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恋と真実
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「少し落ち着いたか?」
桜の木の下にあるベンチに二人で掛けて、サクラが優しく尋ねてくる。柔らかな低音の声色が心地良い。頷く僕に安心した表情を見せ、そっと触れてくる手に涙で濡れた頬を拭われた。猫の時は、どんなに近くにいても平気だったのに、今のサクラを前にするとなんだか落ち着かない。
「本当に貴方は、僕が助けたサクラなんだよね?」
「ああ。この桜の木の下で動けなくなってた黒猫だ。この姿だと信じられないよな……」
寂しそうに言って目を伏せてしまったサクラに、僕は慌てて顔の前で手を振る。
「違うんだ。まさかこんな形で再会するなんて思ってもみなかったから。もちろんびっくりしたけど、僕にはちゃんと分かるよ」
サクラが人の姿で現れたことに僕は心底驚いたが、それよりも再会の喜びの方が勝っていた。琥珀色の瞳に、手の傷跡、約束、そして自分の心が導かれる何か。僕にとってはその全てがサクラに繋がるもので、信じるには十分だった。
「会いに行くって奏汰に約束したからな」
僕を見つめるサクラの瞳は真剣そのものだ。僕は見つめ返して、気になっていたことを聞いてみた。
「そのことだけど……僕が見た夢のはずなのに、なぜサクラが知ってるの?」
「それは、俺が奏汰の夢の中に行ったからだ。そして、その夢の中で俺たちは約束した」
聞けば聞くほど、不思議な話だと思った。だがサクラは、平然と答えてくれる。
「夢の中に来た? それってどういうことか教えてくれる?」
「あぁ、もちろんだ。俺もまずはそこから、話をしなければいけないと思っていたからな」
にっと口角を引き上げて、改まったように僕の方に向き直ったサクラは「少し長くなるけど」と言って事の顛末を話し始めた。
「俺はあの冬の日、怪我をして動けなくなっていた。何日も食べることもできなくて絶望しかけていた時、奏汰に助けられたんだ」
「その時の事、よく覚えてるよ。だからあんなに瘦せてたんだね」
「あぁそうだ。奏汰には情けない姿を見せてしまった。だが俺を見つけてくれて感謝している。病院に連れて行かれた時は、何をされるのか内心ビクビクしたがな。まぁ大したことは無かったが、朝早くに奏汰が来てくれて、俺は見捨てられたんじゃなかったんだと安心したよ」
自嘲気味に言うサクラに、僕は食って掛かるように言葉を被せた。
「当たり前だよ! 見捨てたりするわけないじゃないか。あの時僕は一晩、心配であまり眠れなかったんだからね!」
僕の突然の食いつきぶりに、サクラその切れ長の目を驚いたように見開く。
「すまん」
そう短く言ってから、背中に回されたサクラの手がポンッとなだめるように肩に触れる。
「それから奏汰の家で一緒に過ごした時間は、俺がそれまで過ごしてきた時間のなかで、いちばん幸せだった。宿題の邪魔をするのも楽しかったしな」
ふわりとサクラが微笑む。
「あれは、やっぱり邪魔してたの?」
教科書や本を開くと、必ず上に乗ってきていたサクラの姿を思い出して可笑しくなる。
「まぁな。もっと俺にかまって欲しくてアピールしていたんだ」
僕がクスクスと小さく笑っていると、伸びてきた手に頬にかかっていた髪を指で掬われた。逞しい腕の、その先にある琥珀色の瞳が切なげに揺れているのが見えて、僕は笑うのを止めてその瞳を見つめた。
「奏汰は俺の瞳や毛並みを綺麗だと言ってよく褒めてくれてただろう? だけど、俺からすれば奏汰の方がよほど綺麗だといつも思っていたんだ。優しく俺に向けてくれる黒目がちな瞳、長い睫毛に白い肌、そして血色の良い頬に唇。俺を大切にしてくれたその心まで全部綺麗で、いつの間にか奏汰に落ちていた。恋をしてしまっていたんだ。猫の俺が、人間のおまえに」
