龍の錫杖

朝焼け

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第一章

家族の行方

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 何処までも続きそうな青い青い雲一つない空の下、昼の11時、チキンフォースと銘打たれた看板を掲げる二階建てのレストランの屋外席で桜と共にブランチを頂く事になったクザンは強烈なカルチャーショックに見舞われていた。
「これ……大丈夫なのか……」
クザンの目の前の木製のテーブルには白い皿に乗った数本のフライドチキンと山盛りのポテトが置かれている。

だがそのチキンの表面に目をみやると薄気味悪い虹色の油が浮き滲んでいる。
ポテトは皮付きなのだがその皮に明らかに不健康そうな毒々しい紫の斑点が浮き出ている。
「何が?」
桜はそんなことは微塵も気にせずそのチキンにかぶり付いていた。
「いや……その……食品にあるまじき色が滲んでいるから大丈夫かな……と」
「へ?」
彼女は何の事か解らないとでも言うように首を傾げる。
「これだ、この油の色! ジャガイモの皮の色!」
必死に桜に異常を伝えようとするクザンだが桜の反応は彼の想像していた物とは違うものだった。
「なんかのホルモン剤とか除菌剤の色じゃない?」あっけらかんと彼女は言い放つ。
「えっ……?」
「だから、ホルモン剤とか除菌剤」
「いやそういう物は本来食品に使うべきではないのでは…………」
ここで桜はクザンが何に困惑しているのかやっと理解したようだ。
「あははっ! やっぱりあなたお爺ちゃんね!発想が古いよっ」
少しムッとしてクザンは言い返す。
「いや、体を壊してしまうだろう!君も大丈夫なのか!」
その必死さに桜は余計に笑いだす。
「あははは! 大丈夫だって! 私は子供の頃から食べてるけど何の問題もないよ!」
「いや……だが……こういう物は体に徐々に蓄積されて…………」
苦笑いで呆れながら桜はクザンに言い聞かせるように言う。
「はは、もう一度言うけど、この都市の子供たちは皆これ食べて大人になってるから大丈夫、後ねクザン、あなたもう昨日のこと忘れたの?」
「昨日の事……?」
昨日の事を思い出せと言われても彼にとっては昨日は激動の一日だった。
何を思い出せと言うのだとクザンは頭を捻る。
戦争の事? 荒廃した日本の事? 自分が80年近く生きている改造人間だと判明した事? その後ジェラルドが警察局にコネを使ってクザン自身や家族の戸籍を、問い合わせてくれると約束してくれた事?
「解んないかな、あなた体を改造されてるのよ?体を改造されてるって事は内蔵も改造に使う大量の薬剤に耐えられるように強化されてる、こんなフライドチキンやポテトに残留してるような薬剤はまずあなたに害はないよ」
クザンは昨日のジェラルドの話を思い出す、確かにそんなことを彼は言っていた。
実際自分は一滴も飲めなかった酒を一切酔っぱらうこと無く飲めるようになっていた。つまりアルコールという毒に対して強くなっていたのだ。
「確かに理屈としてはそうなのかも知れんが……」
桜はいたずらっぽく微笑みクザンの眼前でくるくるとトンボの目を回すように人差し指を回しながら言う。
「せっかく奢ってあげてんのに~やっぱり八十才のお爺ちゃんには若者文化は無理かしらぁ~?」
「くっ!」
俺はまだ心も(見た目だけだが)一応体も28歳だ! 爺扱いは止めろ! とクザンは心の中で悔しがるが、一晩の宿の提供、家族の安否を調べる為の施設までの案内、さらにその道中で飯まで奢ってくれている桜に対して口答えする権利は彼にはない。
老人扱いが嫌ならば態度で示すしかない。
「……わかった! 頂こう!」
「よしきた! 頑張れ! 食べられなかったらあなたのあだ名お爺ちゃんにするからね!」
お爺ちゃんと呼ばれるのは嫌だ! 切にそう願うクザンは覚悟を決めフライドチキンを持ち上げる。
恐る恐るまずは匂いを確かめる、強く香る自身が働いていた研究室の廃液タンクの中身のような匂いがクザンの覚悟を容赦なく突き崩してくる。
「うっ!」
手を止めるクザンを桜は頬杖をつきながら心底楽しそうに煽り立てる。
「ほら! どうした!」
ここで負けてなるものか!クザンは覚悟を決め虹色の油が滴るチキンにかぶりつく。
ガブリッ!
「むぅ……」
味その物は悪くはない、だが口に入れる前から感じていた廃液タンクの臭いは明らかに増している。
「ぐおぅ……」
臭いがキツイ、しかしこれは自分の体に害はないはずなのだ! 飲み込め! そうだ、この臭い、いや香りは新手のハーブの香りなのだ!
そう思い込むんだ! パクチーみたいなものだ! クザンは自身を暗示にかけ奮起させる。
そしてできるだけ咀嚼しないように口に含んだチキンを飲み下した。
「よし!食べたぞっ、どうだ!」
「おぉ、第一関門突破だねぇ」
「これで爺さん扱いはしないでくれるんだな?」
桜は半笑いで可笑しそうに言う。
「全部食べきれたらね!」
「……わかった……」
苦々しい顔でクザンは次の一口を口に運んだ。

