龍の錫杖

朝焼け

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第二章

魔の殺人団地ー1

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周りに見えるのは月明かりに照らされる巨大な団地。
ここはおおやけには誰も住んでいない事になっている。
なぜかといえばおよそ八年前、とある地学的な理由でそこから住民が全員退去してしまったからだ。
しかし建物の窓を見てみるとポツリポツリと明かりが灯る窓がある。
人の蠢く影も見える。
明らかに人が住んでいる。

ここは四方を団地に囲まれた言わば中央広場、あるのは朽ち果てた遊具や雑草にまみれたボロボロの花壇。
きっと昔、ここは子供がはしゃぎ家事と育児に疲れた主婦たちが談笑をする場だったのだろう。
しかし遊具も花壇も、今は月に照らされ不気味な影を伸ばすばかり。

そんな広場の中央には何やら工事の跡が見える。
虎柄のフェンスに囲われたその空間の中央には直径五メートル程の巨大な穴がぽっかりと空いている。
耳を澄ますとその巨大な穴の底から何か、地響きの様な、唸り声の様な、不思議な音が聞こえてくる。

 その音以外はひっそりと静かな中央広場。
そこに足音を立て、息を切らせて走り込んでくる半裸の男女二人組。

「はぁっはぁっ! なんなんだよ! なんなんだよあいつらっ!」
「ひぃぃいっ」

その男女はカップルの様だ。
その格好から察するに野外で事に及んでいたのだろう。
だがその格好に似合わず二人の顔は青ざめ、恐怖にひきつっている。
その二人に続いて三人の男が中央広場に走り込む、その手には農作業に使うような鎌やツルハシ、鉄パイプ等が握られ、血走った目で男女を追いかける。

「追い込んだぞぉっ! いけぇっ!」

その追跡者たちが絶叫する。
すると寂れた花壇から、朽ち果てた遊具の影から、手に凶器を携えた貧相な格好をした老若男女十数名が飛び出して来た。
彼らは穴を中心に円形に陣を組み、カップルを取り囲む。

「う……ひぃぃっ! 俺らがなにしたって言うんだよっ!」

半泣きになりながら男は叫ぶ。

「許して……頼むから……お願いよぉ……うぇぇえん」

女は訳もわからず許しを乞う。
そんな二人を前にしてリーダー格と思われる男が口を開く。

「は……早く……止めねぇと……早く…欲しい……全員……かかれぇっ!」

獣の様に彼らはカップルに飛びかかる。

「ぎゃあっ!」
「いやああぁあっ!」

顔面に情け容赦無く鉄パイプが叩きつけられ男は揉んどりうって昏倒する。
びくびくと痙攣する体に情け容赦なく追撃が加えられ男は瞬く間に虫の息となった。

「いやぁぁっ! 勝吾ぉっ!」

暴徒達は今度は泣き咽ぶ女にぎろりとその血走った目を向ける。
そして何やらぼそぼそと相談を始めた。

「次のに……すか」
「その方が……効率……」
「その間に……次を……」

女はその隙に這いずってその場から逃げ去ろうとする。
だがその脚に思いきり鉄スコップが二撃、両の脚に叩きつけられる。
骨の砕ける鈍い音。

「あぁあぁぁぁっ!」

夜空に響く苦痛の絶叫、しかし暴徒達は気にする風も無く今度は瀕死の男に向き直る。

「やり過ぎたか……?」
「死んでると……短くなる……」
「大丈夫だ……ギリギリ息はある……」
「お前はそっちを持て……」

暴徒達は相談を終えると男を担ぎ上げる。
持ち上げられ、力の抜けた体からはぽたぽたと血が滴り、暴徒達のぼろ切れの様な服を汚す。
だが彼らはそんなことは気にも留めず男を穴の近くまで運ぶ。
そしていそいそと虎柄のフェンスを退かすとその穴の中にまだ息のある男を蹴り落とした。

「あぁ……いやぁ……」

女はまだ目の前で起こっている事を理解できない様子。
唐突に目の前に訪れた理不尽な暴力に混乱しているのだ。
だが暴徒達はそんな女には目もくれず男を落とした穴の中を注視する。
逃げることを封じられた女は咽び泣きながらその様子を見守る事しか出来ない。

