85 / 254
連載
240、聖印の錬金術師
しおりを挟む
「どうです、封印は手に入りそうですか?」
男は祭壇に置かれた箱の表面を指でなぞりながら、そう尋ねる。
アンリーゼはそれに対して。
「ええ、直に手に入るでしょう。それよりも『鍵』の起動は本当に可能なのですか?」
「さあ、どうでしょう? 実際に中の代物を拝見しないと、私も何ともお答えが出来かねますね」
茫洋とそう答える男に、アンリーゼの目が鋭くなる。
だが男は、そんな視線に臆した様子もなく箱を眺めていた。
一体、この男は何者であろうか。
それを感じることが出来ない程鈍いのか、それとも……。
公爵は男のそんな様子を眺めると、愉快そうに笑う。
「お前に出来ぬはずがあるまい? 『聖印の錬金術師』よ」
「参りましたね。その名はとうに捨てたのですが」
男は笑いながら公爵にそう答えた。
だが眼鏡の表面が日の光を反射して、その奥の目が笑みを浮かべているのかは定かではない。
「ご存じのように、今は鍛冶屋のリカルドで通っています。あれはあれで結構楽しいものですよ」
リカルドの言葉にアンリーゼは。
「禁忌に手を染め都を追われた錬金術師。お前の右手の『聖印』から放たれる光は、石ころさえ黄金に変えたと聞く」
「まるで賢者の石ですね。そんな便利なものがあれば苦労はしない。ですが、工夫次第では似たようなことは出来なくもありません」
そう言いながら、リカルドは右手で祭壇の一部に触れた。
その右手の甲に光を帯びた印が浮かび上がる。
指先から伝わったその光は、祭壇の上に複雑な文字列を描いていく。
それは魔術と呼ばれるものとは別系統の力。
そもそも錬金術師などという職業はこの世界にはない。
神の領域ともいえる程の知識と真理を追究する異能の者たちに、畏怖を込めて付けられた名だ。
リカルドは笑みを浮かべている。
アンリーゼはそれを見てほんのわずかだが、美しい眉を動かした。
どのような技を使ったというのか。
祭壇はいつの間にか黄金に変わっている。
「人前で右手の印を晒すのは久しぶりですが、貴方たちは私の正体を知っている。今更、隠す必要もないでしょう」
公爵はそれを見て低く笑った。
「くく、面白い男だ。禁忌を冒し国を追われたはずの男が、名や顔まで変えてこんな場所にいるとは誰も知るまい。一度聞いておきたかったのだが、お前の本当の目的は何だ? 我らと同じではあるまい」
「公爵閣下ともあろうお方が、そのような愚問を。もちろん真理の探究です。錬金術師の目的などこれ以外にありませんからね」
リカルドの慇懃無礼ともいえるその言い草に、アンリーゼが前に進み出る。
一瞬、空気が凍り付くような緊張感が部屋の中に漂った。
白い雷を帯びるアンリーゼの体、そしてリカルドの手の聖印は淡い光を発している。
「やめよ、アンリーゼ。『聖印の錬金術師』よ、上手くやって見せればワシが王となった暁には、禁忌であろうが好きなだけ真実とやらの研究をさせてやろう」
「光栄です閣下。では『封印』が手に入った時にまたお会いしましょう」
リカルドは、公爵に一礼すると、踵を返して部屋の入口へと歩いていく。
そしてその扉に手をかけると、ふと思い出したようにアンリーゼに声をかけた。
「ラエサル・バルーディンを手懐けたと聞きましたが、気を付けた方がいい。彼は獅子の牙を持つ狼です。貴方と言えども飼い犬にするには危険な相手かもしませんよ」
アンリーゼはその言葉に、静かにリカルドを睨むと答える。
「お前が気にかける話ではない。用がないならもう消えなさい」
入り口の扉を開けると部屋を出ていくリカルド。
アンリーゼはそれを眺めながら公爵に進言した。
「あの男、一体どこまで信用出来るものか。未だに何を考えているか分からぬ男です」
アンリーゼの言葉に、バルドルースは残忍な笑みを浮かべる。
そして、祭壇の上に置かれた箱の上に手を置くと言った。
「くくく、分かっておる。だが、あの男にはこの箱の中に眠る『鍵』を起動してもらわねばならん。その後は、お前が好きなように始末せよ」
男は祭壇に置かれた箱の表面を指でなぞりながら、そう尋ねる。
