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本編
セントラル-3
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がたん、という大きな音がして、動きが止まる。しんとした空気の中、奏澄は震える息を吐いた。
――生きて、いる。
どうやら地面に打ちつけられるより前に止まったらしい。這うようにして箱の外へ出ると、薄暗い通路があった。湿ったような臭いがして、気味が悪い。しかし地面は土ではなく、きちんと整備されている。図書館と繋がった施設ではあるのだろう。
箱の中へ戻っても、その箱は上には上がらない。進むしかないようだ。震える足を叱咤しながら、奏澄は通路を歩き出した。
歩けども歩けどもどこに辿り着くこともなく、半泣きで壁にもたれかかる。すると、急に壁が回転扉のように裏返った。
「ひゃあ!?」
その勢いで、奏澄はまたしても中へと倒れこむ。何故こうも何もかもが急なのか。あまりの出来事に、奏澄は憤りすら感じていた。
中を見ると、狭い書庫のようだった。見るからに閲覧禁止区域、という気しかしない。
しかし、館内図で表示されていた閲覧禁止区域は上層階だけのはずだ。地下があるなんて話は、受付でも聞いていない。
ということは、よほどまずい機密の場所なのではないだろうか。さあ、と血の気が引き、すぐにその部屋を出ようとする。
出ようとする、のに。後ろ髪を引かれるような感覚がある。何かが、ある気がする。虫の知らせと呼ばれるような、第六感と言われるような、そんな何の根拠も無い奇妙な感覚が。
導かれるようにして、奏澄は一冊の本を手に取った。その本を開くと、真ん中の辺りでページがくり抜かれており、そこにはペンダントが嵌っていた。
「これ…コンパス?」
そのペンダントには、羅針盤のようなものが嵌め込まれている。だが、北や南といった方角を示す印がどこにもない。どう使うものなのだろうか。
使い方が書かれていないか本の内容に目を通すが、読めない。これは奏澄が文字を習得しきっていないこととは関係が無く、文字の羅列に意味が見出せなかった。しかし、一つだけはっきり読み取れた記載があった。
「これ……無の海域に関する本だ」
わかったのは関係がある、ただそれだけ。しかし、これはおそらく奏澄が喉から手が出るほど欲した情報だ。知りたい。欲しい。
――これが、欲しい。
この本は、おそらく機密にあたる。絶対に持ち出してはいけないし、多分見てもいけないものだ。だが、ここに来られたのは全くの偶然だ。この機を逃せば、二度と見ることができなくなるかもしれない。
決まりを破るのはいけないことだ。勝手に持っていくのは泥棒だ。犯罪だ。謝って済むことじゃない。この先一生背負うことになるかもしれない。
祖国で培われた道徳心が、奏澄の良心を苛む。手が震える。鼓動が早くなる。それでも。
これは、絶対に必要なものだ。
確信があった。ここでこれを諦めたら、二度と手に入らない。ここまで付き合ってくれた皆の行動も無駄になる。奏澄は意を決して、それを服の中に隠して、部屋を出た。
出たところで、どうやって地上に戻れば良いのかと悩む。さきほど落ちた箱は動かなかった。通路の先へ進むしかないだろうか、と歩を進めると、後ろから声がかかった。
「あなた、何をしているの」
よく通る、女性の声だった。柔らかいのに冷たく、色気があるのに恐ろしい。
おそるおそる振り向くと、そこには怖いほどに美しい女性が立っていた。背はすらりと高く、この薄暗い中でも分かる白銀の長い髪。涼しげな目元からは、感情が全く読み取れない。着ている服は白を基調とした制服で、頭には制帽を被っている。
図書館員の制服とは違う。軍か、政府の関係者か。奏澄は唾を呑んだ。
「すみません、迷ってしまって……一般のフロアには、どうしたら戻れますか?」
「そう」
一言、それだけ発すると、女性はひどく自然に銃を取り出し、流れるように発砲した。それはメイズが持つのと同じような、無骨なリボルバーだった。
弾が奏澄の頬を掠め、傷口が熱を持つ。
ひゅ、と呼吸が浅くなる。全身が震える。あまりにも、自然だった。何の躊躇も無かった。予告も警告もない突然の発砲に、奏澄の頭はついていかない。
「ど、して」
「どうやってここに入ったの」
まるで会話になっていない。話をする気があるとは思えない。
