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本編
アルメイシャ島-4
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かなりフットワークの軽い商会だということで、すぐにでも行動に移した方がいいと、その日の内に会いに行くことになった。面会のアポイントメントを取っていないのに大丈夫かと奏澄は心配したが、規模も小さいしそう堅い所ではないから大丈夫だとライアーは言う。
「これから会うのは『ドロール商会』のトップ、マリーって女商人です。とにかく変わったものや面白いものが好きなんで、まぁ彼女の興味を引けるかどうかが鍵ですね」
案内された建物の受付でライアーが声をかけると、すぐに応接室に通された。馴染みだというのは本当らしい。得意げにライアーがウインクして、奏澄は対応に困って苦笑いした。
ソファに腰かけ、お茶が出されて暫く。ノックの後、一人の女性が姿を現した。
「初めまして。あたしがドロール商会の責任者、マリーだ。ライアーの紹介だって?」
その女性に、奏澄は目を奪われた。豊満なバストを鮮やかな色の布で押さえ、きゅっとくびれたウエストは惜しげもなくさらされている。薄手のロングガウンは動きに合わせてひらりと靡いて、彼女を飾り立てるようだった。ラベンダー色の髪は高く結われ、前髪はバンダナで上げており、意志の強そうな大きな目がはっきりと見える。
ぽかんと口を開けて見つめる奏澄を、マリーが覗き込む。
「お嬢さん?」
「あっ! す、すみません。あんまり綺麗な人だったので、つい見惚れてしまって」
慌てて頭を下げる奏澄に、マリーは一瞬面食らった後、吹き出した。
「あっはっは! ありがとう、よく言われる。でも女の子から言われるのは嬉しいねぇ」
「見てくれに騙されるなよ、カスミ。こう見えてかなりの性悪だからな」
「なんか言ったか? チビ」
「あだだだだ! オマエがでかいんだよ!」
ぎりぎりとライアーの頭を掴み上げるマリーに、気安い関係が見て取れた。付き合いは長そうだ。
テーブルを挟み互いに正面に座り直して、改めて挨拶をする。
「初めまして。私は奏澄といいます。こちらは護衛のメイズ。今日は急なお願いにも関わらず、お時間を取っていただいてありがとうございます」
「ま、ライアーの紹介だからね。一応話は聞くけど、戻ったばかりだから手短にお願いするよ」
ぴり、とした緊張感が奏澄を襲う。この人は商売人だ。気安く見えて、無駄話に付き合ってくれるほどお人好しではないだろう。
ここは、商談の場なのだ。
気を引き締め直し、ごくりと喉を鳴らした。
「私たちは今、目的があって旅をしています。当分は船を乗り継ぐ予定でしたが、先日船が手に入ったので、できれば自分たちで船を動かし、自由に動ければと考えています。それには、人数が足りません。そこで、ドロール商会から人員をお借りできないかと」
「ふぅん。その目的ってのは?」
「私の……故郷に、帰ることです」
「はぁ?」
訝しむマリーに何と説明したものか、頭をフル回転させながら、何とか言葉を繋いでいく。
「私は、このあたりの出身ではないんです。というか、帰る方法を……探すところから、始めないといけなくて」
「帰る方法? どんな遠方の海域だとしても、来たのなら戻れないことはないだろう。黒の海域からでもさらわれて来たの?」
「それは……」
どこまで話していいものか言い淀んでいると、マリーの鋭い視線が奏澄を射抜いた。
「商談ってのは、信頼関係だ。取引に嘘やごまかしを入れるようなら、これ以上話すことは無い」
思わず気圧された奏澄に、メイズが助け舟を出そうとする。それを、手で制した。
マリーが話しているのは、奏澄だ。
「私は、こことは違う世界から来ました」
マリーの目を見て、はっきりと告げた。マリーが目を丸くし、ライアーが叫び声を上げながら立ち上がった。
「えええええ!?」
「ライアーうるさい。なんであんたまで驚いてんのさ」
「いやオレも今初めて聞いたし! マジで!?」
