えっ!?俺が勇者?断固拒否します!

marry

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第7話 想い人

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 あの人のことを考えながら、ふと、中庭の渡り廊下で夜空を見上げたとき、まさにその声は、私の名前を呼んだ。

「エルナ」

「銀河さま!?」

 中庭の向こうから、彼はニコリと優しい笑顔を向けてきた。

 私は咄嗟に、お香が入った小瓶をポケットへ忍ばせる。

「キミも散歩かい?」

「は、はい……
 なんだか寝つけなくて……
 銀河さまもですか?」

「ああ、そんな日もあるよね。
 俺もなんだ。
 それと、前にも言ったけど、さまは要らないから。
 いや、むしろ、俺たちだけのときは呼び捨てにしてくれる方が嬉しいよ。
 少し一緒に話をしない?
 ……て言っても、ここじゃ寒いよね。
 屋敷に入ろうか」

「そ、そうですね
 銀……河……」

 なんだか照れくさい。

 私は踵を返し、屋敷に戻る彼の後を小走りで追いかけた。

 不思議と胸が高鳴り、自然に笑みが溢れているのがわかる。

 彼は屋敷の扉を開けて、私を待ってくれていた。

 私がエントランスに入ると、彼は静かに扉を閉めた。

 普段から上り慣れている階段は、彼にエスコートされているだけで、なんだか楽しげな音が聞こえてくるみたいだ。

 私は、まるでステップを踏むように、軽い足取りで階段を上る。

 彼がいるだけでモノクロだった日常の景色に、捨て去ったはずの色たちが蘇る。

 彼の部屋の前に到着すると……

「どうぞ、お嬢さん」

 優しい笑顔で私を招き入れてくれた。

 普段からお掃除や身の回りのお世話のため、この部屋へは何度も出入りしているが、夜に訪れるのは一緒にベッドで眠ったあの日以来だ。

 鼓動は早鐘を打ち、熱っぽい。

 風邪なんてひいてないはずなのに。

「少しぐらいは飲めるのかな?」

 彼はサイドテーブルにあるシャンパンを手に取った。

 コクリと私は頷いた。

 トクトクトク……シュワシュワ

「じゃあ、あらためて……
 俺とエルナの出会いに乾杯」

 キーンッ

 私たちはシャンパングラスを重ねた。

「ゴクゴクゴク……プハーッ!」

 彼は美味しそうに、シャンパンを一気に飲み干した。

 私も一口飲み、テーブルに置く。

 シャンパングラスには小さな気泡が現れては消え、また現れては消えを繰り返す。

 ダメ……

 もう少しで取り返しのつかない夢に溺れるところだった。

 希望なんて持っちゃいけない。

 このシャンパンの泡と同じように、小さな希望なんて、儚く消えてしまうんだ。

 私は囚われの皇女……

 ゲナハとディスダナのいやらしい笑みが頭をよぎる。

 一瞬で世界はモノクロに戻った。

 私は俯きポケットの小瓶を握り締めた。

「あっ」

 カランコロンッ

 強く握り締めた小瓶はポケットから飛び出し、蓋が開いた状態で転がってしまった。

 足元に転がっている小瓶を彼は拾い上げた。

「いけません!」

 私は急いで小瓶を奪い取り、蓋をした。

「ごめん。
 勝手に触っちゃって」

「……」

 私は俯いたまま、何も言えなかった。

「大切なものだったのかな?」

 私は左右に首を振るだけで精一杯だった。

「うっ……うぅ……」

 何を言っていいかわからず、ただ涙だけが溢れてくる。

「あわわわわ。
 エルナ、泣かないで」

 彼はこの状況に慌てふためいていた。

「違うの……
 違うの……
 悪いのは私。
 あなたは悪くない」

 小瓶のお香を焚けば、彼は自分の意志と裏腹に、この国の勇者になる。

 それが、獣人族の国ミスト=ファンタスの第一皇女としての責務。

 そこに私の感情はいらない。

 一人の異世界人の心よりも、我が民たちの命。

 その選択が正解だ。

 わかっているはずなのに……

「エルナ?」

「う~っ……うぅ~……
 どうしたらいいの」

 私はすがる思いで彼に抱きついてしまう。

 彼はなにも聞こうとはせず、ただ私を強く抱きしめてくれた。

「えっぐ……えっぐ……」

 私は彼の胸で泣き続けた。

 しばらく泣くと、少し気持ちが落ち着いてきた。

 急に恥ずかしくなり、私は急いで彼から離れようとした。

「ありがとうございます。
 少し夜風に当たります」

 コクリと彼は頷いたが、次の瞬間、サッと私の手を掴んだ。

「えっ?」

 私は驚きはしたが、彼の手を離しはしなかった。

 私たちはその手をお互いギュッと握りしめたまま、バルコニーに出た。

 私は大きく深呼吸し、空を見上げた。

 そこに二つの月はなかった。

 私の心同様、大きな雲が光を覆い隠していたのだ……

 ……お香のことは正直に打ち明けないと。

 私たちのために彼が犠牲になって良い道理なんてない。

「銀河。
 正直に言います」

「ちょっと待って、エルナ」

