龍の錫杖

朝焼け

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第二章

六爪遺跡の決闘-2

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人気の戻りつつある商店街でクザンは猛から貰った煙草に火を付ける。
これでもう三本目、前回の二回と比べて明らかに労管の到着が遅いことに疑問を持ちながらクザンはプカプカと煙草を吹かす。

「やはり落ち着かないな……」

猛の言うところによればこの都市に禁煙区画など無いらしい。
故にクザンはわざと道路のど真ん中で煙草を吹かしてみた物のどうにも納まりが悪いようだ。

「やっぱり煙草はこそこそ吸う方が旨い……副流煙も気になるしな……」

三本目にして自身のしょうもない性質に気づき店舗と店舗の間のせせこましい空間に入ろうとしたその時である。

「お待たせしたわね、青鬼さん」

後ろから品と少しばかりの鋭さを孕んだ女性の声が聞こえ、クザンは振り向く。
そこに居たのは過去二回見た労管の査定員ではなく修道女の様な服に身を包んだ四本腕の女性。

「人手が足りなくって、ごめんなさいね」

「気にしていない……どうせ何か予定が有るわけでもないからな」

「あら本当に? 色男なのに勿体ない、所で猛の姿が見えないけどどうかしたの?」

「先に詰所に戻って戦闘記録を打っている、手続きは俺がする」

「ふーん、話があったんだけど……残念ねぇ……」

この時クザンは少々困惑する。
彼女の言葉とは裏腹に表情には何か企んでいるかのような妙な笑みが一瞬浮かんだ気がしたからだ。
彼女はそれを気取られたのを察してかすっと表情を戻しクザンに右下の手を差し出す。

「藤堂 真理亜よ、宜しくね」

クザンも訝しさを腹にしまい手を差し出す。

「花咲 九山だ、宜しく頼む」

挨拶もそこそこに藤堂は害獣の死体の記録取りを始める。

「中々巧くやってるみたいで安心したわ」

ぞんざいに、しかしかなり手慣れた様子で作業を進めながら藤堂はクザンに語りかける。

「……?」

「貴方の事よ、随分この都市に順応してるじゃない、もうこんな仕事に慣れてるなんてビックリ」

「俺の事を知っているのか?」

藤堂は目を細めクスリと笑う。

「知ってるも何も最初に言ったじゃない、お待たせしたわね青鬼さんって」

「そうじゃない……何故俺個人の事情を知っている?」

クザンが不信に思うのも当然の事である。
過去二回の観測員はクザンの事を一三隊の新入りとしか認識していなかった事に対し彼女はクザンが青鬼であり、記憶を失った男であると完全に把握していたからだ。
彼女はまた可笑しげにクスリと笑う。

「何でって、貴方の面倒臭い書類周りの手続きをやったのが私だからよ、ジェラルドに頼まれてね、訝しがるまえに礼の一つも言ったら如何?」

「……そうだったのか、迷惑をかけた……礼を言う」

クザンは素直に礼を言う。
しかし藤堂は返す刀で冷静に一言。

「判定はブルーね」

「何?」

「判定はブルーって言ったの」

「馬鹿を言うな、猛はレッドで間違いないと言っていたぞ」

「そっちこそ馬鹿言わないで、労管の査定に文句付ける気?」

彼らが今言い争っているのは倒した害獣の格の事についてである。
簡単に説明すれば特に危険な成体害獣をレッドリスト、標準的な成体をブルーリスト、危険度が低い成体や幼体をホワイトリストと区分けし報償金の査定に利用をしているのだ。
今回の害獣はクザンと猛、二人相手に真っ向から打ち合い傷一つ負わなかった。
マンホールの搦め手を使わなくては今もまだ交戦中であっただろう。
この害獣の戦闘力は間違いなくレッドリスト相当。
傍目から見れば可笑しな事を言っているのは藤堂だ。

「大体なんでそんなにてこずったのかしら? 見た感じ武器は射撃とナイフだけ、貴方達二人で値を吊り上げるためにわざと苦戦したんじゃなくて?」

全力での戦いにケチをつけられクザンは憤る。

「馬鹿を言うな……そんな余裕は俺にも猛にもなかった、そいつが一番厄介だったのは眼だ、発達した眼筋が持つ凄まじい動体視力のせいでこちらの攻撃がほとんど通らなかった」