ライアーにもこのあたりの事情を説明していなかったことを申し訳なく思いつつ、マリーに向けて話を続ける。
「信じてもらえなくても構いません。ですが、そのために、元の世界に帰る方法を探すために、私は海に出ると決めました」
「その話の真偽は確かめようがないから、置いておくとして。こちらのメリットは?」
「私たちの船を使うことで、商会が所有している船は別のことに使うことができます。航海に必要な費用はこちらが持ちます」
元々水夫は雇う予定だったのだ。必要経費は許容範囲だろう、とメイズに目くばせすれば、軽く頷いたので問題無さそうだ。
「航海中の船にまつわる仕事をお願いしたいので、寄港先の島では自由に商売していただいて構いません。赤の海域を超えて、広く旅をする予定ですので、このあたりでは手に入らない珍しい物も仕入れられるのではないかと思います。それに」
奏澄は、メイズの方をちらりと見た。
「メイズは、とても腕が立つので、護衛を雇う費用を抑えられると思います。多少なら危険な島に出向くことも可能です」
これは一つの賭けだった。自分の能力ではない、他人を当てにした売り文句だ。場合によっては恨まれることになる。それでも。
頼りにしているのだと。ちゃんと、メイズを利用するような心積もりもあるのだと。示しておきたかった。
「まぁ、そちらさんは、そうだろうね」
マリーはメイズを意味ありげに見て、そう呟いた。ライアーが、だろうなぁという反応をしている。口には出さなかったが、おそらくマリーもメイズが何者か気づいているのだ。
最大のアピールをしたつもりだった奏澄は、予想外の反応にうろたえた。次に何を言えば、彼女は興味を持ってくれるだろうか。
言葉が出ずにいると、メイズが口を開いた。
「俺たちは『はぐれものの島』を目指している」
「『はぐれものの島』だって!?」
弾んだ声で、マリーが腰を浮かせた。
「知っているか」
「知っているも何も、商人にとっちゃ夢の島さ! 誰も見たことのないお宝が山ほどあるってんだから!」
「ひとまずは、そこを目的地にしている。帰る方法の手掛かりがあるかもしれないからだ」
「なんだ、それを一番先に言いなよ! あんな島に行こうなんて馬鹿はそうそういないからね。あたしだって、真っ当な商売するなら行けやしないさ。でも、人様の船に便乗して行けるってんなら、興味本位でついて行くのも悪くないね!」
急にうきうきしだしたマリーに、奏澄は呆気に取られてしまう。
「って、ちょっと待てよ! まさかマリー、オマエが来るのか!?」
「そりゃそうさ! 未知の品の目利きなんて、あたしが行かないでどうするんだい?」
「商会はどうするんだよ!」
「そんなの、あたしがいなくったって何とでもなるさ。そんな柔な奴らを雇っちゃいないよ」
ライアーはマリーが商会の人員を貸すと思っていたようで、マリー本人が来るとは夢にも思っていなかったようだ。頭を抱えて嘆いている。
「とはいえ、さすがにすぐには動けない。前の仕入れから戻ったばかりだしね。七日ほど貰えるかい?」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
「商談成立!」
握手を求められて、奏澄はそれに応じた。何故だか無性に嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。
「あんたたちも、船は手に入れたばかりなんだろ? 色々準備もあるだろうし、入り用な物があれば遠慮なくうちのもんに言いな。安く揃えるよ」
「あ、ありがとうございます」
「そう硬くなさんな。女同士なんだし、仲良くやろう」
姐御肌なマリーは、とても頼もしく思えた。旅の仲間に女性が増えたことは素直に嬉しい。
話が一段落したタイミングで、メイズがマリーに声をかけた。
「ちょっといいか」
「なんだい?」
「早速で悪いが、武器の調達を頼みたい」
その言葉に、マリーはすっと表情を引き締めメイズの腰元を見た。
「同型のリボルバーを二丁、頼めるか」
「……金属薬莢の?」
「ああ」
メイズの要求に、マリーは長い息を吐いた。
