私の海賊さん。~異世界で海賊を拾ったら私のものになりました~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

文字の大きさ
46 / 82
本編

ヴェネリーア島-3

しおりを挟む
 奏澄とメイズが特に目的も無く島を見て回っていると、アントーニオが荷物を抱えて歩いていた。

「アントーニオさん!」

 奏澄が声をかけると、気づいて手を振ろうとして、荷物で両手が塞がっていることに慌てていた。
 アントーニオらしいその仕草に苦笑して、奏澄たちが歩み寄る。

「荷物多いですね。手伝いましょうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。目的地はこのあたりのはずだから」

 目的地、と奏澄が首を捻ると、アントーニオはすぐに説明してくれた。

「調理器具がいくつかだめになっちゃったから、直してもらおうと思って。修理できそうな店を聞いたら、『ルーナブルー』って工房を紹介されたんだ」
「ルーナブルー、ですか?」

 驚いて、奏澄は言葉を繰り返した。それは先ほど奏澄たちが聞いたばかりの名前だ。

「あれ、知ってるの?」
「先ほど露店で買い物をしたんですけど、そこの店主さんがルーナブルーの人だって言ってたんです」
「ああ、そうなんだ。じゃぁ今行っても留守かなぁ」
「でも露店ではアクセサリーを売っていたので、修理をやってるなら他の人がいるのかも」
「いや、多分その人だけだと思う。何でも屋みたいなことしてるらしいから」
「何でも屋」
「特に決まった物だけを作ってるんじゃなくて、趣味で何でも作るし、修理も金物から絡繰りまで何でも受けるらしいよ」
「それはまた、随分と凄い人ですね」
「ただ気分屋らしくって、だめな時は何を頼んでもだめらしいけど」

 職人らしい、と奏澄は苦笑した。銀細工を見た時も器用な人なのだと思ったが、器用どころではなかったようだ。それに比例して、性格もなかなか難しいときた。アントーニオは人当たりが良いから嫌われるようなことはないだろうが、気分屋というからには相手の人柄は関係無いかもしれない。

「メイズ、私たちも一緒に行かない? 商品を買ったお客さんがいた方が、受けてくれるかも」
「構わないが、戻ってるのか」
「いなかったら待てばいいんじゃない? アントーニオさんも、それ抱えたままあちこち動くのは大変でしょう」
「ぼくは大丈夫だよ。いなかったら、また出直せばいいし」

 とりあえず行ってみてから考えようということで、三人でルーナブルーへ向かった。
 工房は一軒の家になっていて、工房、店舗、住居が一体となっているようだった。一階のほとんどの部分は作業スペースで、申し訳程度に店舗が繋がっている。既製品の販売よりも、アントーニオが聞いたような修理の請け負いが多いのかもしれない。

「あ、やっぱり閉まってる」

 店舗側の入口に、不在の張り紙がしてあった。店番もいないということは、一人でやりくりしているのだろう。
 出直すべきか、と顔を見合わせていると、後ろから声がかかった。

「あれ、さっきのお客さん」

 振り向くと、先ほど露店で会った店主の青年がいた。

「サイズ合わなかった?」
「いえ、別途用件があって。道具の修理をお願いしたいんですけど」
「そ。今開けるから」

 店舗側の鍵を開け、店主に促されるまま、三人は店に入った。

「ありがとうございます。タイミング良かったですね」
「腹減ったから戻ってきたんだよ。ってわけで、俺は今から飯にするから」

 店主はどっかりと椅子に腰かけると、手に持っていた布包みを開き、中からパンを取り出した。

「修理する品はそこのテーブルに並べておいて。食べ終わったら見積もり出すから。暇ならその辺見てて」
「あ……は、はい」

 ――すごい、マイペースだ。

 客が来ていても自分の食事が優先とは。この店主だけがこうなのか、この島の人間がこうなのか。奏澄は驚きはしたものの、そういうものなんだろう、とアントーニオの道具を広げるのを手伝った。
 言われた通り、奏澄は店内を見て回ることにした。島の名産品だけあって、店舗に展示されているのは硝子製品の割合が多い。アントーニオは、大きな体をぶつけてしまうのが心配なのか、じっと椅子に座っていた。メイズは入口の近くで待機している。
 
 きらきらと輝く細工物に目を奪われていると、隅の方に懐かしいものを見つけた。

「わ、可愛い。とんぼ玉の簪だ」

 思わず口に出すと、カタン、と小さな音がした。

「とんぼ玉?」

 聞きなれない言葉に首を傾げたのはアントーニオだ。

「こっちでは呼び名が違うかもしれませんね。私の故郷では、こういう模様の入った小さいガラス玉のことを、とんぼ玉って呼んだんですよ」
「へぇ、なんか可愛いね」
「トンボの目に似てるかららしいですよ。可愛い言い方ですよね」

 ふふ、と笑って、奏澄は懐かしげにそれを見た。
 髪に挿したら、汚してしまうだろうか。簪屋では試着可能な所も多かったけれど、日本人は髪を清潔にしているという前提があってのことかもしれない。
 それでも望郷の思いが顔をもたげ、奏澄は店主に問いかけた。

「すみません、これ、ちょっと髪に挿してみても大丈夫ですか?」
「あ……ああ」

 店主が、掠れた声で答えた。もしかして良くないだろうか、と奏澄は不安になったが、この店主なら駄目な場合は駄目だとはっきり言うと思われる。
 何か他に要因があるのだろう、と不思議がりながらも、奏澄はそれを手に取った。

 片手で髪を束ねてねじり、根元に簪を挿す。そのまま串の部分に髪を巻きつかせ、ぐるりと捻じって再び根元に差し込む。奏澄が知る限り、最も簡単な方法だ。

「メイズ、どう……」

 ガタン、と大きな音に言葉を遮られる。驚いて音の出所を見ると、店主が椅子から立ち上がり、大きく目を見開いて奏澄を凝視していた。

「……母さん……」
「え……?」

 今にも泣きそうな声でそう零した店主に呆気に取られていると、店主は勢いよく奏澄の方へ歩いてきた。

「なぁ、あんたそれどこで――」
「そこまでだ」

 奏澄の肩を掴もうと伸ばされた手を、届く前にメイズが掴んだ。

「こいつに危害を加えるようなら、容赦しない」

 ぎり、と力を込められた手に、店主が顔を歪めた。

「メイズ、放して!」

 奏澄の鋭い一声に答えず、メイズは不服そうに奏澄を見た。

「喧嘩するような人じゃない。職人の手を怪我させたらどうするの。放して」

 強く睨みつける奏澄に、メイズは渋々手を放した。

「ごめんなさい。大丈夫ですか? 痣になったりしてませんか?」
「いや……。俺も、悪かった。驚いて……思わず」

 ひどくうろたえたその様子に、奏澄は視線を合わせ、できるだけ優しく問いかけた。

「良ければ、お話聞かせてもらえますか?」

 店主はそれに戸惑いながらも、間を置いて頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

捕まり癒やされし異世界

波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。 飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。 異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。 「これ、売れる」と。 自分の中では砂糖多めなお話です。

処理中です...