龍の錫杖

朝焼け

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第一章

廃病院の怪-2

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「ちょっと、いつまで落ち込んでんの」
時刻は11時過ぎ、桜はどこから持ち込んだのか極彩色の不気味なクッキーを口に放りながらクザンに問う。
「自分の軽薄さが憎くてな……」
「いや気にしすぎでしょ」
「やはりきっちり謝罪しなくては」
桜は真底呆れている。
「大丈夫だっていったでしょ? 多分次にあなたと話すときは何事もなかったんじゃないかってくらいフレンドリーに接してくれるから心配いらないよ」
「それなら尚更今謝っておかなければ!」
「どんな理屈よ」
興味なさげに桜は問う。
「こういう細かいいさかいをなあなあにして蓋をして溜め込んでしまうとだな、いざその人と危機を乗り越えねばならない時、協力しなきゃいけない時、思わぬ形で障害になる、清算しなくては気がすまん」
クザンは立ち上がり病室の出入口に向かう。
「いやいや理屈は解るけど大袈裟すぎよ! 後でいいって!」
「いや、気持ちが悪い、ちょっと行ってくる」
身を翻しクザンは病室から出ていく。
「おい! ちょっと待て! 腕輪も無しに外をうろついちゃダメ! つーか場所解るの!?」
桜の呼び止めは扉を開いた先の廊下に虚しく響く、追いかけて捕まえてやりたかったがこの怪我ではまだ動けない。
大きく溜め息をついた後、彼女は飛び出したクザンの事を報告する為ジェラルドに連絡をすることにした。

薄暗い、まだ辛うじて生きている照明を頼りに五人は乾いた足音を響かせながら地下階への巨大な螺旋階段を降りていく、
螺旋の中心には資材や遺体の搬入に使うエレベーターが備え付けられている。
本当に地下にたどり着けるのだろうか、そう不安になってしまいそうなほど階段の底は暗い。
「まだ電気は流れてきてるんだな」
不思議そうに猛は呟く。
「錫杖からの送電を切ってないんでしょうね、退去したときに切ったと聞いたんですが……この地下階には施設の蓄電エリアもあるので少し確認をしていきましょう」
「解った」

 階段を降りきると左右に長く伸びる薄暗い廊下が彼らを迎える。
左右どちらも暗さのせいか長さのせいか向こう側まで見渡すことができない。
「霊安室って……ますます何か出そうですよね……先に蓄電室に行きましょうよ!」
吸い込まれそうなその暗闇に寺野は怖じける。
「バカ野郎、手分けして左右を調べんだよ、何のために調査員が四人もいるんだよ」
バカにした様子で原が言うが、その意見に猛が口を挟む。
「いや、原さん、あんたの言う通りだが護衛の身としてはまとまって行動して欲しい」
しかし原は聞かない。
「大丈夫ですって、もうあんたの仲間が四人がかりで調べたって聞きますぜ、今回つく護衛も本当はランク下位のハンターさんだったって言うじゃないですか、もうここには害獣はいないんですよ」
「まあそうなんだがな……」
確かに猛もそう考える、複数人のハンターが調べ回ったのだ、何かいる可能性は限りなく低い。
だが仕事は仕事、原の提案を却下しようとしたその時、原は寺野の首根っこをひっ掴みさっさと蓄電室の方へ歩き去ってしまった。
「おい、ちょっとまっ……ったく」
呆れる猛に三角が謝罪する。
「すいませんね、仕事は出来る奴なんですがどうも荒々しい奴で……」
「いや、先に三人で霊安室の調査を済ませてさっさとあの二人に合流しよう、それでいいかい、三角さん」
「はい、そうしましょう、行こう手越」
「はい、三角さん」
三人は薄暗い廊下の中を霊安室に向かって進み始めた。

