龍の錫杖

朝焼け

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第二章

魔の殺人団地ー2

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「じゃあ、話を聞こうか? いや、俺はもう大体わかってるからそこの若者達に聴かせてやってくれや」

ジェラルドはソファからむくりと熊の様に起き上がると手で藤堂にも向かいのソファに座るよう促す。

「……どうも」

すこしばかりおちょくられた気がしないでもない藤堂は憮然とした態度で、しかし促されるままに向かいのソファに腰掛ける。

「そんなにむくれんなよ、ちょっとした出来心だったんだよ」
「あっそう、でもやっぱりこの事は上に報告だけしとくわ」
「わぁるかったって! 代わりに話を聞いてやるって言ってるだろ?」
「まっ……たく……」

反省している様子は皆無、そんなジェラルドの様子に藤堂は文句の言うことを諦め話を本題へと移すため、丸テーブルに群がる暇人達に視線を移す。

「猛、桜ちゃん、青鬼さん、四号団地って知ってるかしら?」

クザンは腕を組んで憮然と言う。

「……俺は知らんな」

猛と桜は思い当たる節があるのか考え込む。

「……何年か前に地盤の事故があって人が住めなくなっちまったんだよな?」
「八年前よ、最終兵器の衝突が原因で地下水脈の流れの変化が起こっていてね、それが遠因でいずれ地盤沈下してしまう事が判明、安全の為に住民が全員退去させられたの、まぁまだ残ってるんだけどね」
「えぇっ!? まだあそこ残ってるの!? 私が中学一年生のころの話じゃない!? あれだけ沈む沈む言ってたのに?」

桜が頓狂な声をあげる。

「そうよ、最初の中央広場の地盤沈下から丸八年、多少の崩落でいくつか小さい穴が開いたらしいけどもほぼ無傷で残ってるわ、調査した地質学者は面目丸潰れだったらしいわよ」
「大騒ぎだったよなぁ、一日でも早く退去しないとどうなるかわからないってんで突貫で行き場の無い住民の避難所まで作ってよ、そういや俺そのバイトやったなぁ……」

しみじみと猛は語る。

「そこが今、どうなってるか、皆さんご存知?」
「知らねぇなぁ……」

桜と猛が興味深げに答えを当てようとする。

「わかった、お化けが出るとか?」
「ヤクザの薬の取引場所になってんじゃねぇか?」

藤堂は首を降る。

「それも多少はあるわ、でもそれはそれとして、あの場所はある人間達の聖域になってるの、それは……」
「強制退都者だ」

溜めて言おうとしていた藤堂に割り込み、ジェラルドが口を挟む。

「落ちを持ってかないでよ」
「良いじゃねぇか、俺にも喋らせてくれよ」

いつもわがままなジェラルドに藤堂はうんざりした表情だ。

「強制退都者?」

クザンは訝しげに聞き直す。

「まぁ要するに重い犯罪を犯したり、税金の悪質な滞納だったりで龍の錫杖を追放された奴等だな、ここ一、二年は働けなくなった傷病者や障がい者も該当するな」
「犯罪者はともかく傷病者や障がい者まで!?」
「あぁ、表向きは犯罪を犯した事にしてコストのかかる人間は都市の外に追い出してんだよ、腐ってんだろ?」
「なぜそんな……」
「それもこれも新市長、一白剛健の都市強化拡大計画の一環らしいぜ? 勿論そんなの反対する奴等も多いんだが、何分、初代都市長が有能かつ聖人すぎてな……都市長を退任させるルールがほぼ形骸化しちまって要を成して無ぇのよ、そこを突いて奴はやりたい放題って訳だ」
「…………許せんな……」
「……まぁ、それはそれでだ、追い出された奴は都市の外で生きていかざるをえない訳だが一つだけ例外となるエリアがある」
「それが……四号団地か?」
「そう、そこに逃げ込まれると警察官を初め公務員は手出し出来なくなっちまうわけよ」
「何故だ?」
「クザン、お前明日明後日に崩落するだろうと言われてる場所に部下を送り込めるか? それも裁判が済んで捕まえてもメリットがない奴等を捕らえるためによ?」
「普通の神経ではしないだろうな」
「そう言う事よ、そうやってズルズルズルズル、四号団地に逃げ込んだ人間を放置するうちにあそこにはついに一つのコミュニティが出来ちまった」
「……しかしどうやって生き延びているんだ……」
「すげぇよな、奴等、畑を作ったり地下水脈の魚を捉えたり、都市内に居る縁故者の協力を得たりで何とか生活してるらしい」
「……そんな生活をするくらいなら都市外の方がまだ楽なんじゃあ無いのか?」
「わかんねぇか? 都市の外には無くて都市内では湯水以上に潤沢に使えるものが有るだろう?」
「…………電気か」

ジェラルドは正解っ! と言わんばかりに膝を打った後クザンを指差す。

「そう言うことさ、奴等都市から電気をこっそり引いてんだ、だがこの都市にはお前が生きてた時代みたく電気代なんて概念は無い、ほぼ無限に有るからな、誰も気にはしねぇのよ」
「使えん危険な土地と建物、不必要の烙印を押された人々、湯水以上にある電気、どれもこれも都市の行政を動かす程の……言わば経済的な価値は無いわけだ」
「ああ、捨てられた土地に細々と無害に生きてる訳だからな、都市の人間もそこを負け組の受け皿として緩やかに許容し昨今迄の四号団地が有ったわけだ」
「……成程、やりきれん話だな……」
桜が落ち込んだ様子で口を開く。
「そんな事になってたなんて……私、そんな人たちが居るの知らなかった……」
猛も消沈した様子だ。
「同じ都市内の人間なのに……俺は人を救う仕事をしていたつもりだったが……井の中の蛙だったみたいだ、俺は無知だな……」
いつになくジェラルドは神妙な面持ちだ。
「ま、お前らが落ち込むことじゃねぇ、お前らはいっつも人のために頑張ってるしそれを誇りに思え、だがこういう奴等も居るって言うのを心の隅っこに止めときな」
三人はコクりと頷く。

「あぁっ!」
「えぇっ!」
「おぅっ!」
「解ったみたいだな、いい顔だ、よぉし! 今日は解散だ!」
「ちょっと待てっ!!」

藤堂が怒りの雄叫びを上げて帰ろうとする四人を引き留める。

「なんだよ、切りの良い所だったのに、空気の読めねぇ女だな」

ジェラルドが不満げに藤堂をなじる。

「いや、違うでしょ!? その四号団地が何で今、魔の殺人団地って呼ばれてるかの話に繋げなさいよ!?」

藤堂の気勢のある声を桜がやたら悲しげな声で遮る。

「藤堂さん……いくら追い出された人達だからってその言い方はよくないよ?」
「そうだぞ、人には何故そうなってしまったか、それぞれに理由と歴史がある、それを理解しようとせずに殺人鬼呼ばわりなんて良くないな」
「全くだぜ」
「なにっ!? この空気!? 悪いのは私なの!?」

謎の劣勢に藤堂は何故か焦る。
ジェラルドは笑いを堪えながら三人に指示を出す。

「おい皆、あと人押しだ! このまま気圧し切れば面倒事を回避できそうだぞ!」
「あぁっ!」
「えぇっ!」
「おぅっ!」
「無駄に良い返事ねっ!?」

この後、暫くつまらない小競り合いを繰り返した後、藤堂は四本の腕でジェラルドを思いきり小突き、本題に話を切り替える。
その話は若干、ふざけ気味であった三人の気を引き締めるのに十分な、不気味で奇妙な事件の内容であった。
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