかねえな」
この落ち着きぶり。余程、人を斬りなれているのだと宗次郎は見た。そしてこの悪役そのものを象徴するようなベタな台詞を聞き、内心ではほっとしている己がいた。
――これで始末する正当な理由ができたというものだ。
実は、宗次郎にとって実戦はこれが初めてである。
だが、恐怖心はおろか、昂ぶりも感じない。修行に裏付けられた己の強さへの自信が勝っていた。宗次郎自身が驚くほどに、心は凪いでいる。
その余裕が宗次郎の表情に出ていたのか、目の前の男の目に殺意が灯った。
一気に間合いが詰まる。
「身ぐるみ剥いで、有り金全部奪ってやらあ!」
迷いなくまっすぐ自分に向かってきた合口の刃をひらりと避け、避けた勢いで男の鼻柱を肘で叩き折った。
「ふがあっ」
男が鼻から血を噴いて仰向けに倒れる。それを合図に、仲間が土手の上から降ってきた。
「野郎!」
「囲め、囲んじまえ!」
口々に大声を上げながら、刀を抜く。
それを見て抜刀した半平太に向かって、宗次郎が怒鳴る。
「さっさと伏せろ!」
「なんでだ! 何人いるかもわからねえのに、お前ひとりで何ができるってんだ」
言い返してきた半平太に、しらっと答える。
「六人ですよ。楽勝です。どうせたいした腕もないから、こんな処でごろついている連中ですからね」
「ふざけやがって!」
答えている間にも、宗次郎の背後には、刀が迫っていた。
ガチン!
宗次郎に届かなかった薄っぺらな刃が、土を削って折れた。その時既に、宗次郎は背後から襲ってきた男の真上まで跳んでいた。
月代の無くなってしまったぼさぼさの頭に左手を突く。それを支点に体を翻すと、男の首があらぬ方向へと曲がり、鈍い音を立てた。そのままの勢いで半平太の目の前に立ちふさがった男の横面を蹴り飛ばし、着地と同時に右手から襲い掛かってきた袴の男の喉を鳥刺し棒で突く。
竿先はまるで剃刀のようにさくっと刺さり、赤い血が垂れて、乾いた土の上に黒い染みを作った。
流れるような一連の動作の最後に、半平太を背後の土手に突き飛ばす。
「クソがあ!」
蹴り飛ばされた男が、刀を八双に構えたまま吠えた。
「喚く暇があるなら、刀を振れと教わりませんでしたか」
言い終える前に、男の開いた口には鳥刺し棒の先端が突き刺さっていた。
「あ……あ?」
「天誅だと思ってください」
男の耳元で囁く。
男の体をトンと足で蹴って鳥刺し棒を抜くと、男は白目を剥き、ゴボゴボとうめき声の混じった血を吐きながら、尻もちをついた格好で息絶えた。
あわてて踵を返そうとした残り二人も順に鳥刺し棒で仕留める。
「ひいっ、て、天狗だあ!」
鼻を折られて呻いていた男が起き上がると、宗次郎たちに背中を向けて逃げ出した。宗次郎は落ちていた合口を拾い、ゆったりとした動作でそれを男の背に向かって投げた。
合口は当たり前のように持ち主だった男の背に刺さった。宗次郎たちから十間(十八メートル強)ほど走った先で、大柄な体は前のめりに沈み、土煙に包まれた。
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