私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

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本編

緑の海域-1

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 ラコット一味とアントーニオを仲間に加え、たんぽぽ団はカラルタン島を出航した。
 ラコットたちは細かいことを気にしない性質たちなので、あっという間に船に馴染んだ。たまにデリカシーの無い言動で女性陣から怒られていたが、力仕事は進んでするので、そこは頼りにされていた。
 アントーニオの料理は乗組員たちに大好評だった。奏澄は手伝いで共に厨房に立つことも多く、人見知りするアントーニオが船に馴染むのに一役買った。次第に笑顔も増え、奏澄は内心ほっとした。経緯が経緯なので無理をしているのではと心配していたが、環境を変えたことはアントーニオにとって良い方向へ働いたようだ。
 一気に人が増えて気苦労も増えるかと心配していた奏澄だったが、特に不都合が起こることもなく、船内は平和だった。ただ一つ、大きく変わったことは。

「っしゃーかかってこいやぁ!」
「おねしゃぁっす!」

 バチン、という人と人の肌が強くぶつかる音がして、反射的に奏澄は肩を竦めた。

「おーおーやってるねぇ」
「マリー」
「あんた苦手なんだったら見るの止めたらどうだい?」
「そうなんだけど、毎日やってれば目に入るから、慣れておきたいし」

 二人が眺める先では、ラコットを筆頭に男性陣が手合わせをしている。
 ラコット一味が仲間になってから、悪天候でない限りは、ほぼ毎日上甲板で戦闘訓練が行われていた。参加は任意だが、ラコット一味は基本全員参加、メイズとドロール商会のメンバーは各自の都合に合わせて参加していた。
 ラコットは格闘技が主だが、カトラス程度なら扱えるようだった。肉体を鍛えるための基礎訓練、格闘術、剣術を指導している。それに加えて、メイズが銃や戦術を教えていた。自身が使うのはリボルバーだが、船に用意があるのはマスケットのみだ。それでも、教えるのに支障はないらしい。
 二人とも『習うより慣れろ』という方針らしく、よく参加者はぼろぼろになっている。
 ラコットはともかくメイズは理論派だとばかり思っていた奏澄は、それを意外に思っていた。参加者いわく、奏澄が見ていると少しましになるらしい。そのせいか、メイズが参加している時は、あまり見ていると良い顔をしない。
 商会メンバーは戦闘員ではないため、戦闘時に表に出る必要は無い。しかし、本人たちたっての希望で戦闘訓練に参加している。自衛程度はできるようになりたいらしい。それは奏澄がセントラルと問題を起こしたからではないか、と思ったものの、聞くことはしなかった。聞けば否定するだろうし、聞くだけ野暮というものだ。
 本来戦闘員ではない者も、戦わねばという意志を持っている。それは、そうせざるを得ない状況下にあるということだ。だから当然奏澄も、その意識を持っていた。では何故戦闘訓練に参加していないのかというと。



「ねぇメイズ、やっぱり私も訓練に参加した方が」
「却下」
「まだ最後まで言ってないじゃない!」

 膨れる奏澄に、メイズは駄々っ子にするように言い聞かせた。

「お前は戦わなくていい。というか、その段階にない」
「でも武器を買った時は、自衛できた方がいいようなこと言ってなかった?」
「あの時は俺とお前の二人しかいなかったし、心構えをしておけという話だ。元々戦えるようになるとは思ってない」
「でも、できるに越したことはないんじゃないの」

 言い募る奏澄に、メイズは溜息を吐いた。呆れられたかと身構えたが、そうではないらしい。言うことを整理しているようだった。

「自衛ってのは、何も戦闘技術だけを指すんじゃない。逃げるのも、隠れるのも、誰かに助けを求めるのも、自分の身を守るための行動だ。お前が危ない目に遭った時、まず最初に考えるべきなのは逃げることだ」
「逃げる……」
「下手に小手先の技術を覚えると、それが『通用するんじゃないか』と錯覚する。真っ先に逃げるべき場面で、立ち向かってしまう。それは一番やったらいけない」

