龍の錫杖

朝焼け

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第一章

廃病院の怪-6【vsグレイトサンダー】

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「オラァッ!」

空気すら切って飛ばしてしまいそうな鋭く重い斬撃を猛は次々と害獣に叩き込む。

「ガアァ……」

息も絶え絶えの害獣は猛の猛攻の前に逃げることもろくに出来ず、亀の様に丸まり無様に呻くことしか出来ない。

「いける……!」

電灯スイッチの操作を任されている寺野はその様子に勝利を確信した。
それもそうだろう、切り札を完全に封じられた害獣は最早、接近戦で猛に勝つ術はない。
再生能力が尽きるまでサンドバッグにされるのは目に見えている。
だが実際に敵と相対している猛は何故かそうは思えていなかった。

「コイツ……」

眼が死んでいない。
それどころか敵の白濁した眼はまだ自分を獲物として見据え、見下している。
何故かそう感じるのだ。

「クソが! いつまで余裕ぶっこいてやがる!」

確実に敵は懐にかくし球を抱えている、彼らしくもない威嚇めいた台詞は予想もつかないその驚異に不安を感じている証拠だ。
だが目の前の憔悴し、傷だらけの敵の姿、攻撃の手を緩める理由は何もない。
ナイフを握り込み拳を強く固める!

「オリァァアァッ!!」

害獣の鳩尾にめり込む猛の鉄拳。
鉄のシャッターを軽々と吹き飛ばすその鉄拳は400㎏を越える害獣の体を易々と吹きとばす。

「……!?」

猛は一瞬の違和感を感じる。
あいつ……今、自分から飛び退いたような動きをしなかったか? とそう感じたのだ。
そう、害獣は計算をしていた、逃げてそこに向かえば狙いを察して防がれる、ならばわざと吹き飛ばされる方が良いと。
そこはこの部屋の中心部、蓄電機のど真ん中!

「ギャオオオッッ!」

獣は大きな激突音と共に高圧電流の流れる蓄電気に叩き込まれる。
そして黒焦げになり少しもがいた後、だらりと項垂れ動かなくなった。


 地下室は静寂に包まれる。
時折バチバチと電流が害獣の肉を焼き焦がす音が聞こえる以外は静かなものだ。

「やったか……?」

猛はモヤモヤとした不安感をかきけすためにわざと心にもない言葉を口に出す。

「おい、兄ちゃん! いるか! 今すぐここから出るぞ! 動けるか?」

「はいっ……なんとか、歩ける程度には……痛っ」

そうは言うものの辛そうな素振りを寺野は見せる。
三人とも体はぼろぼろだ。

「そうか、俺はこのおっさんを担ぐ、速く病院に行こう」

二人は慌ただしく退散の準備を始める、この嫌な空気の残る地下室から速く逃げ出したいのだ。
だが事態はそうは行かない、三人が部屋を後にしようとしたその時、猛と寺野の背中に強烈な殺気が叩きつけられた。

――絶対に赦さん――

「……ッ!」

二人が思わず振り返ったその瞬間、黒焦げの死体が眩く光り、そして爆発四散した。

「何だっ? 引火でもしやがったのか!?」

地下室は爆煙に包まれ視界が遮られる。

「いったいなにが」

寺野がそう言いかけたその瞬間。

「バオオオオオオオオオォッッ!」

充満する煙を咆哮で吹き飛ばしながら現れたのは先程まで戦っていた害獣。
しかしその姿は大きく変化していた。
たてがみは長さと輝きと増し、体つきは一回り太く逞しく、そして両の腕のマントは焼き切れ、その代わりに上腕には長く鋭い槍が備え付けられている。
体からは時折バチバチと電気が迸り体内に蓄えられたエネルギー量が如何程の物かを雄弁に語っている。

