私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

アルメイシャ島-5

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 ふわふわとした夢現の状態で、無意識に温かいものにすり寄る。ぬくい。気持ちがいい。そのまままた夢の世界に落ちそうになった奏澄の意識を、低い声が引っ張り上げた。

「起きたのか」

 ぱち、と勢いよく瞼が開く。自分がすり寄っていたものが人間だと理解して、それが誰かを確認して、心臓が跳ねた。

「おはよう、ございます」
「ああ」

 奏澄のしどろもどろの挨拶に、メイズは至って平然と返した。
 奏澄は前後の出来事を思い出そうと記憶を辿り、話の途中で寝入ってしまったことに思い当たる。
 しかし、それならメイズは何故一緒に寝ているのだろう。奏澄だけベッドに寝かせても良かっただろうに。それに、以前は先に支度を済ませていたのに、今回は先に起きていたにも関わらず、奏澄が目覚めるのを待っていたようだった。
 じりじりとした奇妙な緊張を感じ、手に汗握る奏澄は、実際に自分が何かを握りしめていることに気がついた。

「あ……! す、すみません!」

 メイズの服だった。これで合点がいった。奏澄がメイズの服を握りしめて放さず、無理やり引き剥がすこともためらわれたのだろう。だから仕方なくそのまま一緒にベッドに入ったし、目が覚めてからも奏澄が手を放さなかったから身動きが取れなかったのだ。

「気にするな。疲れていたんだろう」
「でも、動けなかったでしょう。メイズは眠れました?」
「俺はたいていの状況では眠れる」
「器用ですね」

 違う、そうじゃない、と思いながら、妙な返答をしてしまった。

「俺はいいが、他であまりやるなよ」
「他?」
「今後、船に乗組員が増えるだろう。ライアーとか」
「しませんよ。私のこと何だと思ってるんですか」

 奏澄は軽く笑って答えたが、メイズが黙ってしまいはっとする。しまった。自分こそメイズのことを何だと思っているのか。

「メイズは、あれです、安心毛布みたいな」
「安心毛布?」

 聞き慣れない単語だったのか、メイズが訝しげに問い返した。

「えーっと……それがあると安心して眠れる、みたいな。替えのきかない、お気に入りの毛布のことです」

 何となく言葉の意味は察したのか、納得はしている様子だった。

「私、もともとあんまり眠れる方じゃなくて……。でも、メイズと一緒だと、ぐっすり眠れるんです」

 これは本当だった。元の世界にいた時から、あまり夜眠れる方ではなかった。今の方が気苦労は多いと思われるのに、メイズがいてくれれば、穏やかな気持ちで眠ることができた。

「そうか。毛布でも何でも、役に立っているならいい」

 そう言ってメイズは奏澄の頭をくしゃりと撫でた。拒絶されなかったことに、奏澄はほっとした。



*~*~*



 それから出航までの七日間、奏澄とメイズは船の準備に追われた。金目の物を運び出すついでに、アルメイシャまで同行した商船の乗組員たちが中を整理してくれてはいたが、船の清掃、補修、内装、暫くの航海に必要な物の買い出しなど、やることは多かった。二人ではとても終わらなかっただろうが、ドロール商会の面々が多分に協力してくれた。

 七日後。出航を控え、奏澄の前にはマリーと、十人ほどの男女が並んでいた。

「こいつらはあたしが選んだうちの精鋭たちだ。あんたたち、船長に挨拶!」
『よろしくお願いします!』

 声を揃えて挨拶をされ、奏澄が思わずたじろぐ。船長と呼ばれたことで、やはり自分が責任者になるのだな、とぐっと腹に力を入れた。

「こちらこそ、未熟者なのでご迷惑をおかけすると思いますが、皆さんどうか力を貸してください。これからよろしくお願いします!」

 しっかりと頭を下げた。まだ、対等な関係にはなれない。彼らの方がよほどのベテランなのだから。顔には出さないが、奏澄が船長であることに不満や不安がある者もいるだろう。それは、これからの働きで信頼を得るしかない。
 ずんと重く胸に圧しかかるものがある。だが、潰れない。今は、一人ではないのだから。