「はへぇ……」
「きたぁ……」
「これだよ……これぇ……」

暴徒達は突然膝から崩れ落ち恍惚の表情を浮かべ始める。
そしてガクガクと痙攣、身悶え昏倒する。
中には失禁までしている者もいる。

「いいぃぃっ!」
「うぁああぁんん……」
「ふひっ……ふへへへ………幸せ……」

不気味極まる彼らのその様相と両足の激痛、恋人を失ったショックとパニックに女はたまらず絶叫する。

「なんなのよぉっ! 一体なんなのよぉぉおぉぉおぉっ!」

その絶叫は広場を囲う団地に広く大きく反響する。
しかし窓から除いて何が起こっているのか確認しようとする住民は誰一人居なかった。

 コンクリートが剥き出しの壁、ちらつく蛍光灯、デスクの上にはパソコンとぞんざいに積まれた書類達。
そんな色気も何も無い部屋で二人の男と一人の女が丸テーブルを囲んでいる。

「よしっ、これだ! 今度は俺の勝ちだっ!」

クザンは決意を込めた表情で桜の持つ二枚のトランプから一枚をドローする。

「あぁぁ……なんで解ったのよぉ……」

見事に当たりのカードを引かれた桜はその場にがっくりと崩れ落ちる。

「ふんっ……表情が顔に出すぎだ……はははははっ」

クザンは柄にも無く勝ち誇る。

「クザン、あんたもだよ……」

浮かれるクザンに猛が呆れ顔で横やりを入れる。

「なんだ、勝利の美酒に酔っているのに水を指すな」
「いや、勝ったの俺だろ、あんたらは二十連敗じゃねぇか」

ふんと鼻で笑いクザンは言い返す。

「やれやれ、イカサマをしている癖に勝ったとは片腹痛い」

桜がそれに合わせて声を送る。

「そーよそーよ、卑怯者ぉっ!」

額に血管を浮き立たせ猛は抗議する。

「だ、か、らっ、イカサマなんかしてねぇよっ!」
「ふんっ、その言い分はもはやあり得んぞ猛、ババ抜きで二十連勝、普通の確率では起ころう筈が無い、イカサマをするにしてももっと巧くやるべきだったなっ!」
「そーだそーだ意気地無しぃっ!」
「あり得ねぇのはお前らの感情の顔への出やすさだろっ!? お前らにだったら小学生だって連勝できるぞ!?」

大の大人がするには幼稚すぎる言い争い、この不毛な闘いに詰所への入場者を示す鈴の音と切れのある鋭い声が水を指す。

「よかった、お暇そうね十三班の皆さん?」

入ってきたのは修道女の様な服に身を包んだ四本腕の女性、藤堂真理亜だ。

「あ? 藤堂さん、どうしたんだよこんなとこまで」

確かにBエリアA区画にある藤堂の職場からB区画Bエリアにあるこの詰所迄は中々の距離である。
だが藤堂はその問いに呆れたように言葉を返す。

「貴方達が中々電話に出ないからでしょう? なに? トランプに夢中になって電話の音まで聞こえなかったっての?」

その時、横から野太い男の声が響く。

「悪いな、着拒にした」
「え?」
「着拒にした」

ソファで爆睡していた大男は頭に掛けた新聞紙を取ると寝起きの眼をかったるそうに擦る。

「どういうことよ? ジェラルド」
「だから、労働衛生監理局B区画支所の番号を着信拒否にしたんだよ」
「なに考えてんのよ、呆れるわね、緊急事態の時はどうするつもりだったのかしら?」

天井の染みをぼぉっと見つめながらジェラルドは口を開く。

「その時は街に緊急警報が鳴るからな、そしたらこっちから連絡すれば大丈夫だ」
「そりゃそうだけど……どうしてこんな真似を? 返答によっちゃペナルティ喰らわすわよ?」
「これだ」

ジェラルドは頭にかけてあったいかがわしい新聞の一面を藤堂に見せる。
その見出しにはこうある。

【訪れる者を喰らう魔の殺人団地! ついに調査中の労管職員とハンターも犠牲に!】

「何か……面倒事を押し付けられそうな気がしてな、だがまさか電話が通じないからってここまで来るとは思わなかったぜ」

ニタニタと笑うジェラルドに藤堂は返す。

「嫌いよ、貴方のそういう無駄に鋭いとこ」
「そうか? 俺はこんなとこまで会いに来てくれるお前が好きだぜ?  だから、話だけなら聞いてやるよ」

軽口を叩くジェラルド、頬を膨らます藤堂。
しかしこの時、十三班の面々も藤堂も想像だにしていなかっただろう。
今度の敵は統率の取れた軍隊、行うのは四人対数百人の過酷なデスマッチであることを。
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