カチリと、コッキングの音がした。まずい。あれはマスケットと違って連射できる。銃口は奏澄を捉えたままだ。答えなければ、またすぐ発砲する。相手が望む答えが出なければ、きっとそのまま。
――殺される。
怖いと思う出来事は、何度かあった。それでも、こうして銃を向けられて、明確に殺意を意識することなんて無かった。そして初めてそれを体験している今、奏澄は一人だ。
「あの、私、さっきエレベーターを見つけて」
会話をする気があるように見せるため、話しながら、そっと閃光弾に指をかける。相手がその動きを察知して発砲するより僅かに早く、奏澄は閃光弾を炸裂させ、身を屈めた。
発砲音と、頭上で風を切る音がした。視界が奪われて尚、相手は姿勢を崩さずにこちらに向けて発砲したのかと、ぞっとする。念のために屈んで良かった。
当てずっぽうで乱射されたらどうしようかと思ったが、その後発砲音はしなかった。跳弾を気にしているのかもしれない。
なるべく身を低くして壁に寄りながら、全速力で走る。目を瞑ったとはいえ、奏澄自身も目がちかちかしていたが、通路は一本道だ。見えなくとも、方角さえわかればとにかく先へは進める。しかし、その後は。
ややあって、追いかけてくる靴音がする。当然だ。どうしたら、どうしたら。
もはや声を上げて泣き出す寸前の奏澄の前に、あの箱が現れた。しかし、来た時とは逆の方向へ走っているのだから、同じものではないはずだ。もしかしたら。
僅かな希望をかけてそれに飛び乗ると、すぐさまその箱は上へと急上昇した。下から発砲音がしたが、箱には当たらなかった。
がこん、と音がしてどこかについたかと思うと、奏澄はすぐさま転び出た。もつれる足で走り、一番近くに見つけた窓から身を乗り出す。高さからして、来た時と同じ二階だ。思い切り飛び出すには躊躇する高さだが、幸いにも足場になりそうな場所がある。伝って下りれば、ぎりぎり怪我をしない高さで下りられるかもしれない。
迷っている暇は無い。先ほどの彼女がすぐに同じ箱で追ってくるかもしれないし、どこかに連絡を取って囲まれるかもしれない。
震える手足に力を入れ、どうにか壁を伝ったが、途中で足が滑り地面に落ちる。打ちつけた所が痛むが、折れるほどの高さではなかったのが救いだ。
もたついている暇は無い。身を起こし、駆け出しながら奏澄は発煙筒を使った。大きな音と共に、色のついた煙が上がる。そして、大きく息を吸って、ありったけの声量で叫んだ。
「メイズ――――!!!!」
――生きて、いる。
どうやら地面に打ちつけられるより前に止まったらしい。這うようにして箱の外へ出ると、薄暗い通路があった。湿ったような臭いがして、気味が悪い。しかし地面は土ではなく、きちんと整備されている。図書館と繋がった施設ではあるのだろう。
箱の中へ戻っても、その箱は上には上がらない。進むしかないようだ。震える足を叱咤しながら、奏澄は通路を歩き出した。
歩けども歩けどもどこに辿り着くこともなく、半泣きで壁にもたれかかる。すると、急に壁が回転扉のように裏返った。
「ひゃあ!?」
その勢いで、奏澄はまたしても中へと倒れこむ。何故こうも何もかもが急なのか。あまりの出来事に、奏澄は憤りすら感じていた。
中を見ると、狭い書庫のようだった。見るからに閲覧禁止区域、という気しかしない。
しかし、館内図で表示されていた閲覧禁止区域は上層階だけのはずだ。地下があるなんて話は、受付でも聞いていない。
ということは、よほどまずい機密の場所なのではないだろうか。さあ、と血の気が引き、すぐにその部屋を出ようとする。
出ようとする、のに。後ろ髪を引かれるような感覚がある。何かが、ある気がする。虫の知らせと呼ばれるような、第六感と言われるような、そんな何の根拠も無い奇妙な感覚が。
導かれるようにして、奏澄は一冊の本を手に取った。その本を開くと、真ん中の辺りでページがくり抜かれており、そこにはペンダントが嵌っていた。
「これ…コンパス?」
そのペンダントには、羅針盤のようなものが嵌め込まれている。だが、北や南といった方角を示す印がどこにもない。どう使うものなのだろうか。
使い方が書かれていないか本の内容に目を通すが、読めない。これは奏澄が文字を習得しきっていないこととは関係が無く、文字の羅列に意味が見出せなかった。しかし、一つだけはっきり読み取れた記載があった。
「これ……無の海域に関する本だ」
わかったのは関係がある、ただそれだけ。しかし、これはおそらく奏澄が喉から手が出るほど欲した情報だ。知りたい。欲しい。
――これが、欲しい。
