不器用な姉弟は傷を舐め合う、舐め合う舌はちょっとざらつく

桜乃マヒロ

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旅行と祭りと壮行会と

信じられない悪循環

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 元々、姉さんと僕は母親似だった。
 目元とか、鼻の高さとか、輪郭とか、色々と。
 僕は男だったから似てると言っても面影程度のものだったけど、女性だった姉さんの方は誰でも一目見れば親子だと分かる程度には特徴が一緒だった。まあ、とは言え父親から受け継いだ部分も少しはあったので瓜二つという訳ではないんだけど。

 でも、これまではそんな姉さんと母が重なるなんてこと一度だってなくて、生まれた時からずっと一緒で目に焼き付いた姉さんの顔なんだから、僕には全くの別物に見えるくらいで。
 しわの有無とか、表情の歪み方の違いとか、そのレベルの些細な差であっても僕にははっきりと違いが分かるし、例えそうじゃなくても元々判別が付かないほどそっくりってわけじゃないので誰だって重なって見えるようなことは無かったと思う。
 ……それに今は、火傷の痕があるし。

 だから、僕が姉さんと母を重ねて見てしまうのは、顔が似てること自体はそこまで大きな要因ではなくて、きっと、僕の不安が一定のラインを越えてしまったからなんだと思う。

 不安。姉さんに嫌われてしまうという不安。
 過去の記憶からもたらされるその強烈な感情は、例えその過去がイレギュラーな状況によって起きた二度目なんてまずありえないシチュエーションだと、顔が似ているだけで同じだなんて馬鹿げていると、そう分かっていても解決しない深刻なトラウマ。
 それは僕の胸に刻まれた傷痕はぽっかりと空いたままの穴として今もなお僕の心に残り続けていて。

 役に立てない無力感。
 マイナスを取り戻せない焦燥感。
 不安を胸に秘めたままそれが晴れない憂鬱感。
 今日だって姉さんと美咲さんに仕事を任せたまま先に帰ってしまった。

 傷跡の周辺が音を立ててボロボロと崩れていっている。
 心の穴が刻一刻と広がっていくその音は本当に聞こえてきそうなほどにリアルで。

 そして、嫌われるという不安はやがて虚ろな実態を伴い始める。
 『嫌われる』かもではなく、『嫌われている』かもに。

 『被害妄想だ』
 そんな風に訴える僕の理性は、もはや自分の心の中ですら声を上げることも出来ないほどに弱り果ててしまっていた。

 もし僕が姉さんに『嫌われてしまった』としたら、それが事実か誤りかは今はどうでもいい。
 もし、そんな事態に僕が追い込まれたのなら。

 ——僕は、全てを投げ打ってでも取り返す。信頼を。親愛を。僕は、もう、姉さんにまで嫌われたら、なんて……。

 恐れが極限まで行くと、却って頭は冷静になる。
 そういう便利な機能が僕にあるわけじゃない、悟ったのだ。
 僕はもうとことん切り替えて姉さんの信用を取り返すしかないのだと。

「あはは、ごめんね。なんか力抜けちゃった」
「……大丈夫なの?」

 落としてしまった箸を身軽な動きで拾い上げた僕はいつもと変わらない自然な笑みを浮かべて姉さんと目を合わせる。
 未だに脳裏に母がチラつくけど、それで表情はピクリとも動かない。
 大丈夫だ、大丈夫。
 くっきりと写って見えたさっきよりはまだマシだ。

「大丈夫だよ! それに僕のご飯もさっき温めたばっかだしそんなすぐに冷めたりしないからさ! だからすぐに温めてそっち持っていくから、待ってていいよ」
「でも……」
「姉さん、こんな遅くまで仕事してたんでしょ? 疲れてるだろうから、これくらいは……ね?」
「……そっか、なら、お言葉に甘えちゃおうかな」
「うん」

 なんだ、思ったより全然問題ないじゃないか。
 嫌われてないのかもしれない。
 一年前と違って、避けられてるわけでもないんだから。
 いや、あの時ですら嫌われてたわけじゃなかったし。
 大丈夫だ、大丈夫……。
 ……そうだよね。ねえ、姉さん?

 その後の食事は、幸いにしていつも通りだった。
 姉さんはご飯をおいしそうに食べてくれたし、いつものように僕を褒めてくれた。
 安心したし、落ち着いた。
 僕はいつもどおりだと感じるたびに自分に『大丈夫』と囁き続けながら、すっかり冷めきったご飯を口に運び続けた。



 ——…………。

 しかし、やはり一度大きくなったしこりはなかなか消えることは無く。
 それも今日の生徒会の仕事で、もう誤魔化しきれないほどに大きくなってしまう。

 今日の仕事は昨日と同じでまた二人と二人に分かれて行い、昨日と違うの仕事内容と、今度僕と組むことになったのは美咲さんだったという点だけ。……ただし、明らかに今日の仕事に関しては、僕と姉さんで組むのが一番適した組み分けだったのにもかかわらず、だ。

 その仕事自体は何の変哲もない事務仕事だったんだけど、昨日と違って二人での連携が大事になる内容だった。昨日の留守番組は会長と会計で仕事はほとんど別々だったらしいけど、今日のはそうでもない。それならようやく僕が直接姉さんの力になれるチャンスだと希望を見出していた。この中で一番姉さんと息を合わせられるのは僕だという自信があったから。
 けど、姉さんのペアに選ばれたのはこの中で一番付き合いの短い霧華で、僕は昨日と同じで外回りに回された。
 今度は、役職など関係のない判断だった、純粋に姉さんの裁量で一番仕事が捗るだろうという考えのもと判断するだけ。 
 なのに僕は外されてしまった。

 そこに、今の僕は意味を見出してしまう。
 普段なら多少違和感に感じる程度のそれが、今の僕には無視できない疑念へと昇華する。

 思えば、最近姉さんと一緒に何かした記憶がない。
 休日登校の時もやけにすんなり僕達に仕事を任せて帰ってしまった。軽い違和感でしかなかったけど、今はそれすら……。

 疑心暗鬼とは悪循環の止まらない状況を指すのだと強く思い知らされる。
 あれもこれもと、疑い出すと止まらなくなって、その度に僕は疎まれてるんじゃないかとか、必要なくなったんじゃないかなんて、そんな不安が大きくなっていく。
 自分でも、なんでこんな強く疑ってしまうのか分からない。
 信じたいのに、なんでこんなに疑わずにいられないのか?

 あの時から、姉さんの顔を見るだけで母の顔が脳裏にチラつき、不安が大きくなるにつれてその影も濃くなっていく。

 普段は姉さんに頼られるだけでこんな不安何とかなっていたのに、また抱きしめてもらえれば全て吹き飛んでいくのだろうか。

 この状況で、一つだけ幸いなことがあったするならそれは美咲さんと一緒になったことだけで、それは昨日一社だった霧華がどうこうとか、美咲さんが特別どうこうという訳ではなく、一年前に姉さんが僕を避けた時に解決してくれたのは美咲さんだったから。

 今回ももしかしたら、なんて、そんな淡い期待に縋らずには居られなかったのだ。
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