「サクラが……僕に、恋?」
突然の告白に頬が熱くなるのを感じて、思わず聞き返してしまった。はにかむように笑ってサクラが頷く。
「だけど、その恋を自覚した時には俺はもう、猫としての生を終えなければいけない時が来ていたんだ。寿命ってやつだな。だから奏汰の傍を離れた。奏汰は優しいから……、好きな人に悲しい思いをさせたくなかったんだ」
「そんな……っ、僕のためだったなんて」
あの時、サクラが突然いなくなったのはそんな理由からだったと知って、僕はぎゅっと胸が締め付けられた。返す言葉が見つからない。
「奏汰と離れてしばらくして、俺はこの桜の木の下で寿命を全うした。奏汰と出会ったこの場所に自然と足が向かっていたんだ。そして満ち足りた気持ちで目を閉じた。ただ心残りだったのは、奏汰に好きだと伝えられなかったことだった。俺は初めて泣いた。涙を流したのはその時が初めてだった。泣きながら、どうかこの思いを伝えられたらと一心に願ったんだ」
サクラが頭上で風に揺れている桜の木を見上げる。僕もつられて顔を上げると、太陽の光に透けて花びらが輝いて見えた。
サクラは何度か深呼吸をしてから、こちらに視線を戻して話を続ける。
「ひたすらに願っていると、音が何も聞こえなくなっていることに気付いた。体が浮くような感じがして、閉じていた目を開いたら桜の花びらが次から次に降ってくる不思議な空間にいたんだ。そして声が聞こえてきた。『神使として仕えるなら願いを叶えてやる』ってね」
「神使って、神様の使いってことだよね。まさかこの桜の木は神様だってこと?」
僕は驚いて、つい前のめりになってしまった。
「まぁ、詳しくは依り代だ。神がこの世界と意思疎通するための道具みたいなものだな」
「ということは、この桜の木は神様と通じてるってことだよね」
僕は立ち上がって桜の木の真下まで行くと、目を閉じて幹にそっと触れた。
「奏汰? 何してるんだ?」
「サクラとまた会えたこと、お礼を言わなくちゃと思って」
振り返ってそう言うと、一瞬驚いたような顔をしたサクラがふっと口元をほころばせる。
「なるほど奏汰らしいな。でもまだ俺の話は終わってない。こっちに戻ってきてくれ」
「あっ、ごめん。嬉しくてつい……」
優しい低音の声に呼ばれて、伸ばされたサクラの大きな手を取りながら僕はベンチに腰掛けた。サクラはそのまま僕の手を握って更に話を続ける。
「その神の提案を俺はありがたく受け入れることにした。すぐにでも仕えると返事をしたよ。そうしたら願いを叶える代わりに、仕えている間は奏汰に会いに行くことも、様子を見ることさえも駄目だと言われたんだ。まるで俺の気持ちを試されているみたいだった。耐えられる自信はあったがな。でも、どうしてもその前に一目だけでも奏汰に会いたくて、神に頼みこんで奏汰の夢の中に行ったんだ」
「だから、僕の夢のこと知ってたってことか」
「そうだ。それからは奏汰に会える日を心待ちに、とにかく必死で仕えて、やっとこうして願いが叶った。随分と長い時間待たせてしまったが……、忘れないでいてくれて本当に良かった。ありがとう、奏汰」
静かに話しを終えたサクラが、うっすらと潤んだ琥珀色の瞳を優しく細めて微笑む。そんな彼を僕は衝動的に力いっぱい抱きしめた。
サクラがいなくなって、寂しさから逃れるために忘れようとしたこともあった。もちろんどんなに努力しても忘れるなんてことは出来なかったのだが。
それなのに、この15年の間、サクラはずっと思い続けていてくれていた。そして約束通り、会いに来てくれた。そう思うと、抱きしめずにはいられなかったのだ。
「サクラ、僕の方こそありがとう。会いに来てくれて、ずっと想っていてくれてありがとう」