この本は、おそらく機密にあたる。絶対に持ち出してはいけないし、多分見てもいけないものだ。だが、ここに来られたのは全くの偶然だ。この機を逃せば、二度と見ることができなくなるかもしれない。
決まりを破るのはいけないことだ。勝手に持っていくのは泥棒だ。犯罪だ。謝って済むことじゃない。この先一生背負うことになるかもしれない。
祖国で培われた道徳心が、奏澄の良心を苛む。手が震える。鼓動が早くなる。それでも。
これは、絶対に必要なものだ。
確信があった。ここでこれを諦めたら、二度と手に入らない。ここまで付き合ってくれた皆の行動も無駄になる。奏澄は意を決して、それを服の中に隠して、部屋を出た。
出たところで、どうやって地上に戻れば良いのかと悩む。さきほど落ちた箱は動かなかった。通路の先へ進むしかないだろうか、と歩を進めると、後ろから声がかかった。
「あなた、何をしているの」
よく通る、女性の声だった。柔らかいのに冷たく、色気があるのに恐ろしい。
おそるおそる振り向くと、そこには怖いほどに美しい女性が立っていた。背はすらりと高く、この薄暗い中でも分かる白銀の長い髪。涼しげな目元からは、感情が全く読み取れない。着ている服は白を基調とした制服で、頭には制帽を被っている。
図書館員の制服とは違う。軍か、政府の関係者か。奏澄は唾を呑んだ。
「すみません、迷ってしまって……一般のフロアには、どうしたら戻れますか?」
「そう」
一言、それだけ発すると、女性はひどく自然に銃を取り出し、流れるように発砲した。それはメイズが持つのと同じような、無骨なリボルバーだった。
弾が奏澄の頬を掠め、傷口が熱を持つ。
ひゅ、と呼吸が浅くなる。全身が震える。あまりにも、自然だった。何の躊躇も無かった。予告も警告もない突然の発砲に、奏澄の頭はついていかない。
「ど、して」
「どうやってここに入ったの」
まるで会話になっていない。話をする気があるとは思えない。
カチリと、コッキングの音がした。まずい。あれはマスケットと違って連射できる。銃口は奏澄を捉えたままだ。答えなければ、またすぐ発砲する。相手が望む答えが出なければ、きっとそのまま。
――殺される。
怖いと思う出来事は、何度かあった。それでも、こうして銃を向けられて、明確に殺意を意識することなんて無かった。そして初めてそれを体験している今、奏澄は一人だ。
「あの、私、さっきエレベーターを見つけて」
会話をする気があるように見せるため、話しながら、そっと閃光弾に指をかける。相手がその動きを察知して発砲するより僅かに早く、奏澄は閃光弾を炸裂させ、身を屈めた。
発砲音と、頭上で風を切る音がした。視界が奪われて尚、相手は姿勢を崩さずにこちらに向けて発砲したのかと、ぞっとする。念のために屈んで良かった。
当てずっぽうで乱射されたらどうしようかと思ったが、その後発砲音はしなかった。跳弾を気にしているのかもしれない。
なるべく身を低くして壁に寄りながら、全速力で走る。目を瞑ったとはいえ、奏澄自身も目がちかちかしていたが、通路は一本道だ。見えなくとも、方角さえわかればとにかく先へは進める。しかし、その後は。
ややあって、追いかけてくる靴音がする。当然だ。どうしたら、どうしたら。
もはや声を上げて泣き出す寸前の奏澄の前に、あの箱が現れた。しかし、来た時とは逆の方向へ走っているのだから、同じものではないはずだ。もしかしたら。
僅かな希望をかけてそれに飛び乗ると、すぐさまその箱は上へと急上昇した。下から発砲音がしたが、箱には当たらなかった。
がこん、と音がしてどこかについたかと思うと、奏澄はすぐさま転び出た。もつれる足で走り、一番近くに見つけた窓から身を乗り出す。高さからして、来た時と同じ二階だ。思い切り飛び出すには躊躇する高さだが、幸いにも足場になりそうな場所がある。伝って下りれば、ぎりぎり怪我をしない高さで下りられるかもしれない。
迷っている暇は無い。先ほどの彼女がすぐに同じ箱で追ってくるかもしれないし、どこかに連絡を取って囲まれるかもしれない。
震える手足に力を入れ、どうにか壁を伝ったが、途中で足が滑り地面に落ちる。打ちつけた所が痛むが、折れるほどの高さではなかったのが救いだ。
もたついている暇は無い。身を起こし、駆け出しながら奏澄は発煙筒を使った。大きな音と共に、色のついた煙が上がる。そして、大きく息を吸って、ありったけの声量で叫んだ。
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