「簡単に言ってくれるねぇ」
「無理ならいい」
淡々と返したメイズに、マリーはかちんときた様子でテーブルを叩いた。
「あたしを誰だと思ってるんだい? 用意してやるよ。任せときな!」
自信に溢れた彼女の言葉に、メイズは口の端を吊り上げた。
商会の建物を出て、一気に緊張が解けたように、奏澄は脱力した。
「大丈夫か?」
「緊張しました……うまくいって、良かった」
「……頑張ったな」
「最後は結局、メイズに助けられちゃいましたけどね」
にへ、と力なく笑う奏澄に、メイズも僅かに微笑んだ。
「補佐するのが俺の役目だからな。大半はお前の力だ。この短期間で、よくやってるよ」
穏やかな空気が流れる二人の間に、わざとらしい咳払いが割り込んだ。
「あー、オレもね? いるんだけどね?」
どき、と奏澄の心臓が跳ねる。忘れていたわけではないのだが、一瞬視界から外れていたかもしれない。
「ライアー、紹介ありがとう。本当に助かった」
「そりゃ良かった。うるさいけど、色んな意味で頼りになるヤツだから、力になると思うぜ」
「うん。すごく頼もしい」
ライアーに出会えて本当に良かった。彼が声をかけてくれなければ。航海士になると言ってくれなければ。航海士も旅の仲間も、得ることはできなかった。どれだけ助けになったことか。
まだ不安になることは多いけれど、幸先が良いと言っていいだろう。心からの感謝を込めて、奏澄はライアーに笑顔を向けた。
「んじゃ、オレも旅の支度やら何やら済ませておくわ。海図もできるだけ用意しておくけど、次に行く島は決まってるのか?」
「次……」
次の島も何も、地図を手に入れてから考えるものだと思っていた奏澄は、この近くにどんな島があるのかすら知らない。思わずメイズを仰ぎ見る。
「一度、セントラルに寄ろうかと思っている」
「セントラルに!?」
ライアーが驚きの声を上げた。奏澄も息を呑む。セントラルは、政府機関でもあったと記憶している。メイズにとっては、敵地に乗り込むようなものではないのだろうか。
「世界中で一番情報が集まっているのは間違いなくセントラルだ。何か手掛かりがあるとしたら、あそこが一番可能性が高い」
「そりゃそうだけど」
「闇雲に探し回るよりいいだろ」
諦めたように、ライアーが息を吐いた。この反応を見るに、ライアーからしても、セントラルに行くことはあまり良いことではないのだろう。
「わーかった、わかりましたよ。そのつもりで用意しておきます」
「ごめんね、ライアー」
「謝るようなことじゃないさ。オレは航海士だしね。仕事はきっちりしますよ。それじゃ、七日後に」
七日後に港に集合する約束を取り付けて、ライアーとは一度別れた。一日の間に色々なことが続き、疲弊していた奏澄も、休息のためメイズと共に宿屋へ戻ることにした。
*~*~*
部屋につくなりベッドにダイブしたい気持ちをぐっと堪えて、奏澄は大人しくベッドの端に腰かけた。
この疲弊した頭であまり大事な話はしたくないが、そうも言っていられないだろう。うやむやのまま翌日に持ち越したくない。
メイズに隣に座るよう促すと、少し間を空けて腰かけた。
「昼間は、勝手に離れて、すみませんでした。軽率でしたね」
「いや……。俺が、気に障ることを言ったんだろう」
「気に障った、とかではないです。でも……悲しかった」
声が震えそうになる。頑張れ。ちゃんと、話をすると決めた。
「メイズは、私との約束を、覚えていますか?」
「……」
「傍にいる、と。それが、最優先だと、言いました」
「……ああ。覚えている。でもそれは」
「最優先、です。何があっても。私の身の安全よりも」
メイズが戸惑っているのがわかる。それでも、譲れなかった。
「お前を、守るための、俺だ」
「そうです。だから、守ってください。あなたがいないと、生きられない私を」
「どうして、そこまで」
どうして。きっと、理解はされない。これは依存だ。わかっている。それでも。
顔を見られたくなくて、メイズの胸元に縋りついた。
「メイズは私の、神様なんです」
頭上から驚いた息づかいが聞こえる。ためらいがちに腕が回されて、ほっとした。
