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240、聖印の錬金術師

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「どうです、封印は手に入りそうですか?」

 男は祭壇に置かれた箱の表面を指でなぞりながら、そう尋ねる。
 アンリーゼはそれに対して。

「ええ、直に手に入るでしょう。それよりも『鍵』の起動は本当に可能なのですか?」

「さあ、どうでしょう? 実際に中の代物を拝見しないと、私も何ともお答えが出来かねますね」

 茫洋とそう答える男に、アンリーゼの目が鋭くなる。
 だが男は、そんな視線に臆した様子もなく箱を眺めていた。
 一体、この男は何者であろうか。
 それを感じることが出来ない程鈍いのか、それとも……。
 公爵は男のそんな様子を眺めると、愉快そうに笑う。

「お前に出来ぬはずがあるまい? 『聖印の錬金術師』よ」

「参りましたね。その名はとうに捨てたのですが」

 男は笑いながら公爵にそう答えた。
 だが眼鏡の表面が日の光を反射して、その奥の目が笑みを浮かべているのかは定かではない。

「ご存じのように、今は鍛冶屋のリカルドで通っています。あれはあれで結構楽しいものですよ」

 リカルドの言葉にアンリーゼは。

「禁忌に手を染め都を追われた錬金術師。お前の右手の『聖印』から放たれる光は、石ころさえ黄金に変えたと聞く」

「まるで賢者の石ですね。そんな便利なものがあれば苦労はしない。ですが、工夫次第では似たようなことは出来なくもありません」

 そう言いながら、リカルドは右手で祭壇の一部に触れた。
 その右手の甲に光を帯びた印が浮かび上がる。
 指先から伝わったその光は、祭壇の上に複雑な文字列を描いていく。
 それは魔術と呼ばれるものとは別系統の力。
 そもそも錬金術師などという職業はこの世界にはない。
 神の領域ともいえる程の知識と真理を追究する異能の者たちに、畏怖を込めて付けられた名だ。
 リカルドは笑みを浮かべている。
 アンリーゼはそれを見てほんのわずかだが、美しい眉を動かした。
 どのような技を使ったというのか。
 祭壇はいつの間にか黄金に変わっている。

「人前で右手の印を晒すのは久しぶりですが、貴方たちは私の正体を知っている。今更、隠す必要もないでしょう」

 公爵はそれを見て低く笑った。

「くく、面白い男だ。禁忌を冒し国を追われたはずの男が、名や顔まで変えてこんな場所にいるとは誰も知るまい。一度聞いておきたかったのだが、お前の本当の目的は何だ? 我らと同じではあるまい」

「公爵閣下ともあろうお方が、そのような愚問を。もちろん真理の探究です。錬金術師の目的などこれ以外にありませんからね」

 リカルドの慇懃無礼ともいえるその言い草に、アンリーゼが前に進み出る。
 一瞬、空気が凍り付くような緊張感が部屋の中に漂った。
 白い雷を帯びるアンリーゼの体、そしてリカルドの手の聖印は淡い光を発している。
 
「やめよ、アンリーゼ。『聖印の錬金術師』よ、上手くやって見せればワシが王となった暁には、禁忌であろうが好きなだけ真実とやらの研究をさせてやろう」

「光栄です閣下。では『封印』が手に入った時にまたお会いしましょう」

 リカルドは、公爵に一礼すると、踵を返して部屋の入口へと歩いていく。
 そしてその扉に手をかけると、ふと思い出したようにアンリーゼに声をかけた。

「ラエサル・バルーディンを手懐けたと聞きましたが、気を付けた方がいい。彼は獅子の牙を持つ狼です。貴方と言えども飼い犬にするには危険な相手かもしませんよ」

 アンリーゼはその言葉に、静かにリカルドを睨むと答える。

「お前が気にかける話ではない。用がないならもう消えなさい」

 入り口の扉を開けると部屋を出ていくリカルド。
 アンリーゼはそれを眺めながら公爵に進言した。

「あの男、一体どこまで信用出来るものか。未だに何を考えているか分からぬ男です」

 アンリーゼの言葉に、バルドルースは残忍な笑みを浮かべる。
 そして、祭壇の上に置かれた箱の上に手を置くと言った。

「くくく、分かっておる。だが、あの男にはこの箱の中に眠る『鍵』を起動してもらわねばならん。その後は、お前が好きなように始末せよ」
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