不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく

桜乃マヒロ

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過去編

恥の上塗り

 産まれた時から一緒なのだから当たり前だけれど、お風呂の一件を始め、姉さんの恥ずかしいエピソードと言えばこれ以外にもいろいろ細々としたものがある。

 例えば、ある日飛鳥さんを含め三人で出掛けた時には姉さんがはしゃぎすぎて漫画みたいなズッコケ方をしたし、僕が一人で下校していると、一足先に中学生になっていた姉さんが人気のない道路で野良猫相手に語尾に「にゃ」とつけて会話を試みているところを目撃してしまったこともあったし、僕に目撃されたことに気付いて慌てて言い訳をしようとして思いっきり舌を噛んだりもしてた。
 あと、飛鳥さんを「お母さん」と呼んでしまったこともあったっけ。一見するとありがちで大したことないミスに思えるけど、残念なことに間違えた相手は飛鳥さんだったので、小さな火種をそれはもう盛大に煽って姉さんを赤面+涙目状態にまで追い込んだ。

 あと、外せないのは高校一年生の時の文化祭。
 霧華と邂逅して、僕の胸で泣いてしまったあの日のこと。
 僕からすれば別にアレを恥ずかしいこととは思わないけれど、弟の前で大泣きしたあの日のことは姉さん的には『忘れたいくらい』恥ずかしい出来事だったらしい。
 まぁ、泣きすぎて顔がクラスに出せる状態じゃなくなり、やむなく早退したくらいだし仕方ないのかもしれない。

 ……お風呂の話から急に関係のない話に移ってしまったかな。
 いや、元々は姉さんに生じた羞恥心の話をしてたからそうでもないのか。
 どうあれ、今回こういった話をしたのにはちょっとした訳がある。
 実はこの話の数々には、姉さんの恥ずかしい話というテーマとは別に、とある共通点が存在している。

 ……それぞれの事件が起きて後日、姉さんに確認してみたところ。
 姉さんは、今僕が上げた体験に関した記憶をものの見事にきれいさっぱり忘れ去っていた。
「そんなことあったっけ?」って、まるでこっちがおかしいこと言ってるみたいな表情で。

 例えば、はしゃいで転けた件は、翌日怪我の具合を訊ねると「転けてない」と言い張り、自分の体の擦り傷を目にして目を点にしていた。
 また猫と会話していた件も数日後に話題に上げたときにはすっかり忘れてて、僕がこっそりスマホで撮影していた映像を見て、初々しい赤面を見せた。最初に僕に見られてることに気付いたときとほとんど同じような取り乱し方をして、舌を嚙み、精神的にも肉体的にも二度ダメージを受けてるみたいだった。
 飛鳥さんをお母さんと呼んだのだって、後日飛鳥さんがそれを引き合いに出してからかうと「何の話?」と心から不思議そうなリアクションを返されて変な空気になったし。

 それからお風呂のことだって、あれだけ怒られて、しかも恥を掻かせてしまって、顔を合わせるのが気まずいなと思っていたら、その日の晩にはケロッとした表情をして夕食を食べに顔を出した。なにかおかしいと思いつつひとまず頭を下げても、何を謝られているのかわからないといった感じに戸惑われてしまって。

 ……姉さんは、物覚えは悪い方じゃなくて、むしろ人と比べれば良すぎるくらいのはずなのに。
 それでも、時折虫食いみたいに特定のポイントだけうっかりと忘れてしまう。

 ──そう、霧華のことを忘れていたみたいに。

 ……勘違いしないで欲しい。なにも別に、僕は怖い話をしようっていうんじゃないんだよ?
 ただ、姉さんの特異的な個性の一つを、話しておきたかったんだ。

『姉さんは、自分が強く、心から忘れたいと思った記憶を忘れることがある』

 これはきっと、間違ってない。
 僕も飛鳥さんも共通してその通りだと認識している。
 恥ずかしがる以外にも、他にも姉さんが忘れたいと強く願うような感情の起伏があれば、翌日には願いの通り忘れることがあるみたいだ……恐らくは、眠りについている間に。
 流石に細かく調整して記憶を失えるわけでもないらしく、心の底から忘れたいと思う原因を前後して抜け落ちるように忘れるらしいので、霧華もそれに巻き込まれる形で忘れられてしまったらしい。
 ただ、恥ずかしいことや嫌なことだからと言って全部が全部忘れるわけじゃないし、どういう条件で発生する症状なのかは全然わかってない。 

 そして、もう一つ。
 僕が気になっているのはむしろこっちの方なんだけど……。
 こちらはただの懸念というか、一つの仮説にすぎないけれど。

『姉さんは忘れた記憶を、必要に迫られた時に取り戻すことができる』としたら?

 忘れていた記憶が後日掘り返されるような事態に直面して、どうしても思い出さないといけなくなった場合……そう、それだってまさに『霧華のことを思い出した』あの時と同じ。
 あの時は、記憶にない後輩を前にして、記憶を遡ったり周囲の人に話を聞いたり、必死になってようやく霧華の記憶を取り戻すことができた。

 ──母さんが目を覚ましそうになった時、姉さんは酷く焦って、僕と母さんが接触しないよう、普段の様子からは考えられないような強硬策をいくつもとった。

 ……もし、僕の考えが当たっていたのなら、その奇怪な行動に辻褄の合う理由を用意できるんじゃないか?

 前提として、僕と姉さんの過去は、忘れたいと願ってもおかしくない程に辛く暗い出来事もあった。
 そんな中、願った通りに姉さんが一部の記憶を失っていたら?
 失った記憶の中に姉さんしか知らなかった重大な秘密があったとしたら?
 姉さんが母さんの話を飛鳥さんから聞いて、まるで天啓を受けたかのように重大な記憶を取り戻し、焦ってあのような無茶を働いていたとしたら?

 全ては推測……とも呼べないようなごく小さな懸念だ。
 そもそもの話、姉さんが記憶を取り戻したのは霧華の時だけで、それだって一日がかりで悩み続けてようやく少しずつ取り戻していったのだ。
 それなのに母さんの時だけパッと閃くというのも都合が良すぎるように思う。
 姉さんの生態がいくら常人のソレと比べて摩訶不思議なものだとしても、暴論だ。

 ……ただ、それでも。
 姉さんなら、もしかして、なんて。
 そう思わずにはいられないことを、今だけはほんの少し辛く思ってしまった。
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