私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

カラルタン島-2

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「気になるのか」
「アントーニオさんのこと? うん……ちょっとね」
「あまり、よその事情に首をつっこむな」

 その言葉に、奏澄は少しだけ微笑んだ。心配してくれているのだろう。それはわかる。けれど、そうやって首をつっこまなければ、メイズに出会うことはなかった。
 厄介ごとには近づかない。力になれないなら踏み込まない。それも一つ正しいのかもしれないが、それでは何も得られなかったから。
 今は違う生き方を、試したい。

「そうなんだけど。なんか、自分に似てる気がして」
「……お前も、ああいう経験があるのか」
「うーん、まぁ、それなりに? だからかなぁ、自分に向けられてなくても、怖いんだよね。怒鳴り声」
「そうか」

 何気なく話したつもりだったが、相槌の声が低くなったのを聞いて、まずい話題だっただろうか、と奏澄は内心焦った。

「あ、む、向こう騒がしいね。何かあったのかな」

 あからさまに話題を逸らしたが、騒ぎの方へ目を凝らすと、ドロール商会の男性陣が見えた。対する相手も複数人の男たちだ。

「あれは……うちの乗組員では……?」
「何やってるんだあいつら」

 近くまで行くと、何やら言い争いをしているようで、幸いお互い手は出ていない。

「メイズはちょっと控えてて。止めてくる」
「あ、おい」

 奏澄は昔読んだ本を思い出していた。こういう男同士の意地の張り合いみたいな喧嘩は、実は止められるのを待っているのだと。お互いに引くに引けず、落としどころが必要なのだ。そういう時は、女の方が都合がいいらしい。
 殴り合いの喧嘩に発展していたら一も二もなくメイズに任せるが、口喧嘩で済んでいるのなら、交渉の余地があるかもしれない。
 自分の乗組員を背に庇うように割って入り、奏澄は相手のリーダー格と思われる男を睨み上げた。
 リーダー格の男はがっちりとした体をしており、いかにも武闘派という風体だった。赤銅色のざんばらな髪に吊り上がった目をしていて、堅気には見えない。年齢はメイズより上だろう、頭の風格がある。後ろに控える仲間と思われる男たちも皆体格が良く、鍛えられていた。元の世界だったら確実にヤのつく集団にしか見えない。

「私が、彼らの船長です。何か、ご迷惑をおかけしましたか」
「あぁん……? なんだぁ、嬢ちゃん。女の出る幕じゃねぇんだよ」
「聞こえませんでしたか。私が、船長です。彼らの行いは、私が責任を取ります」

 手足が震えている、自覚がある。しかし、船長として、下手したてに出るわけにはいかない。奏澄は決して目を逸らさなかった。相手の男は、その姿を品定めするような目で数秒見つめていた。

「船長!」
「ダメっすよ船長弱いんだから!」

 背後から緊張感を削ぐような声が飛び、奏澄の力が抜ける。庇っているのだから、応援してくれないものか。そもそも、商会の面々とて戦闘員ではない。

「弱いとか今関係ないでしょう! 普通こういう時は船長が責任取るものですよね!?」
「いや、でもうちの場合はそれ適応されませんから」

 しれっとポールが口を挟み、奏澄の自信が揺らぐ。

「う、うちだけ違うなんて変じゃないですか! ね!?」

 後ろには味方しかいないはずなのに不安になって、メイズの方に助けを求めると。

「よそはよそ、うちはうちだ」
「メイズまで!?」

 味方に裏切られた気分だ。ガーン、と効果音が頭の上に乗っている気がする。
 ぎゃあぎゃあと身内で言い争う奏澄たちに、相手方は毒気を抜かれた様子だった。

「なーんかしまらねぇなぁ。お前ら本当に海賊なのか?」
「えっ!? いえ、私たちは」
「そうだ! 泣く子も黙る『たんぽぽ海賊団』だぜ!」
「泣く子をあやしてそうな名前だなおい」

 否定しようとした奏澄を遮って、乗組員が名乗りを上げてしまう。こうなればもう否定は難しい。どうしたものか。

「なぁ、船長さんよ。あんた、名前は?」
「奏澄です」
「そうか。俺はラコット。後ろにいんのは舎弟みたいなもんだ。で、あんたが責任を取ってくれるんだよな」
「その前に、経緯を教えてくれませんか。うちの乗組員と、何があったんですか」
「ああ。あんたんとこの野郎はな、同じ男として、やっちゃあならねぇことをした」

 その気迫に、ごくり、と唾を呑む奏澄。場合によっては、自分では手に負えないかもしれない。緊張感に汗が伝う。

「そいつはなぁ……そいつは、俺の狙ってた店の看板娘を盗りやがったんだ!!!!」

 ラコットがびしっと指さす先を見ると、乗組員のルイが、てへっと言わんばかりの顔をしていた。

「…………帰っていいですか」

 非常に馬鹿馬鹿しい喧嘩の気配を察知した奏澄は、途端にやる気がだだ下がりし、表情を無くした。

「待て待て、話は最後まで聞け!」
「すみません、冷静な話が聞けそうにないので、こちらからも事情を聞きます。ポール」
「そこのガチムチ男が粉かけてた店員の女の子が、たまたま店に入ったルイを見るなり一目惚れして、更にルイが拒否しなかったので絶賛逆恨みを買ってるとこです」
「ありがとう、だいたいわかりました」

 ルイは見た目だけなら王子様然とした正統派の美青年だった。さらさらとした金の髪、端正な顔つき、柔らかな物腰。年頃の女の子ならば、一目で恋に落ちてしまうこともあるだろう。それでも彼の中身が紳士であれば丁重にお断りしただろうが、ルイは自分の容姿を自覚しているタイプの女好きなので、どうしようもない。さぞラコットの神経を逆なでしただろう。