 それは、現代でも警察から教わったことがある。日本には銃刀法があり、一般人は武器を持ってはいけなかった。立ち向かう術がないから、逃げるのだと思っていた。だが、例え武器を持っていたとしても。それが付け焼刃でしかないのなら、無いのと一緒だ。

「というわけで、お前に今できるのは、逃げ足を鍛えることくらいだ。暫くは体力づくりに専念しろ」
「うん……」

 正論過ぎて、何も言えなかった。船内生活では体も鈍るし、セントラルの一件もあり、奏澄も体力づくりをしてはいた。しかし、ラコットたちの訓練に混ざれるほどかといえば、全然足りない。今加わったところで、早々にへばって終わるだろう。何かを教わったからといって、それが覆るわけではないのに。
 へこんだ奏澄に、メイズは言葉を続けた。

「やる気は買う。何かあった時の逃げ方くらいなら教えてやるから」
「うん、ありがとう」

 またフォローされてしまった、と奏澄は力なく笑った。無理を言って困らせたのは自分の方なのに。

「私ムキムキだったら良かったね」

 奏澄は肘を曲げて、力こぶ一つできない腕を残念そうに見た。
 今や女性でもマッチョは珍しくない。武術をやっている、までの贅沢は言わずとも、せめてスポーツ体型だったら、訓練に混ざれる程度にはなったかもしれないのに。
 そう思って零したひとり言も同然の呟きだったが、それを聞いたメイズは顔を逸らせて少し黙った。

「お前は、そのままで、いいんじゃないか」
「……え、嘘。メイズ、もしかして、笑ってる?」
「笑ってない」
「じゃぁこっち向いてよ」
「おいやめろ」

 無理やり自分の方を向かせようとする奏澄に、メイズは手を掴んで抵抗した。奏澄が怪我をしないように加減しているのだろう、力を込める奏澄と拮抗している。

「ずーるーいー」
「見て面白いもんじゃないだろ」
「私は見たい」
「その内な」

 結局あしらわれたが、奏澄は胸が温かくなるのを感じていた。メイズが、笑った。それだけのことが、すごく嬉しかった。
 笑顔を見たことが無いわけではないが、こんな風に無邪気に笑ってくれたことは無かったように思う。気を許してくれているのだろう。

 ――もっと笑ってくれたら、いいのにな。

 仲間も増えて、メイズだけが気を張る必要は無くなった。もっと人を頼って、背中を預けて、気を緩めてくれたら嬉しい。できることなら、自分に頼ってくれたら、もっと嬉しい。
 そのためには、まず心配されることがないようにしなくては。奏澄は筋トレメニューを頭に浮かべた。



 そんなやり取りがあり、奏澄は未だに眺めるだけの日々を送っている。

「ま、うちの男共も鍛えてもらえてありがたいよ。強くなったら商会に戻った後も、わざわざ護衛を雇わなくてよくなるしね」
「うん……そうだね」

 商会に戻ったら。この旅が終わった後の話をされて、奏澄の顔が陰る。最初からわかっていたことだが、それでも離れることが寂しいと感じるくらいには、今の生活に馴染んでいた。

「そんな顔しなさんな。まだ暫くは先の話でしょ?」
「わっ!」

 肩に腕を回されて、マリーとの距離がぐっと近くなる。

「あたしはあんたに最後まで付き合うって決めてるから。あんたが無事に元の世界に帰るまでは、一緒だよ」
「……うん、ありがと、マリー」

 そう。いつかは、この船の人たちとは離れる。奏澄は元の世界に帰るために、旅をしているのだから。その目的を遂げれば、皆もそれぞれの場所へ帰る。

 ――メイズは。身を寄せる場所は、あるのだろうか。

 帰る場所は、無いのだと言っていた。奏澄が元の世界へ戻った後。メイズは、どうするのだろう。

「カスミ?」
「ううん、なんでもない」

 やめよう。今はまだ、それを考える時じゃない。
 自分は、元の世界へ帰るという自分の願いのために、これほどの人たちを巻き込んでいる。まずは、それを達成するところからだ。
 奏澄はもやもやとした気持ちを振り払うように、笑顔を作った。
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