アルガルン

ケモ蚤

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街の端にある我が家のボロ屋からちょっと治安の悪い住宅地を抜けた先にある市場で面白そうな物がないか見回った後、更に奥にある冒険者地区へと向かう。
冒険者が住民と争いが起こらないよう冒険者がよく利用する魔法道具店や軽くて日持ちがいい保存食専門店などを一つの地区にまとめられた場所は現役冒険者達がいろんな物を買い漁っていた。
冒険者向けの商売は儲かるため、どの店も小綺麗だが目利きではない奴は粗悪な失敗作を売りつけられる。
嬉しそうに見た目だけの実用的ではない装備を仲間に見せびらかしているパーティー達を横目で流し見して通り過ぎ、小汚い細い裏通りを進んでいく。
普段から住民のお手伝いのような依頼ばかりを受けているせいで冒険者からは馬鹿にされ、ある意味有名人になってしまったがアルーンに大事にされていると知った今では見下すような馬鹿にした視線も気にならない。
短剣と革装備だけのまるで初心者冒険者のような格好をしているせいで一部の店では入店を断られるが逆にそれが金を巻き上げる質の悪い店だと向こうから教えてくれて手間が省く。
何でもないように歩いているが特注した武器防具が後少しでご対面できると思うと次第に足が早くなり店につく頃には小走りになっていた。

「おっさん!出来たんだろうな!!」
「うるさいぞ静かにせんか」

人間ではあるのにドワーフのように立派なヒゲを持ち、だけどヒゲに栄養を吸われたのか頭部が寂しいおっさんが入り口のすぐ側のレジに座っていた。
先程まで仕事をしていたのだろう冒険者じゃないかと思えるほど筋肉質で太い身体から湯気が出ており、アルーンの落ち着く体臭とは違いツンとした匂いが鼻のいい狼にとってとても辛い。
1ヶ月ぐらい風呂に入れなくてもいい匂いだというのに、このおっさんは本当に同じ人間なのか?
どっこいしょと言いながらおっさんは腰を上げると店の奥の部屋へと共に入る。
そこには獣人型マネキンに着せられた装備一式と3本の剣がまるで王の献上品のように飾られていた。

「注文通りミスラル製ブレストプレートとアダマンティン、冷たい鉄、錬金術銀の三種のロングソードを用意した。それぞれの剣に巻かれた布はあんたんとのこ薬師に渡された魔法の布さ。透明化する魔法が込められているらしい」
「アルーン…」

そっと匂いを嗅ぐと布に染み付いたアルーンとおっさんの混じった匂いがしてなんだかアルーンが汚されたようで不快だった。
生活費は全て俺が出しているが、将来のためにと貯金していたアルーンは俺のために貯金の殆どを使って希少金属で作られた防具を特注してくれた。
嬉しいと思うと同時に自分が不甲斐ないと気分が沈む。
かっこいい装備を隣にいるおっさんではなくアルーンに一番に見て欲しかったがアルーンは予約されていた分の薬を作るのに忙しく来られない。
本当はアルーンの隣で番として街の冒険者共に今まで馬鹿にされてきた分以上に見せびらかして帰りたかった。

「どうした?」
「なんでもない」
「ならとっとと着ろ」

どうにか俺のわがままを突き通す方法を考えたがいいアイデアは浮かばず、渋々とおっさんの隣で古い装備を脱ぎ捨てて新品の装備へと着替える。
ミスラル特有の光沢を半透明な黒い塗料で潰したブレストプレートを服を着るように上から被り横腹のベルトを締めてズレないように固定し厚手の革ズボンを履く。
最後に真っ赤な布が鞘に編み込まれた剣を腰にクロスするように左右に装備して、最後の一本は背中に背負い全体的なバランスを調整する。
狩りでは邪魔な白い獣毛が黒い鎧に覆い隠され、その代わりにアルーンが作った真っ赤な布が白の代わりに存在を主張していた。