「やっぱり隠し球があったか!」
「あれって……もしかして……充電……したんじゃないんでしょうか……!?」
「あんたもそう思うか……クソっ! あの野郎」

忌々しそうに猛は毒づく。
まんまと敵の策略に嵌まった自分に苛ついているのだ。
敵の力の源が電気であると気づきながら迂闊であったと。

「畜生! 兄ちゃん、また電源のスイッチを頼む! 」

原を地面に寝かせ猛は叫ぶ。

「はい!」

二人は先程敵を追い詰めた必殺の陣形を取る。
その様子を害獣は止める素振りすら見せず見守っている。
その表情は心なしか二人の必死さを嘲笑っているようにも見える。

「どうした……? 来るなら速く来い!」

猛が叫んだその瞬間、再度敵の姿が消える。

「芸がねぇなっ! また細切れにしてグオァッ!」

言い終わる前に猛は前方に吹き飛ばされる。
後ろから強烈な打撃を加えられたのだ。

「がはぁっ!」

揉んどり打って転がりダウンする猛。
何が起こっているのか分からずに混乱している様子だ。

「ぐおぉっ!」

しかし彼に考える時間は無い、転がった先でまた彼は吹き飛ばされる。

「ぐふぁっ!」

まるでサッカーボールの様に何度も何度も猛はあちこちに弾き飛ばされる。
そして最後、ゴールネットにシュートでもするかの様に寺野の目の前に彼は蹴りだされた。

「だ……大丈夫ですか!?」
「ハァ……ちょっと大丈夫じゃあねぇな……」

バチンと電気の音を響かせながら再び害獣は猛の視界に現れる。
その獣の眼は嫌らしく細まり口角はグニャリとつり上がっている。

「ゲホッ! クソっ調子に乗りやがって……おいっ! 今度はちゃんと電灯を操作してくれよッ! さっきと違って消えた敵の位置がまるでつかめねぇ!」

ゆらりと猛は立ち上がり寺野に叱責をする。
だがそれに対する寺野の返答は予想外の物だった。

「消えてません……」
「あぁっ!?」

何を言っているかと猛は眉間にシワを寄せる。

「だから……あいつ……消えていないんですゲホッ! ゴホッ! ただ……物凄いスピードで動いていただけなんですっ! 気付かなかったんですかっ!?」
「なん……だと……」

消えていない敵を一切捕捉出来なかった、猛はこの事実に驚愕する。
そう、敵は姿を消したのではなく猛スピードで猛に攻撃を加えていただけ。
遠目から観戦していた寺野にはそれが辛うじて理解出来たのだ。
もしその時両の手の槍で攻撃を加えられていればとうの昔に猛は絶命していたであろう。
つまりはそういうことである。
いま、彼らは本気を出した害獣に弄ばれているのだ。

「畜生が……」

猛は絶望が満たすこの状況で必死に考える、出来るだけ多く人が助かる方法を。

「……おい、兄ちゃん……一人で逃げろ……多少は回復したんだろ?」
「……でも!」
「速くしろっ! 全員死ぬぞ!」
「わ……解りました……本当に……すいませんっ!!」

寺野は猛の意を察しよろめきながらも出口に急ぐ。

「くそっ! 桜に示しがつかねぇな……」

人の為に命を捨てるな、自身の価値とかかったコストを十分に考えて行動しろと義理の妹に説教をした数時間後にこの有り様。
寺野がもし無事に逃げ切れたとしても犠牲者は自身と側で倒れている原を含めると三人となる。
軽い仕事と油断をし、いたずらに犠牲者を増やしてしまった自身の軽率さを悔やみつつ猛はそれでも寺野の逃走の時間を稼ぐ為にナイフを構える。
その刹那、閃光の様に素早く害獣は寺野に突進する。
反響する金属音、辛うじて猛は間に割って入り害獣の動きを制止する。

「速いってのが解ってれば……なんとか反応できんだよ!」

槍とナイフの鍔迫り合い。
ガチガチと不快な金属音を響かせながら互いの得物が擦れ合う。

「ガルルルゥ」

獣は一つ軽く唸った後、体に力を込める。

「くそっ! マジかっ!」

金属の壁すら用意にぶち抜く猛のパワーと相対して尚、じりじりと害獣は彼を押し込んで行く。
スピードはともかく腕力ですら劣勢を強いられる事に猛はショックを受ける。
彼にとってパワーで敵に遅れを取るということは初めての経験だったからだ。
害獣は猛を容易に壁まで押し込みそしてまるで拷問でもするかのように鍔迫り合いの体勢のまま壁に押し付ける。

