満月

二見

文字の大きさ
上 下
9 / 9

満月

しおりを挟む
 あれからどれほどの時間が経ったのだろう。圭一の生活は充実していた。
新しい職場で必死に働き、昇格し、部下にも恵まれた。まだ結婚はしていなかったが、付き合っている恋人はいた。いずれは結婚することも考えている。あのときの生活が嘘のようだった。今の圭一の人生は、彼女の言葉を借りるならばまるで月が満ちているようだった。

「でも、まだ満月じゃない。僕の人生はまだまだこれからだ」

 圭一は今でも満月のことを思い出している。
 満月の正体については、確信に至る答えは出なかった。自分と同じようにごく普通の人間かもしれないし、何年も前にあの湖で亡くなった人の幽霊なのかもしれないし、圭一が見た幻だったのかもしれない。しかし、彼女の正体など、今はどうでもよかった。彼女と過ごした時間は嘘ではない。彼女の正体が何であれ、自分の中に確かに生きているのだから。

「満月さんも、この満月をどこかで見ているのかな」

 圭一は夜空に浮かぶ満月を眺めながら呟いた。
 ふと圭一は、携帯電話に残っている写真を眺めた。写真に写る満月は綺麗だ。都会で見るものとは比べものにもならなかった。
 ページをめくっていると、見慣れない写真があることに気付いた。

「あれ、こんな写真撮ったっけ……?」

 サムネイルは真っ黒だったので、画像を開いてみると、そこには笑顔を浮かべている満月の姿があった。

「……」

 写真を撮った日付を見てみると、そこには最後に満月と別れた年の8月16日と書かれていた。

「……そうか。満月さんはずっと僕を見守っていてくれていたんですね」

 圭一は写真の中の満月に話しかけた。
 今はまだ、満ちている途中。いつか満月になるその日まで、どうか見守っていてください。夜空を見上げた圭一は、そう満月に語りかけた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...