抱きしめた腕から伝わる体温が心まで届いて、僕はまた涙が止まらなくなった。そんな僕を今度はサクラが抱きしめてくれる。
「奏汰は案外、泣き虫だったんだな。人間は大人になってからのほうが泣き虫になるのか?」
なかなか泣き止まない僕の頬を両手で挟んで、サクラがいたずらな笑みを見せる。
「ちがっ、これは嬉し泣き! サクラにまた会えたから嬉しくて泣いてるの!」
顔じゅうが熱い。嬉しさと感動、更には恥ずかしさまでも加わっていっぱいいっぱいの感情を制御できずに困惑していると、真っすぐに見つめられて動けなくなった。
近づいてくる琥珀色が煌めいたかと思ったら、ふわりと唇に柔らかく湿ったものが触れた。
ちゅっと音を立てて離れていくサクラの唇が、優しく言葉を紡ぐ。
「奏汰、好きだ。やっと伝えることができた」
「キス……?」
思わず手で口を隠してしまう。触れた唇が熱くて、心臓が煩いくらいに高鳴っている。
「そうだ、好きだからキスした。おまえに恋をしたと言っただろう。俺の好きは、そういう意味の好きだよ」
サクラの真摯な表情に、不意にキスをされた戸惑いよりも先に、ぐちゃぐちゃだった感情がひとつにまとまって、熱くなった胸に愛しさがこみ上げてくる。以前にも感じたことのある気持ち。
猫だったサクラに感じた、恋だと思った時の熱を伴った愛しさだ。あれは気のせいでも思い違いでもなかったんだ。今思えば僕も、あの時から恋に落ちていたんだと気づく。そしてそれは、今も変わっていなかった。
「僕も好き。サクラのこと、好きだよ」
ほとんど無意識に、言葉が口から飛び出していた。一度自覚してしまうと、止まらない。好きだという気持ちが、苦しいくらいにどんどん溢れてくる。
「奏汰の好きも、俺の好きと同じと思っていいのか?」
「うん、同じ。好きだよ、サクラ」
言い終わるのとほぼ同時に腕を引かれ、強く抱きすくめられた。
耳元ではぁと、サクラが安堵したように深く息を吐く。
「良かった。やっと、やっとだ」
そう言って背中に回された腕の力が緩まる。サクラの腕の中が心地よく感じて、その広い胸に顔をうずめると、早鐘みたいな胸の鼓動が聞こえてくる。
「サクラの心臓の音、すごい」
「こんなに嬉しいことは今までに無かったからな。思いを伝えるっていうのは、こんなにも緊張するものなんだな」
「緊張してたの? でもそれは僕も一緒だよ。ほら、ね?」
サクラの手を自分の胸に持ってきて、僕はサクラに笑いかける。サクラが目の前に現れてから、もうずっとドキドキしっぱなしだ。
「あぁ、本当だな。奏汰も俺と同じだ」
そう言ってふわりと笑うサクラを、とても綺麗だと思った。濃密な漆黒のまつ毛に琥珀色の瞳が映えて吸い込まれそうになる。いつか妹が読んでいた、少女漫画に出てくるような王子みたいだ。そんな事を考えていると、胸にあった手がスルリと離れて顎に添えられた。そしてそのまま、サクラの顔が近づいてくる。
「ちょっ、ちょっと待って! またキスしようとしてたでしょう」
僕は慌ててサクラの肩を押しやって、その整いすぎている顔を遠ざける。
「そうだが、奏汰もしたかったんじゃないのか? 俺のことをじっと見てくるから、そうだと思ったんだが」
「えっ? いや、僕はただサクラの笑った顔に見惚れてただけで、キスしたいとは……って、そもそもここは外だし、誰が見てるか分からないんだからしちゃだめだよ!」
さっきしちゃったけど、と小声で付け加えてサクラになけなしの抗議をした。
駄目だと言いながらも、急に先ほどのキスの感触が蘇ってくる。いや、キスの前にハグもした。少し冷静になってきた頭が、自分の行動を色々と反芻させて恥ずかしさを倍増させる。
「じゃあ、外じゃなかったらいいのか? 俺は奏汰ともっとキスしたい」
「……っ」
「ダメか?」