アンリーゼはそれに対して。
「ええ、直に手に入るでしょう。それよりも『鍵』の起動は本当に可能なのですか?」
「さあ、どうでしょう? 実際に中の代物を拝見しないと、私も何ともお答えが出来かねますね」
茫洋とそう答える男に、アンリーゼの目が鋭くなる。
だが男は、そんな視線に臆した様子もなく箱を眺めていた。
一体、この男は何者であろうか。
それを感じることが出来ない程鈍いのか、それとも……。
公爵は男のそんな様子を眺めると、愉快そうに笑う。
「お前に出来ぬはずがあるまい? 『聖印の錬金術師』よ」
「参りましたね。その名はとうに捨てたのですが」
男は笑いながら公爵にそう答えた。
だが眼鏡の表面が日の光を反射して、その奥の目が笑みを浮かべているのかは定かではない。
「ご存じのように、今は鍛冶屋のリカルドで通っています。あれはあれで結構楽しいものですよ」
リカルドの言葉にアンリーゼは。
「禁忌に手を染め都を追われた錬金術師。お前の右手の『聖印』から放たれる光は、石ころさえ黄金に変えたと聞く」
「まるで賢者の石ですね。そんな便利なものがあれば苦労はしない。ですが、工夫次第では似たようなことは出来なくもありません」
そう言いながら、リカルドは右手で祭壇の一部に触れた。
その右手の甲に光を帯びた印が浮かび上がる。
指先から伝わったその光は、祭壇の上に複雑な文字列を描いていく。
それは魔術と呼ばれるものとは別系統の力。
そもそも錬金術師などという職業はこの世界にはない。
神の領域ともいえる程の知識と真理を追究する異能の者たちに、畏怖を込めて付けられた名だ。
リカルドは笑みを浮かべている。
アンリーゼはそれを見てほんのわずかだが、美しい眉を動かした。
どのような技を使ったというのか。
祭壇はいつの間にか黄金に変わっている。
「人前で右手の印を晒すのは久しぶりですが、貴方たちは私の正体を知っている。今更、隠す必要もないでしょう」
公爵はそれを見て低く笑った。
「くく、面白い男だ。禁忌を冒し国を追われたはずの男が、名や顔まで変えてこんな場所にいるとは誰も知るまい。一度聞いておきたかったのだが、お前の本当の目的は何だ? 我らと同じではあるまい」
「公爵閣下ともあろうお方が、そのような愚問を。もちろん真理の探究です。錬金術師の目的などこれ以外にありませんからね」
リカルドの慇懃無礼ともいえるその言い草に、アンリーゼが前に進み出る。
一瞬、空気が凍り付くような緊張感が部屋の中に漂った。
白い雷を帯びるアンリーゼの体、そしてリカルドの手の聖印は淡い光を発している。
「やめよ、アンリーゼ。『聖印の錬金術師』よ、上手くやって見せればワシが王となった暁には、禁忌であろうが好きなだけ真実とやらの研究をさせてやろう」
「光栄です閣下。では『封印』が手に入った時にまたお会いしましょう」
リカルドは、公爵に一礼すると、踵を返して部屋の入口へと歩いていく。
そしてその扉に手をかけると、ふと思い出したようにアンリーゼに声をかけた。
「ラエサル・バルーディンを手懐けたと聞きましたが、気を付けた方がいい。彼は獅子の牙を持つ狼です。貴方と言えども飼い犬にするには危険な相手かもしませんよ」
アンリーゼはその言葉に、静かにリカルドを睨むと答える。
「お前が気にかける話ではない。用がないならもう消えなさい」
入り口の扉を開けると部屋を出ていくリカルド。
アンリーゼはそれを眺めながら公爵に進言した。
「あの男、一体どこまで信用出来るものか。未だに何を考えているか分からぬ男です」
アンリーゼの言葉に、バルドルースは残忍な笑みを浮かべる。
そして、祭壇の上に置かれた箱の上に手を置くと言った。
「くくく、分かっておる。だが、あの男にはこの箱の中に眠る『鍵』を起動してもらわねばならん。その後は、お前が好きなように始末せよ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5,799
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。