龍の錫杖

朝焼け

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第二章

荒野のデスロデオ! !

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時は丑三つ時、月明かりに照らされる荒野は時たま聞こえる野良猫の鳴き声以外はなにも聞こえない。
ここは昔、農地だったのだろう、枯れ果てた果樹、ビニールハウスの骨組み、朽ち果てた農薬散布車両。
その残骸から推測するにかつては豊かであっただろう土壌は酷暑と環境汚染のためにもはや見る影もなく、まるで荒野の砂のようだ。
その乾いた砂に一筋の足跡がある、その足跡は全速力で走ったことが伺える。
足跡の行方を追ってみると、どうやらその主は農機具小屋に使われていたであろうボロ小屋に飛び込んだようである。

「ハァッ……ハァッ……」

薄汚れた作業服を着た男は荒れる呼吸を必死に抑えながら、寂れたボロ小屋の壁に開いた小さな穴から外を見る。
外には同じようなボロ小屋が二つ見えた。
男はしばらくそのまま、様子を伺っていたがなにも追ってくる様子が無い事に一先ず安心し、ふぅと一息溜め息をつき、奴からの逃走プランを考える。
この荒れ果てた静かな荒野、恐るべき聴力と移動方法で追跡してくる奴から走って逃げきる事は不可能だろう。
だが、彼には一つ希望が有った。
拠点にしていた古いワイン工場の跡地、そこに一台だけ自身と仲間達が乗ってきた軽トラックが残してあるのだ。
仲間と共にかき集めた大量の書物が積んである軽トラックが!
そいつで全速力で逃げればいかに奴とて生物、なんとか逃げきれる、それに無惨にも死を遂げた仲間達の最後の仕事であるこの書物達を都市に送り届け、最後のはなむけにも出来る、男はそう考えた。

「よし……ここで少し体力を回復して、一気にトラックの所まで……」

男が呟いたその瞬間、突如巨大な爆発音。
男は慌てて先程の隙間から外の様子を伺い直す。

「……!?」

一番向こうに見えたボロ小屋が爆発炎上している。
炎上する小屋の近くにはもぞもぞと無気味に蠢く謎の影。

「ひぇっ!」

思わず小さな悲鳴を上げる男、無理もない、奴がいる。
仲間を全員土の海に沈め、食い殺した奴がいる……。
奴は巨大な円錐形の角を器用に使い、メラメラと燃える小屋の破片をどかし、掃除する。
そして中に死体が無い事を確認するとずるずると、その十メートルはあろう巨体を引きずり、今度は男のいる小屋から一番近い小屋に近付く。

「何の音だ……?」

奴の体からガスを噴霧するような音。
そして奴はおもむろに大口を開け思いきり牙を撃ち鳴らす。
またも巨大な爆発音、二番目の廃屋が爆発する。
奴は先程と同じく、廃屋の破片に紛れて死体が無いことを確認すると今度は男の隠れるボロ小屋に近づいてきた。

「……畜生……化物め……」

当然、次に奴はこのボロ小屋を爆砕し、中に死体がないかを確かめるのだろう。
男はこのまま小屋に引きこもっていれば確実に爆殺される。

「やってやる、やってやるよ……」

奴が小屋に迫る音がする。
男は覚悟を決めた、現在いるボロ小屋から軽トラックまでの距離はおよそ五百メートル、走りきれない距離ではない、何よりもこのまま爆死は真っ平だ。
男は奴を刺激せぬよう可能な限り静かに、そして力強く走り出した。



「勝沼町? あぁ、行ったことはある……」
「ほぉ、何しにだ?」
「嫁と娘を連れて葡萄狩りに行ったんだ……」

新品の青いローブが風でバタバタと激しくたなびくのを気にもせず、クザンは荒廃し変わり果てた国道二十号線の風景を眺めながら返事をした。

「かぁーっ、羨ましいねっ! 美人の嫁さんと娘さんを連れてたまの休日に葡萄狩りかいっ! 良いねぇ!」

大柄金髪の男性は速度八十キロで突っ走る武装車の後部座席で膝を叩く。
それにまるで合わせているかのように屋根に装備した巨大なガトリングガンがガチャガチャと音を立てる。
道が悪すぎてどうしても車体が跳ねてしまうせいだろう。