藤堂はわざとらしく害獣の死体を見つめたあと、悪戯っぽい声で言う。

「ふーん、で、その発達した眼筋とやらを見せてくれない?」

「う……」

思わずクザンは言葉に詰まる。
その眼筋を頭部ごと爆砕してしまったのは自分だからだ。
もしかして自分のせいなのだろうか? そんな気持ちが憤る心に僅かに滑り込む。
そんな僅かなクザンのブレに藤堂は言葉を畳み掛ける。

「あーあー、こんなに私たちと見解の齟齬があるのであればいま猛の書いてる戦闘報告も怪しいもんねぇ、書き直しかしら?」

「ぐぅ……」

出来ると言って責任を持って引き受けた以上、猛には迷惑をかけたくはない。
根が馬鹿真面目な彼はこの状況をどうにかしたいと必死に頭を巡らす。
しかしクザンにはこの都市での会話の引き出しも交渉の材料も無い。
ここは余計なトラブルや書類上のミスを防ぐためにも頭を下げて猛に来て貰った方が良い。
クザンはそう考えた。

「わかった、そう言うならば猛も交えて話をしよう、ちょっと読んでくる、待っててくれ」

早足に立ち去ろうとするクザンを藤堂は慌てて引き留める。

「あ、ちょっと待ってよ!」

「なんだ、何か不都合でも有るのか?」

「意気地無しねぇ、ちょっとは自分で何とかしようと思わないわけ?」

クザンは若干イラッとしたものの冷静に言い返す。

「あぁ、底意地の悪い労管職員を合法的に黙らせる術はまだ習っていないもんでね、出来ない事は素直に人に頼むことにしているんだ」

「そうよね、でも自分で何とか出来るなら何とかしたくない?」

「ふん、どうしろって言うんだ?」

若干の罵倒を含んだ台詞にも関わらず藤堂はまるでその台詞が聞きたかったとばかりにクザンに提案する。

「例えば、そう、ギブアンドテイクよ、私も貴方達のリスト吊り上げに加担してあげるから貴方も私の頼み事を聞いてほしいのよ」

なるほど、こいつの狙いはこれかとクザンは納得する。

要は頼みを聞かないと査定を下げるぞ、藤堂はこう言いたいのだ。
クザンとしては別に頼みを聞く事それ自体はやぶさかではない。
しかし一つ、クザンには譲れないことがあった。

「……藤堂さん、違うな……貴方がするのはリストの吊り上げに協力、ではなくてリストの査定間違いの修正だ、俺達は正々堂々やったんだ、それをするなら話を聞こう」

今猛を呼びに言った所で彼女の思惑がリストの格下げその物ではなく頼み事をする為の口実作りであるならば余計に話が拗れるだけだろう。
自分の手に負える範囲の頼みであれば自分の力で解決を計ろうとクザンは考える。

「ふふっ、生意気、でも話が速くて良いわ、解った そういう事にしてあげるわ、ギブアンドテイクの成立ね」

「俺は損しかしていないがな」

「まぁそう言わずに、それにちゃんと報酬は有るわ」

「汚い金なら受けとらんぞ」

「違うわ、ちゃんと手続きを踏んだ合法的なお金よ、しかもその額二百万、仲介料として私が三割貰うけどね」

「……なるほど、いい商売をしているな」

「別に法は一切犯して無いわ、ちゃんと局長の許可も貰ってるしね」

「もう御託はいい、頼みの内容を聞こうか」

クザンの了承を確認した藤堂は今回の頼みの内容を話し出す。
その頼みの内容はクザンの実力からしてみれば何の事はない内容、明日、指令府幹部をA区画からC区画のある所まで害獣から護衛するという仕事だ。
だがこの頼み事をきっかけにクザンはある人物と出会う事となる。

今後の物語において、文字通り重大な鍵を握るいわばもう一人の主人公とも言える人物に……。
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