この腕が、奏澄を守ってくれる。それだけが、信じられる唯一の救い。
温かい体温と心臓の音に、気持ちが解れていく。疲れもあって、瞼が下りていく。今はまずいと思うのに、抗えない。
「……逆だろう」
小さく聞こえた言葉に、何が、とは聞けなかった。
「これから会うのは『ドロール商会』のトップ、マリーって女商人です。とにかく変わったものや面白いものが好きなんで、まぁ彼女の興味を引けるかどうかが鍵ですね」
案内された建物の受付でライアーが声をかけると、すぐに応接室に通された。馴染みだというのは本当らしい。得意げにライアーがウインクして、奏澄は対応に困って苦笑いした。
ソファに腰かけ、お茶が出されて暫く。ノックの後、一人の女性が姿を現した。
「初めまして。あたしがドロール商会の責任者、マリーだ。ライアーの紹介だって?」
その女性に、奏澄は目を奪われた。豊満なバストを鮮やかな色の布で押さえ、きゅっとくびれたウエストは惜しげもなくさらされている。薄手のロングガウンは動きに合わせてひらりと靡いて、彼女を飾り立てるようだった。ラベンダー色の髪は高く結われ、前髪はバンダナで上げており、意志の強そうな大きな目がはっきりと見える。
ぽかんと口を開けて見つめる奏澄を、マリーが覗き込む。
「お嬢さん?」
「あっ! す、すみません。あんまり綺麗な人だったので、つい見惚れてしまって」
慌てて頭を下げる奏澄に、マリーは一瞬面食らった後、吹き出した。
「あっはっは! ありがとう、よく言われる。でも女の子から言われるのは嬉しいねぇ」
「見てくれに騙されるなよ、カスミ。こう見えてかなりの性悪だからな」
「なんか言ったか? チビ」
「あだだだだ! オマエがでかいんだよ!」
ぎりぎりとライアーの頭を掴み上げるマリーに、気安い関係が見て取れた。付き合いは長そうだ。
テーブルを挟み互いに正面に座り直して、改めて挨拶をする。
「初めまして。私は奏澄といいます。こちらは護衛のメイズ。今日は急なお願いにも関わらず、お時間を取っていただいてありがとうございます」
「ま、ライアーの紹介だからね。一応話は聞くけど、戻ったばかりだから手短にお願いするよ」
ぴり、とした緊張感が奏澄を襲う。この人は商売人だ。気安く見えて、無駄話に付き合ってくれるほどお人好しではないだろう。
ここは、商談の場なのだ。
気を引き締め直し、ごくりと喉を鳴らした。
「私たちは今、目的があって旅をしています。当分は船を乗り継ぐ予定でしたが、先日船が手に入ったので、できれば自分たちで船を動かし、自由に動ければと考えています。それには、人数が足りません。そこで、ドロール商会から人員をお借りできないかと」
「ふぅん。その目的ってのは?」
「私の……故郷に、帰ることです」
「はぁ?」
訝しむマリーに何と説明したものか、頭をフル回転させながら、何とか言葉を繋いでいく。
「私は、このあたりの出身ではないんです。というか、帰る方法を……探すところから、始めないといけなくて」
「帰る方法? どんな遠方の海域だとしても、来たのなら戻れないことはないだろう。黒の海域からでもさらわれて来たの?」
「それは……」
どこまで話していいものか言い淀んでいると、マリーの鋭い視線が奏澄を射抜いた。
「商談ってのは、信頼関係だ。取引に嘘やごまかしを入れるようなら、これ以上話すことは無い」
思わず気圧された奏澄に、メイズが助け舟を出そうとする。それを、手で制した。
マリーが話しているのは、奏澄だ。
「私は、こことは違う世界から来ました」
マリーの目を見て、はっきりと告げた。マリーが目を丸くし、ライアーが叫び声を上げながら立ち上がった。
「えええええ!?」
「ライアーうるさい。なんであんたまで驚いてんのさ」
「いやオレも今初めて聞いたし! マジで!?」
ライアーにもこのあたりの事情を説明していなかったことを申し訳なく思いつつ、マリーに向けて話を続ける。
「信じてもらえなくても構いません。ですが、そのために、元の世界に帰る方法を探すために、私は海に出ると決めました」
「その話の真偽は確かめようがないから、置いておくとして。こちらのメリットは?」