 ブランチを終え、クザンと桜は街の大通りを歩いて行く。
「この大通りの先に噴水のある広場があって、そこにある建物がが目的地ね」
空のおおよそ半分を電線やパイプに塞がれた幅の広い大通り。沢山の人々が行き交っている。昼休憩の時間だからだろうか、スーツや作業服を着た人が飲食店のような店に入っていく姿が目立つ。
一時の安息を享受している労働者達を横目に見ながらクザンは桜に話しかける。
「そこで戦争のデータを見れるのか」
「ええ、50年前の政府が残した戦没者名簿、そこにあなたの妻子の名前がなければまだこの街の何処かに彼女達は暮らしているかもしれない、というよりもしかしたら一昨日迄は一緒に暮らしてたかもしれないしね」
「そうだな……そうだと良いんだが……」
「ま、それはジェラルドがこっそり調べてくれてるんだから素直にそれを待ってろとは思うんだけど」
「確かに俺のしていることは無駄な事だとは思うんだが、だがそんな名簿があるとも彼に教えてもらった以上、記憶を取り戻すことなんかよりも前に確認して見ておきたいんだ、その名簿に妻と子供の名前がないことを……確認したい……」
頭をポリポリと掻きながら桜は返す。
「あなたの状況を考えれば気持ちはわからないでもないよ?……でも、何度もいったけど載ってないからって戦争で死んでないとは限らないし、もし名前が載ってたら絶望するだけなのよ?それでもいくの?」
「あぁ、確認したい、付き合ってほしい」
「わかったわ……」
またしばらく歩くと街の雰囲気が変わってくる。
頭の上のケーブルが減り、建物や店も個性的でお洒落な物が増えてくる。
更に進むと空のケーブルは消え、みっしりと建物の詰まった町の中に円上に開けた直径40m程の広場が見えてきた。
中心には洒落た装飾の高さ5メートル程の噴水がある、広く撒かれる水の下で子供たちは水遊びをし、水の届かない所ではその子供達の母親が談笑している。
その周りには花や樹が綺麗に植えられ、生き生きと太陽の輝きを跳ね返している。
「この広場は街の他の部分と大分様子が違うな」
「お洒落でしょ、前の都市長が人間には色気のある場所も必要だって言って作った所なの」
「確かに、あんなコンクリートだらけの街では息が詰まる」
そう言いながらクザンは噴水の中に目を向ける。
降り注ぐ水の中で子供達が遊び回っている。
男の子達に混じって一人おかっぱの小さい女の子がいた。
水遊びで無邪気にはしゃぐその女の子を見てクザンは胸を締め付けられる。
自分の娘の姿をその子に重ね合わせてしまったからだ。
今生きていたら55歳位か? 戦争で死んでなんかいないだろうな?どうか良い結婚をして子供や孫に囲まれて幸せに生きていて欲しい!
そんな事を考えながらクザンは唇を噛み締め俯く。
その様子を心配そうに見つめながら桜は話しかける。
「急に俯いてどうしたの? あそこだよ、目的地」
桜は噴水の向こう側を指差す。
噴水が煌めかす水しぶきの向こうに戦争資料管理センターと記してある三階立ての大きめの赤いレンガ造りの建物が見える。
二人はほんの少しだけ足を止め建物を見上げる。
「行こう、頼む、桜」
「任しといて」
クザンは意を決してその建物に入っていった。
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