私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

セントラル-4

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 しかしその声に反応したのは、望んだ人ではなかった。

「そこの君、待ちなさい!」

 奏澄の心臓が大きく跳ねる。図書館の警備員が二人、追いかけてくる。
 勿論止まるはずもなくそのまま駆けるが、あっという間に追いつかれ、腕を掴まれてしまう。

「放して!!」
「図書館から不審者の連絡を受けている。やましいことがないなら……がッ!?」

 言葉の途中で警備員が手を放し、膝をついた。奏澄を掴んでいた腕と、さらに足からも血が流れている。

「き、貴様、ぐあッ!!」

 奏澄が目を白黒させている間に、もう一人が銃を構えようとしたが間に合わず膝をついた。どうやら足を撃ち抜かれたようだった。
 唖然とそれを眺めていると、聞き慣れた声がかかった。

「カスミ! 無事か!?」
「メイズ!」

 警備員を撃ったのはメイズだったようだ。ひどく焦った様子で、両手に一丁ずつリボルバーを持っている。
 メイズは奏澄の姿を見ると、顔を顰めた。奏澄は自分の状態に思い当たり気まずくなるが、そんなことを気にしている場合ではない。

「ごめん、あとで話すけど、今すぐここを出なきゃ」
「わかった。船へ向かうぞ。走れるか」
「うん!」

 足は痛むが、泣き言を言っている場合ではない。メイズが後ろを警戒する形で駆け出す。

「大通りで人に紛れるぞ。奴らは市民を傷つけない。人通りのある場所なら、まず発砲は」
「止まれ!!」

 横から出てきた兵たちが、武器を持つメイズに向けて発砲してきた。すぐさま応戦する形で、メイズも発砲する。

「撃ってこないんじゃなかったの!?」
「普通ならな。よっぽどなりふり構っていられないらしい」
「さっきの人と、制服も、違う」
「今のはセントラル軍だ。こんなにすぐ軍が動くなんて……何やったんだ」
「あ、あと、で……っ」

 奏澄の方は既に息も絶え絶えだが、メイズは全く息を切らせていない。日頃の運動不足が悔やまれる。今後は体力作りを日課にしよう、と奏澄は心に決めた。

「カスミ! メイズさん!」
「ライアー!」

 こっちこっち、と手招きをするライアーに従い、メイズが後ろを威嚇射撃しながら、横道へ入る。

「マリーたちはもう出航の準備をしてる。オレが道案内するから、ついてきて」
「わかるの?」
「オレを誰だと思ってんの? 地理の把握なら大得意だっての!」

 自信満々なライアーに、頼もしさを感じる。彼が仲間で良かった、と奏澄は心底感謝した。
 そのままライアーに案内され、裏道や、時には建物を抜けたりして、できるだけ追手を撒くように移動する。軍が市民がいても発砲するとわかった以上、無関係の人を巻き込みたくなかった奏澄は、人が少ない場所を移動できるのがありがたかった。それでも運悪く追手に見つかった場合は、メイズが牽制する。
 決まって足や腕を撃ち抜くメイズに、ライアーは何故か感心したような目を向けていた。射撃の精度に驚いているのかもしれない。奏澄も、銃のことはよくわからないが、両手に構えてよく狙いをつけられるものだと思った。二丁持つと言っても、二丁使うのは乱射する時で、精度が必要な場合は一丁しか使わないのではと思っていたのだ。
 しかしライアーは『二丁拳銃のメイズ』を知っていたのではなかったか。一瞬首を傾げたものの、噂を聞くのと実際に見るのでは違うものだろう、とすぐに納得した。

「もうすぐ着くぜ! この先の崖から飛び乗る!」
「と、え!? なんて!?」

 全力マラソンに一生懸命だった奏澄は、突然の難題に珍しく声を荒らげた。それは失敗したら海に落ちるやつなのではなかろうか。
 どうしようと思う間もなく船が見え、見えるということはそれほど高くも離れてもいないのでは? と安堵しかけたその時、後ろから突然腰のあたりを抱えられた。

「え」

 抗議する間もなく、奏澄を抱えたままのメイズとライアーが跳ぶ。

「~~~~!!」

 色々な感情が篭った声にならない声を上げて、奏澄は無事に乗船した。

「全員乗ったね! 全速力で白の海域を出るよ!」
『了解!』

 統制の取れた乗組員たちのおかげで、船はぐんぐんと陸から離れていく。

 岬からそれを見送る人影に、セントラルの兵が敬礼をして声をかけた。

「総督! 申し訳ありません、すぐに軍艦で追尾します」
「いいえ、もういいわ。放っておきなさい」
「は? しかし」
「彼女がもしなら、どうせここに戻ってくるもの」
「は、はぁ……?」