「私たちの船を使うことで、商会が所有している船は別のことに使うことができます。航海に必要な費用はこちらが持ちます」
元々水夫は雇う予定だったのだ。必要経費は許容範囲だろう、とメイズに目くばせすれば、軽く頷いたので問題無さそうだ。
「航海中の船にまつわる仕事をお願いしたいので、寄港先の島では自由に商売していただいて構いません。赤の海域を超えて、広く旅をする予定ですので、このあたりでは手に入らない珍しい物も仕入れられるのではないかと思います。それに」
奏澄は、メイズの方をちらりと見た。
「メイズは、とても腕が立つので、護衛を雇う費用を抑えられると思います。多少なら危険な島に出向くことも可能です」
これは一つの賭けだった。自分の能力ではない、他人を当てにした売り文句だ。場合によっては恨まれることになる。それでも。
頼りにしているのだと。ちゃんと、メイズを利用するような心積もりもあるのだと。示しておきたかった。
「まぁ、そちらさんは、そうだろうね」
マリーはメイズを意味ありげに見て、そう呟いた。ライアーが、だろうなぁという反応をしている。口には出さなかったが、おそらくマリーもメイズが何者か気づいているのだ。
最大のアピールをしたつもりだった奏澄は、予想外の反応にうろたえた。次に何を言えば、彼女は興味を持ってくれるだろうか。
言葉が出ずにいると、メイズが口を開いた。
「俺たちは『はぐれものの島』を目指している」
「『はぐれものの島』だって!?」
弾んだ声で、マリーが腰を浮かせた。
「知っているか」
「知っているも何も、商人にとっちゃ夢の島さ! 誰も見たことのないお宝が山ほどあるってんだから!」
「ひとまずは、そこを目的地にしている。帰る方法の手掛かりがあるかもしれないからだ」
「なんだ、それを一番先に言いなよ! あんな島に行こうなんて馬鹿はそうそういないからね。あたしだって、真っ当な商売するなら行けやしないさ。でも、人様の船に便乗して行けるってんなら、興味本位でついて行くのも悪くないね!」
急にうきうきしだしたマリーに、奏澄は呆気に取られてしまう。
「って、ちょっと待てよ! まさかマリー、オマエが来るのか!?」
「そりゃそうさ! 未知の品の目利きなんて、あたしが行かないでどうするんだい?」
「商会はどうするんだよ!」
「そんなの、あたしがいなくったって何とでもなるさ。そんな柔な奴らを雇っちゃいないよ」
ライアーはマリーが商会の人員を貸すと思っていたようで、マリー本人が来るとは夢にも思っていなかったようだ。頭を抱えて嘆いている。
「とはいえ、さすがにすぐには動けない。前の仕入れから戻ったばかりだしね。七日ほど貰えるかい?」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
「商談成立!」
握手を求められて、奏澄はそれに応じた。何故だか無性に嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。
「あんたたちも、船は手に入れたばかりなんだろ? 色々準備もあるだろうし、入り用な物があれば遠慮なくうちのもんに言いな。安く揃えるよ」
「あ、ありがとうございます」
「そう硬くなさんな。女同士なんだし、仲良くやろう」
姐御肌なマリーは、とても頼もしく思えた。旅の仲間に女性が増えたことは素直に嬉しい。
話が一段落したタイミングで、メイズがマリーに声をかけた。
「ちょっといいか」
「なんだい?」
「早速で悪いが、武器の調達を頼みたい」
その言葉に、マリーはすっと表情を引き締めメイズの腰元を見た。
「同型のリボルバーを二丁、頼めるか」
「……金属薬莢の?」
「ああ」
メイズの要求に、マリーは長い息を吐いた。
「簡単に言ってくれるねぇ」
「無理ならいい」
淡々と返したメイズに、マリーはかちんときた様子でテーブルを叩いた。
「あたしを誰だと思ってるんだい? 用意してやるよ。任せときな!」
自信に溢れた彼女の言葉に、メイズは口の端を吊り上げた。