「ジェラルド……あなたクザンの家族見たことないでしょ?」
「いいんだよ! 細かいことは、女はみんな美人なんだよ、勿論程度の差はあるけどな! ガハハハッ!」

いい加減な事を言うジェラルドに半ば呆れるクザンと桜はまたも逸れそうな話題を強引に引き戻す。

「で、何故、都市から大分離れたその勝沼町の跡地に行かなければならないんだ?」

この質問はもう三度目だ。

「はぁ、もう私が説明しますよ、ジェラルドに聞いていたら、話がそれにそれて日が暮れてしまいますからね」

三人を乗せる武装車を運転している女性が走行の震動でずれる帽子と眼鏡をくいっと直しながら口を挟んだ。

「おい、ひでぇな、まさに今から俺が間部ちゃんの務める仕事の歴史と偉大さを含めて事細かかつドラマチックに今回の任務の内容を話してやろうと……」
「そんなだから日が暮れるんですよっ!」
「おぅおぅ、言うようになったな間部ちゃん、オムツを替えてやってたあの頃が懐かしいぜ、おいクザン、聞いてくれよ、この間部ちゃんは四才んなってもオムツが取れなくてな、俺は親御さんに相談を受けて……」
「あぁっ! もう、余計な事クザンさんに吹き込まないでくださいよっ!」
「いやいや、これはお前の人となりを知ってもらうために……」
「うるさいっ!」
「いやいやお互いを知るって言うのは……」
「いつもいつもあなたは! その口縫い付けて……」

しばらく捲し立てたあと、桜に拳骨を食らって黙らされたジェラルドを尻目に間部が語った今回の任務の全容はこうだ。

彼女は労働衛生管理局に存在する文明遺産保護活動部(文保部と略される)の人間である。
主な仕事は龍の錫杖の外部に取り残された書物や電子データの収集、保護だ。
五年前に設立されたこの部はまず元日本国首都、東京近辺の図書館等の書物やデータを収集し保護をしてきた。
そして現在は関東甲信越地方、要は龍の錫杖近辺の蔵書収集に力を入れている。
そんな中、一昨日、文保部第三チームが旧日本地図における山梨県勝沼町近辺において害獣との遭遇を思わせる緊急通信を最後に連絡が取れなくなる。
文保部は害獣討伐部に調査協力を打診、文保部第四チーム所属の間部 赤菜を案内人とし、ジェラルド率いる第十三班で調査及び救助に向かう筈であったが……。

「猛が療養中だから別のチームに行って貰おうと思ってたんだが、お前が入ってくれたもんだから助かったぜ!」
「昨日の今日でいきなりとは思わなかったがな」
「おう、悪いとは思ったんだがな!」
「いや、別にいいんだ、どうせやることもないからな……」
「ぶははははっ! そう言えばそうだな!」


「皆さん、もう少しです……」

国道を左折し村の跡地に入る、元は自然の豊かな農村だったのだろうが大地は乾き、民家は朽ち果て倒壊し、果樹はほぼ枯れ、寂れた荒野になってしまっている。

「…………」

目的地が近付くにつれ間部の表情があからさまに曇る。

「間部ちゃん、第三チームには知り合いは居るの?」

桜が間部の心中を察し、語りかける。

「はい……みんな、知り合いです……」
「……無事だといいね」
「はい…………えっ!?」

会話の最中にいきなり間部がブレーキを踏み込む!
トラックを急停止!

「うわぁっ!」
「うぉおっ!」

ジェラルドが強かに前部座席に頭をぶつける。

「イテェッ! おいっ突然どうしたんだっ!?」
「す……すいませんっ! でも……あれ……」

間部は困惑した表情で何かを見つめている。

「なんだ……?」

後部座席の三人もつられて間部の視線を追う。

「……!?」

視線の先には錆び付いた送電鉄塔、中腹では数羽のカラスが何かをつついている。
その鉄塔の足元には労働安全管理局のマークがプリントされた軽トラックが横転していた。
積んでいたであろうぶちまけられた書物にも目が行くが彼らが目を奪われたのはそれではない。
トラックを降りて場を確かめた四人は各々、自身の目を疑った。