「(愛されてるねぇ…)」

ムラのない濃い色付き布は希少でそれだけで平民の数カ月分の金額になるというのに、あろうことか汚れ傷つく鞘に使うように頼まれた。
仕事一筋で恋をしようと思わなかったおっさんはこの狼にそこまで思われている人がいるんだなと少し羨んだ。

「どうだ?」
「軽すぎる。昔着ていた鉄鋼製のブレストプレートよりも軽すぎて不安になる」
「そりゃ鉄鋼なんてミスリルの4倍の重さをしているからの。バランスはどうだ?」
「軽すぎて剣が重い。問題のない範囲だが重心がちょっと後ろにずれてる」
「ふむ。プレート入りの革ズボンならどうじゃ?」

ズボンを履き替えて軽く足踏みをして満足そうにドゥーガルはうなずいた。

「なぁ、おっさんは何でこんな裏路地で仕事してんだ?表通りに行けばもっと儲かるだろ?」
「そうじゃな。でも、こんなやっすい場所を借りてるからこそいい物を少しでも安く提供できるだろう?そう思ってやってきたんじゃ」
「だけどもう俺以外ここに来てないだろ?俺は番と一緒に旅に出るからもうここには来ないぞ?」
「そうじゃな…」

おっさんは少し寂しそうに笑う。
裏通りにも鍛冶屋があることに気づいてチラッとこの店に入ったのがおっさんとの出会いだった。
丈夫で丁寧で安いこの店は俺のお気に入りだったのに、今では俺とおっさん以外の匂いがしない。
掃除はしていて埃は積もってはいないがずっと前から同じものが置かれていて売れているようには見えなかった。

「ワシも旅に出ようかの…」
「そのほうがいいって。新しいいい街や村を探す旅に出たらいいじゃねーか」

落ち込んだおっさんにどう声をかければいいのか分からなくて言葉が詰まる。
だけど、俺以外に客はおらず俺もこの街に離れるのだからおっさんは別の仕事を探すなり何かしら変えなければない。

「まぁ、大金を渡したんだし暫くはゆっくり今後のことを考えてもいいんじゃねーか?おっさんなら冒険者の俺と違ってすぐに新しい職場を見つけれるだろ?」

いつもは元気なのに初めて見る落ち込んだおっさんに居場所が悪くなって、家に帰ると告げてドゥーガルは店を出た。
来た時と同じ道を胸を張って堂々と足音を鳴らしながら歩く。
光沢を潰されていても一部の見る目のある冒険者はバカにしていたドゥーガルに驚き羨ましそうに、そして気に食わない視線を向ける。
何故外で命がけの仕事をしている俺たちよりも低賃金のあいつドゥーガルのほうが良い装備を買えているのかと。
若くて体の大きな雄が街の外ではなく中で雑用のようなネズミ捕りや屋根の修理、荷物運びをしている内職のドゥーガルは悪い意味で目立っていた。
ちょっと思っていた反応とは違って内心頭を傾けているドゥーガルの正面から綺羅びやかな重装備を着た一団がやってきた。
大通りの真ん中をあるき、まるで渡り鳥のようにくの字になって胸に教会の紋章をつけた男が3人やってきた。
道は広いといえど広がって歩く男三人は迷惑なのだが、聖騎士であるために皆避けて道を歩いていた。

「そこの君。白い狼獣人のドゥーガルという奴を見たことないか?」
「何故俺に聞く」

聖騎士とぶつかるような面倒事には巻き込まれたくなくて道の端に移動したというのに聖騎士は俺を狙って話しかけてきた。
本当なら聖騎士を騙すようなことはしてはいけないのだが、俺はなんだか嫌な予感がしとっさに嘘をつく。

「突然ですまない。人間には獣人が見分けが難しくてね傷や色でしか判断できないんだ。ドゥーガルっていうやつは真っ白な狼で君と違ってボロボロの装備を着たヤツらしいんだが…心当たりは?」