「とりあえず家に……、僕の家すぐそこだから」
サクラの直球すぎる発言にどう答えていいのか分からず、僕はなんとかそう言ってサクラと一緒に家に向かった。
桜の木の下にあるベンチに二人で掛けて、サクラが優しく尋ねてくる。柔らかな低音の声色が心地良い。頷く僕に安心した表情を見せ、そっと触れてくる手に涙で濡れた頬を拭われた。猫の時は、どんなに近くにいても平気だったのに、今のサクラを前にするとなんだか落ち着かない。
「本当に貴方は、僕が助けたサクラなんだよね?」
「ああ。この桜の木の下で動けなくなってた黒猫だ。この姿だと信じられないよな……」
寂しそうに言って目を伏せてしまったサクラに、僕は慌てて顔の前で手を振る。
「違うんだ。まさかこんな形で再会するなんて思ってもみなかったから。もちろんびっくりしたけど、僕にはちゃんと分かるよ」
サクラが人の姿で現れたことに僕は心底驚いたが、それよりも再会の喜びの方が勝っていた。琥珀色の瞳に、手の傷跡、約束、そして自分の心が導かれる何か。僕にとってはその全てがサクラに繋がるもので、信じるには十分だった。
「会いに行くって奏汰に約束したからな」
僕を見つめるサクラの瞳は真剣そのものだ。僕は見つめ返して、気になっていたことを聞いてみた。
「そのことだけど……僕が見た夢のはずなのに、なぜサクラが知ってるの?」
「それは、俺が奏汰の夢の中に行ったからだ。そして、その夢の中で俺たちは約束した」
聞けば聞くほど、不思議な話だと思った。だがサクラは、平然と答えてくれる。
「夢の中に来た? それってどういうことか教えてくれる?」
「あぁ、もちろんだ。俺もまずはそこから、話をしなければいけないと思っていたからな」
にっと口角を引き上げて、改まったように僕の方に向き直ったサクラは「少し長くなるけど」と言って事の顛末を話し始めた。
「俺はあの冬の日、怪我をして動けなくなっていた。何日も食べることもできなくて絶望しかけていた時、奏汰に助けられたんだ」
「その時の事、よく覚えてるよ。だからあんなに瘦せてたんだね」
「あぁそうだ。奏汰には情けない姿を見せてしまった。だが俺を見つけてくれて感謝している。病院に連れて行かれた時は、何をされるのか内心ビクビクしたがな。まぁ大したことは無かったが、朝早くに奏汰が来てくれて、俺は見捨てられたんじゃなかったんだと安心したよ」
自嘲気味に言うサクラに、僕は食って掛かるように言葉を被せた。
「当たり前だよ! 見捨てたりするわけないじゃないか。あの時僕は一晩、心配であまり眠れなかったんだからね!」
僕の突然の食いつきぶりに、サクラその切れ長の目を驚いたように見開く。
「すまん」
そう短く言ってから、背中に回されたサクラの手がポンッとなだめるように肩に触れる。
「それから奏汰の家で一緒に過ごした時間は、俺がそれまで過ごしてきた時間のなかで、いちばん幸せだった。宿題の邪魔をするのも楽しかったしな」
ふわりとサクラが微笑む。
「あれは、やっぱり邪魔してたの?」
教科書や本を開くと、必ず上に乗ってきていたサクラの姿を思い出して可笑しくなる。
「まぁな。もっと俺にかまって欲しくてアピールしていたんだ」
僕がクスクスと小さく笑っていると、伸びてきた手に頬にかかっていた髪を指で掬われた。逞しい腕の、その先にある琥珀色の瞳が切なげに揺れているのが見えて、僕は笑うのを止めてその瞳を見つめた。
「奏汰は俺の瞳や毛並みを綺麗だと言ってよく褒めてくれてただろう? だけど、俺からすれば奏汰の方がよほど綺麗だといつも思っていたんだ。優しく俺に向けてくれる黒目がちな瞳、長い睫毛に白い肌、そして血色の良い頬に唇。俺を大切にしてくれたその心まで全部綺麗で、いつの間にか奏汰に落ちていた。恋をしてしまっていたんだ。猫の俺が、人間のおまえに」