「それじゃ、出航準備!」
『はい!』

 マリーの号令で、乗組員たちがてきぱきと動き出す。それを見届けて、マリーがメイズに小包を渡した。包みを開けば、リボルバーが二丁と、ホルスターやカートリッジなど必要な物が入っていた。

「よく用意できたな」

 自分で頼んでおきながら感心した態度のメイズに、マリーは自慢げに胸を張った。

「なめてもらっちゃ困るよ。これでも商会長だからね」
「助かった」

 中身を確かめ、リボルバーにカートリッジを装填すると、メイズは手近な鳥に狙いを定めて発砲した。
 大きな破裂音に、奏澄の体が硬直する。落ちる鳥に、火薬の匂いに、あれが本物であるということを思い知らされる。

「問題無さそうだな」

 奏澄の様子に気づかないメイズは、心なしか機嫌が良さそうに呟いた。

「そりゃ良かった。んじゃ、あたしは先に船の方に行ってるよ」
「ああ」

 リボルバーを身につけるメイズから視線を逸らして、奏澄はマリーを目で追った。彼女は、全く怖気づく様子はなかった。これが当たり前なのだ。銃が日常の世界なのだ。
 手に力を込めた奏澄の耳に、呑気な声が届く。

「やっぱマリーがいると引き締まるなぁ」
「ライアー」

 ひょこりと顔を出したのは、航海士のライアーだった。姿が見えないと思っていたが、きちんと港には来ていたようだ。

「これから尻に敷かれると思うと、気が重いぜ」
「そんな大げさな」
「頼むぜ船長。カスミだけがこの船の良心だ!」
「荷が重いなぁ」

 乗組員に指示を飛ばすマリーを見ながら軽口を叩くライアーに、少し気が軽くなる。ほっとした様子の奏澄に、ライアーは目を細めた。

「メイズさん、やっと『二丁拳銃のメイズ』って感じになりましたね」

 ライアーが声をかけると、準備が整ったのだろうメイズが向き直って返事をした。

「そう名乗った覚えはないがな」

 その腰元にはもうマスケットは無く、赤いサッシュベルトの上から皮のホルスターをつけ、両側に無骨なリボルバーを下げていた。
 ライアーが呼んだのは、おそらく異名というものだろう。これが本来のメイズのスタイルなのか、と奏澄は興味深く見た。ライアーの存在のおかげか、先ほどまでの恐怖心は薄らいでいた。

「二丁持ちって珍しいんだ?」

 異名になるということは、それが個人の特徴として認識されているということだ。他に何人もいるなら呼ばれないだろう。

「マスケットは複数持ち多いけどね。リボルバーはそうはいないなぁ。一丁でもかなり貴重だから」
「そうなんだ」

 ライアーの言葉に、メイズとマリーのやり取りを思い出して納得した。つまり、これが手配できたということは、マリーは相当優秀な商人だということだ。

「まぁメイズさんの場合はそれだけじゃないけど」

 含みを持たせた言い方に奏澄が首を傾げると、ライアーがぱっと笑顔を作った。

「噂になるくらい強いから安心ってこと!」

 奏澄はその言葉を素直に受け取って、笑顔を返した。
 大丈夫、きっとやっていける。そう信じて、ライアーとメイズと共に船に乗り込んだ。



*~*~*



 動き出した船の上。会議室にて、ライアーが海図を広げる。それをメイズと奏澄、マリーが覗き込んだ。

「次の目的地はセントラルってことだから、なるべく最短距離で、このルートを通って白の海域に入ろうと思う。途中でどこか寄りたい島があれば考慮するけど」
「いいんじゃないか」

 ライアーが指でなぞって示した航路に、メイズは同意を示した。奏澄も異論はないが、念のためマリーの意見を伺う。

「マリーさんは、どこか寄りたい島とかは無いですか?」
「あたしはあくまで『はぐれものの島』に行くために乗ってるからね。他のことに関しちゃ、船長の意向に従うよ。というか」