「俺は!! リリーナちゃんのために!! 店に一週間通いつめたんだ!!」
「アニキ……!」
「可哀そうなアニキ!」
「あの女見る目がねぇよ……!」
「リリーナちゃんを悪く言うな!!」
「すいません!!」

 涙ながらに訴えるラコットに、後ろの舎弟たちが慰めの言葉をかける。

「そっちが勝手に玉砕したんだろ!」
「暑苦しいオッサンのアプローチなんて効くわけねぇだろ」
「悔しかったらうちのルイ並みのイケメンになって出直しなぁ!」

 対するドロール商会の男性陣は、呆れたり、煽ったりしており、どうもこれで喧嘩が続いているようだ。

「珍しいですね、みんなでルイの味方をしているなんて」
「あー……おこぼれがあったもんで。あとは成り行きで」
「なるほど。ちなみにルイ、そのリリーナちゃんはどうしたの?」

 尋ねれば、それはもう美しいにっこりとした笑顔で答えた。

「キャッチ&リリースしました」
「うーん……。どっちの味方をしたらいいかわかんないなこれ……」

 ルイは上手く立ち回る方なので、女の子から恨みを買うことはあまりない。その容姿は商談にも生かされているし、今までは大きな揉め事に発展することは無かった。
 男女間のことは自由だと思っているし、特に風紀の規定は設けていない奏澄だが、よそと喧嘩になったとなると、なんとか場を収めなければなるまい。

「うちの乗組員が、ご迷惑をおかけしてすみません。それで、ラコットさんは、私に何をお望みですか?」
「おう、話が早くていいな。あんた、ちょっと俺に付き合えよ」

 まさかそうくるとは思わなかった奏澄は、面食らった。

「リリーナちゃんの代わり、ということでしょうか?」
「ばっかお前、リリーナちゃんの代わりになれると思うなよ!? ただまぁ、あんたにはちっと興味が湧いたからな。一日俺に付き合ってくれたら、それで許してやるよ」
「まぁ……一日くらいなら」

 面倒ではあるが、それで事が済むなら安いものか、と承諾しかけたところで、ぐいと腕を引かれる。

「却下だ」
「メイズ」

 奏澄の言いつけ通り事態を見守っていたメイズだったが、痺れを切らしたのか奏澄とラコットの間に割って入ってきた。

「おいおい、頭同士で決めたことだぜ。割って入るのはヤボってもんじゃねぇか」
「俺は副船長だ。船長の判断が誤っている場合は口を出す権利がある」

 ラコットを睨み上げるメイズの袖を、奏澄は軽く引いた。

「メイズ、私なら大丈夫だから」
「何を根拠に言ってるんだ」
「えっと……悪い人じゃなさそうだし、一日付き合うくらい」
「それで何をされるかわからないだろう。お前は甘すぎる」

 強い語気で言われ、奏澄は怯えたように肩を揺らした。それを見てメイズははっとしたが、何も言うことは無かった。
 奏澄とて、何の根拠も無いわけではない。ラコットからは、自分を害そうとする者、特に性的な意志を持つ男性特有の、じっとりとした視線や、肌のざわつきを感じない。
 これは男性にはなかなか理解されないのだが、何となく、空気でのだ。例えば、前から歩いてくる男性がわざとぶつかってきそうだ、とか、横に立った男性が触ってきそうだ、であるとか。
 ただ、ので、あからさまに避けると逆に反感を買ったり、関係によっては角が立ったりすることがあり、被害を防げるかどうかはまた別問題である。
 女性同士でこの感覚について話すと、高い確率で経験がある。しかし、論理的に説明できないため、根拠として提示することは難しい。
 どうしたものか、と考えた結果、奏澄は折衷案を出すことにした。

「じゃぁ、保護者同伴ということで。メイズも一緒に過ごすのはどうでしょう?」
「それこそ却下だ却下! こんなガラの悪い男に見張られてデートも何もあったもんじゃねぇ」
「ガラが悪いのはお互い様だ」

 剣呑な空気に、途方に暮れそうになる奏澄。このままでは平行線だ。

「どうしても嬢ちゃんを渡したくないってんなら、力尽くで守ってみせろや」
「何?」
「俺とタイマン勝負しろ! お前が勝ったら、大人しく引いてやる。俺が勝ったら、嬢ちゃんを一日借りる。それでどうだ?」
「……わかった」
「メイズ!」

 どうしてそんな話になるのか。咎めるように声を上げたが、メイズは意に介さなかった。

「攻撃手段は素手のみ。相手の動きを封じるか、まいったと言わせたら勝ちだ」
「それでいい」
「メイズ!!」

 このまま決まってしまいそうな対決に、奏澄は声を張り上げた。

「何勝手に決めてるの。これじゃ仲裁した意味がないじゃない」
「意味はあるだろ。堂々巡りの状態からは脱した」
「怪我したら意味ない!」
「俺が負けると思ってるのか?」

 そう返されて、奏澄は言葉に詰まった。メイズのことは信頼しているが、それとこれとは話が別だ。

「メイズ、ガンマンなんでしょ。相手どう見ても格闘タイプなんだけど」
「素手は得意じゃないが、並みよりはできる」
「並みよりは、って」
「いいから」

 言葉を募らせる奏澄の頭に、メイズが手を置いた。

「信じろ」

 ずるい。そんな風に言われたら、これ以上何も言うことはできない。
 ぐっと黙った奏澄は、最後に一言だけ告げた。

「絶対、勝って」
「了解」
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