「サクラが……僕に、恋?」
突然の告白に頬が熱くなるのを感じて、思わず聞き返してしまった。はにかむように笑ってサクラが頷く。
「だけど、その恋を自覚した時には俺はもう、猫としての生を終えなければいけない時が来ていたんだ。寿命ってやつだな。だから奏汰の傍を離れた。奏汰は優しいから……、好きな人に悲しい思いをさせたくなかったんだ」
「そんな……っ、僕のためだったなんて」
あの時、サクラが突然いなくなったのはそんな理由からだったと知って、僕はぎゅっと胸が締め付けられた。返す言葉が見つからない。
「奏汰と離れてしばらくして、俺はこの桜の木の下で寿命を全うした。奏汰と出会ったこの場所に自然と足が向かっていたんだ。そして満ち足りた気持ちで目を閉じた。ただ心残りだったのは、奏汰に好きだと伝えられなかったことだった。俺は初めて泣いた。涙を流したのはその時が初めてだった。泣きながら、どうかこの思いを伝えられたらと一心に願ったんだ」
サクラが頭上で風に揺れている桜の木を見上げる。僕もつられて顔を上げると、太陽の光に透けて花びらが輝いて見えた。
サクラは何度か深呼吸をしてから、こちらに視線を戻して話を続ける。
「ひたすらに願っていると、音が何も聞こえなくなっていることに気付いた。体が浮くような感じがして、閉じていた目を開いたら桜の花びらが次から次に降ってくる不思議な空間にいたんだ。そして声が聞こえてきた。『神使として仕えるなら願いを叶えてやる』ってね」
「神使って、神様の使いってことだよね。まさかこの桜の木は神様だってこと?」
僕は驚いて、つい前のめりになってしまった。
「まぁ、詳しくは依り代だ。神がこの世界と意思疎通するための道具みたいなものだな」
「ということは、この桜の木は神様と通じてるってことだよね」
僕は立ち上がって桜の木の真下まで行くと、目を閉じて幹にそっと触れた。
「奏汰? 何してるんだ?」
「サクラとまた会えたこと、お礼を言わなくちゃと思って」
振り返ってそう言うと、一瞬驚いたような顔をしたサクラがふっと口元をほころばせる。
「なるほど奏汰らしいな。でもまだ俺の話は終わってない。こっちに戻ってきてくれ」
「あっ、ごめん。嬉しくてつい……」
優しい低音の声に呼ばれて、伸ばされたサクラの大きな手を取りながら僕はベンチに腰掛けた。サクラはそのまま僕の手を握って更に話を続ける。
「その神の提案を俺はありがたく受け入れることにした。すぐにでも仕えると返事をしたよ。そうしたら願いを叶える代わりに、仕えている間は奏汰に会いに行くことも、様子を見ることさえも駄目だと言われたんだ。まるで俺の気持ちを試されているみたいだった。耐えられる自信はあったがな。でも、どうしてもその前に一目だけでも奏汰に会いたくて、神に頼みこんで奏汰の夢の中に行ったんだ」
「だから、僕の夢のこと知ってたってことか」
「そうだ。それからは奏汰に会える日を心待ちに、とにかく必死で仕えて、やっとこうして願いが叶った。随分と長い時間待たせてしまったが……、忘れないでいてくれて本当に良かった。ありがとう、奏汰」
静かに話しを終えたサクラが、うっすらと潤んだ琥珀色の瞳を優しく細めて微笑む。そんな彼を僕は衝動的に力いっぱい抱きしめた。
サクラがいなくなって、寂しさから逃れるために忘れようとしたこともあった。もちろんどんなに努力しても忘れるなんてことは出来なかったのだが。
それなのに、この15年の間、サクラはずっと思い続けていてくれていた。そして約束通り、会いに来てくれた。そう思うと、抱きしめずにはいられなかったのだ。
「サクラ、僕の方こそありがとう。会いに来てくれて、ずっと想っていてくれてありがとう」
抱きしめた腕から伝わる体温が心まで届いて、僕はまた涙が止まらなくなった。そんな僕を今度はサクラが抱きしめてくれる。