 ぎろ、とマリーに睨まれて、奏澄は一瞬怯んだ。

「乗組員の顔色を窺うんじゃないの! あんたの船なんだから、舵取りはあんたがびしっとしなさい!」
「す、すみません」
「あとそれも! あたしにびくびく話してるようじゃ、あたしの部下たちだってついてこないよ。堅苦しくなくていいって言ったろ? ライアーと同じようにしてくれればいいさ」

 厳しい言葉に思えたが、マリーは確かに仲良くしよう、と言ってくれていた。部下たちに指示を飛ばす姿を見て、奏澄が勝手に委縮してしまっていただけだ。

「うん、ありがとう、マリー」

 ぎこちなく笑う奏澄に、マリーも仕方ないというような笑みで返した。

「ちょっと聞きたいんだけど……やっぱり、船長が敬語で話してたら、威厳ない?」

 言葉はマリーに問いかけたが、視線はちらりとメイズを窺った。奏澄は、メイズに対してずっと敬語を使っている。

「威厳で言えば、全体的に無いから気にしなくていいと思うけど」

 ばっさりと切られて、ガン、と頭にたらいが落ちた気分になった。

「別に好きに話せばいいだろ」
「えー、でもこのメンツでメイズさんだけ敬語使われてるってのも、なんか寂しくないすか?」

 メイズのフォローに口を挟んだライアーは、メイズに睨まれて肩を跳ねさせた。

「オ、オレは一応尊敬を込めて敬語使ってますよぉ!」

 マリーはそんなライアーを無視して、考えるように腕を組んだ。

「敬語で威圧的に喋れるような奴もいるけど、あんたの場合は下手に出て聞こえるからねぇ。特別理由が無いんだったら、普通に喋ったらどうだい? あのメイズと対等に話してるってだけで、他の奴らには牽制になるだろ」
「なるほど」

 マリーが奏澄に対して砕けて話すよう促したのも、そういうことだろう。乗組員全員に対して無理に強く振る舞えとは言わないが、少なくともその集団の上に立つ者と対等に接していれば、その下についている者は同等の立ち位置として見てくれる、ということだ。
 奏澄にとっての『普通』とは、年上の者、目上の者、あるいは初対面の者には敬語を使う。それが普通だった。だから別に苦だったわけではないし、敬語のままでも親しく話すことはできる。
 けれど、話し方一つで変わるものがあるのなら。

「メイズが、気にしなければ……これから変えても、いい?」

 駄目とは言わないだろうと確信がありながらも、気分良く受け入れられるかどうかは別だ。奏澄は窺うように、小さく首を傾げた。

「好きに話せばいいと、言っただろ」

 ため息混じりに返されたが、それが呆れではないことは、もうわかっていた。

「ありがとう」

 満面の笑みで返す奏澄に、メイズも軽く微笑んだ。それをライアーがニヤニヤと見ている。

「そりゃー可愛く小首傾げておねだりされちゃ、断るわけが痛った!?」

 台詞が終わらない内に、メイズに頭を殴られていた。眼前で行われた暴力行為に、奏澄の肩が跳ねる。

「メ、メイズ、暴力は」
「いーからいーから。あの程度じゃれあいの範疇だから」
「結構いい音したと思うんだけど」
「あのくらいならあたしもするよ。船乗りなんてみんな手荒いんだから、慣れときな」

 いくら元海賊でも仲間内は、と止めようとした奏澄だったが、逆にマリーに引き止められ、そういうものかと思い直した。
 奏澄がマリーの同行に安心したように、メイズにとっても、ライアーの存在は気安いのかもしれない。奏澄とはああはいかないだろう。そう考えれば、なるほどじゃれあいに思えなくもない。
 女が口を挟むものではないな、と、奏澄はライアーがメイズに文句を言うのを、微笑ましく見守った。
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