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本編
カラルタン島-6
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翌日。コバルト号に来客ありと報告を受け奏澄が出迎えると、そこにいたのは顔を腫らしたアントーニオだった。
「ア、アントーニオさん!? ど、どうしたんですかその顔!?」
「あ……はは、ちょっと、殴られちゃった」
「殴られちゃった、って」
まさか、自分が誘ったせいで。奏澄は青ざめた。
「これは、いいんだ。気にしないで」
「でも……!」
「それより、君に一緒に来てほしいところがあって。いいかな……?」
遠慮がちな声だが、眼差しは真剣だ。奏澄はしっかりと頷いた。
「あの、メイズも一緒でも?」
「あ、も、もちろん!」
少し迷ったが、アントーニオの事情はメイズも知っているし、護衛も兼ねて同行を許可してもらった。
奏澄とメイズは、アントーニオに案内されるまま、黙って歩いた。何も言わないが、今のアントーニオからは暗い雰囲気は感じない。客と店員という立場ではなくなったからか、口調も砕けていた。仲間になるかどうかは抜きにしても、もう心配は要らないかもしれない。
「ついたよ」
開けた場所に出て、強い風に奏澄は目を閉じ、髪を押さえた。ゆっくり目を開くと、そこは海を臨む墓地だった。
「ここ、って」
「ここにね、先代のお墓があるんだ」
「え……」
「って言っても、遺体はここにはないんだけどね」
先代とは、アントーニオを店に誘ったという前の料理長のことだろう。二代目になった事情は知らなかったが、まさか亡くなっていたとは。
アントーニオは、静かな笑みのまま、一つの墓の前に座り込んだ。奏澄は少し迷って、アントーニオの傍に立った。メイズは口を出す気は無いらしく、後方で傍観の姿勢だ。
「昔、あの店にセントラルから出張の依頼がきたんだ。本当は、ぼくが行くはずだった。でもぼくは、自信がなくて……見兼ねた先代が、代わりに行ってくれた。向こうでのイベントは大盛況だったけど、帰りに運悪く嵐に遭って。先代は、助からなかった」
拳を握りしめたアントーニオに、奏澄は胸が痛んだ。
「店は二代目が継いで、何とかなったんだけど。二代目は、先代のことが大好きだったから、ぼくのことが許せなかった。お前が代わりに死ねば良かったのに、って」
「そんなこと……!」
「ぼくも、思ったよ。あんなに好かれて、頼られていた先代が亡くなって、どうしてぼくが生きてるんだろうって。あの時、ぼくがわがままを言わなければ、こんなことにはならなかったのにって。その引け目があるから、二代目に何を言われても、今までぼくは言い返せなかった。ぼくに当たって二代目の気が紛れるなら、それでもいいと思ってた」
奏澄は言葉が出なかった。
この人は。弱いから、臆病だから、何もできなかったのではない。
強いから、優しいから、耐えてきたのだろう。それが理不尽な八つ当たりだとわかっていて。
やり場のない悲しみを、受け止めてきたのだ。一人で、ずっと。
「でもそれは、二代目のためじゃ、ないよね」
アントーニオは自嘲気味に笑った。
「ぼくは二代目に怒られることで、勝手に罰を受けている気になっていたんだ。そうする度に、ぼくは先代にしたことを思い知って……二代目は、嫌でも先代を思い出す。今ぼくが二代目のために、店のためにできることは……多分、あの場を離れることだ」
それは。果たして、それで、いいのだろうか。それでは結局、わだかまりは解けないままだ。
「後ろ向きな理由だって、思ったかな?」
アントーニオに見上げられて、奏澄はどきりとした。思っていたことを、見透かされたようだった。
「アントーニオさんは、それで、辛くないんですか。結局、恨まれたままじゃないですか」
「うん。そうだね。だから、殴られちゃったんだけど」
から笑いするアントーニオだったが、何故かふっきれたような顔をしていた。
「でもぼくは、これで良かったと思ってる。例え許されないとしても、逃げ出したと後ろ指をさされても。誰かに許しを乞うような生き方じゃなくて、ぼくを必要としてくれる場所で、ぼくにできることをして生きたいから」
そう言って、アントーニオは墓に手を合わせた。
「だから先代。ぼくは、あの店を、この島を、出ます。あなたが教えてくれたことを、忘れてしまわないように。場所は変わっても、ずっと料理を作り続けます。ぼくを見つけてくれた人のために」
決意を込めたアントーニオの言葉に、奏澄はそっと隣に座って、手を合わせた。
「先代さん。アントーニオさんを貰っていきます。大切にすると、約束します。安心してください」
至って真剣に言ったつもりだったが、言った後で、なんだか嫁に貰い受けるようだなどと思ってしまった。言葉の選択を誤ったかもしれない。
「ごめんね、こんなところまで付き合わせて。どうしても、先代の前で話したかったんだ」
「いえ。むしろ、大切な場所に連れてきていただいて、ありがとうございます」
「えっと、それじゃ、改めて」
立ち上がって、ズボンで手を拭ってから、アントーニオは背を丸めて奏澄に手を差し出した。