「が……ぐふ……」

重機の様なパワーと頑丈な壁に挟まれ猛の体はミシミシと音を上げ始める。

「グルルゥ……」

苦しむ猛の顔に害獣は顔を近づけた。
血と臓物がこびりついた口から漏れる生温く生臭い息が乱れた猛の髪をふわりと揺らす。
まるで苦悶の表情を観察しているかの様だ。

「息がクセェぞっ!」

強烈な打撃音。
害獣に苦し紛れのエルボーを叩き込みなんとか窮地を脱する猛。
拘束が外れた瞬間、横っ飛びで敵との距離をとる。

「がぁっ!」

その瞬間またも超スピードで後ろに回り込まれ蹴りを食らい壁に叩き付けられる。
同時に害獣は猛に突進し槍の一撃を叩き込む。
またも響く金属音、辛うじてナイフでガード。
再度壁に押し込まれ、先程までと同じ状況に追い込まれる。

「この……野郎ぉぉっ!!」

猛の怒号。
完全に遊ばれている、この獣は自身を痛め付けた彼の事をなぶり尽くしてから殺すつもりのようだ。
無力感と絶望感をたっぷりと味あわせてから殺す。
この際逃げた人間は放っておこう、こいつでたっぷりと遊ばせてもらおう、そう考えているのだ。
害獣の口角が今までで一番高くつり上がる。
残酷な結末が音を立てて猛に近づいている。



「うぅ……ハァ……ハァ……ゲホッ! ゴホッ!」

男の目は涙で潤む。
命の恩人と仕事仲間を見捨てて逃げるしかなかった自身の情けなさに対して涙が止まらないのだ。

「くそっ! 畜生っ!」

彼に今出来るのはせめて恩人の犠牲を無駄にせぬよう遠くに逃げる事だけだ。
寺野はよたよたと走りながら考える。
なんでこんなに辛い思いをしなくては行けないのか。
真面目に学校に行き真面目に仕事をしていただけだ。
なのになぜこんな、胸を裂かれるような無力感に苛まれなければならぬのか。
弱いこと、ただそれだけで今まで積み重ねた人生を易々と否定されたような気がするのだ。
一階へ上がる螺旋階段を前に寺野は戻る事を考える。
猛の代わりに戻って囮になれないだろうかと。
しかしどう考えても自身が足手まといになる未来しか見えない。
そう、本来弱者には人を助ける自由すら無いのだ。
無力故、心も体もギリギリと痛む中、彼は幼少の頃に見た漫画の内容を思い出す。
確か実在したヒーローを漫画にした話、名前は青鬼と赤鬼。
人に仇成す害獣を圧倒的な力で捩じ伏せ、平和をもたらす正義のヒーロー。
強く憧れ必死に彼等の必殺技の真似をした記憶がある。
あの頃は大人に成ったら自分もヒーローに成ろうと本気で思っていた。

「ははっ」

思わず乾いた笑いがでる。

幼少期の自分が今の自分を見たらどう思うだろう、人を囮にして醜く逃げ回るしかない自分を見たら、一体どう思うだろう。

「戻ろう……」

万が一にでも先程の様に何かで役にたてるかも知れない、0.1%にも満たないその確率にすがり、寺野は戻る決心をした。

その時である。

巨大な落下音。
一階からであろうか、螺旋階段のど真ん中、エレベーター昇降の為に吹き抜けになっている部分に何かが墜落した。

「な……何?」

寺野は仰天しその落下物を注視する。

「君、状況を教えてくれないか……」

ギラリと光る青い鎧、雄々しく突き上がる2本の角。
落下の衝撃で舞い上がる埃の中から表れたその男の姿は彼の幼少の頃のヒーロー、青鬼その物だった。
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