聖騎士は俺が探しているドゥーガルだとは思っていないようだがいつでも剣を抜けるように警戒はしていた。

「そいつがどうかしたのか?」
「王族を誘拐した犯罪者だ。そいつを捕らえに来た。もし友人だったとしても君が素直に居場所を教えてくれたら君はなんの----」
「すまんな」

言葉を遮り素早くアダマンティン製の剣を抜くと聖騎士に切りかかった。
剣を手に持った聖騎士の手首を切り落とし鎧を縦に切り裂く。
思っていた以上に剣は簡単に鎧を切り裂いた。

「貴様がドゥーガルだな!?」

近くにいた殆どの冒険者は巻き込まれないように逃げたが一部は聖騎士に加勢しようと魔法や弓を俺に狙いを定める。
俺を馬鹿にするような性根の腐った奴らが多いと思っていたが意外と冷静のようだ。
鎧を切り裂かれ後ろによろめいた聖騎士を一人が魔法で治療しもう一人が前に出た。
戦闘不能にはするつもりではあって殺す気がなかったが思っていた以上に加勢する冒険者の数が多くて手加減する余裕がない。
アルーンを拉致した日の感覚が蘇ってくる。
何処かへ俺の大事な者を連れ去っていくんじゃないかという焦燥感が俺を蝕み緊張で手に汗が滲む。

「そうだ。俺がドゥーガルだ。お前ら…アルーンを連れて行く気か?」
「お前に質問する権限はないっ!」

息を合わせて聖騎士が切りかかってきたと同時に援護射撃が飛んできたが背後から飛んでくる魔法や矢を避け、聖騎士の迫る剣を根本から切り落とし返す刃で首を刎ねた。

「誰の命令だ?」
「神よ!我らにお力を!」

飛んでくる矢と魔法を剣で薙ぎ払いながら聖騎士へ問う。
俺の言葉を無視して自身を魔法で強化して突っ込んで来るも先程と同じように剣を破壊してから首を刎ねた。
弱すぎる。
アルーンと関係する者なら俺の存在も知っているはずなのに、何故こんなにも弱いやつをけしかける。

「まぁ、いいや。何処の教会だ?」
「ひぃっ!」

無傷で聖騎士の二人を殺し見ずとも矢と魔法を落とすドゥーガルが今まで内職しかしていないドゥーガルを知っている者には動揺して攻撃の手が止まっていた。
一滴も返り血を浴びずまるで暗殺者のような殺しの手際に皆戦慄していた。

「答えろ」
「め、女神よ!私に、強き心を!」

突然空から降って来た小さな竜が聖騎士の肩に鳥のようにとまる。
その小さな真っ赤な竜は興味深そうに周りを見渡し最後に俺に目を向けた。

「お前がドゥーガルだな?我が主の言伝を伝えに来た」
「何だお前は?」

肩に止まった竜には敵意を感じず静かに冷静に誰何する。
聖騎士は振り払うことをせず、まるで動けないかのように硬直していた。

「精霊王の息子。王位3位のグリフェンだ。まぁ、これからよろしく。我が主は俺と一緒にある場所に行って欲しいと頼まれた」

そう言って聖騎士の肩から離れ俺の肩に飛び乗った。
肩から離れると同時に聖騎士は力をなくしたかのように倒れ泡を吹く。

「魔力を全て吸い取っただけさ。ほっとけば勝手に死んでくれる。それよりも先を急ぐぞ」

肩に乗った小竜は俺を急かす。
少々不安に思いつつもアルーンを抱きしている時に感じるアルーンの包み込むようで押しつぶすような強い魔力を肩にのる小さな竜から感じ、信じることにした。
小竜から話を聞いて俺は街を出てアルーンが連れて行かれた場所まで走る。
今度は守ると、危害が及ぶようなことはないだろうけれどもし、俺の手の中からアルーンを連れ去るのであれば皆殺しと思いながら。
狼の愛は重い。
番が死ねば後を追い、番が怒れば腹を見せ、番が襲われれば命をかけて戦う。
ドゥーガルは初めて森に住む立派な狼が経験する野生の本能に体を突き動かされていた。
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