商会の建物を出て、一気に緊張が解けたように、奏澄は脱力した。
「大丈夫か?」
「緊張しました……うまくいって、良かった」
「……頑張ったな」
「最後は結局、メイズに助けられちゃいましたけどね」
にへ、と力なく笑う奏澄に、メイズも僅かに微笑んだ。
「補佐するのが俺の役目だからな。大半はお前の力だ。この短期間で、よくやってるよ」
穏やかな空気が流れる二人の間に、わざとらしい咳払いが割り込んだ。
「あー、オレもね? いるんだけどね?」
どき、と奏澄の心臓が跳ねる。忘れていたわけではないのだが、一瞬視界から外れていたかもしれない。
「ライアー、紹介ありがとう。本当に助かった」
「そりゃ良かった。うるさいけど、色んな意味で頼りになるヤツだから、力になると思うぜ」
「うん。すごく頼もしい」
ライアーに出会えて本当に良かった。彼が声をかけてくれなければ。航海士になると言ってくれなければ。航海士も旅の仲間も、得ることはできなかった。どれだけ助けになったことか。
まだ不安になることは多いけれど、幸先が良いと言っていいだろう。心からの感謝を込めて、奏澄はライアーに笑顔を向けた。
「んじゃ、オレも旅の支度やら何やら済ませておくわ。海図もできるだけ用意しておくけど、次に行く島は決まってるのか?」
「次……」
次の島も何も、地図を手に入れてから考えるものだと思っていた奏澄は、この近くにどんな島があるのかすら知らない。思わずメイズを仰ぎ見る。
「一度、セントラルに寄ろうかと思っている」
「セントラルに!?」
ライアーが驚きの声を上げた。奏澄も息を呑む。セントラルは、政府機関でもあったと記憶している。メイズにとっては、敵地に乗り込むようなものではないのだろうか。
「世界中で一番情報が集まっているのは間違いなくセントラルだ。何か手掛かりがあるとしたら、あそこが一番可能性が高い」
「そりゃそうだけど」
「闇雲に探し回るよりいいだろ」
諦めたように、ライアーが息を吐いた。この反応を見るに、ライアーからしても、セントラルに行くことはあまり良いことではないのだろう。
「わーかった、わかりましたよ。そのつもりで用意しておきます」
「ごめんね、ライアー」
「謝るようなことじゃないさ。オレは航海士だしね。仕事はきっちりしますよ。それじゃ、七日後に」
七日後に港に集合する約束を取り付けて、ライアーとは一度別れた。一日の間に色々なことが続き、疲弊していた奏澄も、休息のためメイズと共に宿屋へ戻ることにした。
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この疲弊した頭であまり大事な話はしたくないが、そうも言っていられないだろう。うやむやのまま翌日に持ち越したくない。
メイズに隣に座るよう促すと、少し間を空けて腰かけた。
「昼間は、勝手に離れて、すみませんでした。軽率でしたね」
「いや……。俺が、気に障ることを言ったんだろう」
「気に障った、とかではないです。でも……悲しかった」
声が震えそうになる。頑張れ。ちゃんと、話をすると決めた。
「メイズは、私との約束を、覚えていますか?」
「……」
「傍にいる、と。それが、最優先だと、言いました」
「……ああ。覚えている。でもそれは」
「最優先、です。何があっても。私の身の安全よりも」
メイズが戸惑っているのがわかる。それでも、譲れなかった。
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「そうです。だから、守ってください。あなたがいないと、生きられない私を」
「どうして、そこまで」
どうして。きっと、理解はされない。これは依存だ。わかっている。それでも。
顔を見られたくなくて、メイズの胸元に縋りついた。
「メイズは私の、神様なんです」
頭上から驚いた息づかいが聞こえる。ためらいがちに腕が回されて、ほっとした。
この腕が、奏澄を守ってくれる。それだけが、信じられる唯一の救い。
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