「こ……これ、文保部の軽トラック……半分……抉り切られてる……」

そう、まるで抉られたかの様にトラックの左半分が吹き飛んでいるのだ。
一体全体何をどうすればこの有り様になるのか、その場にいた全員が言葉を失う。
その沈黙の中、まるでタイミングを図ったかの様に鉄塔からカラスが群がっていた何かがドチャリと嫌な音を立てて落下してきた。

「なんでしょう……これ……っひいぃ!!」
「……っ!! 間部ちゃん、見るな!」

ジェラルドは思わず間部の目をふさぐ。
それは恐らくこのトラックの主であったであろう人間の下半身。
何者かに上半身を噛み千切られている。
カラスについばまれ血塗れになってはいるがその下半身は間部と同じ作業服を着ているのが分かる。

「文保部の人間だな……間違いねぇ……間部ちゃん、トラックの中に戻ってくれ、わざわざあんたが見ることはねぇ」
「……はい、すいません、お任せしま、ウオエェェッ!」

唐突に仲間の無惨な死体を見せつけられた間部はたまらずに嘔吐する。

「桜、ついていってやれ」
「うん、わかった」

桜が間部の背中を擦りながら武装車の中に戻る。
それを尻目にジェラルドは鷹の様に鋭い眼で現場を見渡す。

「妙だな……解るか? クザン」

クザンは死体の落ちてきた鉄塔を見上げている。

「あぁ、犠牲者の彼は……何故あんな逃げ場の無いところに?」
「そうだ、トラックを破壊されて逃走の足を失って、どうしてあんな鉄塔に登らなきゃいかん?」

ジェラルドが続ける。

「お前ももう痛いほど解ってると思うが害獣ってのは基本的に身体能力が半端じゃねぇ、大抵の奴はこの程度の鉄塔、ジャングルジムと同じ感覚で登ってくるだろうよ」
「彼らは戦闘員ではないんだろう? 恐怖でパニックになって支離滅裂な行動を取ったとは考えられないか?」
「……そうかもしれん、だがもっと考えられるのは一見するとそれで逃げられそうな相手だと思ったからだと俺は思う」

クザンは顎に手を当て考え込む。

「逃走する車に追い付き、吹き飛ばす様な奴だが鉄塔に登ったら逃げられそうで、でも上半身を食いちぎられた? 俺には駄目だ、一向にイメージが湧かないな」
「……なぁ、クザン、お前映画は好きか?」
「どうした? 急に」
「俺が好きな大昔のモンスター映画にな、地面を掘り進んで人を食う化物がでるんだ、で、その化物の最初の犠牲者はどういう形で見つかったと思う?」

さあ? とでもいうようにクザンは肩をすくめる。

「地面から襲ってくる化物から逃れるために鉄塔に登ってな、降りられなくなってそこで餓死して干からびちまったんだ」
「……!」

クザンは思わず足元を見る。

「敵は……地面の下から来ると?」
「まだ断言は出来ねぇがな……地面を潜航しながら逃走する車に追い付くなんて出来るとは思えんし、あんな高い所まで逃げたのに食い殺されてんだからな、まだ想像もつかない様な能力を持っているんだろう、だがまぁ、この仏さんの死に様を見ると敵は地面を潜航出来る能力を持ち、かつそれをメインに獲物を狩っているんだと思う、生存者を探す前に、もう少し周りを調べるぞ、なにかヒントが見つかるかもしれん」
「あぁ、解った」

二人は今回の敵の正体を少しでも精確に見極めるために荒野の調査を開始した。
当然である、敵の事を少しでも多く分析しておいた方が戦いの時に有利になれるからだ。
だが、今回の戦いで有利になるのは害獣の方であろう。
何故ならばもうクザン達はこの荒野に入り込んだ時から既にロックオンされ、分析されていたからだ。
ジェラルドの予想通りに地面に潜むその害獣は今回の獲物は何人か、何に乗って来て戦闘員は何人いるか、各々の身長体重は何メートルで何キログラムか、その鋭い聴覚により全てを既に把握していた。
全てを分析し尽くした害獣は地中でゆっくりとその長大な体をくねらせ、クザン達に近づき始めた。
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