 首を傾げる兵をおきざりに、総督と呼ばれた女性は金の瞳をついと細めて、遠ざかる船を見つめていた。



 安堵の空気が広がる船の上では、荷物のように抱えられたままだった奏澄が、力なく声を発した。

「メイズ……ありがとう……でも下ろして欲しい」
「ああ、悪い」

 まるで忘れていたかのような気軽さで返し、メイズは奏澄をそっと立たせた。

「私も、自分で跳べたのに」
「いやぁ、カスミはギリギリ無理だったんじゃない?」

 多分、きっと、という願望込みで口にしたが、ライアーに否定されてショックを受ける。それをフォローするように、メイズが口を開いた。

「普段ならわからないが、お前怪我してるだろう」
「あ……えっと」

 気づいていたのか、それはそうか、と思いながら、何故か言い訳を探していた。すると、メイズの手が、奏澄の頬のあたりを撫ぜた。

「え、な、なに」
「……早いとこ手当てしろ。跡が残る」

 ああ、そういえば銃弾が掠めたのだっけ、と撃たれた時のことを思い出し、身震いする。問答無用で発砲されるというのは、なかなかに恐怖体験だった。
 その様子を見たメイズは、ますます険しい顔をした。

「メイズさんメイズさん、ストップ。相手殺しそうな顔してるから」

 ライアーが待ったをかけ、メイズがばつの悪そうな顔をする。

「ほら、早く手当てしてあげましょうよ」
「いや、俺は」
「あ、だ、大丈夫。自分でできるから」
「何遠慮してんのさ。今更気にする仲でもないでしょ」
「気にするけど!」

 傷は肌が露出している部分だけではない。いくらメイズに甘えきっている奏澄とはいえ、さすがに躊躇なく肌を晒せるかと言えば、そこは羞恥が勝る。
 だがライアーは驚いたように声を上げた。

「うっそ!?」
「嘘つく理由ないでしょ。なんでよ」
「じゃぁアレなんなの!? たまに一緒の部屋で寝てるじゃん!?」

 見られていた、と奏澄が赤くなる。一人で眠れないなんて、子どものようで恥ずかしいから黙っていたのに。
 奏澄は言い訳を探し、メイズは黙ってライアーを殴った。

「痛った!?」
「妙な勘繰りをするな。そういうんじゃない」
「え? 何それ。逆に不健全じゃない?」

 コントのようなやり取りに、くすくすと可愛らしい笑い声が混ざった。

「あ、すみません。マリーさんから、船長の手当てを頼まれまして」
「ローズ」

 そこに立っていたのは、マリーの部下の一人、ローズだった。
 ミルクティー色のストレートボブをさらりと揺らして、優し気な目元を細めて微笑んでいる。
 体型は小柄だが、背筋がすっと伸びて姿勢が良く、実際の身長よりも高く見える。

「マリーさんはまだ手が離せないんです。私で良ければ、お手伝いします」
「わ、助かります。お願いしてもいいですか?」
「勿論」

 ありがたい申し出を受け、奏澄は船室でローズの手当てを受けることにした。



「わ~、打ったとこ腫れちゃってますね。これ暫く痛いですよ」
「うぅ……なるべく触らないようにします」
「その方がいいですよ。船の仕事も、暫くお休みしたらどうですか」
「や、それはちゃんとやります。そんな大怪我したわけじゃないし、手は使えるし」

 むしろこの程度で休ませてもらうなど申し訳ない、と奏澄が手を振って答えると、ローズはおかしそうに笑った。

「そこはうまいことサボっちゃえばいいのに。船長って真面目ですよね」
「あー……よく言われます」

 あまり良い意味ではない方で、とは口に出さなかった。生真面目とか、融通がきかないとか、頭が固いとか。やりにくい、と思われがちだ。実際は小心者なだけで、自分の中にある基準に反してしまうと、気になって気になって仕方ないのだ。

「でもそんな船長が、あの大国を敵に回すほどのことをしでかすなんて、思いもしませんでした」
「そ、それは」
「成果はあったんですか?」

 謝らなければと焦った奏澄に、ローズはすぱっと問いかけた。
 その言葉に、彼女もやはり商人なのだ、と感じた。

「はい」
「なら良かった。行った甲斐がありましたね」

 怒っては、いないのか。そう聞こうとした言葉を、飲み込んだ。それは無粋だ。
 代わりに、奏澄はいたずらっ子のような顔で笑って見せた。

「成果、見ますか?」
「とっても気になりますけど、私はマリーさんの後で。先に見たって知ったら、拗ねちゃうから」
「ふふ、マリーも可愛いところがあるんですね」
「私が言ったって内緒ですよ?」
「勿論」

 くすくすと笑いあって、それから二人で少しの間、たわいもない話をした。
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