 彼は私の言葉を遮った。

「それを俺に言って、キミは大丈夫なの?
 セレスは?
 レグルスは?」

「……」

「だろ?
 なにか命令されてたんだろ?
 さしずめ、俺を自由に操るための魔法薬ってところかな?」

「……」

「ハハハ……
 図星みたいだね」

「ひょっとして、全部わかってたんですか?」

 そのセリフは、彼の推察を肯定することになるが、今さらである。

 それよりも私は彼の真意を確かめたかった。

「全部が全部じゃないけどね。
 寝つけなくて中庭を散歩しようとしていたのは偶然さ。
 渡り廊下の方に目を向けたら、キミを見つけたんだ。
 声をかけようとしたら、少し様子がおかしかったから、悪いとは思ったけど、しばらく眺めてたんだ」

「あっ、見られてたんですね……」

 彼は目を閉じて頷いた。

「何かをポケットにしまって、トボトボと歩き出して……」

「……」

 そうか、小瓶を……

「そのあと、急に笑いだしたからびっくりしたよ」

 うわぁ~、彼のことを考えてたときだ……

 恥ずかしさのあまり、思わず私は俯き赤面する。

「隠れるのもおかしなことだなと思って、声をかけたってわけさ」

 そこからしばらく沈黙が流れる。

 ヒュー

 ザワザワ ザワザワ

 少し強い風が吹き、木々が大きく枝をバタつかせた。

「少し寒くなってきたね。
 中に入ろう」

 彼は私に自分の上着をかけ、そっと肩を抱き寄せてくれた。

 バルコニーの扉を閉め、私たちは再びサイドテーブルに腰掛けた。

 ここまできたら全部包み隠さず話そう。

 彼に嘘はつけない。

 そして、自分の気持ちにも……

 私は意を決して、全てを彼に話すことにした。

「全部話します!」

「無理しなくていいんだよ」

 彼は軽く首を左右に振る。

「いえ、話させてください」

 私は真っすぐ彼の目を見た。

「……わかったよ」

 彼は私の視線から目をそらすことなく、姿勢を正した。

「最初に私の素性からお話いたします。
 私は、獣人族の国ミスト=ファンタスの第一皇女、エルナ・レム・ファンタスです」

「そうか」

 彼は驚きもせず、ただ一言、返事を返すだけだった。

「驚かないのですか?」

「むしろ、そうじゃないって方が驚くよ。
 普段のキミの立ち居振る舞いや、自分の感情を押し殺して、何かを守ろうとして、悩んでいる姿を見ていたらね。
 たまに見せる、セレスやレグルスとのやりとりが、本当のキミなんだよね」

 話す覚悟を決めて良かった。

 この人はちゃんと私たちを見てくれている。

 ゲナハやディスダナが、この先も約束を守るとは限らない。

 ならば彼に全てを話すしか道はない。

 彼を利用することになるのかもしれない。

 だけど……だけど……

「俺は……
 この国の勇者にはならないと言った。
 でも……
 キミの勇者にならないとは言ってない」

 彼は、ニヤリとイタズラっぽく、少年のような笑いを私に向けた。

「銀河!」

「さあ、全部話をしてよ。
 俺には勇者の力があるんだろう?」

 私はコクリと頷いた。

「ゲナハはもともと、違法な奴隷商人でした。
 金の力で貴族の地位を買い、こともあろうか、前王を毒殺したのち、王統図を書き換え、自分の名前を加えたのです。
 王位継承者は次々に粛清され、気がついたときにはゲナハがこの国の王となっていたのです」

「絵に描いたような悪者だな」

「そして、この国には認められていなかった奴隷制度を作り、同盟国である我がミスト=ファンタスに攻め入ったのです。
 それに怒った魔族の国フィジェ=ノアール帝国と、このヴァル=ギルティア王国の間に、今まさに戦が始まろうとしているのです」

 彼を戦いの道具なんかにしたくはない。

「そして、ゲナハによって、何万ものキミの国の民が人質になっているというわけなんだね。
 よく話をしてくれた」

「今まで黙ってて申し訳ありません」

「それは仕方ないさ。
 むしろ、よく堪えていたね」

「ごめんなさい……
 ごめんなさい……」

「自分を責めなくてもいいんだよ。
 辛かったね」

「うえ~ん」

 私は子供のような鳴き声を上げてしまう。

 彼はそんな私を優しく抱きしめてくれる。

「感情を捨てたなんて嘘です。
 叫びたかった。
 泣きたかった」

「うん、うん」

 彼は優しく私の髪を撫でてくれた。

「ずっと、自分を騙し続けることができると思ってた。
 あなたと出会うまでは……
 でも、もう嘘はつけないの!
 好きなの!
 あなたのことが大好きなの!」

 私は彼を見上げた。

 視線が交差し、瞳を閉じる。

 私が少し背伸びすると、彼の息遣いを目と鼻の先で感じる。

 私たちの唇はゆっくりと重なり合った。

 いつしか二つの月は雲を追い払い、くっきりと夜空に姿を見せている。

 バルコニーの大きな窓から差し込む月明かりは、私たちの一秒を、ゆっくりと進めていた。
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