「痛っ! 痛いですって原さん、自分で歩けますから! 放してくださいよ!」
体格の良い原に引きずられるように歩く寺野は原に懇願する。
「あぁ、悪ぃ悪ぃ、体重も存在感も軽すぎて持ってる事忘れてたわ」
「酷い! しかも何でハンターさんと離れちゃったんですか! 害獣が出たらどうするんですか!?」
「うるせぇなぁ、俺はさっさと仕事終わらして帰りてぇんだよ」
「そんな理由で……」
「何か文句あんのか?」
原は寺野を睨み付ける、すると寺野は怖じ気付き黙りこんでしまった。
「無いみてぇだな、つーかびびりすぎなんだよ」
「はぁ……すみません…………」
「すみませんじゃねぇよ、バカ野郎、ほら見えてきたぞ、蓄電室」
原が指差した先には錆び付いた巨大な鉄の扉、電気系統の設備がある部屋であることを示す警告シールがベタベタと張り付けてある。
無用心な事に扉は半開きだ。
「おらっ!」
原はその開きかけの扉を乱暴に蹴り開ける。
「ちょっと原さんっ! あれっ?」
扉の先は完全な闇、電気が点いてない地下室だ、当然のことである。
しかし寺野は気付いた、気づいてしまった。
一瞬だが闇の中で虹色の大きな人影がふわりと踊ったその一瞬を見てしまった。
その人影はこちらに気づいた素振りを見せるとその場に溶けるように消えてしまった。
「なんだよ?」
原は気づいていないようだ。
「お……お化け……見えなかったんですか? 今の!」
「あぁっ? てめぇ害獣の次は幽霊か? 真面目に仕事しやがれ!」
「で……でもぉ」
「あーうるせぇっ、もう俺一人でやるわてめぇはもう上いってろ!」
「そ……そんなぁ」
原は苛立ちを隠さずにずかずかと蓄電室に踏み入り懐中電灯の明かりを頼りに部屋の照明のスイッチを探し当て点灯させた。
体育館程はある広い空間を龍の錫杖から送電される電気を蓄電する設備が半分占領している。
計器やコードがひしめき合いまるで一つの生き物のようだ。
病院と言う万が一にも停電が許されない環境、当時は手探りの発電方法、蓄電方法がこの巨大な設備を生み出したのだろう。
「ほら、明るくしてやったぞ!? どーだ? これでぼくちゃん怖くないでちゅかー?」
嫌みたっぷりに原は言う、だが先の幽霊に怯える寺野の耳にはその嫌みは聞こえていない、キョロキョロと心細そうにあちらこちらを見回している。
そんな寺野を放って原は馴れた手つきで次々と部屋のデータを取っていく。
もはや寺野の手を借りる気は無いようだ。
「ったく、仕事の出来ねぇ奴ばっかだ……んぁ?」
原は自分の目を擦る、何故か視界がぼやけた気がしたのだ。
巨大な蓄電機の上を透明な何かが通りすぎて行ったような、そんなぼやけ方だ。
「ちっ、俺ももう若くねぇのかな……」
毒づきながらも原は部屋のデータを記録していった。

 梶 猛、三角、手越の三人は原達の行った方向と逆方向、地下霊安室への道を歩いている。
霊安室に近づいていくにつれ空気はひんやりと、そしてしっとりとしていく。
「もう少しですね、ほら、あの扉です」
三門が指差すその先に鉄製のスライドドアがある。
中は恐らく死体の保存のため冷蔵庫になっているのだろう。
ドアの隙間から冷気と妙な臭いが漏れている
「なんだ、冷蔵設備が動いてたから寒かったのか、俺はてっきり幽霊の仕業かと」
「はははっ、なんだ、お前もびびってたのか? まぁ俺もびびってたんたけどな、しかしなんか臭うなぁ、まだ死体が入ってんじゃねぇのか?」
「ははっ、変なこと言わないでくださいよ、しかし何でまだ稼働してるんですかねぇ、幽霊が暑いから動かしたのかな」
「おめぇこそ変なこと言うなよ、ぶははは」
手越と三角が冗談を言い合っている中、猛はこの扉から妙な気配を感じ取っていた。
「これは……血の臭い? まさかな……」
「どうしたんですか? 梶さん?」
「ちょっとこの場所は俺に先行させてくれ、嫌な予感がする」
途端に早足になり猛は二人を追い抜く。
「え……あ、はい」
三角と手越は猛が途端にピリリとした空気を身に纏った事に困惑する。
ここの安全性に関しては猛が原の別行動を許した時点で完全に保証されていると考えていたからだ。
二人の困惑を余所に猛はそのスライドドアを開ける。
薄暗い灰色の廊下に冷気と共に濃厚な血の臭いと腐臭が滑り込み三人の鼻を刺激する。
「うわっ! クセェ! なんすかこの臭い!」
しかし蓄電室の時と同様に部屋の中は真っ暗だ。
「三角さん、手越さん、部屋の照明を探す、懐中電灯を貸してくれ」
「はい……」
三角は返事をすると猛に懐中電灯を託す。
猛はククリナイフを鞘から引き抜き戦闘体勢をとりながらゆっくりと部屋の壁を懐中電灯で照らしそれらしきスイッチを見つけ電源を入れる。
「……!!」
「な……何ですか……これ!」
「嘘だろ……」
その瞬間彼らが見たのは眼球、脳髄、臓物だけを抉り喰われた数十の死体の山。
中には日数の経った死体もあるようで山の下から赤黒い液体が異臭を漂わせながら静かに滲み出ている。
脇には綺麗にしゃぶられつくし、骨だけになった死体も捨ててある。
「おぅえぇっ!」
「ヴオエエ!」
二人はその場で嘔吐してしまう、この臭気と惨状を見れば無理も無い。
だが猛は平然とその死体の山に近づき一番上にある俯せの死体の顔を持ち上げる。
そして顔を確認すると沈痛な面持ちで三角に語りかける。
「面目ねぇ、三角さん、俺がいながら犠牲者が出ちまった……」
猛の言葉の意味も分からずその死体の顔を三角は息も絶え絶えの様子で見る。
「え……それはどういう」
そこまで言った後、三角は気づいてしまった。
「まさか……そんな!!」
そう、死体の山の一番上にあるそれは一階での仕事中に姿を眩ました吉良の死体だった。
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