「奏汰は案外、泣き虫だったんだな。人間は大人になってからのほうが泣き虫になるのか?」
なかなか泣き止まない僕の頬を両手で挟んで、サクラがいたずらな笑みを見せる。
「ちがっ、これは嬉し泣き! サクラにまた会えたから嬉しくて泣いてるの!」
顔じゅうが熱い。嬉しさと感動、更には恥ずかしさまでも加わっていっぱいいっぱいの感情を制御できずに困惑していると、真っすぐに見つめられて動けなくなった。
近づいてくる琥珀色が煌めいたかと思ったら、ふわりと唇に柔らかく湿ったものが触れた。
ちゅっと音を立てて離れていくサクラの唇が、優しく言葉を紡ぐ。
「奏汰、好きだ。やっと伝えることができた」
「キス……?」
思わず手で口を隠してしまう。触れた唇が熱くて、心臓が煩いくらいに高鳴っている。
「そうだ、好きだからキスした。おまえに恋をしたと言っただろう。俺の好きは、そういう意味の好きだよ」
サクラの真摯な表情に、不意にキスをされた戸惑いよりも先に、ぐちゃぐちゃだった感情がひとつにまとまって、熱くなった胸に愛しさがこみ上げてくる。以前にも感じたことのある気持ち。
猫だったサクラに感じた、恋だと思った時の熱を伴った愛しさだ。あれは気のせいでも思い違いでもなかったんだ。今思えば僕も、あの時から恋に落ちていたんだと気づく。そしてそれは、今も変わっていなかった。
「僕も好き。サクラのこと、好きだよ」
ほとんど無意識に、言葉が口から飛び出していた。一度自覚してしまうと、止まらない。好きだという気持ちが、苦しいくらいにどんどん溢れてくる。
「奏汰の好きも、俺の好きと同じと思っていいのか?」
「うん、同じ。好きだよ、サクラ」
言い終わるのとほぼ同時に腕を引かれ、強く抱きすくめられた。
耳元ではぁと、サクラが安堵したように深く息を吐く。
「良かった。やっと、やっとだ」
そう言って背中に回された腕の力が緩まる。サクラの腕の中が心地よく感じて、その広い胸に顔をうずめると、早鐘みたいな胸の鼓動が聞こえてくる。
「サクラの心臓の音、すごい」
「こんなに嬉しいことは今までに無かったからな。思いを伝えるっていうのは、こんなにも緊張するものなんだな」
「緊張してたの? でもそれは僕も一緒だよ。ほら、ね?」
サクラの手を自分の胸に持ってきて、僕はサクラに笑いかける。サクラが目の前に現れてから、もうずっとドキドキしっぱなしだ。
「あぁ、本当だな。奏汰も俺と同じだ」
そう言ってふわりと笑うサクラを、とても綺麗だと思った。濃密な漆黒のまつ毛に琥珀色の瞳が映えて吸い込まれそうになる。いつか妹が読んでいた、少女漫画に出てくるような王子みたいだ。そんな事を考えていると、胸にあった手がスルリと離れて顎に添えられた。そしてそのまま、サクラの顔が近づいてくる。
「ちょっ、ちょっと待って! またキスしようとしてたでしょう」
僕は慌ててサクラの肩を押しやって、その整いすぎている顔を遠ざける。
「そうだが、奏汰もしたかったんじゃないのか? 俺のことをじっと見てくるから、そうだと思ったんだが」
「えっ? いや、僕はただサクラの笑った顔に見惚れてただけで、キスしたいとは……って、そもそもここは外だし、誰が見てるか分からないんだからしちゃだめだよ!」
さっきしちゃったけど、と小声で付け加えてサクラになけなしの抗議をした。
駄目だと言いながらも、急に先ほどのキスの感触が蘇ってくる。いや、キスの前にハグもした。少し冷静になってきた頭が、自分の行動を色々と反芻させて恥ずかしさを倍増させる。
「じゃあ、外じゃなかったらいいのか? 俺は奏汰ともっとキスしたい」
「……っ」
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