「ぼくを、船に乗せてください」
「はい。歓迎します、アントーニオさん」
奏澄はその手をしっかりと握って、笑顔を見せた。
「ア、アントーニオさん!? ど、どうしたんですかその顔!?」
「あ……はは、ちょっと、殴られちゃった」
「殴られちゃった、って」
まさか、自分が誘ったせいで。奏澄は青ざめた。
「これは、いいんだ。気にしないで」
「でも……!」
「それより、君に一緒に来てほしいところがあって。いいかな……?」
遠慮がちな声だが、眼差しは真剣だ。奏澄はしっかりと頷いた。
「あの、メイズも一緒でも?」
「あ、も、もちろん!」
少し迷ったが、アントーニオの事情はメイズも知っているし、護衛も兼ねて同行を許可してもらった。
奏澄とメイズは、アントーニオに案内されるまま、黙って歩いた。何も言わないが、今のアントーニオからは暗い雰囲気は感じない。客と店員という立場ではなくなったからか、口調も砕けていた。仲間になるかどうかは抜きにしても、もう心配は要らないかもしれない。
「ついたよ」
開けた場所に出て、強い風に奏澄は目を閉じ、髪を押さえた。ゆっくり目を開くと、そこは海を臨む墓地だった。
「ここ、って」
「ここにね、先代のお墓があるんだ」
「え……」
「って言っても、遺体はここにはないんだけどね」
先代とは、アントーニオを店に誘ったという前の料理長のことだろう。二代目になった事情は知らなかったが、まさか亡くなっていたとは。
アントーニオは、静かな笑みのまま、一つの墓の前に座り込んだ。奏澄は少し迷って、アントーニオの傍に立った。メイズは口を出す気は無いらしく、後方で傍観の姿勢だ。
「昔、あの店にセントラルから出張の依頼がきたんだ。本当は、ぼくが行くはずだった。でもぼくは、自信がなくて……見兼ねた先代が、代わりに行ってくれた。向こうでのイベントは大盛況だったけど、帰りに運悪く嵐に遭って。先代は、助からなかった」
拳を握りしめたアントーニオに、奏澄は胸が痛んだ。
「店は二代目が継いで、何とかなったんだけど。二代目は、先代のことが大好きだったから、ぼくのことが許せなかった。お前が代わりに死ねば良かったのに、って」
「そんなこと……!」
「ぼくも、思ったよ。あんなに好かれて、頼られていた先代が亡くなって、どうしてぼくが生きてるんだろうって。あの時、ぼくがわがままを言わなければ、こんなことにはならなかったのにって。その引け目があるから、二代目に何を言われても、今までぼくは言い返せなかった。ぼくに当たって二代目の気が紛れるなら、それでもいいと思ってた」
奏澄は言葉が出なかった。
この人は。弱いから、臆病だから、何もできなかったのではない。
強いから、優しいから、耐えてきたのだろう。それが理不尽な八つ当たりだとわかっていて。
やり場のない悲しみを、受け止めてきたのだ。一人で、ずっと。
「でもそれは、二代目のためじゃ、ないよね」
アントーニオは自嘲気味に笑った。
「ぼくは二代目に怒られることで、勝手に罰を受けている気になっていたんだ。そうする度に、ぼくは先代にしたことを思い知って……二代目は、嫌でも先代を思い出す。今ぼくが二代目のために、店のためにできることは……多分、あの場を離れることだ」
それは。果たして、それで、いいのだろうか。それでは結局、わだかまりは解けないままだ。
「後ろ向きな理由だって、思ったかな?」
アントーニオに見上げられて、奏澄はどきりとした。思っていたことを、見透かされたようだった。
「アントーニオさんは、それで、辛くないんですか。結局、恨まれたままじゃないですか」
「うん。そうだね。だから、殴られちゃったんだけど」
から笑いするアントーニオだったが、何故かふっきれたような顔をしていた。
「でもぼくは、これで良かったと思ってる。例え許されないとしても、逃げ出したと後ろ指をさされても。誰かに許しを乞うような生き方じゃなくて、ぼくを必要としてくれる場所で、ぼくにできることをして生きたいから」
そう言って、アントーニオは墓に手を合わせた。
「だから先代。ぼくは、あの店を、この島を、出ます。あなたが教えてくれたことを、忘れてしまわないように。場所は変わっても、ずっと料理を作り続けます。ぼくを見つけてくれた人のために」
決意を込めたアントーニオの言葉に、奏澄はそっと隣に座って、手を合わせた。
「先代さん。アントーニオさんを貰っていきます。大切にすると、約束します。安心してください」
至って真剣に言ったつもりだったが、言った後で、なんだか嫁に貰い受けるようだなどと思ってしまった。言葉の選択を誤ったかもしれない。
「ごめんね、こんなところまで付き合わせて。どうしても、先代の前で話したかったんだ」
「いえ。むしろ、大切な場所に連れてきていただいて、ありがとうございます」
「えっと、それじゃ、改めて」
立ち上がって、ズボンで手を拭ってから、アントーニオは背を丸めて奏澄に手を差し出した。
「ぼくを、船に乗せてください」
「はい。歓迎します、アントーニオさん」
奏澄はその手をしっかりと握って、笑顔を見せた。
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