最恐魔女の姉に溺愛されている追放令嬢はどん底から成り上がる

ガイオとエレナのその後

　エレナが意識を取り戻したのは、意識を失ってから三日後の事だった。エレナは死者蘇生という、とんでもない魔法を使った記憶をいっさい失っていた。

　エレナを診察したタップの話しでは、父親の死んだ場面を目撃したショックではないかと言っていた。

　最愛の父親が目の前で死んでしまう。これほど恐ろしい記憶もないだろう。プリシラは、エレナの記憶が無くなった事は良かったのではないかと思った。

　プリシラの養父母であるパルヴィス公爵夫妻は、エレナとガイオをとても気に入ってくれた。このまま、この屋敷にとどまるように提案してくれた。

　ガイオとエレナは喜んでそれを受け入れた。ガイオは人並外れた腕力の魔法が使えるため、屋敷の下男兼用心棒になった。

　エレナはメイド兼歌い手だ。エレナの美しい歌声を、パルヴィス公爵夫妻はとても気に入っている。

　プリシラの告発により、スキーラ子爵の悪事が明るみになった。スキーラ子爵は、ガイオエレナ親子を監禁したように、裏で人身売買などもやっていたようだ。

　スキーラ子爵は騎士団に拘束され、投獄される事となった。これから長きにわたる裁判が行われる事になるだろう。

　父であるパルヴィス公爵は、スキーラ子爵の今後を、吐き捨てるように言っていた。爵位を剥奪され、一生牢獄暮らしだろうと。

　プリシラはタップと共に、仕事の休みにパルヴィス公爵家に戻って来た。タップの背中から公爵家の屋敷を見ると、一人のメイドがたくさんの洗濯物を入れたかごを持って、屋敷の裏手を歩いていた。プリシラが目を凝らすと、それはエレナだった。プリシラは嬉しくなって大声で叫んだ。

「エレナ！」

　エレナはビクリと身体を震わせてから、辺りをキョロキョロさせた。タップに乗ったプリシラはエレナの前に着地する。

「ただいま！エレナ！」
「プッ、プリシラお嬢さま！お帰りなさいませ」

　エレナのかしこまった言葉に、プリシラは顔をくもらせて言った。

「エレナ、私たちは友達よ？敬語なんて無用だわ？」
「そんなわけにはまいりません！」

　かたくななエレナに、小さくなったタップを抱っこしたプリシラがぼやいていると、プリシラたちに声をかける者がいた。

「おおい、エレナ。んっ？何だプリシラとタップもいるじゃねぇか！」

　プリシラたちが声の方に振り返ると、大木を肩にしょったガイオだった。

「お父さん！」
「ガイオさん。ただいま帰りました」

　エレナは洗濯物のかごを持ったまま、父に駆け寄って言った。

「お父さん！だめよ、プリシラお嬢さまにそんな言葉使い」
「んっ？別にいいじゃないか。プリシラはエレナの友達だろ？それに、プリシラはお嬢さまってがらじゃねぇよ」
「もう！お父さんたら！プリシラお嬢さまは貴族さまなのよ！」

　エレナとガイオのやり取りが面白くてプリシラはケラケラ笑いながら言った。

「ガイオさんの言う通りよ？エレナ。貴族だから偉いんじゃないの。立派な貴族だから尊敬されるのよ？」

　エレナはプリシラの言葉をキョトンとした表情で聞いている。ガイオは大木をかついだまま、エレナの肩に手をおいて言った。

「エレナ。貴族が皆偉いっていったら、スキーラのクズ野郎も偉くなっちまう。立派な貴族っていうのはな、パルヴィス公爵さまのような方を言うんだ」
「ええ、パルヴィス公爵さまも奥さまもご立派だわ。だったら養女であるプリシラさまも立派な貴族でしょ？」
「ううん。プリシラはまだ半人前だな」
「お父さん！」

　エレナはプリシラのために怒ってくれようとしているが、まったくその通りだ。今回の事は、プリシラの判断ミスでガイオは一度死んでしまっている。プリシラがもっと冷静な判断ができていれば、エレナが記憶を無くすほど怖い思いをしなくて済んだはずた。

　プリシラはエレナの洗濯物のかごの反対側を持ちながらエレナに言った。

「ええ、ガイオさんの言う通り。私はまだまだひよっこなの。だからこれからもっと勉強して、平民のために働ける貴族になるわ」
「平民のため？」
「そうよ。貴族っていうのはね、平民の人たちが幸せに暮らしていけるようにするためにいるの。私は弟のトビーと約束したの。平民の気持ちがわかる貴族になるって」
「お嬢、プリシラはトビーの本当のお姉さんなの？」

　エレナは、プリシラとトビーがあまり似ていない事を言っているのだろう。

「ええ。血はつながっていないけど、心がつながっている。私の大切な弟よ？ねぇ、エレナ。私はこれから、エレナやガイオさんのような人たちが幸せに暮らしていける世の中を作りたいの。協力してくれる？」

　驚いていたエレナのほっぺたがピンク色になり、大きくうなずいてくれた。